49話 邪悪なる研究所で待ち受けるもの! トゥーリよ、信じたくはなかった!!
その深夜、辺境のとある森にて研究所襲撃作戦は決行された。
三方向からの襲撃のうち、その一つを任された僕たち。
侯爵家のかかえている迷宮探索人だという先行部隊について進む。
「さすが侯爵家お雇いの迷宮探索人。罠の解除も早いしルートの選定も的確ですね」
「……ああ。だが、あんな奴らがいるんじゃ、俺達の助けなどいらなかったんじゃないか? 警備の魔物もたいしたことのない奴らばかりだったし」
「三方向から攻めたことで警備が薄くなったのかもしれない。さすがに中枢に近づけば、もっと強力なのもいるだろう」
薄々あやしいと感じつつも、研究所地下深層の広大な部屋にはいった時だ。
先行部隊は、僕達全員が部屋にはいった途端、僕たちと話もしないで反対側の扉からさっさと出て行ってしまった。
「何だ、奴ら。おれらとうち合わせも無しか? それにしても、こんな広すぎる部屋は何のためだ」
「……しまった! お前ら、部屋から出ろ!」
何かに気づいたリューヤだったが、すでに異変は起きてしまっていた。
いきなり部屋の床が大きく下へ下へと沈んでいったのだ。
やがて止まった時には、僕たちのはいってきた扉は遙か上方になって、手が届かなくなってしまっていた。
代わりにここの四方には頑丈で巨大な扉があり、魔物のうなり声が聞こえる。
「やられたな。まさか由緒ある侯爵家の次期当主がグルだったとは。まんまと、ハメられてしまったようだ」
「ですが、罠としては中途半端です。私たち、誰もケガなど負っていませんし。どうやら魔獣になぶり殺しにさせ、それを見て楽しむ趣向のようです」
「フン……舐められたものだな。さて、どこを破る?」
と、そのとき上方から声がした。
――――「ようこそ、闘技戦奴の諸君!」
「ああっアミヴァ卿!」
壁の一画の上。僕らの背7、8倍くらいの高さの場所に広い観覧所があり、そこに立派な身なりをした公子アミヴァ卿がいた。
顔は残虐そうに笑い、僕たちをいたぶる喜びにうち震えているようだ。
だが焦る僕とはうらはらに、みんなやけに落ち着いていた。
「あの程度の高さなら、リューヤは飛び移ることが出来るよね。頃合いを見て、あの坊ちゃんを人質にとってくれ」
ええ!? 千メートルはあるけど!
「了解しました。では、せいぜい悔しがって坊ちゃんを良い気持ちにさせますか」
リューヤは僕の足元にいるヴィジャスに一度微笑むと、顔を悔しそうなものに変え、アミヴァ卿のいる方向へ歩いていった。
「やられたよ。こんなにも簡単に引き込まれるとは、自分が信じられないくらいだ」
「フフフ奸計とは、まず相手に敵を侮らせる心を植え付ける所から始まる。あの老婆顔をしたボスの一団は、じつに愚かであったろう。数多の冒険者より厳選した愚か者達だからな」
な、なんだってーー!!
あの時から、僕たちは公子様の術中へハマっていたのか!
たしかに僕たちみんな、敵の本拠地へ乗り込むというのに、警戒心が薄くなっていたような気がする。
楽な戦いというのは、こうも人の心を緩ませるものなのか。
「フフフ……ウワハハハハ! わたしは天才だ。君たち凡人はわたしの思うまま動くしかない。さぁ踊るがいい。この天才の用意した舞台でな!」
「……ああ、そうだな。では、こんな踊りはどうだ」
やけに低いリューヤの声と共に、その周囲からは風が巻きはじめた。
その風は次第次第に大きくなっていき……
「当然! 君達がこの程度の高さくらいは、飛び越えることが出来ることも知っている」
――――?!!
「なにィ!?」
リューヤも思わず風を巻くのをやめた。
僕たち全員、公子様を異質な物のように見つめてしまう。
「では、何故わたしはこんなに無防備なのか? それは絶対の守護者がついているからだよ。紹介しよう。史上最強僧侶、【聖女トゥーリ冒険卿】だ」
――――!!!
アミヴァ卿の背後から、立派な高位の女性用法衣を纏った綺麗な女性が現れた。
その女性を見た瞬間、僕の中の何かが脈打つ感覚がした。
その感覚は、ヴィジャスの悲痛な叫びが代弁する。
「信じたくは……なかったぞ、トゥーリ!!」
そうだよな。公子アミヴァ卿が敵だったんだから、『トゥーリが偽者』って話も嘘だよな。
「お久しぶりでございます、アリエス様。そしてヴィジャス」
長いスカートの裾を優雅につまんで淑女の会釈をするトゥーリ。
その様はたおやかな貴婦人そのもので、とてもこんなことをするような女性には見えなかった。
「やはり俺ちゃんを封印した魔法アイテムを作ったのは、君だったか」
「ええ。実験に必要な悪魔細胞も少なくなったので、伯爵家の宝物庫にある悪魔イヴァーズの死体下半分をいただこうと思いまして。ですが貴方がいてはどのような策も通じないでしょう。それ故」
「こんな……人を本物の悪魔にするような実験のために、そこまで!!」
「それでも貴方は意識のみとはいえ復活し、不死身であるはずの魔人を倒すに至った。ぞれゆえ本拠地であるここへおびき寄せ、罠でハメ殺すしかありませんでした。ニャギさんまで倒されるとは想定外でしたが、どうやらこちらの勝利で決着のようですね」
「決着? まだだ!」
リューヤは先ほどまでの仮面をかなぐり捨て、イライラしたように言った。
「たしかには貴様らにしてやられた。だが、こちらには計都五拳のうち三人までがいるんだ。この程度の罠、噛み破ってやるさ」
「いいえ、四人です」
「なに?」
アミヴァ卿が指を鳴らすと、その後ろから誰かを抱えた手下が現れた。
「ほうら返してやろう。せいぜい強力しあうんだな」
アミヴァ卿の言葉とともに、その誰かが上から投げ落とされた。
その人物が誰かを知ると、アミヴァ卿が敵だった事より、トゥーリが本物だったことより、さらに衝撃的であった。
「ああっガイ!?」
「バカな! コイツはミオラ姫と伯爵領へ帰還したはず! どういうことだ!?」
思わず皆、説明を求めて上の二人を見た。
「当然、ミオラ姫も手中にいれてある。ここの光景は衝撃的になるであろうから、大事をとって連れてきてはいないがな」
「”影武者”とはなかなか良い策でした。でも、でしたら影武者の子は酒場で戦わせるべきではありませんでしたね」
じつはトゥーリはアミヴァ卿の一行に”控え”としてついて行ったそうなのだ。
それはアミヴァ卿が失敗した場合、力で僕らを制圧するためのもの。
だが酒場での戦闘で、ミオラが本物でないことが分かってしまった。
そこでアミヴァ卿から離れ、そっちの捕獲へと向かったそうだ。
いやはや、そのタイミングで馬で走るふたりを捕まえるとは、あきれた超人ぶりだ。
「ちっ、完全にこちらの失策か。本当にマヌケだったな。アリエス、ガイの奴は生きているのか?」
「……うん。それどころかケガひとつ無いよ」
僕はガイの体を診察したが、異常らしいものは見つからない。
なので頭に微弱の電流を流して起こした。
「うくっ!?…………ここは?」
「無事かいガイ。見たところ無事のようだけど」
ガイは周りをキョロキョロ見回すと、状況を察したように皆を見た。。
「そうか、俺ぁ捕まっちまったのか。ったく、あの女。とんでもねぇ怪物だぜ。馬で走っている俺らに足で追いついたうえ、俺に何もさせずオトしやがったんだからな」
うげっ。ヴィジャスの言う通り、本当に超人だな。
「ガイ、本当に体は何ともないんですか。奴らに一度つかまりながら、何もされてないんですか?」
「ん~、ちょいとハラは減ってるがよ。炎も問題なく出せるし、体も動く。いけるぜ」
ミオラは捕まったけど人質にするつもりはないようだし、ガイも無傷で寄越した。
わざわざ、こっちを有利にしてないか?
「おい、公子サマに聖女サマよ。アンタらが大した奴らだってことは認める。だがガイを無傷で渡すとは、いくら何でも舐めすぎじゃねぇの?」
だよね。シンも訳の分からない厚遇にイライラしてるし、僕も皆も同じだ。
まるで戦闘前にHP、MPを全快にしてくれるラスボスのようだ。
「フフフ。いちおう魔人にする前に、人間であった頃の性能も見ておきたいのでな。せいぜいあがきたまえ」
「門を開けなさい」
四方の門が開き、異形で醜悪な魔物があふれ出た。
それらは皆、どこかしら人間だった頃の面影がある魔物であった。
「やるぞ! ここまで舐められた以上、この罠を食い破る!」




