09話 悪魔の陰謀! 公子は何をたくらむ?
レオニスター伯爵には二人の子がいる。
一人は本妻の娘・第一公女ビアンヌ・エメ・レオニスター。
もう一人は側室の息子・第一公子メギオ・レオニスター。
さて。この公子メギオの母だが、正式に側室として館にいたことはない。
身分は平民ですらなく貧民街の女であったが、昔レオニスター伯が気に入って通い続けた際にメギオは生まれた。
だが彼女はその後、貧民街にて病により死亡。
レオニスター家の後継者不足の問題のため、メギオは正式に伯爵の息子と認知され引き取られた。
当初はビアンナ姫に不足の事態がおこった場合のスペアとして引き取られた彼だったのだが、館にきて教育を受けると、彼は優秀さを発揮した。
貴族の作法・知識は短期間に習得し、さらには領内の経営の仕方もおぼえ、家臣の使い方や配慮までも知悉するという神童であった。
一方のビアンナ姫はといえば、貴族の勉強などまるでしないで遊んでばかり。
貴族のたしなみの式典作法はまるで覚えず、二人の冒険卿から拳法を学んだり魔法を教えてもらったりと、好きなことだけを学び、好きなことをして毎日遊んでいるだけ。
あまりに二人の学識の格差に、家臣からもメギオを後継者に推す声が高まり、あとはビアンナ姫の母である妃の説得だけという段階にまでなった。
だが突如、運命はメギオに背いた。
彼は彼の母と同じ症状の病にたおれたのだ。
定期的に高熱を出し、熱のないときにも呼吸困難で外出もままならない状態となってしまい、居室も庭の端の離れへと移された。。
高レベルの回復術士に診せても症状は改善せず、その状態が長く続いたために、彼の後継者指名は立ち消えになってしまった――――
というのが、レオニスター伯爵公子メギオ・レオニスターの現状らしい。
彼は、賢者であるヴィジャスにも症状を診てもらっていた。
そして5年前のある日、離れに訪問した彼を狙って封印―――――
というのが、はじまりだそうだ。
しかし、こんなお家騒動に巻き込まれ、異世界にまで来てしまうとは。
まったくヤレヤレだよ。
さて。メギオ公子のプロフィールと封印事件のことを聞いているうちに、馬車はとんぼ返りで領都に戻り、直接レオニスター家の壮麗な館へと到着した。
使用人用の入り口から庭園にはいり、そこで僕ら二人と一匹は作戦会議。
「とにかく伯爵へ訴えてみるのか? 猫になったヴィジャス卿の話だけでは、執事で止められ、彼が調査した後に……となってしまうかもしれん。若が何か良からぬことを考えている証拠でも見つかれば別だが」
「とりあえず引っかかるものを見つけた。向こうのメギオ様の離れ付近だが、庭園の様子がだいぶ変わっているな。もしかしてあれはメギオ様の指示か?」
「ああ。『外出もままならないなら、せめて庭の景観を楽しみたい』とおっしゃられてな。さすがに優秀で、設計も業者を選ぶのも自分でおやりになって、家臣がすることは何もなかったよ」
「怪しいな。まずあの庭園を調べよう。多分その業者というのも、おそらく”かたぎ”じゃない」
というわけで、伯爵に直訴に行く前に、離れ付近の庭園を調査した。
すると、そこには恐るべき秘密があった。
急いで僕たちは伯爵に報告すべく面会を希望し、執事の関門も通り、伯爵と対面した。
さて、場所は移り伯爵の執務室。
そこは曇りひとつない調度品に囲まれた部屋で、大きな執務机にすわる伯爵に対面した。
レオニスター伯爵は、聞いた通り厳格な紳士然とした堂々とした威厳の初老の紳士であった。
僕はヴィジャスの弟子として、猫になった師匠を抱える役目をしているのだが、このエロな恰好を厳しい伯爵の目にさらすハメになっている。
いいかげん着替えたい! 視線が痛いよ!!
そして傍らには娘のビアンナ姫も立っている。
今は前に見た町娘の恰好ではなく、貴族の室内用ドレスだ。
ヴィジャスは、彼らにメギオの怪しい動きについて説明した。
「そんな。まさかあの聡明な兄上が、ヴィジャス卿を封印しただなんて……………」
「ヴィジャス卿、私も同じ気持ちだよ。メギオは血筋に難があろうとも、精神は立派な貴族。ビアンナにあの十分の一も貴族の自覚があれば、と何度も思ったものだ」
「残念ながら事実です。私を封印したことで何者かの影があること。そして彼がこの館で何らかの陰謀を企んでいることも、疑惑ではなく確信となりました」
「証拠を見つけたと聞いた。きこう」
「はい。彼が改装した庭園を調べました。そこには”転移の術式”が組まれていたのです。あれはどこからか何者かを館内に呼び込むためのもの。そして付近は、大勢の人間が潜むに足る構造となっていました」
「――――――なッ!? バカなッ!!」
そのとき控えていたリューヤは、はじめて発言した。
「伯爵。自分はすぐさま手勢をひきいて件の業者を調べたくあります。父がいない今、守りを固めるより先手をとって攻めるべきです。」
「…………いいだろう、行け」
リューヤは一礼して、出て行った。
その業者、死人が出なければいいけど。
彼が出て行くのを見送った後、ふたたびヴィジャスは話しはじめる。
「では我々はメギオ様にあたりましょう。ただ不穏な空気が漂っている以上、時間をかけないに越したことはありません。なのでメギオ様をひっかけます。アリエス、私を床へ」
「あ、はい」
立場上、自分は話に加われないのでぼうっとしていた。。
こういった高貴な家の事情だの陰謀だのの話になると、完全に蚊帳の外なんで、空気人間になってしまう。
言われた通り僕がヴィジャスを床に置き、その前に立つと、何やら術をかけられた。
すると、僕の姿はヴィジャスの人間の姿になった。
「ヴィジャス卿!? お懐かしい」
「光魔法の幻術か。たいしたものだ」
「ヴィジャス………お師匠。これは?」
「光魔法による幻術だ。彼を問い詰めるのは僕がやるから、君は僕の言葉にあわせて口をパクパクさせてくれ」
そういえば元の世界に、とある少年探偵がダメ親父を名探偵に見せるために、こんなことをやる国民的アニメがあったな。
体は猫。頭脳は賢者。
どんな難問事件も解決する名探偵ヴィジャス!…………なんてね。
「でも、猫がそこにウロチョロしているのは不自然じゃない?」
「猫じゃなくて山霊獣…………まぁ、どうでもいいか。では、私はビアンナ姫のペットを装うことにいたしましょう。ビアンナ姫。申し訳ありませんが、私を抱えてメギオ様を訪問してください」
「う、うむ。こうか」
ビアンナ姫はおそるおそる猫ヴィジャスを抱きかかえる。
すると、なんだか真剣な目で彼を見つめた。
「……………ヴィジャス卿。そなたモフモフで可愛いな。本当にわたしのペットにならないか?」
「ありがたいお申し出ですが、私は賢者としてのつとめがあるのですよ。ビアンナ姫と遊んでばかりもいられません」
さて、メギオという公子様と対決だ。
よその家のお家騒動なんて、さっさと終わらせたい。