23話 恐怖の置きみやげ! リューヤにせまる危機!!
ジャギルの不穏な言葉をきいた僕は、ともかくルドの家に戻ってみることにした。そのことをセイリューさんに言うと、セイリューさんはこう言った。
「ワシも行こう。いちおう治癒魔法の使える団員も連れてな」
というわけで副団長に館へのビアンナ姫の護衛とジャギルはじめ盗賊達の護送をまかせ、セイリューさんは治癒師の団員を連れて僕とルドについてきた。
「ルド、君が出てきたときリューヤはどうだった?」
「だいぶ殴られたんでバテてたぜ。母ちゃんにまかせて出てきたんだけどよ。でも死ぬようには見えなかったぜ」
ふむ? やはりジャギルのガセか。
そう思ったりもしたのだが、ルドの家についてそこに寝かされているリューヤを見ると、一目でヤバイ状態だとわかった。
顔は土気色で、ぐったりして身動きもできないほど弱っていたのだ。
看病しているトメさんにどうしたのかをきいてみると、寝かせても様態は回復せず、なぜか悪くなる一方なのだという。
セイリューさんが連れてきた衛兵団の治癒師という男が治癒魔法をかけたのだが、様態は大して良くはならなかった。
「まいったのう、なにか悪しき呪いの類いか? となると、ヴィジャスにでも聞かねばならんが。お嬢ちゃん、奴の弟子なら何かわからんか?」
呪いなんて僕にもわからん!
僕がヴィジャスに習ったのは、この世界の概要と僕のレベル1魔法の力だけだ。
とはいえ診察は医者の基本。
診てみたのだが、原因は呪いなんて不可思議なものではなかった。
「はっ! これは【三年殺し】!?」
「なに! やはりそれは呪いの類いじゃったのか!?」
「あ、いえ名称はアレですが、呪いでも魔法でもありません」
【三年殺し】とは空手の暗殺術である。
内臓を囲うようについているあばら骨は内臓を守りささえる骨ではあるが、それが折れると一転して内臓の脅威となる。折れた骨は内臓を突き刺し傷つけ、深く刺されば命の危険さえある。
これが厄介なのは、これを受けた直後は大したケガに思えなくても、内臓の機能低下によって時間が経過した後に症状があらわれ、命すら奪うことがあるということだ。
それを意図的にやるのがこの暗殺術である。達人は三年もの時間をおいて死にいたらしめることから、この名がついたのだ。
ジャギルめ。こんな技までもっていたとは。
「つまり骨が内臓に刺さっているので回復できんということか。となると、もっと高位の治癒師に診せんとの。館の治癒師に診せよう」
「ダメです!」
セイリューさんがリューヤを運ぼうとしたのを、僕は体を張ってとめた。
「あばらが三ヶ所も肺、肝臓、腎臓とそれぞれに突き刺さっているんです。動かしたらそのまま死んでしまいます」
「ううむ。では、ここへ高位治癒師を呼ぶしかないか。それまでリューヤが持つかは疑問だが」
「僕にやらせてください。とくに肺に刺さっている骨は危険です。呼吸障害を起こせばその場で死んでしまいます。早急に処置しないと」
「しかしお嬢ちゃんが使える治癒魔法はレベル1じゃろう? これのレベル3魔法でも無理だったのをどうする」
どうもこの世界の医術は、大雑把に症状を診て治癒魔法まかせだから、僕から見れば素人くさい。
「いえ、外科手術です。協力をお願いします」
「なんじゃ? それは」
僕はこれからやろうとすることを簡潔にセイリューさんに説明した。
即ちアバラの刺さっている部分を切開し、内臓からアバラを抜いた後に治癒術をかける、というものだ。
「フム? じゃが、それはとんでもなく繊細な業じゃぞ。血液は大量に失われるし、いちど内臓を露出させたものは後に死んでしまうことも多い」
「死んでしまうのは、空気中の細菌に感染するためです。無論その対策はしますし、血液も水魔法を駆使して出来るだけ失わないようにします。なにより、僕はこういったことの訓練は、しっかり仕込まれました」
「ヴィジャスも弟子に妙なことを仕込んだの。よかろう。リューヤの症状を最初に見抜いた眼力を信じ、オヌシにリューヤの命をまかせてみよう」
ヴィジャスからじゃなくて、某医大から仕込まれたんだけどね。
治癒師さんが応急医療具を持ってきてくれたので助かった。そこにある清潔なシーツで自分の体や頭髪を覆ったりマスクにしたり。
手は、火魔法でレーザーメスを作る関係で素手にしなければならないので、これまた可能な限り清潔にする。
それでも細菌が傷口から入るのを完全には止められないだろうから、術後には火魔法で体温を上げたり、免疫系の器官を活性化したりで乗りきろう。
さて。準備は整ったが、問題は麻酔だ。
痛みに何の処置もせずに切開し内臓から骨を抜けば、それは地獄の苦しみ。
かといって麻酔なんてあるわけもなし。
リューヤがどう苦しもうと、体をおさえてやるしかない。
……………いや、思い出してしまった。あったよ。
ヴィジャスがくれた転生特典。
『僕の体に触れた者は軽い快感を感じ、とくに唇からは強い快感を得る』というものだ。
つまり、僕が出来る麻酔とは………………アレだ。
こんなことを思い出した自分を殴り飛ばしたいが、仕方ない。
手術中にリューヤの膂力で暴れられたら危ないし、医者として使えるものは使わなければ。
ごめんよ僕。こんなことなら、鏡でファーストキスをすませておくんだった。
「ルド、悪い。一度口の布を外してくれ。それは置かずに持っててくれよ」
「え? ああ」
僕の手は消毒済みなので使えないのだ。
助手をつとめるルドに口の布マスクをとってもらうと、顔をリューヤに近づけた。
「リューヤ、こっち向け」
「………うっ? なんだ………やるならさっさとしろ」
そう呻くリューヤの唇に自分のを押しつけた。
硬い。
あたりまえだが、全身鍛えぬいているリューヤの体は、唇さえ岩のようだった。
リューヤは一瞬驚いたように目を見開いたが、やがてしあわせ幸せそうな顔で昏倒した。
こっちはすごく複雑な気分。
苦労して出来る限りの消毒をした手なので、拭うこともできない。
まったく。美女との超快感なキスなんて、自分で味わいたいくらいだぞ。
とにかくもう忘れろ。これは麻酔。お婆ちゃんに触診するのと変わらない。
気を取り直して手術をはじめよう。
「ルド、もういいぞ。さっき同様に口を覆ってくれ」
「そ、それより何でいきなりキスしたの!? そいつとそういう関係だったの!? ちゃんと説明してくれアリエス!」
「どうでもいい! 本当に危ないんだから、余計な質問はせず言う通りに動いてくれ!」




