デイスリー 1
「おぶぁっ!!」
今朝啜った薄味のスープと固いパンが胃の底から物凄い勢いで逆流してくるのを感じる。
口からそれらが飛び出そうになったが寸前で意識を保ち、もう一度食道に押し戻す。
無様に四つんばえになった俺を見下ろすエゼルの顔には、本気で拳を放った事への罪悪感は感じられない。
「ふふ、よし、吐かなかったのは褒めてやる!
いいか?
スキルには持続時間ってのがある、トーヤの身体強化レベル1なら、個人差で大体2分から3分。
厄介なのが、その後のインターバル時間、再度スキルを使うのに必要な時間だ。
これはスキルによるが、身体強化なら1分位かな。
「ああ、スキルを発動した直後は、身体中に力が漲って、エゼルの突きも捌けたんだけど、急に身体が重くなって、、。
その後何回かスキルを使おうとしたけど、無反応で。焦ってたところに、エゼルの突きが腹に入った。」
俺が嗚咽混じりに言うと。
うんうんと嬉しそうに、エゼルが頷いている。
「だから言ったろ、数字だけが、ステータスの表記だけが全てじゃ無いって」
「ああ、自分のスキルがどういうものか、今現在の自分のレベルの数値で何が出来るか、どこまでやれるかって事か、、自分の限界を知れって奴ね」
「・・まぁ、そんなところかな、鍛錬でレベルに身体をならせていく感じかな」
「でも、鍛錬するなら、明日から飯を食う前しないか?
毎回こんなんじゃ、身が持たない」
「バーカ、飯を食わなかったら、力が出ないだろ」
「じゃあ、せめて、食休み位させてくれ」
「甘ったれるな、お前が早く強くなればいいんだよ」
「出たな、、脳筋女」
「その脳筋の意味は分からんが、悪意はビシビシと感じるぞトーヤ、なんならもう一本追加するか?」
「いえ、ごめんなさい、遠慮します。反省します。」
スキルを発動させてからの万能感は凄まじかったけど、よくよく考えればそれでもエゼルの連撃を捌くことしかできなかったんだから、身体強化の効果なんて、そんな大した物じゃ無いんだろう、しかもまだレベル1だし。
俺一人だったら、自分の力を過信して格上のモンスターに挑んでお陀仏になってたかも知れない。
エゼル様様だなこりゃ。
カラカラカラと滑車の音がする、頭を上げるとエゼルが井戸から水を汲み上げていた。
シャツにショートパンツ姿のせいで露になったエゼルの健康的に日焼けした小麦色の肌から、球のような汗が噴き出ていた、彼女は首に掛けていたタオルを桶に入った水で濡らすと、そのまま絞らずに頭に乗せギュッと押し込む。
「はぁーー気持ちいぃ」
薄らと湯気のあがるその均整の取れた体型は、外国のアスリートを思わせる。
俺はその美しさに目を奪われた。
「ん?
トーヤもやってみろ気持ちいいぞ」
エロい目でなんて見てないぞ、あ、あれだ、芸術作品を愛でるみたいな感じだから!!
そう自分に言い聞かせると、エゼルからタオルを受け取り、同じように水をかぶる。
「はぁーー気持ちいい」
「だろ!」
ニカっと健康的に笑う笑顔は、、、。
だから反則だって、、俺はそっち方面の免疫を持ってないんだから!!
くそ、勘違い野郎だけにはなりたく無いぃ、過去の記憶が俺に最大限の警告を発していた。
「そういえば、エゼル、鍛錬が終わったら冒険者組合に行くって言ってなかったけ?」
「あ」
「あ、て」
「しまった、忘れてた」
「おいおい」
「すまんトーヤちょっと行ってくる!!」
そういうとエゼルは宿屋の裏口から入りドタバタと二階に駆け上がり、ドタバタと一回に戻り、表から出て行った。
エゼルが言うには、パーティの申請書と、ダンジョンの入窟許可証の申請書を取りに行くらしい。
どちらにせよ、後一人メンバーが入ら無いと話にならない。
さて、どうしたものか。
俺もあと4つレベルを上げないとだし。
うーん。
まぁここで悩んでても仕方ないし、俺は一人で狩りにでも行くかな、ラビキオ位なら、俺一人でも問題無いだろうし。
俺も二階に上がり、昨日の夜補修(縄で括っただけ)した手甲を装備し短剣を手に取りバックパックを背負った。
「すみませーん!」
一階から女性の声が聞こえる。
宿屋の客だろうか?
それにしては、なんとなく緊迫感のある声みたいだったけど。
「はーい」
女将さんが何やら応対してるらしい。
話し込んでる様だが、おれには関係の無い話なので、聞き耳を立てるのはお門違いだ、俺は気にせずにバックパックを背負い直すと階段を降り、下駄箱から靴を取り出す。
「お客さん」
不意に女将さんに呼び止められる、今ここには俺を含め、女将さんとさっきの声の主しかいないから、おそらく俺の事なんだろう。
「はい?」
「お客さん、確か、冒険者さんだったよね」
「はい、いちようは」
「ちょっとこの子の話聞いてくれないかい?」
「俺がですか?」
「あたしじゃどうしようもできなさそうなんだよ、一刻を争う事みたいなんだ、頼めるかい?」
はっきり言って嫌な予感しかしない。
・・・だが困っている人を助けるのが俺の使命だよな。
「はい、大丈夫ですよ、で話っていうのは?」
涙を浮かべた顔を俺に向け、少女は俺に語った。