05話 ふり返る過去はない! ただ悪党を眠らすのみ
ガタゴトガタゴト
手配した馬車に乗って、レオニスター伯爵がおさめる西ダーメスト領へと向かう。
やがて領都である城塞都市の【ビレニティ・ザ・レオニスター】へとはいった。
「ついたよ、お嬢さん。お嬢さん向けの仕事を探すんなら、東に盛り場がある。でもガラの悪い連中がしきっているから気をつけるんだよ」
どう見られているんだ僕は。
ともかく中央広場で馬車をおりて、レオニスター卿の屋敷へと向かった。
ここからでもよく見える豪奢な屋敷なので、案内はいらない。
だがしばらく歩いた頃だ。そこらの男からこんな声が聞こえてきた。
「おいっ! 凄ぇ可愛い子だぜ!」
「ああ、ちょっと信じられねぇ美人だ。見ろよ、あの体つきたまんねぇ!」
「くそぉっ。町中であんなエロい恰好しやがって! 見せつけてんのかよぉ」
なにっ! エロな恰好した超美人だと!?
もちろん、そんなご褒美な目の保養を見逃す僕ではない。
男達の視線を追って、その超エロ美女を探したのだが…………
「どこだ!? どこにも美女なんていないじゃないか!」
辺りにそんなご褒美な美女などどこにもいやしない。
されどその囁きはあちこちから聞こえる。
「バカな! 僕にだけ見えない幻の美女だと‼?」
僕は見えない美女を求め、あちこちさまよった。
やがて治安の悪そうな裏路地に迷い込んでしまった。
そこでガラの悪そうなお兄ちゃん達に声をかけられたとき、謎の美女の正体に気がついた。
「よぉ姉ちゃん。ずいぶん気合いはいった格好してんじゃねぇか。見ねぇ顔だが、店は決まっているのかい?」
「ウチの店にこないかい? 女の子にやさしいし、高級店だし、ここで安心して暮らせる後ろ盾になってくれるぜ」
「………………あ」
僕は大きく胸元の開いた自分の胸を見た。
プルンッと上半分だけ見えるおっぱいがエロい。
これか! そういや、僕は女になったんだった。
なんてことだ! 自分で自分を探し求めていたのか。
これが本当の【自分探しの旅】!
「ごめんなさい。僕はここに働きに来たわけじゃないんです」
旅には危険がつきものだな。踵をかえして男達から逃げる。
「おいっ姉ちゃん待てよ!」
男達は追いかけてくるが、僕の足は速い。
風魔法と時空魔法を並列作用させればLV1でもかなりの俊足になるのだ。
ほどよく引き離したあと、路地裏の片隅に座って休む。
念のために闇魔法で自分の周囲を暗くして周りから見えにくくする。
一息ついて、あらためて自分の形の良いおっぱいを見ると悲しくなってくる。
「ああ、くそっ! 僕が自分で超絶美少女になったところで、ぜんぜんそれを楽しめないじゃないか! 僕を見たときの男達の嬉しそうな声がうらめしい!」
そんな悲しみにひたっていると、急に路地の向こうが騒がしくなった。
見ると、年齢的に小学生くらいの男の子三人が、十人ものチンピラ共におどされている光景だった。
もっともチンピラ共も若い。15、6くらいか。
チンピラの中でひときわ体のでかい熊みたいなリーダー格の男がオラついた声で少年たちを締め上げる。
「ガキども。おとなしく有り金みんな置いていきやがれ!」
高校生が小学生の小遣いをカツアゲ? 異世界カルチャーショック!
「こ、これはおれ達ががんばって奉公して稼いだ金だぞ! なんでお前らにやんなきゃなんないんだよ!」
小遣いじゃなくて働いて稼いだ給料? またまたカルチャーショック!
「【組】に上納する金スッちまったんだ。旦那は怒らせると恐ぇ。だからお前らの有り金、全部いただくんだよ!」
こいつらヤクザの紐付きか。
あの子らには可哀想だけど、異世界だろうとヤクザに関わるつもりはない。
こういう状況で定番のかわいそうな美少女でもない、小汚いガキだし。
故に見捨てる。強く生きろよボーイズ。
「へっへっへ。バカな奴らだぜ。おとなしく出せば痛い目みないですんだのによォ。明日から奉公出られねぇかもしれねぇなぁ」
おっと腕なんかまわしてる。後ろの手下も角材やら鉄の棒やら凶器を振り回して戦闘態勢。
実力行使か。あの体格差で、しかも凶器でボコられたらヤバイな。
医者のシッポとして、終わったら手当てでもしとくか。
「や、やめてくれ! これは家に入れる金なんだ。おれの奉公の金で家族みんながやっとくらしている。この金がなきゃ、家はおしまいなんだ!」
―――――――――!
一瞬、体の一部をもがれたような気分になった。
僕は家に金を入れるどころか、大学までかなりの学費を親に出させてもらった。
なのにその親も仕事も故郷も、さらには性別まで捨てて異世界に来てしまった。
ブサイクな自分を捨てて女にモテたいがために。
ただ、それだけのために!
そう思ったら、思わず足が修羅場へと向いてしまった。
「やめろ!」
ヒーローのごとくそこに登場。
チンピラどもも少年たちも僕に注目。
せめてあの少年のどれかはじつは女の子で、将来美少女になる、なんて妄想でもしておこう。
「おとなしくその子らを解放するんだ。金が欲しいなら【組】とやらと手を切って、その子らのように奉公でもするんだな」
なんか某アニメのセリフみたいだなぁ。
まぁこういう状況のセリフなんて、バイオレンスアニメから借りてくるしかないし。
さて。そんな僕の迫力のない厨二セリフにビビる奴なんているわけもなく、リーダーの熊男は好色そうな顔で近寄ってくる。
「へっへっへ。威勢がいいねぇ姉ちゃん。おいっ、そいつら逃がすなよ。俺はこの姉ちゃん、天国見させてから【組】に献上するのにとっ捕まえるからよぉ」
「俺らにもぜひ味見させてください! 頼んますアニキ!」
「アホが。献上品なのに、あまり汚すわけにゃいかねぇだろが。てめぇらはそこらの小汚いババァでも買って抜け!」
本当にヤクザって女をモノ扱いするなぁ。気分悪くて吐きそうだ。
熊男が丸太みたいな手を広げ、襲いかかろうとした瞬間だ。
僕はカウンターで熊男の眉間に指先をあてた。
「天国へ行きたいなら体を使うまでもない。この指先ひとつで十分だ!」
ピタリ
それだけで熊男の動きはとまった。
僕はスタスタと熊男の脇を通り過ぎ、子供達を囲んでいる手下共の前へ。
「もう一度言う。子供達を解放しろ」
「………………え? アニキ?」
「あの男はすでに夢の住人。天国で女と楽しく遊んでいるよ」
僕がセリフを行った瞬間、「グチャッ」と熊男は倒れた。
雷魔法の微弱電流を針状に極細にしたもの。これを【魔法針】と名付けた。
それを脳の【腹側被蓋野】という部分に刺したのだ。
この部分は刺激するとドーパミンという脳内麻薬を出す。
そのため、いきなりの快楽と多幸感におそわれ、熊男は気絶してしまったというわけだ。
「ふざけやがって!」
とたん、手下共は子供達を囲むのをやめて、こちらに武器を向け囲んできた。
その隙に子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
素晴らしい危機回避能力だ。路地裏の人間はこうでなければ生きられない。
さて。さっきハッタリをきかせたセリフをなんかを言ったのは、自分が密かな厨二病だからだけではない。
あれで連中が逃げてくれるのを期待したからだが、さすがにそんな甘くはないか。
いちおう、危機にあったときのために脳の運動を司る小脳や各種筋肉なんかも強化してきたが、それでも荒事に慣れていない僕がこれだけの人数を相手にできるか。
こちらと相手。両方の気配が最高潮に達した頃。
「待てい!」
その言葉とともに、突然に何者かがこの場に飛来した。