コンビニにて
「コンビニは好きじゃない」
そう彼女は言う。
その理由を訊けば、言下に返答がくるだろう。
きっぱりと、当たり前だと言う調子で。
むしろ問うた俺を怪訝な顔で見るくらい。
「高いじゃない」
……たしかに、コンビニに特価品はあまりない。
スーパーに行ったほうがいい品物を安く買える。
でもコンビニは、その便利さがウリなわけで。
その代わりに値段がはるのは、しかたがないところだろう。
営業時間の長いスーパーも増えているけれど、
大きな店はどうしても駅の近くだとか住宅街だとかになる。
そんなふうに思う彼女とも、コンビニを利用する時がある。
デートの時、カラオケだのに行く場合だ。
持ちこみOKのそのカラオケは、少し駅から遠くにある。
歌うだけじゃなくて、簡単に二人きりになれるから、よくそこに行っていた。
学生の彼女は、でも奢られるのが大嫌い。
だから金銭的な面でも、そこはとても都合がよかった。
駅前で待ちあわせて、手をつないで、喋りながら。
その途中にあるのがとあるコンビニで。
いつもそこでパンとか、軽い昼食を買っていくのが、おきまりのパターンになっていた。
だから今日も、中継点にあるそのコンビニに、
なにも言うことなく一緒に入っていった。
買物カゴを手にとって、パン類の置いてあるところへ行く。
「んと……これとコレ」
彼女はいつも決めるのがはやい。
コンビニや外食では、冒険をしないからだ。
新商品が出ると試したくなるこっちには、ちょっと羨ましい。
……単にめんどくさがりなのかもしれないけど。
ぱぱっとカゴに入れると、彼女はさっさとどこかへ行く。
いつものことなので気にせずに、なにを買うかじっと考えはじめる。
俺が悩むのを知っているから、気をきかせてくれている。
そんな小さなことでも、わかっていてくれるんだなと思うと、無性に嬉しくて。
さんざん迷った末に選んだパンと総菜を入れると、
ペットボトルのお茶を適当に選んでそれもカゴに。
そこで、彼女は飲物を選んでいないことに気づく。
放っておくと全然飲まないし食べないので、いつも無理に買わせることにしている。
そりゃあ彼女のすらっとした外見は好みだけど。
だからって不健康な状態は困るし。
さして広くないコンビニ内、角を曲がるとすぐ姿が見えた。
棚の前にしゃがみこんで、なにかをじっと見つめてる。
声をかけると、慌ててふりかえってなんでもないフリをした。
とりあえず深く追求しても答えてくれないのはわかっているので、話題を変えることにする。
「飲物選んでないだろ、いいの?」
「あ、そういえば」
言われて気づいたらしい。
ちょっと待ってて、と言うとペットボトルの棚にむかう。
角を曲がって見えなくなったところで、目線を落とした。
そこにあったのは、小さなぬいぐるみのついたストラップ。
彼女が見ていたのは、おそらく茶色の犬だろう。
通りすがりの犬を見るとさわらずにはおれないくらいの犬好きだから。
たいした高いものでもないんだし、買えばいいのにと思うが、
ヘンに頑固な彼女はそうもいかない。
無駄なものを買うのは、悪いことじゃないと思うけど。
ちょっと考えて、ストラップをとると、カゴの下のほう、パンの間に隠しておく。
もどってきた彼女からお茶のボトルを受けとると、会計を済ませた。
この時、彼女は他の客の邪魔になるのを嫌がって、近くにいない。
それを見越していたけれど、今回はそれがありがたかった。
ストラップだけビニール袋からとって、値段をちぎるとポケットにしまう。
そして、出口で待っていた彼女になにげなく手渡した。
なに? と呟いて手を見ると、驚いた顔をする。
「いつのまに……」
「ん、それじゃなかった?」
訊くと、ううんと首をふる。
当っていたらしい。
「そんな高いものじゃないから、あげるよ」
先手を打って言うと、少し困ったような顔をした。
……本当におごられ慣れてないよな、と苦笑する。
ねだったりしないのはいいことだと思うけど、全然頼られない感じもさみしいもので。
「……じゃあ、ありがたくもらう。
ありがとう、すごく嬉しい」
やがて、にこっと最高の笑顔で礼を言われる。
ほんの些細なものでも喜んでくれると、こっちも嬉しくなって。
いそいそと携帯につける姿を見て、ほほえましくなる。
そして手をつないで、道を歩く。
今日はとりわけいい日になりそうだなと思った。
大昔のサイト掲載作品、これも十年以上前です。
誤字脱字チェックしかしていません。