第73話 修羅の道
「文章が出てこない……!」
「ちょっと。こっちの下書きも進めたいんですけど……」
お兄ちゃんと凜ちゃんの会話だ。
教師というのも大変なモノで、夏休みも普通に仕事らしい。
さすがのサラリーマン。
お兄ちゃんは大学生で兼業作家なので、それなりに休息は取れるモノの、夏のイベント間近で、焦っていた。
「……………………」
私は、お兄ちゃんの執務部屋でコーヒーを飲んでいる。
一応モデルらしい。
私を見るとインスピレーションが沸いてくるとか。
元々お兄ちゃんのモチベーションは私有りきではある。
世の無常の儚さよ。
シンタックスコンプリート……略して『シスコン』と呼ばれる題名のジュブナイルを書いている事からも、それは察せられる。
リアル妹が居ると妹に幻想を持てないと言うけれど、この場合は当てはまらないらしい……というのも、まさにお兄ちゃんはシスコンを拗らせている。
重症だ。
今更言うことでもないけど、自己認識の強化は生きる上で指標となる。
コーヒーを一口。
「陽子萌え~!」
「近所迷惑ですよ。お兄ちゃん」
「陽子さん萌えです」
「ありがと凜ちゃん」
「この扱いの差は!?」
憤激のお兄ちゃん。
――自分の胸に聞け。
ちなみに凜ちゃんはサラリーマンの仕事が終わり、夜の時間。
二人はあたふたしていた。
所謂、同人誌製作に。
文章担当はお兄ちゃんで、挿絵担当が凜ちゃん。
まぁ絵画でコンクールの賞を貰える腕なのが、ある種、凜ちゃんという人間を端的に表わしている。
お兄ちゃんは、文才の面で特化してるけど、凜ちゃんは、イケメンと呼ばれる技能を、広く深く修得していた。
例えば散々聞かされたピアノだったり。
ダンスも出来るらしい。
今回は、烏丸茶人の同人小説で勝負するようで、文章がなければ絵は描けない。
いや、描けないわけではないだろう。
その辺の凜ちゃんの機微は特筆出来る。
何にせよ器用な御仁なので、多分やろうと思えば出来るはずだ。
ただ情熱を出力するに当たって、リアリティが大切なのは、別に絵に限った話でもなかったりして。
二人揃って人外魔境だ。
本当に……この二人の突き抜け具合は……。
「大変ですね~」
コーヒーを飲みながら他人事。
同人誌作りには興味在るけど、そも生産的なことは私には難しい。
けれど凜ちゃんが我が家に泊まり込みで、作業してくれるのは嬉しい。
実利として凜ちゃんのご飯は美味しいし。
ただ、同人誌製作を、教師と両認するのは、なにかしらの同情もしようというもの。
「…………」
コーヒーを飲む。
「陽子!」
だからエクスクラメーションマーク無しで話せんのか。
「おっぱいを見せてくれ!」
「氏ね」
意外と応答はスルリと出た。
たった二文字だが、これで事足りる。
「せめて衣服の上からでも裸体を観察出来るようになってください」
とは凜ちゃんの進言。
ちなみに御本人、
「陽子さんの肉付きは、既に把握していますよ」
とのこと。
衣服を透き通らせて、視線が私の裸体を覗いている……とのことらしい。
セクハラじゃござんせんか?
「イラストのためです」
修羅道だなぁ。
案外お兄ちゃんと似たもの同士なのかも。
「七月も後半ですよ。後二週間くらいしかないんですよ? むしろ入稿から逆算して日程を考えれば……」
「そうは言ってもモチベーションが……」
「印刷会社に土下座を……」
喧々諤々。
私も此度は参加する事になっている。
春人と一緒に。
ちょうど『シスコン』のコスプレを作っているので、売り子の役目だ。
仮縫いも終わって、本段階。
私自身、ちょくちょく顔を出している。
宿題がてら、春人の裁縫を見るのは目の保養。
3Dグラフィックを用意して、ほぼ完璧にトレース。
胸の大きさが私基準なので、春人はパッドを詰めるらしい。
いいんだけどさ。
別に…………。
夏休みのはずなのに、何やら、どこもかしこも大騒ぎ。
私は巻き込まれ系の人間だ。
そういった人に自慢出来る特技を持っていない。
それが少しだけ……寂しい。
お兄ちゃんはシナリオライター。
凜ちゃんは天才肌。
春人は手芸がプロ顔負け。
畜生ってなもんだ。
「コーヒーいる?」
「ブラックで!」
「拙も」
こんなことくらいしか出来ない自分が、何やら情けなくもあり。
運命の神様は不条理だ。
愛無きこの世よ。
もちっと贔屓してほしかった……というと失礼かな?
少なくとも休みの間は陰キャしなくて良いので、気持ち楽だ。
「教室で目立つ」
というのは、少し業が深い。
実際ソレで中学時代は良く思われなかったんだから。
その意味で、
「それなりの顔を持っているのは……」
幸福と言うべきか。
自分的には、然程でもない見飽きた顔なんだけど。
ま、まずはコーヒーを淹れましょ。




