30話 シンを追え! 向かうはイグザルト男爵領!!
現在スランプ気味なので、気分転換にちょっとタイトルを変えてみました。
◇◇◇
セイリュー弟子のシンがヴィジャス弟子のアリエスをさらった一件は、その師であるふたりを大いに困惑させた。
伯爵家に襲撃を計画していたラドウ・トゥーリの両冒険卿の調査の最中ではあったが、この件にも手をまわさなくてはならず、ヴィジャスとセイリューは揃って頭をかかえていた。
「ううむ。まさかヴィジャスの弟子の娘が原因でシンが離反するとはのう。この調査は女である水のフェイリーにでもやらせるべきじゃったか。ヴィジャス、すまんかったのう」
「男には毒なくらい美女になりすぎたアリエスも悪いけどね。で、そのシンくんの足取りは掴めたのかい?」
「東に向かったそうじゃ。その方向は我が伯爵家の寄子であるイグザルト男爵領。そこで冒険者でもして路銀を稼ぐつもりじゃろう」
「ああ。あそこは強力なモンスターが出現するのに、男爵家は十分な防衛戦力をととのえられない。だから強くて無法な冒険者が好き勝手やっているって話をきいている。たしかにあそこなら、強ければうしろめたいことがあっても問題ないね。で、当然追うのだろう?」
「もちろんじゃがの。ただ、そこにはそれだけではすまない問題ができたのじゃ」
「問題? それは?」
「そこの男爵領冒険者ギルドに、冒険卿ラドウを名乗る者があらわれたそうじゃ」
「なっ、そんなバカな! どんな奴だ。ラドウの特徴はあるのか!?」
「巨漢で怪力。強力な土魔法を扱う。これだけならラドウと同じじゃがの。ただ顔はいつもフルフェイスの兜で覆われ、素顔を見た者はいないそうじゃ」
「ふん、あやしいな。でも、こっちの陰謀に関係あるのかは微妙だな。イグザルト男爵領なんかにあらわれた理由が不明だし」
「無論、ニセ者じゃろうがの。そいつがジャギルの背後にいた奴と関係あるのかないのか。が、もし関係ないとしても問題はある。”貴族詐称”じゃ」
「ああ、そういや冒険卿は貴族身分だったっけ。庶民が貴族を詐称するのは王国法にも抵触する重大な犯罪。となると、そいつを調べるのにつかえるな」
「うむ。シンの捕獲とその者の調査を同時に行う。身内の不始末もあるため、派遣するのはワシの弟子のみじゃ」
「ま、シンくんのことは伯爵に知られたくないしね。ラドウを名乗る奴のことにかこつけて、こっそりシンくんも捕まえるわけだ」
「そういった裏事情ばかりというわけではないがの。敵の狙いは館の宝物庫。こちらの警備は落とせん。故に男爵領には少数精鋭でやってもらわんといかん。つまり計都五拳が最適というわけじゃ」
「よろしくたのむよ。俺ちゃんは亜空間に閉じ込められたままで何もできないから、アリエスのことはまかせるしかない……………いや」
ふと、ヴィジャスは予感がよぎった。
かつてのダンジョンで悪魔イヴァーズ出現前の悪寒を再び感じたような気がしたのだ。
「どうしたヴィジャス?」
「いや、やはり俺も行こう。チャフさんの予言もある。もしかしたら俺の知識が必要になるかもしれない」
「フム? 良いが、遠征などをして山霊獣との接続は大丈夫なのか?」
ヴィジャスの本体は亜空間に封印されており、現在はそこから山霊獣という猫のような動物をとおして会話をしているのだ。
「亜空間にある俺の本体を仮死状態にして、意識を完全にこの山霊獣に移す。これでこの体で自由にどこへでも行けるはずだ」
「オヌシの術のことはよくわからんがの。そんなことをして大丈夫なのか? オヌシの意識が亜空間を漂ったまま戻らん、なんてことにはならんのか?」
「なぁに、この術は前に一度やっている。前回に比べれば難易度はずっと低いよ」
「うん? いつの間にそんなことを?」
「アリエスの体に彼の意識を………あ、いやその話はまた今度。とにかくシンくんを捕まえるのが最優先だ」
◇◇◇
貧民街にある酒場【青い大熊亭】。
今、そこは昼間にも関わらず大勢の冒険者がクエストにも行かず無気力にだべっていた。
原因はアリエスの不在だ。
「ああー、もうクエストなんかやる気ねぇよ。アリエスちゃんの顔見るのが唯一の人生の喜びだってのに」
「くそう。なんでオレは先にさらって逃げなかったんだ。遠くから見てりゃ幸せなんて思っちまったんだぁ!」
「ああっ! 今ごろアリエスちゃんの貞操はぁ! あんなことやこんなことされてぇ!」
そんな男たちのうめき声が響く酒場に二人の人間がひそかに入ってきた。
ビアンナ姫とリューヤだ。
「たいした人気だな。アリエスは長の眠りにつく前は、ただの真面目な術学徒だったというのに。で、ここにルドがいるのか?」
「ええ。しかし何故ビアンナ姫は来たんです? 今さらアイツに何の用です?」
「おっと、ルドを見つけた。案の定、落ち込んでいるな」
ビアンナはリューヤの質問には答えず、真っ直ぐにルドがひとりで座っているカウンターに向かった。
「ルド、顔をあげろ。わたしだ」
ルドはうろんな目でビアンナを見上げた。
「ああ、姫さんか。まったく、こんなゴミためにまで来やがって」
「リューヤが出発前にルドに会うというのでな。便乗してわたしも顔を見にきてやったぞ」
さすがに貧民街の酒場で公女が来ていることを知られるわけにはいかない。
三人は二階にある部屋の一室を借りてそこに集った。
「で、おいらなんかの顔なんか見ておもしろいのかよ。相棒ひとり守れなかった、ただの貧弱小僧だぜ」
「そう言うな。少なくとも、わたしは貧民街でおまえに助けられた。ただの小僧でも、気持ちがあれば時には領国公女も救うことができる。それを思い出せ」
「あれは、ほとんどアリエスとそこのリューヤのおかげだろう。おいらのやったことなんて、上手く出しゃばっただけだ。いなくても変わんねぇよ」
「ちがう!」
ビアンナは間近で強い目でルドの目をみつめる。
「たしかに二人の力は大きかった。でも、それだけじゃ足りなかった。みんなが生きているのは、そこにルド、おまえがいたからだ。おまえが勇気をもってモンスターやジャギルにぶつかってくれたから、わたしはここにいる」
ルドは思わずビアンナから目をそらした。
「……………わかったよ。もう落ち込むのはやめとく。で、リューヤ。アンタはおいらに何の用だ。アリエスを取り返すのに連れていってくれるのか?」
「それはダメだ。今回は少数精鋭だ。おまえはまだそのレベルじゃない」
「やっぱりかよ。結局、おいらは待つしかないのかよ!」
「その代わり宿題をやる。俺が帰ってくるまでにオラー猿を一匹たおしておけ」
「はぁ? あれって討伐担当はBランク相当の凶暴モンスターだぞ。まさかそれをおいら一人でやれってのか?」
「そうだ、何を言っているリューヤ! いくら何でもそれは修行の域を越えておるぞ。ルド、そんな危険なことはやらなくて良いからな」
「ま、たしかに無茶な話だ。出来ないならやらなくても良い。だが、それくらいやれなければ、また今回のようなことが起こったときにアリエスを守るなど無理な話だがな」
「…………………くっ!」
リューヤはそれだけで素っ気なくルドに背を向けた。
「ビアンナ姫。俺の用はおわりましたが、姫はまだ何か?」
「う、うむ。わたしはコレだ」
ビアンナはバサッと紙の束をルドにわたした。
「いまから字と文章を少し教えてやる。だから毎日わたしに手紙を書け」
「は、はぁぁ!? なんでだよ!?」
「冒険者だろうが衛兵だろうが、強いだけでは上にいけんぞ。ちゃんとした文章を書ければ、それだけである程度の地位につける。その勉強だ」
「い、いや、おいらが聞きたいのは、領主様のお姫様が、何でおいらにそこまでしてくれるのかっていう…………」
「説明する時間が惜しい。わたしも長くお忍びができるわけではないのでな。ほら、ペンを持て。冒険ギルドに関係することだけでも多いぞ」
勉強嫌いのビアンナ姫が熱心にルドに字を教えるのを見て、さすがにリューヤも気がついた。
思えばアリエスのついでにルドに修行をつけていたのも、ビアンナ姫の頼みからだった。
その時はよほど助けられたことを感謝したのだろうと思ったが。
「……………まぁ、このことはシンを捕まえてから考えればいいか。なにより、姫はあれから真面目に勉強するようになっているし。…………アリエスの奴は知っていたのか?」
リューヤは、新しく生まれた姫の問題に目まいを感じ、軽く頭をふった。




