50話 イグザルト男爵が語る真実! 明かされる真の黒幕の正体!!
ここらで隠してある設定を一度出そうと思いまして。
ちょっと本編から外した設定説明回。
ミオラSide
綺麗な女の人が馬より速く走ってせまってくる姿は、クルものがあるね。
言いようのない恐怖でトラウマになりそうだ。
ま、そんな訳でアタシは冒険卿トゥーリ様に捕まって家に戻され、地下牢に入れられている。
なんで家に地下牢があるのかというと、『貴族の家だから』としか言えない。
貴族ともなれば、表に出せない身内が出た場合のため、こういったものを作っておくのが嗜みだとか。
まったく、なんて世界だい。
で、牢の前でうるさいのが、アタシの兄貴クロビス・イグザルト男爵。
「どうしても俺に強力できないかミオラ」
「くどいよ! 兄貴、いったい何やってんだよ。アンタがやたらゴロツキ冒険者なんて集めていたのは、人体実験の道具するためだったんだな!」
「そうだ。消えても誰も気にしないチンピラ冒険者を集めるために、領内の冒険者への取り締まりを大幅に下げたりもしたな」
とまぁ、『悪事の片棒をかつぐ手伝いをしろ』とクソッタレにクソッタレなことを頼まれてんだがな。
おとといきやがれ!
「この野郎! そんなことに協力できるわけないだろ。縛り首にでもなっちまえ!」
「そうか……ならば仕方ない」
ガチャン
「え?」
クソッタレは何を思ったのか、牢の鍵を開けた。
そして何やら重そうな袋を「ドサリ」と落として背を向けた。
「行け。どこか遠くへな。ミオラ・イグザルトの名を捨て、できるなら薬草師の腕も封印しろ。そしてどこかの街で冒険者でもやって生きるがいい」
そのまま兄貴は振り向かず出て行った。
袋の中身は…………金貨の山!?
おいおい、まともじゃねぇぞ。何やったら、こんな大金生えてくるんだよ!
領内はメチャクチャなのに、こんな大金持ってるとか、あやしさプンプンじゃねぇか!
結局そのまま出て行くこともできず、足は自然と兄貴の執務室に来てしまった。
「兄貴………」
兄貴は向こうを向いたまま酒を飲んでいた。
『執務室は仕事をする場所。そんなモン持ち込むな!』って言葉が出そうになったが、飲み込んだ。
「なんだ、まだ行かなかったのか。俺に協力できないとあらば、連中に首輪をはめられて働かされるぞ。行くか残るか、今決めろ」
話しかけても兄貴はアタシを見ない。
あさっての方向を向いたまま、めんどくさそうに口だけで対応している。
なにこの『人生投げてます』って酔っ払い。
「話せよ。”連中”って誰なんだよ? いったい何がどうなってんだよ! アンタの口から真実を聞くまでは動かないからな…………?」
兄貴を問い詰めようとしたアタシは、漂っている芳醇な匂いに気勢をそがれた。
「兄貴。アンタの飲んでるそれ。やけに高級品じゃないか?」
「さすが連中も惚れ込む薬草師、鼻がきくな。ナムトセイ公爵家の秘伝製法で作った銘酒だそうだ。宮廷晩餐会にも出される逸品。まったく、こんなもので籠絡されたら何でも従ってしまうではないか」
「ナムトセイ公爵………まさかこの件の裏にいたのは!?」
「そうだ。いちばんデカいのはナムトセイ公爵家だな。他にもホクトゥシン公爵家、アミヴァ侯爵家など伯爵以上の名家が十家ばかり。いやはや、名家揃っての圧力ってやつは生きた心地がしないなぁ」
大貴族連合!? なんで、そんなモンがド田舎弱小貴族領のウチに関わってんだよ!!
「いったい何が起こっているんだよ! ウチみたいな弱小領に何があんだよ! そんな大物共が集まってくる何が!!」
「いいのか聞いて? 聞けば、お前も俺のようになってしまうのかもしれんぞ。歪んだ権力のゲスな手下になぁ」
自覚していたのか。
しかしそれ以上に、兄貴の悲しそうな目が、やけに心に刺さった。
この酔っ払い領主にも、健全経営めざしてがんばってた時期があったんだよな。
その記憶がチラついて、どうしても兄貴を置いて出ていけなかった。
「話せ。どうするかは、それから決める。何もできないかもしれないけど、それでも聞く」
「しかたない奴だな。真実を知った始末は自分でつけろよ」
酒瓶を脇に置いて、酔っ払いは、やっとアタシの顔を見て話しはじめた。
「俺もはじめから寄親のレオニスター伯爵を裏切るつもりはなかった。なにしろ最初に話を持ってきたのは、彼の息子のメギオ公子だったのだからな。レオニスター伯爵の意向だと思っても仕方ないだろう?」
「メギオ公子…………先日、亡くなられた?」
「そうだ。多額の援助と引き替えに、領内の目立たない場所に研究所を建てることを求められた。ここの魔物を研究するためのものと思ったがな」
「でも、それは魔人を作るためのものだったんだね。いったい何でそんなモン作ってんだよ! その大貴族のお偉方は」
「彼の後ろにいるのがナムトセイ公爵家だと知ったときには遅かった。政治工作ってやつに疎かった俺は、いつの間にか、連中の言うことを何でも聞く人形にされていた」
アタシの質問に答えてねーぞ。
ま、仕方ない。アタシの言葉がまともに聞こえてるかあやしいし。
酔っ払いにもちゃんと聞こえるよう、声をさらに張った。
「何でウチの領なんかにそんなモン造ったんだよ! 研究所なんて、それこそ自分か傘下の領にでも作ればいいじゃん!」
「悪魔細胞というのは猛毒だ。それをあえて人間に植え付けるには、その毒を弱め、さらに被検体の毒耐性を高めねばならんそうだ」
「はっまさか!」
「そうだ、お前が作る【ハイ・メガ・ポーション】。アレは強力な毒の浄化に良く効く。悪魔細胞を人間に植えるのに欠かせないそうだ」
アタシの作ったアレを、そんな外道な使い方していたなんて!
さっき兄貴が答えなかった質問をもう一度した。
「偉くて立派な方々が、何でこんな狂ったことを! 魔人なんて作って、いったい何をしようとしてんだよ!」
「事の始まりは、【暁の牙鴉】が悪魔イヴァーズを倒したことからだ。その結果メンバー四人は信じられない能力を有した。その奇跡を見たお偉方はそれを求めた。狂うほどにな。『悪魔の死体』という絶好の素材もあるため、研究計画が発足した」
「魔人は悪魔の能力を調べるサンプル? 狂っている!」
「とくに奇跡を求めたのがナムトセイの女傑【ユリダ・ナムトセイ】だ。永遠の美しさを夢見て、非人道的なことも構わずやらせるそうだ。魔人なんて可愛いものだ」
「たしか今、実質的に大公爵家ホクトゥシンを支配している? いちばんヤベェ奴じゃねぇか!」
「彼女がホクトゥシン家を乗っ取った理由も、それに絡んでいる。ホクトゥシン家はレオニスター家の同盟者として、悪魔イヴァーズの死体上部を預かっていた。真の目的はそれだ」
永遠の美しさのためなら、大公爵家も乗っ取るってか?
ダメだ、まったく理解できねぇ!
「連中は死体下部を持つレオニスター家も同じように手に入れるつもりだった。かの家の公子メギオの病をあえてトゥーリ殿に治させず、丈夫な体をエザに、彼を裏切らせて同志にした。もっとも彼は失敗し殺されたようだがな」
その調査のためにアリエス達は来たんだな。
『あの娘にトチ狂った男が拐ってきた』というのは偽装だったのか。
なんて迫真の演技だ。まるで本当のようだった!
「連中の最大の成果は、冒険卿の中でも最大の能力を授かったトゥーリ殿を同志にできたことだ。強力な治癒魔法を使える彼女は、危険な悪魔細胞を扱うに最適。彼女のおかげで悪魔の研究はだいぶ進んだようだな」
「冒険卿トゥーリ……どうして、あのお方までこんなことをやってんだ! いったい何で釣ったんだよ!」
「絶対の治癒能力をもつトゥーリ殿も、唯一治せない人間がいた。兄のラドウ殿だ。彼のあびた瘇気は骨の髄まで達し、彼女でさえ浄化できないそうだ」
「ま、まさか、それの回復手段を探るために人体実験を?」
「ああ。昔は慈悲深い女性だった彼女も人体実験をやりすぎた結果、冷酷な魔女と成り果てた。このまま連中の野望とともにどこまでも暴走していくだろう」
「いったい……この暴走の果てにどうなっちまうんだよ! このまま魔人なんて作り続けてれば、人間も国もメチャクチャになっちまうぞ!」
「知らんよ。これはもう、ちっぽけな領地経営をしている男爵の手におえることじゃない。俺には、奴らの地獄仕事を見ても、それを手伝うしかなかった。その結果、人間にとってどんな地獄が待っていようともな」
バカ兄貴はまた酒瓶をとってグビグビやりはじめた。
辛い現実忘れるには良い酒なんだろうな。
ともかく聞くべきことは聞いた。
あとは行動あるのみだ。
「さっきアタシの答えを聞いたね。アタシの答えは………これだあぁ!!」
ガシャンッ
兄貴の手の酒瓶をブン取って、床に叩きつけた。
「おい! 何すんだ、馬五頭より高い酒を!」
うえっ。そんな酒が存在するのか。金持ちの世界ってのは異世界だね。
「うるさい! そんな奴らの酒なんか飲んだくれて、腐ってんじゃないよ! ほら、兄貴も出るよ」
「な、なに!? どこへ行こうというんだ!」
「レオニスター伯爵のところさ。連中のたくらみを洗いざらいブチまけて、国王陛下へ伝えてもらう。アタシも今からは公妹姫に戻って、アンタと運命を共にしてやるよ」
「な、なぁ!? 公爵家はじめ数多の有力家を裏切るのか!? そんなことをすれば、我が家はどうなるか……!」
「こんな欲望のために人類の危機おこそうって奴らに義理立てして、人形になって、何になるってんだよ! 地獄に行くなら一緒に行ってやるよ。せめて今からでも人間らしい決断をしな!」
「………わかった。せめて伯爵に謁見用の服を………」
「アホゥ! 下っぱ貴族意識もいい加減にしろ! そんなモン着てりゃ連中に感づかれるだろう。そこらの庶民と同じモン着て、目立たないよう出るんだよ!」
酔っ払いながらフラフラと身支度をする兄貴。
爵位なんかあっても、いつまでも手のかかる肉親だ。
それでも、少しだけ昔の顔に戻ったような気がする。
アタシは、それが妙に嬉しく感じた。




