37話 アリエス怒りの奥義炸裂! 悪党どもに地獄の制裁を!!
シンは一瞬にやられた相手に怯みもせずいつものように構えをとる。
それでも、その構えは顔色の悪さとあいまって、ひどく痛々しく見えた。
「チッ賢者の弟子のくせに頭の悪い。こんな死に損ない一人を盾にしてどうにかできると思っているのか」
偽ラドウは忌々しそうに僕とシンを交互に見た。
「こんな奴の相手をまたするなど面倒だ。おいザンキ」
「へいっラドウ様」
極悪マッチョな男のひとりが前にでてきた。
「たしかきさまは大口をたたいていたな。オレの側近の中で一番腕がたつとか何とか。小僧を相手にその腕を見せてみろ」
「へいっ存分にご覧ください!」
しかしどうしてこの偽ラドウの手下っていうのは、みんな凶悪でバカっぽそうな顔しててマッチョばかりなのかね。
集めてんのか?
でっかい剣をブンブンふりまわして嬉しそうに男はシンの前に立った。
「俺も運の強い男だぜぇ。ラドウ様の側近というのも、なかなかに競争が激しくてな」
ああ、こういう男たちに崇拝されるタイプなのね。
さながら凶悪ブサイメンハーレム。
「だから何だ。おれになんの関係がある」
「大ありだ! ラドウ様の前でおまえをブチ殺せば、俺は第一の側近になれる! 連中をだし抜く最高のステージをもらったぜぇ。じつにグレイトだ! ハハハハハ」
「なめやがって…………」
シンの体調はだいぶ悪そうだ。いや、実際悪い。
腎臓や腸の一部が奴のいう悪魔細胞におかされていたので、それをえぐり取ったのだ。
つまり本来なら入院して安静にしてなきゃいけない。
ましてや戦闘なんてもっての外だ。
とはいえドクターストップとかできる状況じゃないしなぁ。
「みろ! 魔獣を殺しまくってあみだした俺様の残虐剣術を! 生け贄のきさまはこれで無惨に殺してやるわ! とくと味わってみるがいい」
ブーンブンブンブン
セリフはバカっぽいけど、振り回す剣はたしかに鋭い。
まずいな。いつも通りに動けないシンにあれは荷が重い。
「フッフッフ期待できそうだな。よかろう、ザンキよ。その女はおまえらのオモチャにくれてやるわけにはいかんが、小僧を倒せたら特別におまえには抱くことを許そう」
――――――?!!!
なんで人の貞操を勝手に賭けてんの、この鉄仮面は?!
「てめぇら聞いたか! これがラドウ様の俺への信頼だ! このおれこそラドウ様第一の側近にふさわしい! フハハハハハハ!!」
「おおー! いけいけアニキぃ!!」
しかも僕を抱けることよりラドウ様に信頼されてることの方をよろこんでいるし!
こんなついでみたいに雑に抱かれるのだけはカンベンならねぇ!!
こんな気持ち悪いブサメンハーレムなんてたたき潰してやる!!!
たとえどんな外道な手段をつかっても!!!!
「いくぞぉいいかぁ? ハッハッハァ!」
「いいから、さっさと来い。はじめるまでが長過ぎだ」
と、二人が一戦はじめようとした瞬間だ。
「…………アリエス?」
その場に僕は「スッ」とシンの横に並んだのだ。
それを見て凶悪マッチョは微妙な顔。
「おいおい姉ちゃんよぉ。場の雰囲気ってやつを読めよ。おとなしく後ろで又でも濡らして待ってろよ。あとで可愛がってやるからよぉ」
「うるさいっ! どうして僕の貞操を賭けられて、黙って待ってなきゃいけないんだ? ラドウを名乗る者よ。おまえは僕の真の怒りに触れた! おまえを手下もろとも地獄へ送ることに一片の罪悪感なし!」
と、偽ラドウに指をさして宣言。
まぁ『面倒な女』みたいな目で見られただけだったが。
「――――――だ、そうだ。ザンキよ、いっしょに遊んでやれ。しかし女の方は傷つけることは許さんぞ」
「しかたありやせんねぇ。おい姉ちゃん、意気込むのはいいが手ブラだぜ。せめて武器ぐらい持って出てこいよ」
シンですら横の僕を『邪魔だ』みたいな目で見ているね。
まぁかっこよく出てきてはいるが、実際の戦闘になったら、シンの手助けどころか足手まといにしかならないだろうからね。
もし本当に『あなたと戦ってあげる』みたいな勘違いする女だったら、僕でもブチ切れるね。
「おい、どうするつもりだ。まさか本当に無手で戦うつもりじゃないだろうな」
「まさか。僕の真の力はじっさいに戦うことじゃない。こうするんだ。あたっ! あたたたたあ!」
「うっアリエス!?」
僕はシンの体を指で突きまくった。
最後に頭部に指をあてると、シンはグラリと揺れて膝をついた。
「おいおい姉ちゃん、何をしてるんだあ? そいつはオレのエモノだぜ。ただブッ殺しゃいいってもんじゃねぇんだ。ラドウさまの前でオレの最強無比の剣技を披露しないとよぉ」
相手のマッチョがズカズカ近寄ってきてどなる。
「そいつは悪かった。それはもう叶いそうもないね」
「冗談じゃねえや! おい立て! せめて少しぐらい意地をみせてから死ね!」
男は剣をシンにつきつける。
「踏み込みすぎだ。君はもう死んでいる」
「なに? そりゃどういう…………ぐはぁっ!」
シンは膝をついた状態から立ち上がり、一瞬にして男をたたきのめした。
立ち上がって二十発の拳をたたきこむのに一秒。実際はもっと打ったかもしれない。
僕の目ですら正確な拳の数はわからなかったのだから、叩きのめされたコイツは何が起こったのかさえ分からなかったろう。
一方、それを為したシンも『信じられない』というように僕を見ている。
「何をしたんだ? 今のおれにはこいつらの動きがゆっくりに見える。技のキレも格段にあがっているし、発生させる雷もすごい」
「君の体を強化したんだよ。スピードは倍になっているし、筋力もあがって拳の威力もあげた。反応も相当あがっているはずだよ」
「そうか…………これが賢者の弟子の力というわけか。師父が目をかけるわけだ」
ルドで人体を強化するツボは研究しまくったからね。
もっともルドの場合、時間をかけて慎重に強化した。
こんな急に強化すると、いろいろな所が壊れてしまう。
「本当は、いまの君にこんな急激な強化は良くないんだ。それも戦闘なんかしたら、最悪もう二度と戦えない体になってしまうかもしれない。それでも僕は…………」
本当に医者失格だな。
自分の貞操を守りたいというエゴのため、重傷の患者にこんなことをした。
「アリエス」
「ごめん。本当にごめん。でも今はこうするしか…………」
「感謝する」
「えっ!?」
「おれの武がここで終わろうとかまわんさ。武闘家にとって負けることは死ぬよりつらい。なにより…………」
シンはもう僕を見なかった。
迷い無く偽ラドウとゴロツキ冒険者へと向かう。
「惚れた女はおれの身なんかよりより守りたいからなぁ!」
シンは雷光のごとく動き、修羅のごとくゴロツキをなぎ倒していった。
ゴロツキはわめきながら反撃しようとするも、シンに触れることすらできない。
その様をみて、僕は少しだけアイツを『かっこいい』なんて思ってしまった。




