16話 冷酷残忍ジャギル! それは地獄を呼ぶ外道の名!!
◇◇◇
時間はリューヤが【凶月の黒犬団】の幹部らしき男を追った頃にもどる。
リューヤは尾行には絶対の自信をもっていた。
物陰から物陰へとすばやく移動し屋根にすら瞬時に飛び上がれるできる体術に加え、自身の風魔法によって音も気配も消すことができるのだ。
この能力により男をつけたリューヤは、あちこち回る男の行動から、そうとう広範囲に仕掛けがされていることを見抜いた。
その脅威の深さから、ビアンナ姫のことは気になるものの、夜半になるまで男をつけ回した。
そうしてようやく拠点らしき場所を突き止めた。
貧民街でもとくに人気のない場所の建物に凶悪そうなやつらが集っていることを確認することができたのだ。おそらくここがアジト。
さて。だいぶ遅くなったが、すぐにビアンナ姫を連れて館に戻ろう。
そして手勢を連れてこの場所で大捕物だ。
そう計画をしたのだが…………
「なっ!! これは、どうしたことだ!?」
リューヤはとある建物の屋根の上に潜み、そこから監視をしていた。
そこは地上からは完全な死角。発見されるハズはないのに、いきなり八方から矢を射かけられた。
ふいをつかれ、矢から身を守るためにリューヤは地面に着地。
素早く物陰に隠れる。
だがどこから来たのか幾人もの凶悪そうな男達が現れ、猟犬のように展開し、たちまち囲まれてしまった。
「………なるほど『黒犬』か。悪党のくせによく訓練されている。王国最悪の盗賊団の名は伊達じゃあないな」
しかたなくリューヤは隠れるのをやめ、男達の前へ出て身をさらす。
そこに凶悪そうな男どものなかに、一際凶悪な顔をした髭顔の男がいる。
群れのボスというのはだいたい見ればわかる。悪党の群れなら、一番悪そうな顔をしているのでなおさらだ。
リューヤは奴がリーダーだろうと踏んだ。つまりジャギルだ。
「ハハハ若いな。だが、よくこの場所をつかんだ。テメェも優秀な犬だ」
「くっ! どうして俺に気がついた? 陰形にミスはなかったはずだ」
「フフフッ。たしかに貴様に気がつく奴はいなかったなぁ。”人間”にはな」
髭顔は空を見上げた。そこには大きめの鳥が数羽舞っていた。
ああ、そういや”魔物使い”がいたな。
奴の『おれはオマエより頭のデキが違うんだぜ』という態度も悲しいかな、受け入れざるを得ない。
「なるほど、アジト周辺を鳥のモンスターに監視させていたのか。仕方ないので直接きこう。【凶月の黒犬団】だな? そして貴様が首領のジャギルか」
「ああ、そうだ。しかしまさかホーグがシッポをつかまれるとはなぁ。なぁホーグ?」
ジャギルは、リューヤがつけていた、あの長身の男に話しかけた。
その男はヤキをいれられたのだろう。顔が腫れ上がっていた。
「面目ありません、頭。詫はこの後の働きで必ず」
ジャギルはもう一発、男に平手打ち。
「ああ、テメーのドジで計画を早めにゃならねぇ。テメーにゃ一番危険な仕事をやってもらう。今度はドジるんじゃねぇぞ」
ジャギルはリューヤに目を戻し、手を上げ合図をおくる。
するとまわりを囲んでいる男達は剣を抜きリューヤに近づいた。
「テメェのせいで仕事を忙がにゃなんねぇ。とっとと死んでくれ。まったく面倒なこったぜ」
「いいや遅い。こんな無駄話をするよりはじめるべきだったな。はやッ!!」
リューヤが奇声をあげた瞬間、突風が吹いた。
すると、周囲の剣をふりあげた男達の動きは止まった。
ズルッ
リューヤに向かった連中の全員、その体は綺麗に切り裂かれ、バラバラになって地に落ちた。
「なっ風魔法? だが、風がこんなに人の体を切り裂けるハズが!?」
さらにリューヤは飛び上がり、屋根で弓矢をつがえる者たちに手裏剣を投げる。
風魔法で飛距離、速さを数倍にされたそれは、たちまちに全員を葬り去る。
「俺をなぶるのは楽しかったか、ジャギル? 俺が貴様などと会話をしたのは、周囲の奴らの位置を把握するため。そしてまとめて片づけやすいよう、引き込むためだ」
「き、きさま素手じゃないな!? 指先からなにか光っている!」
「ほう目がいいな。そうだ。この鋼線こそが俺の剣。そしてこれを風魔法で自在にあやつり、敵を切り裂くことこそ我が拳の極意だ」
糞っ、使い手か! しかも若さに見合わず魔法まで使いこなしやがる。
魔法師は単独であろうと相当な脅威となる。
大物ぶって初手の優位のまま攻めなかったのは失敗だった。奴の言う通り遅い。
「くッ盾を持っているやつ、守りを固めて一斉にかかれ! あんなもの、装備を固めてりゃ切れるワケがねぇ!」
複数人の装備を固めている者達が盾を掲げ、リューヤにせまった。
だが…………
「甘いな。風は切り裂くだけではないぞ。【風圧豪正拳】!」
リューヤが迫り来る盾に正拳突きを入れると、盾はひしゃげ壊れ、鎧すらも破壊して男達は吹き飛んでいく。
【風圧豪正拳】とは、鍛えぬかれた正拳突きに風圧の威力を加えた豪拳の技である。
ジャギルは、わずかの間にほぼ壊滅された手下を信じられないように見た。
「な………なんだ貴様は! 魔法使のクセになんで武術までこんなに強い!?」
「フッ。我が父の国の武術【拳法】を魔法で威力を高めたのが、父セイリューの生んだ武術【計都練拳】だ。そして俺はその一派【計都風刃拳】の使い手だ。この拳の前には貴様の手下などゴミクズ同然」
「くくっ! まさかセイリューの息子までもが、こんなにも強いとは!」
「さあ選べ! この場で死ぬか、おとなしく捕まるか」
「まだだ! 来い!」
ジャギルの声とともに、上空に舞っていた鳥形モンスターは一斉にリューヤ目がけて襲ってきた。
「無駄な足掻きを!」
鳥形モンスターの急降下による襲撃はおそろしく鋭かった。
が、リューヤはそれすらものともせず、たちまちに切り落とした。
だがジャギルはその隙に大きな笛を懐から取りだし、けたたましく吹き鳴らした。
「なにッ、モンスターだと!?」
いきなり地中から十数体もの蜥蜴人間が現れた。
それらはジャギルを護るように展開し、リューヤに攻撃をしかける。
「地中にモンスターを潜ませていたのか。よく街中に入れることができたものだ」
「へっ。あのお坊ちゃんのお陰さ。最後にドジりやがったが、役にはたってくれたぜ」
またメギオか。
統治すべき領国内の街中に、モンスターを引き込むとは。
優秀ではあったが、やはり奴は領主の資格など皆無の人間だったらしい。
「へっへっへ。ここまで部下を殺されちまっちゃあ、もう計画はおじゃんだ。だが【凶月の黒犬団】に、ここまで迫ったテメーは殺す! おれの顔も知られちまったしなぁ」
「フン、これが貴様の切り札か。俺がモンスターに恐れおののくとでも思ったか? それに街中でモンスターが出現とあらば、いかにゴミ街とはいえ衛兵が来る。俺はそれを使い貴様を捕らえる。無駄なあがきだ!」
「はっ! なら、本物の切り札をきらせてもらう。これで恐れおののかなきゃ、本気でテメェを感心してやるぜ!」
「なに!? ジャギル、貴様まだ!?」
ジャギルは笛をさらに大きく吹き鳴らす。
その音色は町中に響き渡り、その音を合図にゴミ街のあちこちの地中からモンスターが湧き出した!
「ハハハさぁバケモノども。この街の連中をブチ殺しまくれ!! 宴だ、たらふく喰え!」
その言葉通り、モンスターは一斉に町中の人間を襲いはじめた。
強烈な異形の群れの暴力とその圧倒的な規模。
ゴミ街に阿鼻叫喚の地獄が出現した!
ここまでの悪辣な仕込みをしたジャギルに、はじめてリューヤは戦慄を感じた。
「外道め…………」
そして心にとめるのは、不覚にもこの街に置いてきてしまった我が主人のこと。
まずい。
このままでは、ビアンナ姫が危機だ。
一瞬迷ったものの、リューヤは決断した。
「引いてやる。せいぜい遠くへ逃げるんだなジャギルよ。だが覚えておけ。俺が知った貴様のことは、じき王国中に知れ渡る」
「なに? 待て、貴様は………」
だがジャギルがモンスターへ命令を下す前に、リューヤはその場を離脱した。
風魔法を離脱に使ったリューヤはやはり早く、モンスターでも追いつく事は出来ず、ジャギルも見送るしかなかった。
「残念でしたねジャギル。こうなりゃ、せいぜい遠くへ逃げてやり直しますか」
生き残った部下の言葉に、ジャギルはうなずかなかった。
もしこの仕事失敗から、自分が”あのお方”に役立たずと見なされたなら、自分を生かしておくだろうか?
自分は、”お方”が悪魔の力を相当なレベルでモノにしていることを知っている。
となれば、やはり悪党の流儀。『知りすぎた無能』の行き着く場所にご招待だ。
ここで逃げても先はねぇ。だったら………
「”鳥”が奴を追っている。まだ奴に追いつける」
「ええ! あんなヤバイ奴をわざわざ追いかけるってんですか!? 衛兵がモンスターに手一杯とはいえ、あいつを追うことにメリットがあるとは思えませんぜ!」
「いいや、ある。奴の逃げた方向は館の方じゃなかった」
「……そういや? 野郎、どこへ行ったんですかね」
「メギオの話じゃ、次期領主のお姫様はお忍びがご趣味だそうだ。風野郎がこんな場所にいたってのも、姫はそのお遊びの最中で、その護衛だったんだろうよ」
「じゃあ、奴の向かう先には?」
「ああ、次期領主様がいるってわけだ。まだ計画は切れていねぇ。お姫様を人質にして、伯爵と交渉する。そして、あのお方所望のお宝を手にいれるぞ!」




