48話 堕天使は舞い降りた! 貴公子の微笑みは地獄への招待状!!
王国侯爵アミヴァ家。
なんでも【トキオウ】という有名な聖者を祖とする由緒ある家だそうだ。
その聖者は治癒魔法の使い手で、当時起こった対モンスター戦争にて多くの将兵を身分の分け隔て無く治療したという。
さらに聖教会にも大きな影響をあたえ、治癒院の設立、治癒魔法の教育などは彼のはじめた制度だと。
彼が拠点とした村は【奇跡の村】と呼ばれ、現在そこにはアミヴァ家の主催する大きな治癒院があるのだという。
――――以上、公子アミヴァ卿の説明より。勉強になったなぁ。
「つまり我が家は聖教会にも多大な影響を持っておる。その聖教会が認定した聖女に醜聞あるとあらば放っておけん。我らが事件を追っているのはそのためだ!」
いやもう、こんな酒場の床に人を跪かせて、何長々と話しているんだろうね! この公子さま。
そりゃ公子様がこの件に絡んでいる理由を聞いたのはこっちだけどさ。
まさか、偉いご先祖様の話までしていただけるなんて思わないじゃん!
「大変ためになる訓話、じつにありがたく存じますアミヴァ卿。いつまでも聞いていたい気持ちは山々あれど、我らもお役目の最中。どうか我らを引き留めた理由をお伺いいたしたく」
さすがヴィジャス。ありがた迷惑なお貴族様のお話も、上手いセリフでいなしてくれる。
まぁ猫が、揃って傅いている僕たちの先頭にいて、こんな時代劇みたいなセリフを言っている光景もシュールなんだけどさ。
「慌てるな。その話をする前に、もう一つ話さねばならんことがある」
ぐはぁっ、朝礼での校長先生の長話パターンだ!
次は何だ、この国の成り立ち神話か!?
「聖女トゥーリの件だ。わたしは彼女がこの件の黒幕という情報についての真偽を知っておる」
――――――?!!
「そ、その真偽とは!?」
「わたしはトゥーリ殿と多少の縁がある故知ったのだが、その聖女トゥーリを騙る女は真っ赤なニセ者! 本物の聖女はとある場所に封印されている。ヴィジャス卿、ちょうどそなたと同じ状況だ」
「やはり…………しかしまさかトゥーリほどの者までも封印されるとは」
「その女、そこそこ厄介な魔術師であるようでな。強力な魔法アイテムを製作できるらしいのだ。ふいをつけばヴィジャス卿、そなたと同じような目にもあう」
「な、なるほど! 貴重な情報ありがとうございます。しかし、なぜトゥーリの名を騙るなどしたのでしょう?」
「この地で活動するには、その名に大きな力があるということもあるのだろうがな。しかし、その女。どうやらトゥーリ殿に嫉妬し逆恨みしているようなのだ。そのため、【聖女トゥーリ】の名を”邪術にひたる魔女”へくつがえそうとしている」
「な、なんですって!?」
「『聖女トゥーリは邪道に堕ちた魔女!』『罪なき人々に魔物の力を植え込み邪悪な魔人にする悪魔!』。その名をそう貶めようと企んでいる。そしてそれは成功しつつある。すでに”邪道に堕ちた聖女”の噂はかなり広まっておる」
「ゆ…………許せん! あの娘にそんな悪名をかぶせようとするなんて!」
「そうだ許せん。くだらん嫉妬にかられ、その名を堕とさんがために聖女になりすまし、己の欲望のために悪逆な人体実験を繰り返すなど! 気高き聖者の血統【アミヴァ】の名にかけて、わたしも断じて許せんのだ!!」
おおう。なんて正義の心をもったお方なんだ!
『ウザい長ったらしい話をする厄介なお貴族様』なんて思ってごめんよ。
「彼女を崇拝する者として我慢できず、かの女怪を捕らえるべく、自ら手勢をひきいて来たというわけだ」
「無茶なことを。他領に無断で兵を出すなど、貴族間の境界法に触れますぞ」
「だが手順通り『イグザルト男爵を弾劾してから』などとやっていれば、その間にニセ者には逃げられる。そなたヴィジャス卿、そしてトゥーリ殿をも封印した魔術師だということを忘れるな」
「たしかに……」
「すでに先の無頼共の話から、元凶たる研究所の場所は判明した。だが、連中の隠し持っている魔人や魔物の戦力は想定以上のもののようだ。負けはしないだろうが、ニセ者を取り逃がす可能性は大いにある。そこで頼みたい。諸君も与力として我々に加勢してはくれないだろうか?」
「なっ!? いやしかし我々はレオニスター伯爵家の者。主のことわりをいれず、他家の軍事行動に力を貸すのは……」
「なに、この作戦行動は内密。イグザルト男爵にまでは手は出さん。ゆえに諸君が我々と共に戦うことも内密ということだ」
「しかし……」
「ただでとは言わん。作戦の成功した暁には、その女の研究を調べることを許可しよう。無論、ヴィジャス卿とトゥーリ殿を封印した魔術もな」
「………………!」
「さて、いかがであろう。諸君らの忠誠まことに大なれど、此度はこの地に住まう巨悪をたおす、正義のための戦い。曲げて手を貸していただけぬであろうか?」
「し、しばしお待ちを。事が事だけに、我が一存だけでは返答できかねます。どうか皆と話しあう猶予を!」
「おお、よかろう。話せ話せ。諸君らの知恵を集め、よき選択をするがよい」
そんなわけで、皆で一旦酒場を出て話しあいだ。
ま、一番自重しそうなヴィジャスが揺れている以上、答えは決まっているんだけどね。
「みんな、どうだろう。俺ちゃんとしてはアミヴァ卿に手を貸したいと思っている。実際に戦うのは君達だけど、やってくれるかい?」
「フッ、もちろん俺はやりますよ。その聖女トゥーリを騙る女には、メギオやジャギルの件で貸しが相当ありますからね」
「おれもだ。偽ラドウの件では死にかけた。あんなヤバイ怪物を作るようなヤツは放っておけない」
「アリエス、あなたはどうです? 私はあなたが行くならやりますが」
「え? まぁ師匠のヴィジャスの封印は解かなきゃなんないしね。ヴィジャスを封印した魔法アイテムが【侯爵家】なんてえらい所に渡ったら、それを手に入れるのにどれだけかかるか」
それに資金を出している黒幕はいるとしても、魔人を生み出しているのは、まぎれもなくその研究所。
ここでレオニスター伯爵領をねらう陰謀の一角を潰したいのは全員の意思だ。
というわけで僕はヴィジャスをかかえ、アミヴァ卿に研究所襲撃に協力する旨を伝えに行った。
「おおそうか、やってくれるか! ヴィジャス卿。そなたらの働き、頼りにしておるぞ」
「はっ。アミヴァ卿のお力になるべく粉骨砕身働かせていただきますゆえ」
と、公子様。いきなり色目みたいな目で僕を見た。
「ときに娘。そなた、名は何という?」
ええっ何で僕!?
……………って、理由なんてひとつしかないか。
『美形の貴族の坊ちゃんに見初められた』とか庶民の娘には夢だろうけど、僕にとっては悪夢だよ。
「あ、アリエスと申します。賢者ヴィジャス卿の弟子でございます」
「ほほう、アリエスか♪」
ヤバイ。完全に『貴族の坊ちゃんが旅先で見初めた娘を愛人にする』パターンにはいってしまった気がする。
「………うん? アリエス? そなた、もしや?」
「はっ、先だってナムトセイ家との諍いの末に貴族姓を抜いた娘でございます。かのお方を刺激しないためにも、知らぬことと捨ておき下さい」
さすがヴィジャス。ヤバイと噂の僕の義母を盾に、公子様をかわした!
「ううむナムトセイの女傑殿か。たしかに目をつけられては厄介。いやしかし、それにしても美しく成長したものだ。ううむ……」
あんまり見ないでくれ公子様。怖くてしかたがない。
ともかく一抹の不安がありつつも、僕らは研究所襲撃作戦に参加することになったのであった。
ただアミヴァ卿の微笑みが、やけに不気味に感じられたのだけが気がかりだった。




