第87話 ジョイ・トゥー・ザ・ワールド
「それでは案のある人」
とは委員長の言葉。男子が司会進行役。女子が書記だ。
「メイド喫茶」
「お化け屋敷」
「演劇」
「俺、軽音部のフォロー入らなきゃいけないんで」
など各種様々。
一人がプラス面を主張すれば、一人がマイナス面を提示する。ホームルームは遅々として進まなかった。
「この場で決めろ」
も酷だろう。
それは学校側もわかっている。
なので、一週間ほど、待って貰える。
そのために夏休みで、文化祭の準備をするのだから。
「しかしどうしたものか」
今日は休部の音楽室で、何時もの様に私は缶コーヒーを飲んでいた。
意識はホケッと。
カフェインを取っているのに、瞼が重い。
コーヒーは美味しいけど、それが文化祭の成功には繋がらない。
「凜ちゃんはなにか案在るの?」
「教師が口を出す事じゃ在りませんから」
「此処はオフレコ」
「オススメは演劇ですね」
「何故に?」
「可愛らしい女子がいますので」
「へー」
缶を傾ける。
「何か弾いて欲しい曲はありますか?」
「ジョイ・トゥー・ザ・ワールド」
「いいですね」
弾けるんかい。
そんな心中ツッコミ。
凜ちゃん……本当に何者だろう? 私を籠絡するために下天した天使と言われても不自然じゃ無いほどにはイケメンだ。
「演劇か」
「なんなら先生に台本を書いて貰えれば」
「あー、やりそ」
「その場合、陽子さんがスポットにあてられるでしょうけど」
「ヤな予感」
コーヒーの苦味が程よく同調する。否定できないのが辛いところ。
「金子さんとならラブロマンスもできるのでは?」
「凜ちゃんはソレで良いの?」
「?」
「代償行為」
「そうですね」
苦笑い。
謙遜を、ここまで覚える人間も珍しい。凜ちゃんの乙女心へのケアは一級だ。それこそ商売に出来るレベル。
「けれどまぁ教師なので」
「大変だなぁ」
恋愛の自由って何だろね?
「そもそもお兄ちゃんが、私と他人のラブロマンスを書くかな?」
「ロミオとジュリエットなら書くんじゃないですか?」
「あんまり好きじゃないんだけど」
読んだ事はある。
脚本はね。
たしかに台詞回しは秀逸だけど、デッドエンドがなんともはや。
シェイクスピアも、この時代に生まれれば良かったのに。
「それに演劇なら私は無理でしょ」
「何故でしょう?」
「陰キャだし」
「あまり説得力も感じませんけど」
――ぐ。
凜ちゃんも、把握はしているらしい。
イジメの件でも世話になった。
であれば、「たしかに」そう言わざるを得ない。
「お兄ちゃんね」
「アレは一つの極北ですよ」
知ってる。
誰より知ってる。
お兄ちゃんの繊細な心と、卓越した言葉遣い。
私の前だと馬鹿になる。
けれど、本来のお兄ちゃんの同一性は本に表れている。
それがどうしようもなく愛おしい。
「……………………」
缶コーヒーを飲む。認めるに吝かじゃないけど、私としては「やり過ぎたか?」と思ってしまう縛鎖。
「凜ちゃんがロミオをやるなら、私がジュリエットをやっていいんだけど」
「光栄です」
――本気で言ってないでしょ。
「さもありなん」
心を読むのは止めてくれます?
「自重しましょ」
ポロロンと、ピアノで聖歌を弾く凜ちゃんでした。
「演劇……ね」
何をするかにもよるんだけど。
「ヴェニスの商人とか」
「それもなぁ」
「童話でも良いとは思いますけど」
「赤ずきん?」
「ソレは有り得ません」
「何故に」
「演劇で盛り上がるのはロマンスですから」
「シンデレラ?」
「候補の一角ではあるでしょうね」
「でっか」
カツン。
飲み終えた缶コーヒーを床に置く私でした。




