でいワン 2
「まさか、君が僕を選ぶなんてね。」
「ああ、自分でも驚いてるよ、マックススピード」
捻れた世界の先にある扉を開くとそこには彼、ハンドレッドヒーロー最速の男、マックススピードがその均整のとれたしなやかで、それでいて付くべき所に必要な筋肉が付いたボディラインを青色のピタっとしたヒーロースーツで包み、仁王立ちの様な状態で俺を待ち構えていた。
ベルトとブーツと胸に輝く「S」のエンブレムの赤がピンポイントに目立っていた。
ちなみに、顔に、正確には目の部分に付いている逆三角形のマスクは黒であり、股間の部分には少年誌のヒーローらしからぬ小山が出来ていた。
小学生の頃、マックススピードが一番カッコいいという奴は専ら変人扱いされたものである。
「今日は、世間話という訳でもないだろう?」
「ああ」
まるで知り合いにでも話すかのように、マックススピードは俺に話しかけて来た。
それもそのはず、俺の能力下では、物語のキャラクターには思考があり、感情もある、そして記憶も。
俺は物心がついた頃から能力を使い、様々な物語に入り込んでいた、嫌、入り浸っていた。
現実よりも長い時間を幼少期の俺は物語の中で暮らした、それこそ、食べる事以外は全て物語の中でといった具合である。
それも、幼稚園、小中高大、現在と生きる為に時間が必要になるにつれ、能力を使うことは少なくなっていったが。
一番のきっかけは、俺が小学生位の時に受けさせられた、スキルホルダーの有無を判定するテストだったか?
あの時俺の能力は使えない只の妄想を現実の様に膨らませるだけの下らない力と断定された。
それは俺が能力の全容を伝えなかったせいもあるのだが、それもあるヒーローからの入れ知恵だったりするのではある。
なので、長年、現実と物語の世界を行き来していた俺はハンドレッドヒーローの殆どのキャラ達とは顔見知りなのである。
「お願いだ、マックススピード!」
俺はその場に土下座すると自分に都合のいい願いを彼に一方的に投げかけた。
「このままだと大勢の子供達が車にひかれちまう、何人も死んじまう、今ここにいるスキルホルダーは多分俺だけなんだ、だからあんたの力を俺に貸してくれ!」
「君に力を貸すのはやぶさかではない、だが、私が力を貸したところで君に扱えるのかい?」
「・・・・」
「君が今まで扱った事のある力といえば、うちの子供達の拙い能力位だろう、それだけでも、君には大層な負担だった筈だ。
私の速度は音速を超える。
そんな能力を只の人間の君が使えば、、、君は秒もかからず死ぬぞ」
「だけど、その一瞬があれば子供達を救えるだろ」
「すまないが、私に、嫌、私達にとって君の命は、その子供らよりも重いのだ。
ヒーローらしからぬ物言いだが、それが我々ハンドレッドヒーローの総意だと思ってくれて構わない」
彼の言葉に俺はギリっと奥歯を噛みしめる。
「それでも俺は、救いたい、もう嫌なんだ、力を持っているのに、それを使えないんて、救える命が目の前にあるんだぞ、あんたらはそれを見殺しにしろっていうのか!?」
「・・・・」
「マックススピード!!」
「君の正義の心は本物なんだろう、ならば、次は君の覚悟をみせてもらおうか」
いつのまにか彼は俺の後ろに立っていた。
移動したであろう足跡は無く、そよ風一つ立たない。
俺の耳元でそういうと彼は曲げていた上体を起こし俺の肩に手を置いた。
次の瞬間、全身が揺れ俺は膝から崩れ落ちた。
襲い来る吐き気に抗えず嗚咽と共に胃の内容物が逆流する。
冷や汗、鼻水、涙、終いには失禁に至るまで。俺の中の水分が穴という穴から噴き出した。
「ばっぐずいーーーーーーどーーーー」
俺は充血し、涙で濡れた目で彼を直視する。
崩れかけた意識を右手に集中し彼の足首を藁にもすがる思いで掴んだ。
「覚悟・・・・・か」
次の瞬間俺は元の世界にいた。
意識しなくても理解出来る、今の俺の一歩は正に千里を超える。
俺は小学生達を一人一人抱えると100メートル程先に移動させる、最後に車内を見るとハンドルに突っ伏した男性が見えた。
俺は運転席側のドアを開け彼の意識があるかを確認するが、チアノーゼを起こしているであろう青黒い唇からは泡を履いていて、手遅れだと判断した。
そのまま彼を運転席からずらすと、席に座りブレーキを踏みサイドブレーキを引いた。
「・・・やった」
ドクドクとありえない音を立て心臓が鼓動を繰り返す。
達成感を感じる間も無く俺の意識は闇に飲まれた。