47話 俺の目は欺けん! 悪党どもよ、地獄の酒はお前らが飲め!!
「それじゃガイ、ミオラ姫を頼んだよ。俺ちゃんらも、すぐに帰るから」
僕の腕の中にいるヴィジャスは、馬上のガイとミオラに挨拶をした。
これから僕らは帰還するが、そこには男爵の妨害が予想される。なので最優先護衛対象であるミオラをガイと共に先行して帰すことにしたのだ。
残った僕らは陽動。男爵の目を引きつけながら帰還する。
ミオラと背格好が似ているフェイルーには、ミオラの恰好をさせて影武者だ。髪の色だけは大きく違うので、フードを目深に被っている。
「へーい。まぁったく、らしくねぇ役目を負っちまったもんだぜ」
たしかにシンは重傷なのでいざというときの戦闘ができず、ミオラは影武者。
なので選択肢はリューヤかガイとなるが、その二択ならリューヤじゃないか?
「ま、せいぜい、そのお嬢ちゃんに良い所を見せな。それなりに見せ場はあるだろうからよ」
「アリエス。アンタはいい奴だけど、あんまり罪なことはするんじゃないよ。アンタをめぐってケンカなんかさせないようにね」
え? それってリューヤもはいってるの?
……まさかね。そんな逆ハーレムみたいなこと。
「そんじゃ行くぜぇ! お姫さま、伯爵館まで飛ばすからよぉ!」
「お姫さまじゃない!」
疾風のように駆けていくガイの馬を見送ると、こちらも帰還の準備をはじめる。
まずは帰還するための馬が足りないので、僕とシンが乗ってきた馬を戻すところからだ。
それはこの村の酒場に預けてあるのでそこへ向かっている最中だが、道中が平穏なのをいぶかしんで、ヴィジャスはポツリと言った。
「どうにも相手方の動きがないのが気になるな。俺ちゃん達をこの男爵領から帰せば、面白くないことになるくらい分かると思うけどね」
「おれとアリエスは、ここの顔役のラドウを倒しました。正面からぶつかってもかなわないと見ているのでしょう」
なるほど。偽ラドウは、その絶大な戦闘力で畏れられていた。
それを倒した僕らに、直接的な戦闘でぶつかっていくのは無謀。そう考えるのは当然だ。
「となると罠を張るのが常道です。私達の動きを予測するなら……うーん、馬を預けているここなんて絶好のポイントですね」
たどり着いた冒険者の酒場。
フェイルーの言葉で、やけに背中が冷える気分になる。
さらに周囲の不自然にもの寂しい雰囲気が、それを後押しする。
「やけに人がいないね。昼間とはいえ酒場には誰かしらいるもんだけど」
酒場の周囲はまったく人がいなくなっていた。
強い空っ風の、まわりのゴミを吹き飛ばす音だけがやけに響く。
「フッ分かりやすくて良いな。これはお楽しみがありそうだ」
リューヤは楽しそうに呟き、計都の三人は揃って目をギラリとさせ獰猛な笑みを浮かべた。
その視線の先は酒場の扉。そこがやけに禍々しく感じる。
「あの、わざわざ罠のある所なんか行かないで、馬は別の所で手に入れるってのは……」
「ない。こんなマヌケな罠を張る奴など問題にもならん。少しは暴れなきゃ、何のために来たのかわからんしな」
いや、僕とシンを連れて帰るためじゃ?
もしかしてバトルしに来たとか脳内変換されてる?
しぶしぶ酒場の扉を開け中に入った。
中から一斉にゴロツキが襲ってくるかと思いきや、想像に反して中には誰もいなかった。
「すいません、どなたかいませんか」
僕はカウンターの隣の扉に声をかける。いるとしたら店員控えのここだ。
すると中から「ヌッ」と大きな人影が現れた。
「はあ~い、どなたかな~~」
中から出て現れたのは………お婆さん?
腰は曲がり灰色になった髪を後ろにまとめ、しわくちゃの顔に「ニッ」と笑いを貼り付けて出てきた。
でも…………
「婆さん。おれが預けた馬を取りにきたんだが、マスターはどうした。それに客が誰もいないのは?」
いやシン! なに普通に話してんの!?
そんな質問より、もっとツッこむ所があるだろう!
その婆さん、君よりデカいし、腕なんか筋肉モリモリじゃない!
明らかに男だよね! お婆さんなのは顔だけで、明らかに男だよ!!
「息子は今日、遠出でねぇ。店は休みにしてアタシが留守番してんだよ。待ってな。馬はいま出してやるが、せっかく来たんだ。皆さんに一杯おごってやるよ」
お婆さん(?)は用意していたように(用意してたんだろうな)人数分の酒の入った木製コップを出してきた。
さっきまで計都五拳の皆を『敵を舐めすぎなんじゃないの?』とか思ってたけど、こりゃ舐めても仕方ないわ! 本当にマヌケすぎる罠だよ!
「おお、悪いな。ありがたくもらおう」
え?
「ちょうど咽が渇いてました。出発前の景気づけといきましょう」
「それじゃ婆さん、いただくぜ」
ええ!? みんな飲むの? 飲んじゃうの!?
まさかみんな気づいてないの!?
「ちょっと、みんな………」
グイッ
と、ヴィジャスが足元でズボンの裾を噛んで引っ張った。
え? このまま見てろってこと?
三人はいっせいにお酒をグイッと一息で飲んだあと、「ドサリ」と声もなく倒れてしまった。
するとゾロゾロと奥からいかにもなゴロツキ共が現れた。
そしてお婆さん(?)は、さっきまでの気持ち悪い猫なで声をやめ、野太い男の声でがなりはじめた。
「うわぁっははははは! バカめぇ、まんまと引っかかりやがったぜぇ! ラドウ様を倒したって連中も、罠にかけりゃ一発よ! 俺らの知略の前にはこんなものだぜぇ」
「さすが兄貴、名演技! 【泥人形狩り隊】の面目はでっかく立ちましたぜぇ!」
「さあっ! とっととトゥーリ様の元へ運んじまいましょうや。目が覚めたら、そこは地獄の一丁目ってわけだ。うひゃはははは!」
ボスのデカいお婆さんモドキは不気味な笑顔をして僕ににじり寄ってきた。
そして僕の顔を嬉しそうにのぞきこむ。
せめてそのお婆さんの顔は何とかしてくれ。不気味でしょうがない。
「へっへっへ、アンタは飲まなかったのか。まぁ、その方が楽しめそうだから良いがな。よし! アンタは俺様がみずから運んでやろう。道中仲良くしようぜえ」
「グイッ」と僕の腕を乱暴につかみあげる。
痛タッ。まったく僕はこういう目にあってばかりだな。
――「おい」×3
「あん?………ぐぎゃあああっ」
その瞬間、三つの素早い影が婆さんモドキに躍りかかった。
三方向からブチのめされた婆さんモドキは、奇妙に体がねじ曲がった恰好になって倒れた。
「ああっ! ついボスの口をきけなくしてしまいました。情報がぁ!」
「問題ない。見たところコイツは力だけのボス。参謀らしい奴を捕らえろ」
「となると、あの魔術師らしいヤツだな。こんなデカいババアが通用すると思っているあたり、あんまり頭は良くなさそうだがな」
あ、やっぱり罠にかかったわけじゃなかったのか。
ちょっと、あわててしまった僕っていったい……。
「くくっ、見破られていたのか! わたしの渾身の化生魔術が!」
「フッおれの目はごまかせん! 計都の拳士たる者、敵の姦計を見破り、逆手にとる業も身につけてある」
カッコいいセリフだけど、ちっともカッコよくないなぁ。計都の拳士でない僕でも見破れたし。
シンが格好つけている間、リューヤとフェイルーはさっさと他のゴロツキを倒してしまった。
「まったく歯ごたえない奴らだ。腕もない、罠はクズ、顔もブサイク。いったい何ができるんだ貴様らは」
相変わらず酷いなリューヤは。ちょっと彼らに同情してしまうぞ。
それに最後のは関係ないんじゃ?
「いちおうあなた達の背後を調べてみようと罠にかかったフリをしてみました。あなた達はイグザルト男爵ではなく冒険卿トゥーリの配下なのですか?」
「そ、それは……」
――――「その話は我々も聞かせていただこう!」
突然、酒場の扉が「バァン」と勢いよく開けられ、つばの広い帽子とマントで体を隠した数人の一団が現れた。
僕には不意打ちだったが、計都の三人は彼らの気配を察していたらしく、いつの間にか扉の脇の有効な位置に陣取っていた。
「なんだ、お前らは。こいつらの仲間か?」
すると、彼らの奥から彼らの主らしい身なりの良い青年が出てきた。
貴族らしい甘い顔立ちをしており、肩まで伸ばした藍色の綺麗な髪をヘアバンドでとめている。
「フッこのような輩と同一に見られるのは屈辱であるな。我々はここで起きている冒険者消失事件を追っているのだよ。この酒場がクサいと睨んで張っていた所、君達が来たというわけだ」
「わ、若! たやすく御身をさらすのは!」
「よい。わたしが出た方が話が早かろう。レオニスター伯爵家麾下の者達であるな。そして、その山霊獣は冒険卿ヴィジャス卿の変化したもの。相違ないか?」」
ええ!? この猫がヴィジャスの精神が入っていることを知っている!?
いったい何者だ!?
そのヴィジャスも、この一団がただ者でないことを察し、探りを入れる。
「失礼ですが、あなたは? 身分のある方とお見受けいたしますが」
「わたしの名はデクリエール・トキ・アミヴァ。王国侯爵アミヴァ家の第一公子である。見知りおけ。まぁ話でもしようではないか、レオニスター伯爵家の諸君」
侯爵家の公子様!? えらい大物が出てきたな。
いったい何でそんなお人がここに?




