10話 偽りの涙! メギオよ、貴様の心は腐っている!!
壮麗な伯爵家邸宅の庭園。
その端の片隅に、石造りともいうべき小さな家屋が鎮座していた。
こんなさみしい場所に貴公子メギオは病気療養しているという。
中の人間に気づかれないよう窓のある方面を避けて到着し、まずはビアンナ姫が猫ヴィジャスを抱えて訪問した。
「兄上、ビアンナです。お加減はいかがですか」
「ビアンナか。今日はだいぶいいね。庭の景観が素晴らしいと、体調も良くなるようだ。やはりこの改装は正解だったよ」
「……………そうですか。ところで今日、兄上に珍しいお客が来ております」
「おや、誰だい? この退屈をまぎらわせられる者であればいいね」
さて、出番だ。せいぜいお坊ちゃんを驚かせよう。
魔法でヴィジャスの姿に変えられている僕は、賢者然とした歩き方で入室した。
そんな僕を見ると、メギオ公子は驚愕で目を見開いた。
彼は痩身で金髪の利発そうな子供であった。といっても、今の僕と同じくらいの年頃のようだが。
「ご期待に応えられるかと思います。メギオ様、俺ですよ」
これをしゃべっているのは、ビアンナ姫に抱えられている猫ヴィジャス。
僕はセリフにあわせて口をパクパクさせているだけ。
僕を見た彼はというと、とり乱したりせず、つとめて冷静に話そうとしていた。
「…………………ヴィジャス卿。帰っていたのか。旅から」
「ええ。帰還して早々ですが、あなたが愛でられている”庭”は先ほど調べさせてもらいました」
「――――――――!」
「これがどういうことかお分かりですね? 俺がいてはこの仕掛けを見破られてしまう。故におよんだ凶行でしょうが、あなたの企みは露見いたしました。どうかレオニスター伯爵の前ですべてを話していただくことを願います」
さて正念場だ。
追い詰められつつあるお坊ちゃんは、いかな行動に出るのか。
観念して全てゲロっちまうなら良し。悪あがきをした場合、しらばっくれるというのが一つの方法。
だが庭園の仕掛けがある以上逃げきることはできないし、やがてリューヤが捕まえてくる業者がヤバい奴らだった場合、苛烈に取り調べられるだろう。
もう一つは、やぶれかぶれになってビアンナ姫を人質にとる場合。
この場合僕は身を張ってビアンナ姫を守らなきゃいけない、と言いつけられている。
できるならこの選択はしないで欲しいものだが。
彼はうなだれ、もたれかかるように机のある椅子に座った。
「ヴィジャス卿、ビアンナ。君達のそのやさしさ、感謝に値するよ」
おや? しおらしい。
「そのやさしさにあまえて頼みがある。ぼくに時間をくれないか? 父に告解するための時間を!」
な、泣いている!?
女になったせいか、こんな少年の涙には妙にキュンッとなってしまう。
「兄上、なぜヴィジャス卿を封印など。いったい何をしようとしていたのです!?」
「すべて話すよ。だがまずは父さんにだ」
そのとき、ドヤドヤと数人が部屋にはいってきた。
それはレオニスター伯爵本人。彼が家中の腕のたちそうな人間数人を連れてきたのだ。
「メギオ、残念でならない。お前には期待をかけ教育をしてきた。ビアンナのよき模範となってもらいたかったのだが」
「はい、父さん。ぼくは出来心でこんなことをしてしまいました。全てを話したのち、つぐないをしたいよ思います」
「メギオ、しばらくひとりにさせよう。気持ちが落ち着いたら話しなさい」
伯爵はこちらに向きなおり命令した。
「全員ここから出なさい。監視は外からおこなうように」
やれやれ。とくに波乱もなく事件は解決か。
落ち着いたら、彼の病気というのを診させてもらおうかな。
そう思った。
だが突然に、この場に新たな人間が現れ、その流れを壊したのだ。
――――「伯爵。この坊ちゃんを信用なさって立ち去るのは考えものですよ」
入り口はボディーガードが固めてあるにも関わらず、そいつはスルリと部屋に侵入した。
そいつはリューヤだった。
別行動をとっているはずの彼が、何故かここにいる。
「リューヤ? どうした。庭師の業者を調べに出ていたんじゃなかったのか」
「もう行ってきました。至急、伯爵に耳に入れたいことができましてね。後を手下にまかせ、自分だけ戻らせてもらいました。さて、若。貧民街からアンタを引き取った大恩ある伯爵相手にずいぶんなことを企んだようですね」
「リューヤ。ぼくのことが信用できないのはわかるッ。しかし本当に後悔してるんだ」
「やめてください。反吐が出ますね。これが出来心? ふざけんなッ!」
何かを叩きつけるように、メギオの足元に投げた。
「うッ!?」
ゴロンッと転がった赤黒いそれ。
人の生首!?
ええええ!! この人、本気で殺人やってきたの!?
「そいつは、あの悪名高い盗賊団【凶月の黒犬団】の副団長ゾルクス! こいつらを館に呼び込むことが出来心? 違うね!」
「なッ! 【凶月の黒犬団】だと!?」
凶月の黒犬団。
それは王国内で最大の賞金がかけられた残虐極まりない最悪の盗賊団。
奴らの襲撃で滅ぼされた村は数知れず。討伐の騎士団も賞金稼ぎもすべてはね除けてきたおそるべき盗賊団。………なのだそうだ。
「やつらの流儀は女子供だろうが容赦なく皆殺し! コイツは、そんな奴らを館に呼び込む計画に加担してやがったんですよ! こいつはとんでもねぇ生まれついての悪だーッ!!」
「メ…………メギオ、お前ッ?」
リューヤの弾劾をうけたメギオはと見ると、彼は机の上にあった水差しをガブガブいきおいよく飲んでいた。そしてそれを机におき「フーーッ」と一息。
「フ………フフフ。父さん、ビアンナ。世の中は不公平。そんなことはわかっていたつもりだった。でも、ぼくの場合はあまりにあまりじゃないか?」
「あ、兄上?」
「伯爵、ビアンナ様、さがって!」
メギオの剣呑な雰囲気に、リューヤおよび家臣は二人をかばうように囲む。
「ぼくは誰より努力してきた! 血統で劣るぶん誰よりも優れた貴族になろうと、貴族に必要なことはすべて覚え、この領を発展させようと経営も学んで………ッ。それがこの病! 運命は貧民の血を持った貴族を、そんなにも嫌うのか!?」
いや、病気は運命とか貴族貧民とかじゃないって。
原因があって、その結果としてかかるものなんだよ。
「だ、だがメギオ。お前がどうやって賞金首の盗賊団とつながることが出来たのだ?」
「ぐぁおううう! ぼ………ぼくが手を組んだのは盗賊団なんかじゃない………ッ。悪魔の力を手にし、自在に使うあの方………ッ」
え?え?え? なんだ? メギオの体がみるみる大きくなっていく?
「しまった! まさか、あれにはいっていたモノか!?」
ヴィジャスは何かに思い当たったのか、メギオがガブ飲みした水差しを見つめる。
メギオの体はますます膨れ上がり、怪物のようになっていく。
「ビアンナ! ぼくは健康になるぞォーーーッ!!!」
「え? 健康? 兄上、おめでとうございます」
なにボケてんのお姫さま! 健康ってこういうのじゃないから!




