25話 冒険者デビュー! チート小僧は先輩冒険者のヘイトを集める
「ああ、僕もとうとうデビューか」
僕は貧民街の中心にある冒険者ギルドのでっかい建物の前でため息をついた。
リューヤから、戦闘修行の一環として冒険者になるよう言われたのだ。
【冒険者】とは、要するに猟師や伐採採取業者なんかの総称なのだが、その危険度は僕のいた世界よりはるかに高い。
なにしろその仕事場である森や荒野に行けば、魔物と呼ばれる凶暴な生物が普通にいるのだ。
死亡率、負傷率は高く、5年続けられる冒険者は三割ほど。貧民街で体を壊して路上生活をしている浮浪者は、冒険者のなれの果てだという。
それでも命がけの分、大金を稼げる仕事ではあるし、上位の冒険者になれば衛兵団にスカウトされることもあるので、冒険者のなり手はあとを断たない。
そう、この隣のルドのように。
「よーよーアリエス。早く入ろうぜ。登録ってやつをやっておいら達も冒険者だ」
ルドは最高級鉱物のミスリル製の鎧を身に纏ってやる気まんまんだ。
これはビアンナ姫からの贈り物。
公式には、王国最大のお尋ね者ジャギルを捕まえた報償。
でもやっぱり『ルドにケガをして欲しくない』という愛だよね。
で、このルドも僕と一緒に冒険者をやることになったのだ。
その理由は【凶月の黒犬団】の件が終息したとき、ビアンナ姫にルドのことを頼まれたからだ。
いちおう、僕もビアンナ姫にルドのことは諦めるように諭したんだよね。
自分のやらかしたことだし。
「ビアンナ姫。ルドへの恋心は哀しみと苦しみしか生みません。それは人知れず終わらせるべきものです」
「哀しみや苦しみだけではない。私はルドにときめきを覚えたのだ」
はぁぁぁぁ甘酸っぱーい!
そのセリフを言ったビアンナ姫の顔は、すごく可憐で可愛くて、こんな事態を引き起こした自分に罪悪感チクチク。
「私も自分の立場は知っている。ルドと夫婦になるなどという夢は見ない」
そうなのだ。
貴族とは、いわば『政治家になる資格のある血統』であり、そうでない者との婚姻は不文律として許されない。
こういった『高貴な血統』による政治の独占は、僕の世界でも昔はあった。
これはおそらく偶然ではない。権力闘争を国全体に拡大せず限定的なものにするには、こういった形にすることが一番良いからだろう。
共産圏を見てもわかるが『誰でも政治家になれる』と民主化した途端、国全体に粛正が巻き起こって数百万もの死者を出した国はいくらでもある。
さて。あっちの世界では貴族政治は民主主義の発達とともに廃れたが、こっちではまだ現役で行われている。つまり大貴族の血統であるビアンナ姫は、ルドと夫婦になることは許されないのだ。
「だけど、せめて毎日姿を見れるようになりたい。だからアリエス、頼む!」
「…………『ルドを強くして衛兵団に入れる』ですか」
庶民が貴族の館に務めるには男なら衛兵団、女なら下働きの下女だと相場は決まっている。
書記官などの内政官は小さい頃からそれなりの教育を受けてこなければなれないが、衛兵団は庶民からも人材を集めるかなりの実力主義。
街の治安を守ったり要人の警護をしたりの他に、ときには冒険者の手におえないモンスターと戦ったりもしなければならないからだ。
「…………わかりました。ルドは友達だし面倒をみましょう。二人で冒険者になり、リューヤの特訓をうけて強くなります」
――――――と、いうわけだ。
第一希望の内政官は遠のくばかりだなぁ。
で、やはり、僕らの申し込みを受けた受け付けの兄ちゃんに、微妙な顔でたしなめられた。
「貴女なら冒険者などならずとも、もっと良い仕事につけるのではないですか? 冒険者は女性にはかなり酷な仕事ですが」
「事情があるんです。かまいませんから登録をお願いします」
「………そうですか。では、お二方のランクはE。ノーマル冒険者となります。指定された危険地域での植物、鉱物を取ることができますが、動物は許可されません。危険地域の動物はまず魔物ですので大変危険です。決して近づかないように」
これは血の気のはやった新人冒険者がモンスターに挑まないようにするため、そういった格付けがされているのだ。
モンスターを狩るための討伐資格はランクCから。
普通ならランクを上げるため地道に実績を積まなければならないのだが。
「いえ、僕らはノーマルではなく討伐冒険者として登録してください」
これもリューヤに指示されたこと。
要は、修行で魔物狩りをさせられるのだ。
「なっ!? なにをバカな! 冒険者になったばかりのEランクに、討伐資格なんて与えられませんよ。規則ですから」
「ですが、その規則には例外がありますよね?」
「え、ええ。魔物の討伐実績が15体以上。もしくは、Bランク以上の冒険者の推薦があれば可能です。お二方はどちらかお持ちですか?」
「はいこれ。先日の貧民街モンスター襲撃で、僕らは34体ものモンスターを斃しました。これが衛兵団が発行してくれた証明書です」
「なっ!? …………たしかにこれは本物!?」
「それと現役ではありませんが、Sランク認定されている冒険卿セイリューさんから推薦状も頂いております。これでどうかよろしくお願いいたします」
ドヨドヨドヨォッ
その言葉に、背後の冒険者たちからもどよめきの声が起こった。
「なっ、なんですって!? …………たしかに。わかりました。お二方を特例措置の討伐冒険者として登録いたしましょう。こちらの書類に必要事項のご記入をお願いします」
いや、うしろの方からフロア中の注目の視線を感じるね。
振り向きたくないなぁ。
そんな僕の心情も知らず、ルドは脳天気な声。
「アリエス、悪いけどおいらの分も書いてくれよ。字、書けねぇ」
仕方なく二人分の書類を書いていると、後ろの方でルドの名前を呼ぶ声がした。
ルドの知り合いらしい冒険者のおじさん達だ。
「ああっ! どこの坊っちゃんかと思えば、お前ルドじゃねぇかよ! なんだよなんだよ、その装備と美女! どこでかっぱらったんだよ!」
「へっへっへ。いいだろ? この前ゴミ街がモンスターに襲われたとき、領主様のお姫様とこのアリエス助けてよ。その礼にこの装備もらって、アリエスとは冒険者パーティー組むことになったんだぜ」
「なっ本当か!? なんでしみったれた貧乏人しかいねぇゴミ街に、領主様のお姫様だの、絶世の美女だのがいたんだ!? どんな神に祈ってりゃ、そんなオイシイ状況になれる!?」
一通りデカい声で驚いた後静かになったと思ったら、彼らは泣きはじめた?
「おいおい、おっさん達、どうしたんだよ。この間のモンスター襲撃で、誰か大事な人でも亡くしたのかい?」
「うるせぇっ! おれらはなぁ、おれらはなぁ! 継げる家業もねぇ世の中のあぶれ者。結婚なんざよほどの幸運でもなけりゃできやしねぇ! それでも可愛い嫁さんゲットを夢見て、毎日ヤバイ場所くぐって金貯めて頑張ってきたんだ!」
「そうかい。先輩冒険者として尊敬するぜ」
「それでも、モンスター相手に狩りすりゃ安物装備は壊れるし、憂さはたまって酒に女に金を使うしで、いつまでたっても貯まりゃしねぇ!」
酒と女を控えろよ。
「そっか。おっさん達も大変だったんだな。冒険者のきびしさ教えてくれて感謝するぜ」
ルド、君はぜんぜんわかってないぞ。
僕にはもう、このおじさん達が何を泣いているのかわかってしまったよ。
ある意味、僕もこのおじさん達と同類だったからな。
「なのに、なのにお前ときたら…………ッ」
ビシッ
泣きながらルドの鎧を指さす。
「そんな最高級装備なんざ、冒険はじめる前からゲットしやがるし!」
ビシッ
今度は僕が指をさされた。
「これまた、おれらの結婚したい理想のナイスバディ美女を仲間にしてやがる! 冒険行く前から!」
うん、僕もだんだん妬ましくなってきたよ。
このルドこそ、正にズルっこ野郎だ。
「いやいやぁ。アリエスとは『パーティー仲間』ってだけで、結婚相手とか恋人じゃないし?(まだ)」
なんてニヤケながら語る天狗小僧。
ムカついた僕は、自惚れチート小僧の背後にまわる。
そして前世、彼女ができたらやってもらいたかったベストモーション第3位。
トンッ
『肩にアゴのせ』
「ア、ア、ア、ア、アリエス!? なななななに!?」
いきなり間近横に僕の顔がきてビックリしてる。
鎧を着てなければ、背中に柔らかなオッパイの感触もあったのにね。
「ルドぉ。書類は書いたからクエストいこう。僕は先に出ているから、おじさん達との話が終わったら来てね♡」
それだけ言って僕はさっさとギルドを出た。
背中の方から、ものすごい喧噪がきこえる。
「この野郎! Eランクのクエストひとつこなしてねぇ分際でオイシイ思いしてんじゃねぇ!」
「もげろもげろ!」
「あんな美女に毎日スキンシップとか! 見えない所でどんなサービスされている!?」
「くらえ妬み嫉みパンチ! おれらの十年分の苦労を思い知れ!」
「ヒィィィィッ! こんなのおいらも初めてされたんだよぉぉぉ!」
さて、ルドが出てくるまで時間がかかりそうだな。
どう時間を潰すか。




