ようこそ私の部屋へ!
『自分が愛してもいないのに、人に愛されると思うな』
酷い言葉をかけてしまった、親友に殴られなが言われた言葉。
とても自国には居れない醜態を晒して逃げるように、ヌガーイ国へと婿入りすることになった。
元婚約者には劣等感から、キツく当たり続けて結果僕は追放されてしまったけど、今度はどんな相手でも愛そう。
そうした覚悟を胸に宿して、結婚相手となる王女を通された部屋で待っていた。
この国は、王女が主権を持っている。自分が元いた国は王が持っていたため在り方が違う。
部屋に通されるまでに見てきた人や、建物からも違う国なのだと実感させられる。
(早く慣れるといいな……)
元王子であった為、こうして膝を付いて誰かを待つというのは父と母以外には初めてのことだった。
「やぁやぁ、君が私の旦那様になる人かい? 顔を見せておくれ」
鈴の音を転がしたような声に顔をあげた。
「うわっ」
そして、後ろにのけ反り、尻もちをついてしまう。
目の前に顔があった。何もかもを吸い込んでしまいそうな夜を移した黒い瞳。同じ色をしたきめ細やかな髪。透けるような白い肌。
女性はそんな惚けている、デビッドをうんうんと頷きながら見る。
「いいね。やはり私も血筋だ。年下美少年、ありだ。歳いくつだっけ?」
「……え? あ、17です」
「おーー17! 若いなぁー、私は22だよ。君の国では婚期過ぎているんだっけ? 私のこと抱けそう?」
「へ!? だ、抱けそっ!?」
目の前の美しい女性の、あまりにも臆面もなく言う言葉に思わず頬が赤くなるのを感じる。
「こっ、これかー。お母様、私が間違ってました。年下最高! 時期を待ってて良かった!!」
拳を握って天に掲げる姿を、ただ見上げるデビッド。
(国が違うって本当に大変なのかもしれない……)
「おっと……いけない、いけない。さぁ旦那様、とりあえず私の部屋で話そうか!」
鼻歌まじりに、連れられて歩いてきた一角で立ち止まる。
「さぁさぁ、入りたまえ。ようこそ我が部屋へ」
前を歩いていた女性はくるりと回り、デビッドの方を向きにこりと微笑み扉を開ける。
自国では嗅いだことのない香りと、目の前にいる女性の部屋だということに妙にどぎまぎしてしまう。
踏み出した足を思わず止めてしまう。
「……っ」
「ん? あ、そっかそっか。いやぁいいねぇ、こういうのっていいねぇ」
「へっ!?」
手を掴まれて部屋への中へと案内され椅子に座らせられる。
(あれ? 普通に引いてもらって座っちゃったけど、良かったのだろうか。この国では侍女とかがやるんじゃないのだろうか)
「じゃあ先んず自己紹介からだ。私はトートリリア・サン・イートス。トリアと呼んでくれたまえ。君の名前は?」
(そうか、お互いに自己紹介もまだだったのか……)
「デビッド・ノス・スフィアです。トリア、さん。これからよろしくお願いします」
「うーん、さん、か。まぁそれもいいかな。デビッド君、よろしくね」
(君なんて呼ばれたことなかったなぁ。トリアさんの一挙一堂に心が動いてしまう。早く慣れるといいな)
「では、この国と私のことを色々説明しよう」
頷くデビッドを見て話し始めるトートリリア。
「この国は王女が主権を持っていて、婿入りという形で君がやってきた。それは間違いないね?」
「はい、そう聞いてます。そして、それだけです」
「なるほどね。この国が他国の者を娶るにあたっていくつか条件があってさ。まず王女より年下であること。これは王女の主権が揺るがないようにする為だ。その為、内政に干渉させないこと。そして王女自らお世話をすることさ」
「お、お世話?」
「そそ。お世話、君の国ではメイドとかいたかな? あれだと思ってもらっていいよ」
「……いましたけど」
なぜ王女が、と首を傾げる。
「この国に婿入りするのは、基本的に別の国の王子だからね。王女主権のここでは内政に口出しも出来ないから元々の環境と全然違ってストレスが半端ないらしいからね。クーデターとか起きないようにと、王女が尽くすのさ。基本的にこの国にとっては婿入りとは血筋と世継ぎさえいればいいからね」
(やはり文化の違い、ということなんだろうな。さっき椅子を引いてたのもそういうことだったのか)
「それと、一緒に寝ることなんだけど。最初の三ヶ月はなしなんだ。王女が既に別の人のを身篭っている、という可能性をなくすためにね。それと同じで、その後も私から誘うことは出来ないんだ。だから君が寝たくなったら夜、私の部屋に来てれると嬉しいな」
あけすけな物言いに思わず口が開く。
真っ直ぐ見つめてくる、吸い込まれそうな瞳をただ眺めることしか出来なかった。
「んっ。ああそっか婚期が違うんだっけ。ほら、どう? 結構あるんだけどさ」
トリアは自らの胸を持ち上げて見せる。
一瞬そこに視線が入ってからすぐに首を横に向ける。
「ふふっ。王女なんて肩はるだけと思っていたけど、君がいるなら楽しくなりそうだ」
なんだかそわそわしてしまう視線にさらされて、顔が熱くなるのを感じる。
「長旅もあっただろうから、とりあえず君の部屋に案内するよ。ゆっくり休むといいさ」
廊下を歩きながらトリアは話を続ける。
「そうそう。もし起きても私が起こしに来るまで寝ていたフリをするんだよ? 『ごめん、待った?』『ううんうん、今来たとこ』ってやつさ」
「……はぁ?」
よくわからないけど、侍女が起こすまで起きるな、というのと同じなんだろう。
「ここが君の部屋だよ」
入ったその部屋は、トリアの部屋でした嗅いだことのない香りはしなかった。
トリアに部屋の説明をしてもらい把握したと頷くと、にこりと彼女は笑って口を開いた。
「それじゃおやすみ。明日からは、私が着替えとかもするから、そのつもりでいてね。旦那様」
「へ!?」
ぱたりと扉が閉まった。
色々な感情が渦巻く中、デビッドはベッドに身を掘り投げた。
「なんていうか、疲れた……」
そしてそのまま眠りに落ちていった。