08話 うごめく陰謀! 不穏なる影はたちこめる!!
翌朝。
約束通り僕は中央広場の馬車乗り場で待っていた。
やがてリューヤは一人のおじいさんを連れてやってきた。
「アリエス。これが親父のセイリューだ」
それは腰は曲がっているし、頭髪は真っ白だしで、見るからに典型的なおじいさん。
だけど目だけはやけに鋭い。
おじいさんは僕に近寄ると、ジロジロ観察した。
「……………フム。だいぶ成長しておるが、たしかにヤツの弟子じゃった小娘。ずいぶん見た目変わったの。いつ目覚めた?」
現在進行形で眠ったままです。
「まぁ、そのあたりもヴィジャス……………お師匠様にきいてください。しかしお師匠の仲間だったと聞きましたが、かなりお年をめされていますね?」
失礼は承知だが、思わず言ってしまった。
「ヴィジャスも実年齢はワシと変わらんはずじゃぞ。高位の魔導師はなぜか年齢の進行が遅いのじゃよ。そのあたりの理由は専門家にでも聞かにゃわからんがの」
「そうですか。では、そろそろ馬車に乗りましょうか。お師匠様が待っていますし」
「いや、それなんじゃがの。ワシは行けん。今朝方、近隣の村に大量のモンスターが出現したとの報告があっての。冒険者だけに討伐を任せるわけにもいかん。というわけで、今日は衛兵団の団長として出ないといかんのじゃ」
「は、はぁ。では、それが収まるまでお師匠と会うのはおあずけになるのですか?」
「そうじゃの。だが今日のところは息子のリューヤを行かせる。諸々の話は後にするとしてじゃ。ともかくヴィジャスが封印された経緯と封印した者の名を聞かせてもらう。予想通りの人間ならば、レオニスター家に危機があるかもしれんのでの」
そういっておじいさんは行ってしまった。
というわけで、僕はこのイケメン拳法家リューヤと共に馬車に乗り、ヴィジャスの庵へと向かった。
◇ ◇ ◇
しかし、このヤバそうな男と馬車の客室に二人っきりというのは、じつに息がつまる。
妙に僕を観察してくるし。
「しかし貴様、本当にヴィジャス卿弟子のアリエスか? 俺との面識はほとんど無かったからともかく、ビアンナ姫には何度も逢っていたはずだぞ。それに親父にも。なのに初対面みたいなその様子は何だ?」
「事情があって昔の記憶がないんだ。詳しいことはお師匠にでもきいてほしい。だから道中は長いし、どんな経緯でお師匠は”賢者”なんて呼ばれるようになったのか教えてくれ」
「記憶がないだと? そんなことも忘れてしまっているのか!? 子供でも知っている伝説の冒険者パーティー【暁の牙鴉】の伝説のことも!?」
子供でも知っているのか。
だったら、昨夜ルドにでもきいておけばよかった。
「仕方ない。では話してやるか。かつて親父とヴィジャス卿は【暁の牙鴉】というたった四人の弱小パーティーに所属していた。ちなみに【暁の牙鴉】のメンバーは、最後まで当初の四人のままだった」
もう一つちなみに、牙鴉というのは、真っ黒い体をして嘴に牙がはえている鳥形モンスターのことだそうだ。
いちおうモンスターだが、モンスター最弱部類に名のあがる雑魚モンスター。
なぜこんな雑魚モンスターをパーティーのシンボルにしようとしたのやら。
「かのパーティーは弱小らしく、当時あった【イヴァーズ・ダンジョン】という迷宮の、浅い階をまわって素材になるモンスターを狩るのが日課だった」
ダンジョンとは、【悪魔】と呼ばれる人間よりはるかに高位存在のモンスターがつくった地下宮殿である。
そして冒険者の仕事は、領外に広がる危険地帯で、素材となるモンスターや動植鉱物を狩ったり採取したりすることである。
つまり当時、この王国近隣にあったイヴァーズ・ダンジョンは、高レベルモンスターが沸きだし、安全には悩みのタネではあったが、冒険者にとっては高値で売れる素材の絶好の狩り場であったのだ。
以上。ヴィジャスから学んだ世界の常識より。
「無論、弱小パーティーもいるなら大パーティーもいる。十人、二十人ものパーティーを幾つも送って、迷宮中層を狩り場にするような大御所もあったそうだ」
つまりヴィジャスもあのおじいさんも、貧民街で見たあの山賊みたいな冒険者と同じ立場だったのか。
ここからどうやって”伝説”とか”賢者”とかに成り上がれるんだ。
「だが【暁の牙鴉】の四人はそういった奴らを出し抜き、そのダンジョン最深奥に住まう主の悪魔イヴァーズを斃した」
「は、はァァァァァァァァッ???!」
「【イヴァーズ・ダンジョン】周囲の土地は王国に編入され、そこに残されたマジックアイテム等の遺物は王国を大いに潤した。この功績により、【暁の牙鴉】は人類最高・伝説の冒険者パーティーと呼ばれるようになった。メンバー四人も特別に【冒険卿】という称号を王国から与えられ、貴族になったのだ」
あの貧民街の山賊から一気にお貴族様!?
「ええっと…………そのダンジョンのボスを斃すって、そんなに凄いの? 貧民街にたむろするような冒険者が、一気にお貴族様になるくらい?」
「当たり前だ。王国も昔には軍隊を派遣して攻略しようとしたが、深奥層の高レベルモンスターにやられて壊滅したらしい。『イヴァーズを見ることすらできなかった』と生き残りは証言したそうだ」
「そんな無理ゲーダンジョンをたった四人で? いったい、どうやって?」
「むりげー? なんだそれは。だが話は終わりだ。そろそろヴィジャス卿の庵につく。続きはヴィジャス卿本人にでも聞くんだな」
やがて馬車は元の辺境の山のふもとへと着き、そこからヴィジャスの小屋へ。
部屋にはいると、やはり猫のヴィジャスはそこにいた。
まぁ正確には、どこかに封印されている彼が、この猫をとおして会話をしているのだが。
僕は、猫ヴィジャスにこれまでの経緯をざっと話した。
「そうか。セイリューは来れなかったのか。ま、仕方ない。とりあえず君と現在の状況を話しあおう」
彼はリューヤにそう言った。
「猫からヴィジャス卿の声がする。本当に猫になったんだな」
「猫じゃなくて山霊獣だ。精霊の一種で、心を通わせれば守護獣にもなってくれるし、こうして依り代にもなってくれる。そして俺は山霊獣になったわけじゃなく、封印された場所から意識と声をとばしているんだ」
「それじゃ、親父から頼まれたことを聞くぜ。まず、アンタを封印なんてしたのは誰なんだ?」
「レオニスター伯爵のご子息メギオ・レオニスター様だ」
「やはり…………アンタに最後に逢ったのも、『旅に出た』なんて言ったのも若だった」
後に聞いたところによると、【メギオ】というのはビアンナ姫の兄だそうだ。
ただし母は違っており、ビアンナ姫が本妻の子に対してメギオは側室の子。
そのため、伯爵家後継者指名はもめているそうだ。
「だが若は出歩くのすらままならない病持ち。それに嗜みとしてある程度の魔法は使えるだろうが、賢者であるアンタには遠く及ばないはずだ。いったいアンタほどの人間が、どうして”封印”なんてことになったんだ?」
「強力なマジックアイテムを使用された。それを作った奴はおそらく相当に強力な術者だ。つまりメギオ公子の背後には相当な黒幕がいるぞ」
瞬間、この場に少しばかりの緊張がはしった。
見えない陰謀が、この伯爵領に蠢いているのがわかったのだ。
「親父が考えた”最悪”のとおりか。だが相手が若では締めあげるわけにもいかん。アンタを封印したのが若だという証拠は何かあるか?」
「いくつかアタリはあるが、領内に出た【大量のモンスター】というのが気になる。もしかしたら”証拠固め”など悠長なことはしていられないかもしれない。すぐ俺を連れて伯爵邸へ行ってくれ」
ピョンッと、猫ヴィジャスは僕の手の中にとびこんだ。
「大丈夫なの? ここから離れたら、猫に意識を宿らせることができないんじゃ?」
「暇な間、山霊獣と魂の結合を強めた。【ビレニティ・ザ・レオニスター】までなら大丈夫だろう。それとアリエス。君には切り札を教えておく。それは魔法全属性八種をかけあわせた術。悪魔イヴァーズを斃したそれだ」