ようやく本題
中に入ると、イケダメこと「伊月先生」が座っていた。
さっきと全く同じ負のオーラをまといながら、パソコンに向かい合いながらまだブツブツ何かを呟いている。
その横には、さっき俺を呼んだであろう、看護師さんが控えている。
顔もカワイイ、背もちょこっと小さめで、声もカワイイ。胸もでかいし、いいスタイルで…
でも無表情。まるで人形のようだ。
名前のプレートを見る……「篠崎」。 シノちゃん。
絶対に床上手だ。うん。間違いない。
イケダメは俺が入ってきたのに、気づいていないかのようにまだブツブツ言ってる。
この人、患者を呪い殺してるんじゃないか? むしろ呪われてる?
医者としてやっていけてるのか? 大丈夫なのか?
不安がこみ上げる中、イケダメがクルッと椅子を回して、俺の方を向く。
イケダメと初めて目が合う。
綺麗な瞳をしている。さっきまで感じていたダークサイドなオーラは勘違いじゃないかと思うほど澄んだ瞳。
俺が女だったら、マジで惚れてたなこれ。
残念なイケメンのものすごく良いところを眺めながら、これから俺は何を言われ、何をされるんだろうと思っていると…
イケダメは突然、自らの右手を「がっ!!」と掴み、前かがみで小刻みに震えだし、すっと立ち上がる。
そんな彼から放たれた第一声………
「はぁ……はぁ……はぁ…………右手が…右手が疼く…!!!!!!!! 」
「は、は、離れろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!! 奴が……奴が来る前にぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!! 」
……。
は???????????
……。
唐突な叫びと、その後の沈黙。大よそ4~5秒。
そして……。
どすっぅぅぅぅ!!
突如鳴り響く鈍い音。
「ぐぉあ!!!!!!!!!!!!! 」
「……うううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……………」
イケダメの苦しそうなうめき声が診察室に響く。
思考が追いついていない中、俺は確かに見た。
横に控えていた看護師シノちゃんが、涼しい顔をしながら颯爽とイケダメのボディに華麗なる拳を打ち込んだ後、静かに定位置に戻っていったのを。
そして、天使はゆっくりと口を開く。
「先生。どうか、どうか落ち着いてくださいませ。松田様が怖がっておりますわ」
「ご、ごめんねぇ………き、きんちょうを……ほぐそうとぉ……」
なんなんだここは。
今日一日で、一体何回「なんなんだ」って思ったんだ俺。
やけに患者が少ない病院。理解不能な行動を取る医者。
超ド級に可愛い子と気まずい関係……あっこれは俺がいけなかったわ。
そして…このやたら丁寧な言葉遣いで、ありえないくらい強いモデル型天使級看護師。
そんな天使に殺戮されそうになったイケダメは、なんとか体制を立て直して、「んんん! 」とおもむろに咳払いをし、急にまともな自己紹介をしてきた。
「大変失礼いたしました。私、松田さんを『担当』させていただきます、伊月と申します」
「はぁ……どうも」
あまりにも急展開すぎて、まだ頭の中の整理が終わっていない為、力ない返事をする俺。
担当か……ん? 担当って何?
「さっきの『右手が疼くーーー』は、私の趣味みたいなものなので気にしないでくださいね。はははははは!! 」
イケダメのキャラが全く掴めなくて、さらに訳が分からなくなった…とは言えず、とりあえず合わせて「はははは」と笑い返してみる。
突然、イケダメは急に真面目な顔をして俺の目を真っ直ぐ見ながら、丁寧かつ静かな声で俺にこう尋ねた。
「さて、松田さん。お待たせいたしました」
「私の方から、松田さんの血液検査の結果についてお話させていただく前に、失礼ではありますが一つ、お伺いしたい事があります」
「はぁ……なんでしょうか? 」
「松田さんのご両親、ご親族の方はご健在でしょうか? 」
ドキっ…と心臓が痛み、背筋に寒気を感じた。
このタイミングで家族の事を聞かれたら、誰がどう考えてもまずい話だろう。
「い、いえ……両親も親戚もいません」
事実だが、そう絞り出すのが精一杯で、これから何を言われるのか今すぐに聞きたいのに、不安が一気に膨らみすぎて言葉が出てこない。
その様子を察してなのか、伊月先生ことイケダメはとても神妙で、とても申し訳無さそうな顔をしながら、
「そうでしたか……。 松田さん。落ち着いて聞いてください。貴方は……」
ゴクっ………
不安と緊張でまともに息が出来ていないはずなのに、自然と息をのむ。