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【短編】ぼくの親友は異世界転生をしたい。

「あぁあ~、異世界転生したいなぁ。」

「なに? 異世界転生?」


 暖かな日の光が白い筋状に差し込む室内、開いた片窓から吹き込む風はカーテンを揺らして巻き上げていた。


 急に異世界転生などと彼が言い出したのはこの日が初めてで、突然の発言に少し戸惑う。


「なんでまた異世界転生? あー、まあ、憧れるのは分かるけどさ。」

「でしょでしょ? それにあのラノベ貸してくれたのアキじゃんか。」


 ベッドから身体をよいしょと起こし、窓の外を見るぼくの幼馴染の瞳は普段より輝いて見える。


「少なくともさ、現状よりはいいでしょ。身体だって、何時よくなるのかわからないし。」

「そうかもねー、うん、でもそんなこと考える暇あったら、お前は健康取り戻せよ? また少し痩せたんじゃね?」

「はははっ、まあ、そうだねぇ。」


 こっちを向いて笑いかけてくるこいつの頬は、前に見た時よりも少しだけ肉が落ちているように見えた。


 こいつの容姿は整っている。

 まだぼくたちは中一だ、ぼくは普通のそこらにいる男の子、一方こいつは幸薄の美少年。


 一見ただのクラスメイトという関係がお似合いなぼく達だけど、家が隣だった事もあって小さい頃からよく絡んでいた、幼馴染であり親友、知音とまでは行かないかもしれないけど、それでも唯一無二とはいえる程度に仲がいい。


「はぁ~、病院って暇なんだよねぇ、あんまりやる事ないしさ、精々テレビぐらい。」

「ゲームやれば? おじさんに参天堂スウィッチ買ってもらってただろ?」

 

 参天堂スウィッチというのは今の最先端携帯ゲーム機の事で、携帯ゲーム機でありながら持っていない人とでも自由にマルチプレイができたり、とにかく凄いゲーム機の事だ。


「なんかねー、モチベが空の彼方にポーン! しちゃったよ。」

「なにがポーンだ、そこだけは羨ましいぞ、ゲームやり放題。」

「えー? 飽きるよ~?」


 病人に羨ましいというのは不謹慎かもしれないけれど、こいつはそんなことでは怒らないし、この病室には一人だからほかの人に聞かれる心配はない。


 まあ、通りかかった看護師さんやお医者さんには怒られるかもしれないけど。


「それにさー、ゲームやりすぎると頭痛くなっちゃって。でもラノベはよかったよ、半日くらいで読んじゃったけど。」

「相変わらず読むのはえーな。そういえばよく図書館に入り浸ってたよなお前、それに図書館の窓辺で本読んでるの凄く似合ってたし。」

「それ今関係ないでしょーが、なんか色々変なあだ名付けられて嫌だったんだからね。」

「えー? いいと思うけどなぁ、深窓の貴公子。」

「ヤだよ……おれはまだ病を発症してないんだから……。」


 病を発症?何を言っているのかわからないけどまあいいか。


「じゃあまた次来たときはラノベ持ってくるよ。」

「うん、お願いね、じゃあおれは寝ようかなぁ。」

 

 手を振って病室から出ると、入れ違いで看護師さんが入っていった、点滴の交換だろうか。


 あいつは昔から病弱だった。

 生まれた時から家は隣同士だったけれど、初めてぼくがあいつと対面したのは三、四歳の頃で、それまでは病院で入院していたらしい。


 産まれつき身体が弱くて、今回みたいに入院することも多い、幼稚園の頃に二回、小学校に入学してから卒業するまでは通算七回。


 そのうち長期入院が確か三回だったかな、小学校だけで。

 中学を含めると今回の分も入って四回になるけど、まあどっちにしろ凄い数なのには変わりない。


 それに長期入院といっても一か月、長くて半年の事もある。期間はばらばらだけど、その度にあいつは病室に押し込まれて治療を受けて、そしてぼくはいつもお見舞いに行く。


 小さい頃からそんなのを繰り返していたら、当たり前のように仲良くなっていった。


 そんな取り留めのない事を考えながら自転車を扱いでいたら、いつの間にか家の前だ。


 中には母さんがいるし、この時間帯にぼくがいつも帰るのを知っているから鍵は開いている。

 玄関のドアを開けて、家に入りながらいつもの一言を言う。

「ただいまー!」


-------------------------------


「異世界転生したいなぁ~。」

「まーたそれかい、ラノベに影響受けすぎた?ぼくおじさんに怒られるのやだよ?」

「大丈夫でしょさすがに。」


 最近こいつはこればっかり言っている気がする、ラノベに大ハマりしたのかな。


 ゲームに疲れたと言っていたこいつに、ぼくはいっつもラノベを持ってきている。

 この年だけど、ぼくは着々とオタク趣味の道に走って行っているんじゃないかと最近思う。


 毎年お年玉を貰うけど、中学一年生にとってゲーム以外に意外と使い道は少ないし、そのゲームも興味のあるものがなかなか発売されないから結局あんまり使わない。


 親戚一同からもらう数千円数万円のお年玉は、必然的に趣味であるラノベに消えていった。 

 そんなラノベをリュックに詰めて、いつもこいつに渡している。


「お代官様、この度はこいつで勘弁してつかぁさい、らいとのべるでごぜぇやす。」

「なにその口調、面白いけど現代語でおけ。」


 軽く笑いながら僕からリュックを受け取って中を漁って、一冊のラノベを取り出した。


「おれは出来ればこういう異世界転生がしたいなぁ。」

「……それは。」


 そのタイトルを見てぼくはぎょっとした。

 それは当たり前のように異世界転生モノ、主人公が異世界で生まれ変わり、そこで冒険者として身を立て世界を旅して数々のお宝を見つけていくという王道展開。


 珍しいことに、ヒロインやハーレムは基本的に存在しない、所謂テンプレートなラノベに飽きた人にもおすすめ出来る作品だ。


「……それはちょっと縁起でもねぇよ。」

「ん? どうし……あー、そういうこと、確かにねぇ? ……いやそんな涙目にならないでよ」

「ふん。」

 

 問題は、主人公の転生の仕方だった。


 世に出回った転生モノの転生方法はいろいろある。


 やれトラックに撥ねられてあの世で神さまに異世界に贈られた、やれ時空の歪みに飲み込まれてそのまま転生した、やれ頼まれごとをして異世界に転生した、様々だ。


 この作品の場合は、病死からの神による転生のコンボだった。

 重い病気で苦しんで、それでも懸命に生きた末に家族に見守られながら死んだ主人公。

 それを見て感動した神の手で異世界に転生させられ、数々の冒険をこなしていく。


 地球での主人公の末路と、今のこいつが妙に重なる、そんな苦しんではいないはずだし、そこまで重い症状ではないはずなのに。


「いやごめんって、でも好きなものは好きだからねぇ、広大な草原を思いっきり走り回ったりしたい。」

「退院したら走ればいいじゃんかよ。」

「いや、おれ運動無理だから……。」


 確かにこいつは運動神経が悪い。

 まあ、病弱だからそれは仕方ないんだけど、ぼくは少しは鍛えた方がいいと思う。


 あと小食、胃が縮んでるわけじゃないんだろうけど食べる量が少ないのも運動神経がよくない原因だと思う、ぼくの半分程度しかこいつは食べない。


「いいよねー異世界、これには同意してくれるでしょ?」

「まあ、異世界に行ってみたいってのは分かるけど。」

「だよねー! 剣と魔法の世界とか絶対楽しいよねー!」


 わが意を得たりとでもいった表情で目を輝かせるこいつは、ぼくの持ってきたリュックを強く抱きしめながらこちらに身を乗り出してくる。

 実際憧れは分かる、分かるというか、この分野に関してはぼくの方が先輩だ。


 あの時、まだスウィッチをこいつが買ってもらってなかった頃、入院してて暇してないかなーと軽い気持ちで渡したのが始まりだった。


 夏の初めの頃だった、青い風が窓から吹き込み、生ぬるい感触を肌に残していたあの頃。


 ふと窓の外を見てみると、病院の敷地内のカエデが黄色く色付いている。


「そういえばさー、今回の入院も少し長めだね」

「まぁね、今が……四か月かな?」

「ん、クラスでもお前の様子聞かれまくってさー、いい加減鬱陶しいから早く退院してくれよ?」

「あはは、まあ、出来る限り頑張るよ」


 極力明るい雰囲気で早めの退院を促すぼくと、明るい雰囲気で頑張ると宣言するあいつ。


 ついさっきまで少し暗くなっていた雰囲気を吹き飛ばした。


 っと、外を見ると少しだけ日が沈みかけている。


「あ、やっべ、そろそろ帰らないと外暗くなっちゃう。」

「んん? あぁ、もうそんな時間なんだ、やっぱり人がいてくれると時間が進むの早いよ~。」

「どうせ明日も来るしな、んじゃ。」

「うん、またね。」


 手を振り病室から、病院から出て、いつものように自転車に跨り、いつもよりスピードを上げて家へと向かう。


 寒くなってきたので着て来たダウンコートをなびかせながら、夕日で赤が混じりつつある景色を流して風を切る。

 冷たい風がむき出しの頬を撫で付けて少し寒い、次来たときはもう少し温かい格好で来るべきだろうか。


 そういえば、あいつと仲良くなったきっかけは何だったっけ?と、ふとぼくは考えた。

 実は、六歳になって小学校に入学するまでぼくはあいつの事を女の子だと思っていた。


 学校の身体検査で男女別に分かれた時に初めて気づいたのだ。

 そのことで学校終わりに少し喧嘩をしたのを覚えている。


 喧嘩の内容はたしか単純な子供の喧嘩って感じだったと思う、「おとことおんなもわかんないの!?」だの「おんなみたいなみためなのがわるい!」だの、そんな感じ。


 そんな内容でもぼく達はいたって真剣で、それから二日くらい喧嘩は続いたんだった。

 結局ぼくの父さん母さんと、あいつのおじさんおばさんも微笑ましそうに見つめるだけで、そんな親たちに二人して怒って、それで仲直りしたんだ。


 その反動で、一層仲良くなった。


 昔の事を思い出しながら自転車をこいでいると、目の前には僕の家。

 僕の両親は共働きだから今の時間は家にいない事がある、あと1時間もすれば戻ってくるだろう。

 冬に近づくと日が沈むのが早くて、暗くなる時間が母さんの帰宅時間を追い抜かす。


 屈むと同時に声を漏らし、玄関マットの端をめくりあげ、隠してある家のスペアキーを拾って鍵を開けてドアを開いた。

 誰もいなくても挨拶はする、そう教えられてきたから。


「ただいまー。」


-------------------------------


「魔法っていいよねー、特に魔法と科学を組み合わせて最強! 的なやつ楽しそう。」

「絶対あんな上手くいかないと思うけど? 前になんかそんな感じの記事をネットで見た。」

「えー? 夢壊さないでー?」


 怒っているんだからねー?とでも言いたげな表情でこいつは顔を向けてきているが、眼は笑っている。


「まあ実際読んでて、それはないだろーって感じるところはたまーにあるけど? でもそんなあり得ないのばっかり?」

「高周波ブレードとかあり得ないらしいぞ、あれは刃を振動で補佐してるだけで、もともと斬れない物を高周波を纏わせれば斬れる~なんてことはないんだとよ。」


 よく高周波、つまり振動させる事でどんなものでも斬れるようにするという展開が科学を交えた異世界転生モノで良くあるけれど、それは間違いだよ最近知った。

 もしかしたらその世界では振動がすべてに勝る特殊な法則が働いているのかもしれないが。


「じゃあどんなのが良いかな、内政?」

「あんな都合よく行くわけないだろ。」

「あっははー、まあ確かにねー。」


 内政モノだって、いくら現代の知識を持っていたからと言ってああも上手くいくとは思えない。


 例えば銀行を作ったところで信用なんてものはそんな直ぐには得られないだろうし、まず構想段階でそれに対する出資者も得られないだろう。


 そんな未来の知識を一瞬で理解できる人材がいるとすれば、とうに作り出されている。


「って、そんな話は今は良いんだよ。」

「そんなじゃないよ、結構本気で考えてるよ。」

「考える暇あったらさっさと退院して来いよ……。」


 こいつの今回の入院はいつにも増して長い、いつもの入院なら既に退院していてもおかしくないのに。


 今で大体六か月、外はすっかり寒くなっていて少しだけど雪も積もっている。


「つーか、なんか前より肉落ちてね? 頬の周りとかより細くなってんぞ?」

「大丈夫大丈夫、え? なに、アキってば心配してくれてんのぉ?」

「うっせーよ、学校の奴らがしつこいから早く退院しろっていう催促の一環だっての。」


 素直じゃないぼくは口ではそう言うけれど、心配はしているに決まっているじゃないか。


 だけど、どうもそれを本人の前で素直に言うのは気恥ずかしい。

 実際徐々にではあるが痩せては来ているし、退院の話題も本人の口から一切出てきていない現状に不安が募っているのだ。


 みんな心配しているのに何故かこいつはずっと飄々としている、そう考えると少しだけ腹が立ってくる。


「実際よ、もうクリスマスはもちろん正月だって過ぎたけど、ずっとお前入院してるだろ?それにもう半年だぞ? ぼくだって心配くらいするし、うちの家族もお前んとこの家族もみんな心配してんだぞ? なのにそんないまいちパッとしない態度でよぉ、ちゃんとびょ……。」

「そこまで。」

「う?」

「分かってるよ、みんな心配してくれてる事くらい。」


 ボルテージが上がって少々語気が荒くなったぼくに被せるようにこいつが言葉をはさむ。


 全くぼくが言ったことは解決していないのに何故かその穏やかな、達観したような声色で理解を示されると声に混じっていた熱が急激に元に戻っていくような気がした。


「……ごめん、ちょっとうるさかったかも。」

「あははー、確かに少しうるさかったかも?」

「ちょ、おい!」


 反省して謝ったのにこの返し、少しイラっと来たけど気分はよくなった気がする、こいつなりの気遣いだったのだろうか?……いや、そんな事は無いか。


 ……あれ、何故だか少しこいつの顔色が悪い気がする。


「……ふぅ。」

「どした? なんか顔色悪いぞ?」

「大丈夫大丈夫、何の問題も無いよ。」


 見間違いだったのだろうか、実際問題ないとは言っているが休ませた方がいいのかもしれない。


「……時間はまだ大丈夫だけど、ぼくそろそろ帰った方が良いかな、ゆっくり休め?」

「大丈夫だって、もう少しここにいろよ~、暇なんだよ~。」

「わーったわった、でも怠くなったら言えよ?」

「りょうかーい。」


 立ち上がりかけた腰を椅子に戻し、足元から拾い上げていたリュックをまた同じように下に置く。


 そしてリュックの重みで思い出した。


「あ、忘れてた、今日の分のラノベ。」

「ちょっと忘れないでよー、これ無かったら退屈で死ぬ。」

「死ぬとか言うな状況だけに笑えん。」

「んな大げさなー。」


 大げさ……大げさだろうか、どうも最近のこいつの弱り具合を見ると死という単語に過剰反応してしまう。


 こいつは大丈夫だって言ってはいるものの、日に日に痩せていっている。

 痩せていても整っていると分かる顔立ちには多少イラっと来るがまあそれは良い。


「よっこいしょっと、前持ってきたやつらの続編とか持ってきた、新作は無い」

「ん? 新作無いの?」

「なんか最近同じようなのばっかりなんだよなぁ」


 人の数だけ物語はある、確かにそうかもしれないけれど、数が多いと被りやすい、同じようなものが多くなっていく。

 ラノベも同じだ。


 物語の数だけ世界はあるけど、その世界観被ってね?って感じるのが多々ある、書いてる側もネタが尽く使い尽くされてて書かれていないのを探す方が大変だろう。


「まあいいんだけどね? 持ってきてくれるだけでもありがたいし」

「もっと崇めてくれても良いんだぞ?」

「ははぁ~、アキ大御神さまぁ~~っ!?」

「ちょっと大丈夫!?」


 突然顔を歪めて腕を抑える。


 点滴スタンドから延びていた管がたまたまこいつの尻に敷かれて固定されていたのだろう、伸ばされたゴムが戻るように、針が刺されていた腕からピョインと針の一本が抜ける。


「あっ……これやばいかも、先生呼ばなきゃ……。」

「お前は無理して喋るな!いまぼくが誰か呼んでくる!」


 ぼくは椅子が倒れる程勢いよく立ち上がり、病室の外へと飛び出す。

 ちょうどそこに看護師さんが歩いてきた。


「あら? 君は確かあの子の、今日もお見舞い?」

「あっ、看護師さん、あいつの腕の針が、抜けちゃって!」

「まあ、すぐに先生を呼んできましょう。」


 ぼくの言葉に目の色を変えた看護師さんは、急いでどこかへ小走りで去っていく。

 その間にぼくは病室へ戻る。


「今人を呼んで来たからな、すぐに先生が来るからな!」

「あはは、アキ焦りすぎだよー。それにボタンでも呼べたんだから……んー、なんか手が重いな……。」

「おい大丈夫か!? 顔が白いぞ!?」


 さっきまで、少し青いながらも血の気が感じられた顔色は、徐々に青の色さえも薄くなりかけていた。

 衝動的にこいつの手を両手で握ってやる。


「なんか、手が冷たい、本当に大丈夫か?」

「心配しすぎだよアキ……もう、涙まで浮かべてさ。」

「は、気のせいだよ。」


 こいつの言葉で初めて自分が涙を浮かべている事に気が付いた、まあ恥ずかしいから誤魔化しはしたけれど、心配なのは確かだ。

 すると勇み足で入り口からこいつを担当している先生が入って来て、ぼくはこいつの手を放して場所を退ける。

 

 結局もうその日は面会出来なくて、ぼくは病院を去る事になった。


 夕暮れとまではいかないけれど、日が沈みかけた辛うじて黄色と呼べる太陽の光を感じながらぼくはゆっくりと家へと向かう。


 不安感は募り続ける。

 大丈夫だろうか、すぐに退院できるよな、そういう思いが渦巻いて、地面に僅かに積もった雪に小さくて丸い跡を作った。


 ぼくは手袋を脱いで自分の目を拭う、濡れている、泣いているんだ。

 もう中学生にもなって恥ずかしい、それも外で泣くだなんて。


 手袋を吐きなおして全力疾走で家まで向かい、息も絶え絶えになりながらようやく到着した。


 潤んだ視界で玄関マットをめくりあげ、家の鍵を拾ってドアを開ける。


「ただ、いま。」


 挨拶だけは忘れない、ぼくは謎の恐怖感と不安感から部屋に突撃し、ベッドで泣いた。


-------------------------------


「あ、アキ。久しぶり、元気してた?」

「おまっ……本当に良かった……。」

「あはは、そんな顔して、どうしたのさ。」


 時は流れて既に雪が解け、もうすぐ終業式だ。

 それまでずっと面会拒絶で治療に専念してたらしくて、今日ようやく面会できるようになった。


 こいつはぼくの顔をみて笑っているけれど、それどころじゃない。

 幽鬼のような足取りで彼の横たわるベッドに近づき、布団の上に置かれたその手を両手で握った。


「おぉ、今日は随分積極的だね、心配してくれたの?」

「当たり前じゃんかよ……ッ!」

「……そっか、ありがと。」


 何でだろう、久しぶりに会っただけなのに涙が溢れる。確かに感じるこいつの手の感触は、柔らかくて暖かい、でもあまり力は入っていないようだ。

 

「それで、今日はラノベ持ってきてくれた?」

「お前、ほんとブレないよな、持ってきたけどさ。」

「さっすがアキ!」


 こいつの明るい様子を見ていると、なんだか涙も乾いていた。

 ぼくは背負ってきたリュックサックを床に置いて、中身を取り出す。


「お前ずっと治療頑張ってたからな、新刊沢山だぞ。暫く暇しなくて済むな。」

「そうだね、ありがとうアキ。」

「ほら、これなんか好きだっただろ。」


 ぼくが幾つか持ってきた内から一つ取り出し、こいつの前まで持っていく。

 圧倒的な治癒能力を持つ主人公が、不治の病に侵された人たちを助けてその人たちに恩返しされるという物語で、かなり有名な作品だ。

 

 そしてそれを受け取る様子を見ていると、その違和感が自然と口から出た。


「なあ、手が震えてるぞ。寒いか?」

「あっ、いや、寒くない。……むしろ温かいよ。」

「そうか?なにかあれば言えよ?」


 大丈夫だというその言葉を信じてぼくはラノベを読むこいつを見守る。

 ……そして、近づいて彼の肩に手を置いた。


「ん? アキどうしたの?」

「お前本当に……痩せたなぁ。」


 肩は骨ばっていて、昔一緒にじゃれあった時に感じた柔らかさは面影もない。

 続いて腕、脇腹、お腹と上から順に撫でるように身体を確認していく。


「本当に……なんでお前ばっかり……。」

「もう、アキったら……、また泣き虫に戻ったの?」

「うっせー……。」


 涙が止まらなくなり、ぼくはその場に膝をついて頭を下げるようにうずめる、そこはこいつのお腹だった。


 薬品の匂いと僅かに香る汗の匂い、そして昔は毎日のように感じていた匂い。

 こうして言っていると変態チックだけれど、いっそ変態でもいい。

 ずっとこのままでいたい、懐かしくて、そして切なさがぼくの心を溶かすようだ。


 こいつの少し骨ばった手が、ぼくの髪の毛を軽く梳く。


「昔から、アキって髪の毛サラサラだよねー。」

「……お前は昔から、むかつくほどきれいな顔だったよな。」

「ありがと、でもおれはアキの方が羨ましいよ。」


 ぽつりぽつりと語りだす。

 

「学校行ったり、勉強したり、遊んだり、走ったり。歩いたり、立ち上がったり。

 当たり前に出来るはずの事が、もうおれには出来ない。」

「お前、そんな悪い状態で……!」

「苦しくて辛いけど、アキと一緒にいると楽しいんだ、だから羨ましいよ。」


 顔を上げると、すっかり親友の笑みがはっきりと目に映った。


 涙で視界がぼやけているはずなのに……いや、だからだろうか、今の目に映るのは、まるで女の子のような中性的な美貌の、美しい親友の姿。

 

 その親友が口を開く。


「人を幸せにしたり、人を助けたり……どんな形であれそういうものにおれは憧れてたのかもしれない。

 だから、おれはラノベに嵌ったのかな。」


 聞こえる笑い声は、しかし喉に何かがつっかえた様なぎこちない笑い声だったけれど、でも確かに楽しそうにしている事だけは伝わった。

 

「もしおれが転生したら、そういう人になりたいよ。」

「そっか、そっか……!」

 

 ぼくは涙を溜めながら頷く。

 前は見えないけど、姿は見えている、そんな彼は少し眠たそうな様子になった。


「久しぶりだったからかな、そろそろ眠たくなってきた。」

「おう、お疲れ。ゆっくり寝ろよ、また、また来てやるから。」

「うん。」

「ラノベ、リュックごと置いてくから、読めよな。」

「……ん。」

「じゃあ、またな。」


 リュックをそのままに、部屋を退出する。

 部屋の敷居を跨ぐ直前、後ろから声が聞こえた。


「アキ、大好きだよ。幼馴染としても、親友としても、ラノベ好きの仲間としても……そして……と、ても……。」

「ぼくも、大好きだ……ッ。」


 声が小さくて最後まで聞こえなかったけれど、何となく何が言いたかったのか分かった気がした。

 ぼくの返事は届いただろうか、届いていたら良いな。


 帰り道の事は覚えていない、でも気が付いたら家の前に立っていた。


 足元の玄関マットをめくり鍵を拾い、ドアを開ける。


「……ッ!」


 今日くらいは、ただいまを忘れても良いだろう。

 ぼくは部屋に籠ってただただ泣いた。


 まるで濁流のように押し寄せる様々な感情の奔流に身を任せ、残った意識でただただ祈る。


 親友の、幼馴染の、その夢を。


-------------------------------


 あの手の温もりは忘れない、そして交わした会話も決して忘れない。


 黙々と進められた葬式の中で、何故だかぼくは一切涙が出なかった。

 そんなぼくを気の毒そうに見つめる大人たちが印象的で、でもぼくは悲しむなんて事は絶対にしないと心に決めていた。


 八月の中頃、お盆最初の日の早朝。ぼくはリュックを背負ってこっそり家を出る。

 夏休みとはいえ、まだ外が薄暗いこの時間に外に出ている子供など皆無だし、大人に見つかってもあまり咎められないであろう都合のいい時間。


 住宅街とは反対側の、山の方の坂道を上るとそこには墓場がある。

 三つ目の列の奥から5番目のお墓、何度も何度も反芻して覚えたその位置にあるお墓の前で立ち止まり、額に滲んだ汗を拭った。

 

 瓜実家ノ墓と書かれたその前でしゃがんで、バッグの中を漁って家から持ち出したお線香1本とライターを取り出した。

 火を付けると白い煙が一本、天に登るように消えていく。だけれどきっとこの煙の先にあいつはいないだろう。


「ほら、また来るって言ったろ。ここにはいないかもしれないけど、とりあえずラノベの新刊持ってきたぞ。」


 お墓に向かって話しかけて、リュックの中から幾つかの本を取り出し備えるように置く。

 あいつが好きだったラノベの新刊。

 でもここまではあいつとの約束を果たしただけだ。


「それでな、プレゼントがあるんだ。自生してるのは見分けつかないから、頑張って育てたんだぞ。」


 ポケットに手を突っ込むと、そこからぼくは一つの花を取り出した。


「これ、お前の名前にピッタリだろ?それにな、色々調べてびっくりしたんだ、この花の花言葉な――」


 あいつの名前は、瓜実 (スズメ)、女の子っぽい名前だといって呼んだら怒るからあんまり名前では呼ばないようにしているけれど。


 ぼくは手に乗せた指先サイズの小さな白い花、スズメウリの花をラノベの上に乗っけて、目を瞑って祈る。


 ぼくは絶対に悲しまない。なんたってぼくの大好きな幼馴染が、夢を掴むチャンスを手に入れただけなんだから。


 ふと強風が吹いて、小さなスズメウリの花は飛ばされていく。


 予想以上に舞い上がったその花は、風に乗ってどこまでもどこまでも登って行き、やがてどんなに目を凝らしても見えなくなってしまった。


 その先にあいつはいるのだろうか……いると信じよう。


 きっとあいつは今頃、広大な草原を思いっきり走り回っている。


 スズメウリ、花言葉は『生まれ変わり』。

こういった感動モノ(?)は書くのが初めてで、手探り状態で書き上げました。

感動して頂ければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラノベにはまって夢中になっていく一方で、徐々に病が重くなってくる幼馴染…そんな幼馴染の体調に帰宅しても心配が募る主人公の描写の移り変わりが。会って会話して帰宅するという一連の流れで書かれて…
[良い点] 起承転結がしっかりしていてとても勉強になり、とても感動しました。ラノベ好きな親友、そんな親友を思う主人公の心情に感動しました。 [気になる点] でも読み終わった後、辛い、切ない気持ちが消え…
[良い点] ホントに思いますけど…キャラの掛け合いの描写上手すぎません…?オレ首は方向性は違うけどなんていうか、尊いや萌えの感情。今回の場合は感動。何をテーマにするかによって作品ごとに相手に伝わる、相…
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