26話 冒険と特訓の日々
「やれやれ本当に冒険者ってのは割にあわないな。あれだけ苦労してこれだけか」
冒険終了後の晩。
ルドと酒場兼食堂のテーブルで食事をしながら、獲物を換金して手に入れた十数枚の銅貨をみて呟いた。
僕らが狩っているのは鼠や兎の小型モンスター。それを換金して安宿に泊まるのがここ数日の日課だ。
これなら薬草になる植物でもとってきた方が稼げる。いや、そもそも冒険者より本業の医師や美容整形スキルを使えば稼げる金額は段違いだろう。
しかしこれはリューヤの特訓。魔物狩りは為さなきゃならない課題なのだ。
「もっと大物を狙えればいいんじゃね? なんかできそうな気がすんだけどよ」
ここ数日で、すっかり逞しくなったルドは言う。
「ダメダメ安全第一。大物もとめて危険な奥地へ行くくらいなら、貧乏暮らしした方がいいよ」
『モンスターを狩って、その金で生活をする』ってのがリューヤの課題で、種類については言われてないのだから、小物狩りで十分だ。
「あ、あの~」
と、いつの間にか僕らのテーブルの横にきていた三人の青年に声をかけられた。
田舎出の純朴な男の子といった感じで、顔はジャガイモを連想させられる。
僕を見て真っ赤になっている所から、女慣れはまるでしていない感じだ。
多分、童貞。
「よかったら、二人とも俺たちのパーティーに入りませんか? 人数が多くなれば奥地の方まで行けるし、アリエスさんは俺達がぜったい守りますから! 傷一つつせあえんらら!!」
うーん微笑ましい。
最後の方、早口がすぎてろれつが回らなくなっているのも好ポイント。
僕が見つめるだけで、カクカクした動きになるのも可愛い。
まるで前世の僕を見ているようだ。
ま、だからといって受けるわけにはいかないんだけどね。
「ごめんなさい。いまは強くなっている最中で、他の人と組めないんです。でも声をかけてくれてありがとう」
「ちにゃ?!!」
だからせめて、いつも鏡でやっている僕が僕に見せる最高の笑顔。そして胸の谷間が見える角度でおじぎをして断る。
これぞ賢者奥義 童貞有情殺!!
「は、は~い、どうもごちそうさまでした………いやいや、失礼いたしまーす」
ポテトボーイ共よ。今夜は女に縁のない痛みを知らず、安らかに眠るがよい。
「いちいち丁寧だなアリエスは。勧誘なんてキリがねぇんだから『鏡見て相談しな!』ですませりゃいいのによ」
できるか! その言葉だけで純情DTは死んでしまうぞ!!
「ま、大物狩りはアリエスが反対すんなら無理にとは言わねぇよ。ふたりで一つの部屋も楽しいし」
ガタタッ
僕らの周囲で、あきらかに動揺した兄ちゃんらのうめき声がきこえる。
どうして勘違いさせる言い方するのかな、コイツは。
「明日も朝から狩りだし、部屋に戻ろう。寝る前にマッサージするよ」
「おう! へへっ、お楽しみだな。このために一日がんばってるもんだぜ」
と、いきなりルドの知り合いらしき冒険者のおっさん兄ちゃんらがきて、ルドを引っ張っていった。
「わ、悪いアリエスちゃん。ちょっとルドを借りていくぜ」
「え? あ、うん」
この男だらけの場所にいると店中から注目されるんで、早く出たいんだけどね。
まぁいいさ。僕の技術の粋をつくした顔とスタイルだ。せいぜい見惚れてくれ。
ルドは知り合いの冒険者パーティーの集うテーブルに連れていかれ、ヒソヒソとないしょ話…………のつもりみたいだが、全員地声が大きいので、会話はまる聞こえだ。
「な、なぁルド。やっぱりアリエスちゃんと………やっちゃったの?」
「いやいやぁ、まだおいらはガキだし? そこまでは許してくれねぇけどよ。でも、毎晩『マッサージ』ってのはしてもらっているぜ」
「そ、それ! 何だよそれ! なんかすげぇ卑猥な感じだけど?」
「毎晩一日の疲れをとるのに、体をなでてほぐしてもらってるのさ。いや、毎晩丁寧にしてくれて、愛を感じるねぇ」
「なにいっ! あのアリエスちゃんから!? そんな、甲斐甲斐しい献身を毎晩!? 嗚呼、おれらとお前、どうして、ここまでの差がついちまったんだぁぁぁ!?」
まったくだ。
どうして転生者のはずのこの僕がヒロインみたいなことをやって、ルドがハーレム主人公みたいな立ち位置になっているんだ?
どうして妄想していた場所にルドがいて、その隣の美女が僕なんだ?
「すごく納得できないが、仕方ないんだよな。ルドには強くなって、僕を守ってもらわなくちゃならないし」
あれはルドと最初の冒険をした日のことだ。
貧民街では30匹ものモンスターを斃した僕らも、森の中では、どこからともなく不意打ちしてくるモンスターに苦戦した。
そんな最悪な状況だったが、ルドは献身的に僕を守ってくれた。
そこで思いついたのだ。
『ルドを僕の技術のすべてを尽くして強化して壁にしちゃおう!』
無論、僕自身にも強化はしている。
しかし、あまりに冒険者に適した体にすると、ムキムキの筋肉女になって僕の理想が壊れてしまう。
ちなみに腹筋だけは徹底的に強化しているので割れている。そして奇跡的な”くびれ”を体現しているのだ!
まぁ他にも体幹やら内臓やら見えないところは強化してあるので冒険に行くこと自体はできるが、やはり危険地帯で魔物の相手をするには心もとない。
そこでルドにマッサージと称して、全力で身体能力強化をしているのだ。
心臓、腎臓、肝臓、肺といった運動機能に関わる内臓からはじまり、脳も運動神経を司る小脳を強化。感覚器なんかも強化しちゃう。
もちろん筋肉も、跳躍力膂力なんかの向上を目的に強化中。
おかげでルドはこの短期間にメキメキ強くなり、壁になるどころか、襲われる前にモンスターを発見して狩ってしまう。おかげで最近は僕の方が足手まといになっているくらいだ。
………………壁役にしては強くしすぎたかな?
ま、冒険が楽になったんだからいいや。
――――――――とまぁ、冒険者稼業にもなれた数日後。
いつものように獲物を手に帰宅する道の途上。
森林の入り口付近で、リューヤが無造作に長剣を持ってそこにいた。
リューヤは僕らの姿を見ると、スラリ剣を抜き僕らに向けた。
「そろそろ本格的に武を教えてやる。ふたりとも構えろ」
「え、えええ? 僕ら、冒険に行ってきたばかりでヘトヘトなんだけど?」
「その状態でも実力を発揮できるよう鍛えてやる。万全の状態でなければ使えない武など、実戦ではほとんど役にたたん。さぁ来てみろ。俺を殺してもかまわん」
『さぁ』とか言われて人殺しをサクッとできるメンタルなんて持ってないんですけど?!
ただの剣でも、リューヤが持っていると妖しい魔性の剣みたいにギラついて見える!
「そうビビるな。長剣を使う俺は弱い。最弱だ。つまり、おまえらの相手には丁度いいレベルだ」
”最弱”とか謳ったラノベ主人公が弱かったためしがない!
なんかアレに通じる、嫌な形容詞ウソを感じる!!
「で、でもどうして今さら? こういうことって、普通、クエストとかに出る前に教えてくれるものじゃないの!?」
「なにを言っている。おまえらが弱すぎたら、間違って殺してしまうかもしれんだろう。いや確実に死ぬ。お前らは、ようやく俺が教えられるレベルになったということだ。良かったな」
最弱レベルが高すぎだ!
まだなにか言おうとしたけれど、リューヤは問答無用で斬りかかってきた!
「わっ、わわっ!」
「剣を見るな! 剣など見て動いても間に合わん。使い手の体の動きで、剣の位置を予測しろ!」
ガキンッ
「おおっ!? たしかにその方がいいぜ。どんどん来なリューヤ!」
ルドは僕らの間に割り込み、軽々リューヤの剣撃をはじき返した!
「むっ? 小僧、なんだその功夫は。どうやってこの短期間に、それほどの肉体をつくった!?」
「あん? 毎日冒険行って、アリエスにマッサージってやつで体をほぐしてもらってるだけだぜ。なんかアリエスに体いじってもらうと、やたら調子が良いんだよな」
「……………………ほう。俺の体を治したことといい、何やら未知の技術を会得しているようだな」
ニヤリと僕を見て嗤うリューヤ。
なんか嫌な感じで興味をもたれた気がする。
「まずは見せてもらおうか、その肉体の性能を! 膂力、反応、敏捷、跳躍、すべてだ!!」
「いくらでも来い! 最近じゃ冒険も物足りなくなってきた所だぜ!」
「ガキンッ」「ガキンッ」と猛烈な勢いで剣劇を打ち合うふたり。
その様はまるで達人同士の戦いだ。
「ルドのやつ、こんなに強くなっていたのか。とりあえず今日の『いきなり特訓』は回避されたみたいだな。ラッキー」
僕はその場にすわって、楽しそうに剣を打ち合う男どもを眺めるのであった。




