21話 賢者奥義炸裂! 魔人よ眠れ
僕とビアンナ姫は巨大魔人の肩の上でジャギルの両手の花にされている状態。
本当ににこの魔人を手なずけているのだから、このジャギルという盗賊の首魁は大したものだ。
そしてその下には奴の手下の盗賊やモンスターが、列を作って大名行列のように魔人についていく。さながら、このジャギルはちょっとした王様だ。
リューヤの作戦通り、この危険な魔人の懐へと入りこんだので、いつでもこの魔人を殺すことはできるが、問題はこのジャギルだ。
僕の肩をガッチリ掴んで身動きがとれない。
それに『下手な真似をすれば僕と姫を殺すだけの冷酷さはあるから、コイツが大きな隙を見せるまでは動くな』とリューヤには言われている。
お楽しみの時間がきて、コイツに喰われるまでにその隙がきてくれればいいが。
不安だ。
そんな僕の様子にジャギルは何か勘違いしたらしい。こんなことを言った。
「フフフあの男のことは諦めるんだな。もう二度とあうこともあるまい」
「……………………?」
ジャギルの言葉は、もうリューヤは死んでしまったようなニュアンスだ。
しかしルドの家を出たときにはリューヤはたしかに生きていたし、意識もちゃんとしていた。
ひどく痛めつけられてはいたが、凶器を使われてのものではない。
医者的に考えて、死ぬように思えないが?
「さて、仕事の前に味見しておくか? さすがのおれも、このレベルの女とやるのは初めてだぜえ」
ええ!? ビアンナ姫も見ているのに!
ヒィィィィッ! ジャギルの髭面の顔がせまってきたぁ!!
『こんな見晴らしのいい、手下どもからよく見える場所にいる間は大丈夫』なんて思っていたが、そんな常識が通用する奴じゃなかったぁ!
だが突然、ジャギルの動きは「ピタッ」と止まった。
「グフフ来たか。お楽しみは後だな。それじゃ伯爵の下っ端と交渉といくか」
見ると、こちらに向かう衛兵団の一隊が見えた。
ようやく衛兵団が動き、この貧民街へと隊列を整えて進んできたのだ。
先頭はリューヤの父のセイリューというお爺さんだ。
「セイリュー、それと伯爵の犬ども。止まれ! こっちはビアンナを人質にしてあーる!」
ジャギルはビアンナ姫の首を掴み高々と掲げた。
ビアンナ姫が苦しそうに呻いている。かわいそうに。
それを見たセイリューさんは、手をあげて合図し衛兵団を止めた。
「どこへ行きなされたかと思えば、そんな所に。ヴィジャスの弟子の娘も一緒か」
「フフフ、セイリューよ。レオニスター伯爵に伝えろ。伯爵館の宝物庫にあるブツ。【悪魔イヴァーズの遺体】をよこせ! この公女ビアンナと引き換えだ!」
「目的はそれか。だがなぜ盗賊の貴様がそれを欲しがる? 売れなくはないだろうが、今、伯爵に金を要求した方がよほど大金を得られるぞ」
「いいや、おれの要求はあくまで”悪魔の遺体”だ。断るというなら、いまこの場でビアンナの体を引き裂いてもいいんだぜぇ?」
「あれは王家からの預かりものだ。たとえビアンナ姫の身柄とて、伯爵は貴族として王家の所有物を取引に使うことをできんじゃろう。ただしビアンナ姫に害を与えたなら、伯爵は貴様をあくまで許さんじゃろうがな」
「そこが取引だ。遺体とビアンナを交換したのち、お前らはそれを取り返せばよかろう。おれらをブチ殺してな」
「なに? つまりお前は、我らをまともに相手にして逃げる自信があるということか?」
「あーあ、そうさ。この我が弟プードルはちょっとしたもんだぜ? それとも衛兵団の諸君はコイツとやり合うのは恐いか? ん~?」
この挑発に衛兵団がざわめくのが見えた。
まずいな。ジャギルの術中にはまりつつある。
「それとも、今からおれら兄弟と一戦するか? このビアンナをブチ殺したあとになぁ!」
ジャギルはビアンナ姫の首をギリギリ締めあげる。
ビアンナ姫は苦しそうに「うああああ!」と呻く。
「さあ、どうするセイリュー! はやく決めねぇと、お姫さまの首がブチッといっちまうぜぇ。ハハハハハァ!」
ジャギルはご満悦だ。
しかしお陰で、僕へ向ける意識がカケラもなくなくなった。
今、この時こそ大きな隙!
僕はジャギルの首のうしろの延髄に指を這わせると、雷魔法で微弱な電気をながした。
「うぐっ!?」
それは生体電流ほどの微弱なものだが、延髄の中枢に正確に流したそれは、一瞬でジャギルの全身をマヒさせた。
こぼれ落ちるビアンナ姫を引き寄せて抱え、かわりにジャギルを突き落とす。
ジャギルは「うわぁぁぁぁぁ!」と悲鳴をあげて落ちていく。
この一連の反乱に、僕らを肩に乗せていた巨人は反応した。
「んああー? きさまぁぁ!」
ギョロリと僕を睨み、腕をのばす。
恐っ!
だが僕は素早くビアンナ姫をかかえながら巨人の首のうしろへと回り込み、指先に絶対死の魔法をこめる。
「賢者奥義・死極星連弾! あたたっあたあ!!」
そして必殺技っぽく巨人の延髄に、連続して死極星を撃ち込んだ。
だが巨人の腕は止まらない。僕ら目がけて伸ばされる。
「うわぁ! アリエース!」
巨大な手が迫るのにビアンナ姫はおののき、僕に抱きついた。
だが突然その手は「ピタッ」と止まった。
「大丈夫ですよ。さて、ここはもう危ない。急いで降りましょう。拳法が得意だそうですから、降りられますね?」
「あ、ああ。だが下には盗賊やモンスターがおるぞ?」
「それでも降りなきゃいけないんです。本当にここはもう危ないんですから」
一仕事終えた僕は、ビアンナ姫と共に巨人の肩から腕、膝と跳びはねながら地面に向かう。
ようやく地面に降り立つと、そこには復活したジャギルが鬼のような形相で待ち構えていた。
手には大ナタを持ち、手下を従えて殺る気満々だ。
奴の殺気から庇うように、背中にビアンナ姫を隠した。
「やってくれたなアリエス。お仕置きだ!」
「いいや、お仕置きされるのはアンタさ。ジャギル」
僕は頭上の巨人の頭を指刺した。
僕の指の先を見たジャギルとその手下共は、驚きに目を見張り呆然とした顔。
奴らは見ただろう。首のうしろ、延髄をごっそり失った巨大魔人の姿を。
「プ、プードル! いったいどうしたぁ?!」
「あ…あ…あにぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
信じられないものを見てマヌケ面になったジャギルに、ニヤリと嗤う。
「オマエはもう…………」
僕のうしろで魔人の巨体がゆらり倒れる気配。
「詰んでいる!」
ズウゥゥゥゥゥン…………
辺り一面に、その巨体が崩れ墜ちる音が鳴り響いた。




