落ちる影
「納得いきませんわ!!!」
足を止め、声のした方へとグレン達は振り返る。
そこには、目を吊り上げて睨むアネットが、魔法陣の上で立っていた。
他の生徒がグレン達に詰め寄っている間、アネットだけは一歩も動かないでいたようだ。
「…エルリンダさん。それはどの様な意味ですか?」
イルが、宥める様にアネットに伺う。
「どの様な、ですって!?」
「えぇ。一体何が、納得出来ないのですか?それに、床に散らばっているのは魔導書のようですが…」
立ち尽くすその足元には、ビリビリに破かれた魔導書が散らばっている。
「そんなの決まってますわ!!そこのルインが!ワタクシを差し置いて使い魔を召喚した事よ!!」
侯爵であるホッズが、Aランクのサラマンダーを使い魔にした事はアネットも目にしていた。
ならば自身はそれ以上の存在を召喚し、使い魔にすると自任していた。
「なのに!よりにもよって…!聖獣を召喚して契約者になるなんて!!」
だが実際のアネットの元には、契約処か使い魔すら現れる事はなかった。
「何故ワタクシの元に現れなかったのよ!」
「ですから召喚魔法は時の運。相性も有ると先に説明していた筈です」
「それがおかしいと言っているの!!」
淡々と話すイルに、アネットは益々怒りのボルテージが上がり激昂する。今の姿はまるで、癇癪を起こした子供そのもの。だが…、
「………そうよ。何でワタクシ、気がつかなかったのかしら」
先まで声を荒げていたアネットが、突然ピタリと静かになった。
そして、小さく薄ら笑いを浮かべた後、何かを確信したようにニンマリと笑う。
「そうよ!そうだわ!!!ワタクシの元にその聖獣が来なかったのは、ルインがワタクシより先に召喚魔法を使ったから!だからルインの方に召喚されたのよ!」
「エルリンダさん…?!それは流石に、」
「あぁ…!!それならぴったりの方法があるじゃない!」
アネットは、パンッと両手を軽く叩き、イルを無視して上機嫌にルインの元に近づく。
「ルイン!その聖獣を今すぐワタクシに献上しなさい」
「………は、ぁ?」
アネットは、ルインの前でピタリと止まると、その手をゆっくりと前へ伸ばした。
「なぁに?このワタクシに聖獣を渡せる権利をあげてるのよ。嬉しいでしょ?それに契約だって、今したばかりなら破棄するのだって簡単よね」
あまりの暴論に、まったくもって思考がついて行けず、ルインはポカンと口を開けて固まった。
「どうかして?…あぁ、ルインも一時とはいえ聖獣を使い魔に出来たから手放すのは惜しいかしら?でもだめよ。本当ならワタクシの元に来る筈だった聖獣だもの。大丈夫、また新しい子を召喚するといいわ。……だから、早くその聖獣をワタクシに献上しなさい?」
伸ばされた手から距離を取る様に、ハクを自身の後ろに隠す。
「…お前、言ってる事めちゃくちゃだぞ。自分がおかしいと思わないのか?」
「…はぁ?おかしい?ワタクシが?間違っているとでも言いたいの?!」
理解出来ないと言わんばかりの顔で、アネットはルインを見つめる。
だがルインも、アネットの考えが心底理解出来なかった。
「あぁ、おかしい。お前は間違っているよ」
そこで、アネットの顔から、ストン。と笑みが落ちた。
「………どうやらお仕置きが必要なようね」
アネットの周りから突如小さな風が吹き出す。
「エルリンダさん!?!?」
「五月蝿い!!貴女もこのワタクシが間違っているとでも言いたいの!?ワタクシは公爵なのよ!?高貴な存在なの!」
イルが焦った様に急に声を荒げ、アネットへと手を伸ばす。
だが、その腕を掴む前にイルの体が浮き、後方に吹き飛んだ。
そのまま壁端まで飛ばされ、ぶつかった衝撃で壁の一部にヒビが入る。
「…!?……かはっ!!」
「………え?……イル先生!?!?」
ルインは、突然目の前で起きた事に放心仕掛けた…が、イルの声にハッとなり、直ぐ様駆け寄る。
ぐったりとしているが幸い意識はあった。
「ゔっ……っっ」
「…ッ!!〈ヒール〉!」
咄嗟に魔法で、イルの体を癒していく。
「ふふっ、いい気味。ワタクシの邪魔をしようとするからそうなるの。……ね?生意気ではなくて?」
アネットは何の躊躇もなく、イルに向けて魔法を放つ。
側にはルインがいるので、咄嗟に土魔法で防壁を作った。
ボコン!ボコン!っと、アネットの魔法で壁が抉れる。
「ルイン?邪魔しないで頂戴!これは躾なの、身の程を弁えるべきなのよ。教師だからといって、所詮学園を出たら関係ないわ。むしろワタクシは優しいのよ?こんな事だけで許して差し上げるんですもの」
アネットがルイン達を見下しながら高笑いを浮かべる。
「アハハッ!!……っ!?痛っ!!!何!?!?」
だがそこで唐突に、アネットの足元から鋭い痛みが走った。
「なっ!いつの間に!?誰の足に噛みついていると思ってるの!?!?」
下を見ればハクが、アネットの足首に噛み付いていた。
「ハクッ!!?!?」
「きゅいいいぃいいぃっ!!!!」
「離しなさい!…っ痛!このっ!」
アネットはハクを蹴り上げるように足を振る。
「いい加減にして!離しなさっ、離せッ!!」
右手でハクの尻尾を強引に引っ張り、引き剥がす。
ハクの口から足が離れると、アネットは投げつけるようにその手を離し、宙に空いたハクは、その勢いのままドサリと地面に落ちた。
「きゅあッ!」
「………ッ…痛いじゃないの!」
ぶわりと風が、先よりも強くアネットの周りを吹き荒れる。
「エルリンダさんッ!!その魔法を使ってはいけません!!」
〈ヒール〉が効いたのか、イルがよろけながらも起き上がり、アネットに叫ぶ。
「五月蝿いっ!ワタクシに、指図するなァッ!!!!!」
轟々とアネットの周りで音を立てていた暴風が、ハクの元へと飛んでいく。ルインは咄嗟に右手を伸ばし、
「ッ!!〈アースウォ…!?」
「度が過ぎるぞ、小娘」
土魔法を発動しようとした時、被さるように重圧な声が響き、岩の柱が何本もハクを囲うように地面から現れた。
ーーーーードカーンッ!!!!
アネットが放った暴風は、その岩の柱に当たって、魔法を防ぐ。
状況が追いつかないルインは、ぱちぱちと目を瞬かせた。
そして離れた場所から、グレンの声が耳に入る。
「白虎?!お前一体何、を………!?ゔぁ"…ッ!、ッ」
バッとグレンの方を向くと、丁度グレンの体がガクリと地面に向かって崩れ落ちた。
咄嗟に近くにいた騎士のような男性が、グレンを受け止める。
「君!!?!大丈夫か!?!?」
「グレンっ!?どうし『はぁ〜、やっぱ無理か〜』……え?」
反射的に駆け寄ろうとしたルインの頭上に、念話と同時に暗く影が差す。
その聞き覚えのある声に恐る恐る顔を上げると、そこには、何処か見覚えのある白と黒の毛並みを纏う巨大な虎がいた。
「……は?」
口元から伸びる2本の鋭い牙に、少しばかり持ち上げられた巨大な足先からは、鋭い爪がきらりと光った。
ぬいぐるみのような普段の見た目が一変し、今の姿はテレビや動物園などで見た本物の虎そのもの。いや、その遥かに上回る巨大な身体や牙、爪を見ると、更に凶悪な見た目になっていた。
『保って5分って所かぁ?あ〜…ルインよ、主が起きたら謝っといて』
『は、ぁ?お前、白虎…なのか?』
『おうよ〜、正真正銘の俺っちさ〜』
巨大になった白虎の鼻から、何とも間の抜けた声と共に、ごふーっと鼻息が吹き出される。
『その、体は…』
『あー、すまんな。あんま時間無いからこの話はまた今度。んでだ。主は今、俺っちに強制的かつ、ほぼ全ての魔力を食われた事により絶賛気絶中だ。ショック死寸前的な?今日はもう起きん』
『…え。…え?」
ルインは訳もわからず、念話すら途中で忘れた。
『まぁ死にはしないぞ。そもそもこれは主達の為、…あ〜、今回は多めに見てほしいもんだなぁ。俺っちのおかげってなぁ〜。んじゃ後の主の事は頼んだわ』
「…は?どう言う意味、おい待てっ!!」
ルインの静止の無視し、巨大な姿になった白虎は、アネットの前に一瞬にして移動する。
「ヒィィっ!!!!」
突如現れた巨大な虎に、状況が全く理解出来ないアネットは、悲鳴を上げる事しか出来ず、ドサリとその場に尻餅をついた。
「ゴルルルルルッ…」
「………ヒッ、なっ、何、…!?!?」
白虎は唸るように声を出し、アネットの頭上できらりと光る鋭い牙を見せながら、ガパリと口を大きく開ける。
「…ァあ、や、いやっ、……っ……」
そのままゆっくりと、頭から飲み込む動きをすれば、アネットはさらに悲鳴をあげ、ぐるんと白目を向いて意識を手放した。
白虎は気絶して倒れたアネットを放置し、ハクの元へと移動する。
キラキラとした眼差しを向けるハクに、体を優しく一舐めした後、呆然と白虎の姿を見ていた生徒達に向け、咆哮を一つ上げる。
途端にバタリバタリと生徒達が意識を手放して倒れていった。
そしてその場に起きている者は白虎にルイン、イルと、そしてグレンを咄嗟に抱えた男性と、嬉しそうにパタパタと尻尾を揺らすハクだけが残った。




