27話 第三の計都の男! その名は計都雷伯拳のシン!!
それは、ある日の夕暮れどき。狩りの帰り時。
すっかり日常となった修行で、リューヤとルドは激しく剣をかわしている。
もうルドと僕とでは動きがまったく違うので、別個で受けているのだ。
ガキンッガキンッ
「いい感じだな、ルド。これで修行を10日もしてないとは、先が恐いな」
「へっ、まだまだ強くなるぜ。おいらはよ!」
そんな二人の顔は男の子そのもので、すごく楽しそうだ。
女の身としては、すこしさみしい疎外感。
そんなときだ。馬の駆ける蹄の音が近づいてきた。
「奴は…………チッ、何しに来た」
リューヤは忌々しげに舌打ちすると、剣をおさめた。
馬はリューヤ、ルドの前でとまり、そこに騎乗していた男がヒラリと降りてきた。
その動きは人間離れしたすごい身のこなしだ。もしかしてリューヤの同類か?
「ようリューヤ。領主様のお姫様の護衛をクビになったと聞いたぜ」
その男はくすんだ金髪のツンツン頭の青年。冒険者の旅装のような恰好をしていたが、その体はリューヤ同様すごく鍛え抜かれたものだった。
「シン、お前か。何の用だ?」
「そのあとの役目で誰かの修行をつけているとも聞いた。それが、その小僧か?」
「質問に答えてないな。用件は何だと聞いている!」
やけにケンカごしだな。
三人とも血の気の多い者同士の嫌なにらみ合をしているし、このままではいきなりケンカでも始めそうだ。社会の潤滑油たる大人な僕が間に入ろう。
「あー、リューヤ。このお方はどなたかな? まずは彼を僕らに紹介してほしいな」
「あひゃ!! かわいい!?」
あひゃ? 金髪兄ちゃんは僕を見るなり固まってしまった。
おいおい。僕が可愛いのはもちろんだが、反応が良すぎないか?
もしかしてコイツ、ものすごく女慣れしてない?
「そいつは計都雷伯拳のシン。俺同様、父セイリューの弟子だ」
リューヤはカチコチになってしまったパツキンに代わって紹介した。
「らいはくけん? リューヤのとは違うの?」
「計都の別流派だ。父セイリューは己の計都錬拳を5人の弟子に伝授した。その際、使う魔法をそれぞれ違った系統のものにした。土、水、炎、雷、風。それぞれの魔法の拳技をもつ5人の弟子がいる。そしてシンは”雷”の流派。計都雷伯拳だ」
セイリューさんの弟子ねぇ。まぁ挨拶ぐらいしとくか。
「アリエスです。リューヤに修行をつけてもらっています。どうかよろしく」
「計都、雷の流派のシンです。とっても強いです! このように!!」
ヒュンヒュンヒュンッ
シンはいきなりその場で演舞をはじめた。
いや、すごい。キレ、スピード、動きの流れ。思わず見惚れてしまう。
でも初対面の人間にする挨拶でやるとしては、どうなんだろう?
「シン、遊ぶのはいい加減にしろ。さっさと用件を言え」
「用件をお願いします、シンさん。僕もリューヤに修行をつけてもらわないといけないし」
「ああああああああ!!! リューヤは親しそうに呼び捨て! しかも、これからふたりっきりで修行だとぉぉぉ!!!? 奴は人生の敗北者に見えて、じつは勝者だったのかあぁぁぁ!!!?」
ルドもいるんだけど?
まさかこの短い間に、ルドは記憶から完全に消えてしまっているの?
「悶えてないで、さっさと言え! たたき出してやろうか!?」
「クッ、話してやる。じつは先日、チャフ婆さまの占術に不吉の影がでたのだ。『我ら計都の弟子五拳から離反する者がでる』とな」
「なに、大婆さまがそのような予言を?」
かなり後で知ったことだが、『チャフ婆さま』というのはセイリューさんの姉君で、異国の高度な占術を使うらしい。とくに不吉の予言をする能力はたかく、それが出たなら計都の一門は全力で阻止することが慣わしだという。
「ふん、なるほど。その最大の候補者は、しくじりで役を失った俺ということか」
「そうだ。きさまのヒネた性格なら十分ありえるからな。ククク」
もう少しやわらかく言えないものかね。
そんなトゲのある言い方で、リューヤが本当に離反したらどうするんだ。
「まったくヒマなことだ。俺は自分のしくじりを理解している。離反などせん。それにしてもチャフ婆さまの予言にしては事が小さいな。あの方の予言は災害や災厄に関するもののはずだが?」
「婆さまの予言には続きがある。『五拳の一角崩れるとき、世界は乱れ王国は揺るぎ、崩壊の危機せまる』とな」
「なに? 計都の五拳など、たかが衛兵身分。それがどう王国の崩壊に繋がるというのだ。だが、いずれにしても俺は関係ない。俺は親父に言われた通り、ちゃんとアリエスとルドに修行をつけている」
「フッたしかにきさまには女子供と遊んでいるのがお似合いだ。きさまがしくじった役目は、ちゃんとおれが引き継いでやるから安心しろ。フハハ、フワァーハハハッ」
ムカッ
いちいち腹のたつ言い方をするな、このツンツン頭は。
僕が睨むと、シンは「しまった!」みたいに笑いをやめた。
「あっうん、たしかに? こういった役目もバカにしないでやることは大切だし? 修行なら、よかったら、おれがやってあげても…………」
「それじゃシンさん、お話はよくわかりました。さよなら。リューヤ、ルド。修行の続きをしよう」
クルリ
僕は冷たく彼に背を向ける。
「あっ……………いや待て! おい小僧。どうだ、これからおれと手合わせしてみないか。どの程度リューヤに仕込まれたかみてやる!」
シンはルドにねらいを変えた?
まさかそれで僕に『強さアピール』でもするつもり?
いや強さとか見せられても、アンタの評価はまったく変わらないんだけど?
「おおっ、いいぜ! さっきからアンタには腹がたっていたんだ。やってやるよ!」
と、元気に受けるルド。
だが、リューヤはルドの肩に手を置いてとめた。
「ルド、師匠格の俺に断らず受けるな。奴の相手はアリエス。おまえがしてやれ」
「えええええっ僕ぅ!?」
いや、手合わせなんて出来るほど鍛えてもらってないんですけど!?
「おいおいリューヤよぉ。どういうつもりだ!? おいらは、こういう場面で女の影に隠れるほど腐っちゃいねぇぜ!」
リューヤは僕とルドを引っ張ってシンから距離をとる。
「二人とも静かにしろ。ルド。おまえは計都の拳士と手合わせするには、いまは一番まずい時期だ。アリエスと適当に遊ばせてお帰り願おう」
「ああ? いつになく弱気じゃねぇかよ。野郎が恐ぇのかよ!」
「奴は裏切りの調査にきている。面倒な報告はされたくはない」
「アンタらの内輪なんて知ったことかよ! アリエスに万一のことでもあったら!」
「心配はいらん。シンは女にはゴミだ。とくにいい女にはな」
シンを見ると、たしかに彼はいまも僕をチラチラ見ている。
メチャクチャ僕に気がある素振りだ。
要するに僕が多少とも彼の相手をすれば、満足して帰ってくれるというわけか。
「僕を意識しまくっているね。あれなら大丈夫かな」
「だろう? それに奴も計都の拳士。素人の女を殴るほど性根は腐ってない。安心してやってこい」
「わかった。ということだし、ルド。ここは僕にまかせてくれたまえ」
「ん…………まぁ、そういうことなら」
女の目で見てみれば、アイツがいかに女に弱いかがわかる。
僕がちょっとみつめると、顔を赤くして目をそむけるし。
となれば、さっき、さんざんリューヤにイキッったことへの返礼でもしたくなるというものだ。
「リューヤ。ひとつ確認するけど」
「なんだ?」
「別にアイツを倒してしまってもいいんだよね?」
「フッ。いつになくやる気だな。いいぞ、やってみろ」
――――――こんなことを考えるんじゃなかった。
後で死ぬほど後悔した。すべては手遅れだったが。




