07話 ここが最下層の街! アリエスは奇跡をもたらす!!
今さらながら『北斗の拳』(ラオウ登場前限定)が好きになりすぎて、サブタイトルがこんなになってしまいました。B級アクション映画みたいな悪役と冷酷処刑人の物語がたまらない。
イケメン拳法使いから解放されるや、僕はすぐさまその場を逃げ出した。
なにしろ後ろでは、気絶させられたチンピラどもが、浮浪者の集団に本当に身ぐるみ剥がされ裸にされているからだ。
服まで盗るかフツー!!? ここは羅生門か!!!
「ハァッハァッ。まさか追いかけてこないだろうな」
「心配ないよ。あいつら、体ブッ壊しているのが大半だから、走れないんだ」
と、幼い男の子の声が後ろからきこえた。
「あ、君は」
そこには先ほど助けた奉公人の子供のひとり。
くすんだ茶色い髪の小汚いガキがいたのだ。
「無事でよかったな姉ちゃん。あんなヤバそうな奴にからまれて無事なんざ。アンタそうとう運がいいぜ」
「逃げないで見てたのか。君はどうして残ったの?」
「ん……………まぁ助けてもらったしな。隙があるなら助けてやろうかな、と。何もできねぇ場合が、ほとんどだろうけどな」
ポリポリ頭をかきながら、そっぽを向く。
助けたことを恩に思っているなら、貧民街の子供にしては義理堅い性分をしているのかもしれない。
だったら助けた分、道案内で役にたってもらおう。
「ありがとう。それなら、お腹がすいたんでご飯が食べられる場所に案内してくれないかな。あと今夜安心して泊まれる場所も。一晩この街にいなきゃならなくてね」
「まかせなよ! しっかりこのゴミ街の案内をしてやるぜ。おいらはルド。このゴミ街でなんとか生きているガキさ」
「僕はアリエス。でも人と話すときはおっぱいじゃなく目を見て話そうね」
元男としてあえて黙っていようと思ったが、ガン見しすぎ!
さっきからおっぱいに話しかけてるし!
と、いうわけでルドにご飯を食べられる店を案内してもらったのだが。
その店を見て早くも後悔した。
「…………ここで、ご飯を食べるのか」
ルドに連れてこられた店は娼館付きの酒場だった。
店構えはとにかくケバケバしく派手で、いかがわしい雰囲気がプンプン漂っている。
しかも客は山賊みたいなヤバそうな男共だし。
ルドが「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とか言うので入ってみたが。
「よォッ姉ちゃん! 今夜はお前を買ったぜ。こんなババァばかりの店に、とんでもねぇ別嬪がきやがったなァ!」
とか、いきなり剣呑そうなオッサンに肩をつかまれた。
「い、いや僕はここのスタッフじゃ…………」
「おおっと、待ちなオッサン。この人はとある高貴なお方に”初めて”を売約済みなんだ。アンタが、勝手に先に喰ったら殺されるぜ。処女マニアはおそろしいからねぇ」
このガキは大声で何を言っている!?
やたら注目されて、ものすごく恥ずかしいんだけど!
けれどそのハッタリがきいて、オッサンはいまいましそうに僕から離れた。
「………………ちッ、ルド。お前さん、けっこうな上客つかまえたらしいな。もっとも、上のやつらはゴミ街のガキなんざ使い捨てとしか思ってねぇぞ。せいぜい消されないよう気をつけるんだな」
「承知の上さ。それに使い捨てはガキだけじゃなくて大人もだろ。お互い生き残ろうぜ」
「ああ。その女が使えるようになったらすぐ知らせろ。待ってるからよ」
『使う』って何!? どうしてここでもモノ扱いなのよ!
オッサンは去っていったので、とりあえず席についたが、それでも安心できない。
まわりの男共が僕を見るのをやめないのだ。
「なんでよりによってここ? ご飯を食べるのも、安心できる場所が良かったんだけど!」
「安心だぜ。ここは女に乱暴する奴をぶっとばす用心棒なんかがいるから、アリエスでも安心してメシが食える。宿は俺の家に泊めてやるよ」
一見ありがたい申し出だが、どうもコイツはガキのくせにかなりの好き者と見た。
さっきからおっぱい触りたくて、うずうずしてるのが分かるし。
めんどうなので家には泊まるが、気をつけないと筆おろしの相手にされそうだ。
そのとき、入り口がやけに騒がしくなった。
見ると、デカい男共がはいってきたのだ。
「冒険者様のおかえりか。姉さんたちも張り切っているな………母ちゃんも」
なんでも冒険者は危険な場所で狩りをするので、それなりに金を持っている。おまけに命をかけた後は性欲が高まるのか、すぐに女を買う。それにワイルドな強さはそれなりに女を引きつけるので、娼婦の姉さんどもには大人気だそうだ。
「ええっと………あのエロなおばちゃ、いやお姉さんの中に、ルドのお母さんが?」
「無理しなくていいぞ。ここは冒険者相手の最底辺の店だからな。年がいっちまっても足抜けできねぇババァが集う店。母ちゃんもこの店ぐらいでしか働けねぇしな」
うわぁ。親がその仕事で働いている現場を見るって嫌すぎる。
別にその仕事を差別したりしないけど。
それにしても、ってことは冒険者って最底辺の仕事なのか。
日雇いの肉体労働者みたいなものか?
「兄ちゃ、兄ちゃ」
と、幼い女の子がヨチヨチと歩いてきた。
その子は舌ったらずな声をしながらルドに寄っていく。
「なんだよミル。来るなよ。おとなしく待機部屋にいろよ」
その子はルドの妹で、お母さんが仕事のときは、ここの待機部屋にあずかってもらっているそうだ。
ルドはその子と話すときはやけに身振り手振りがおおげさだ。
なんか可愛いので、僕も話しかけてみたくなった。
「こんにちはミルちゃん。はじめまして」
けれど、その子は僕の言葉に何の反応もない。
「悪いなアリエス。そいつ、耳が聞こえないんだ。まぁ、ちっとは聞こえるみてぇだがよ」
「ふーん難聴? ちょっと診てみよう」
病気と聞けば、医者の性分が頭をもたげる。
彼女を抱き寄せて、耳に声をあてたり、耳をいじって反応を調べたり。
ミルちゃんは知らない人間の僕がこんなことをしても嫌がらない。むしろ積極的に抱きついてくる。
そういえば転生の代償に『僕の体にさわった人間は軽い快感を感じる』なんて能力をもらったな。
TS転生したんで完全に”死にスキル”になってしまったと思ったが、思わぬところで役にたった。
「耳をさわっても痛がらないな。ということは中耳炎の可能性は低い。これは………」
「なんだよ、そいつで遊ぶなよ。趣味悪いぜアリエス」
「診察だよ。ミルちゃんの耳を治そうと思ってね。ルド、ミルちゃんの耳が悪くなったのはいつ頃かわかる?」
「昔、ここの酔っ払いに頭ブン殴られたときからだったかな。でも治すって、アンタ回復魔法とか使えるのか?」
「使えるよ。レベル1の回復魔法だけど」
「かぁっ、話にならねぇな! 前にババァが治そうと治療院に診せたけどよ。レベル2の回復士の術でもダメだったんだぜ」
この世界の病気やケガの治療は、【聖教会】の主催する【治療院】という場所でおこなうそうだ。
そこでは金額に応じてのレベルの回復士に診てもらえる。
この貧民街の人間には、レベル2でも相当キツイ出費だろう。
「レベル2の回復術がどういうものか知らないけどね。単純に耳に術をかけたんじゃ、ダメなのはわかるよ」
難聴になった原因が頭を殴られたからだというなら決定だ。
【聴神経腫瘍】
耳から脳へ繋がる神経、もしくは脳の音を理解する部分に腫瘍ができているのだろう。
さて。現代の医療器具がまったくないこの状況では、これ以上の検査も手術もできずここまで。
ではない!
医療器具はなくとも、僕にはオールレベル1の魔法があるのだ。
僕はミルちゃんの耳から頭にかけて、生体電流ほどの微弱な雷魔法を指から流していく。
やがて、側頭の一点にまったく反応のない場所を見つけた。
神経の反応しないこの部分に腫瘍ができているはずだ。
「ここか。少し大きいから反対の耳にも影響があるみたいだな。………よっと」
僕はその部分に一点集中の回復術をかける。
やがてしばらくした頃だ。
気持ちよさそうに、僕の胸にうずくまっていたミルちゃんが、いきなり耳をおさえた。
「あうっ!」
ヤバッ、なんか間違ったか!?
「おと…………おおきい。耳、こわれる」
「えっ? ミル、おまえ耳が聞こえるのか!?」
「兄ちゃ、おおきな声ださないで。耳、こわれる」
ホッ。耳の機能がいきなり回復したんで、店の騒がしさに驚いただけか。
「マジかよ………………アリエス。あんた、もしかして凄ぇやつなのか?」
「いいや。ただのレベル1さ」