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手をかけた引き金がゆっくりと引かれていく、焦らすようにゆっくりと。
その間両者はお互いの意思を確認するように見合ったまま動かない。
殺そうとする意思と殺されたいという意思。
お互いの覚悟は決まっている、それを目で確認した。
硬い意思を秘めた眼を前にして女性はついに引き金を引ききった。
カチャン
放たれたのは少女の頭を貫く鉛玉では無く張り詰めた空気を一瞬で緩ませるような期待外れの音。
鼓膜を震わせるような銃声と共に自身の命が散り失せる事を期待していた少女からすればその気の抜けるような音は裏切りだ。
「どういうつもりだ?」
女性を睨みつける目にも自然と力が入る。
それに対し女性は腹を抱えて笑う。
「はっはっはっ! 本気で殺すと思ったか? しないよ、私は人殺しじゃない」
女性は銃口を上に向けて連続して引き金を引いた。
その間一発も銃弾が発射されることはなかった、初めから弾など入っていなかった、殺す気なんて初めからなかった。
ふざけた態度をとる女性に少女は付き合えないと言うように背を向けた。
「お前が殺すつもりがないなら自分で死ぬだけだ」
少女は手首にナイフを当てる。
「本当に死んでしまって良いいのか?」
「ああ」
女性の問いかけに即答、それが少女の決意を物語っている。
わずかの迷いさえ感じさせない鉄壁の意思。
そんな少女にかけた女性の思いがけない言葉に少しの動揺が生まれた。
「お前私のところに来ないか? ちょうど人手が欲しかったところでね」
あまりに突拍子のない発言。
殺人犯を家に招こうとする女性の意図がまるでつかめず少女は何の言葉も出せない。
「どうした? 怖い顔をしたまま固まったままでは話が前に進まないぞ」
「ふざけるな、私は死ぬと決めている、お前の所になど行くものか」
「意思は固いか、なら質問の仕方を変えるとしよう。
どうせ死ぬならその前に人の役に立ってから死んではどうだ? お前が過去の行いを悔いて死を選ぶならそれからでも遅くないしその方が人のためになる」
「駄目だ、生きているだけで私は恐怖を与える、死ななければならない」
「その問題が無くなればどうだ?」
「しつこい」
これ以上はもう話す必要はないと刃物のように鋭利な言葉で女性の問いかけを切り捨てる。
今さら人の役に立てるはずがないし立つつもりもない、これまで悪人はその一切を殺してきたのだ自分だけが例外になるなんてあり得ない。
「頑固か真面目か、面倒な性格をしているな。だが少し話を聞け」
女性がそう言うと同時に巻き起こったのは突風。
少女の髪と服をバタバタと激しく揺らすほどの風、少しでも気を抜けば姿勢を安定できなくなる。
その最中、女性は腕を組み平然としている。
だがそれも当たり前、この風は少女の周りだけを包むように吹き荒れている。
体をも持って行きそうな強力な風にいつまでも姿勢を維持することができず少女は地面に手をついた。
その時少女の手から離されたナイフが女性の足元まで飛んでいきそれを女性は拾い上げる。
「話をする前に死なれては困るのでねこれは没収だ」
これは? と小さく呟かれたその声を女性は拾って返事する。
「風が吹いただけだろう」
女性はそんな答えしか言わない。
この不可思議な現象の理由を求めたところで答えないと判断した少女は質問を変える。
「何故邪魔をする」
「お前が死にたがっていたからさ。死にたがっている奴に死をくれてやってもそれはご褒美にしかならない、お前だけそれはずるいんじゃないか?」
「ではどうしろと?」
「生きるんだよ、生きて人助けとして私を手伝う、それこそがお前が受けるべき罰だ」
澄んだ瞳で迷いなくはっきり言い切られた女性の言葉は死で飽和状態だった少女の頭を侵食し始め迷いを生じさせる。
確かに死にたい自分が死んだところで罰にはならないのかもしれない、ならば生きているべきなのか?
「私は、そうするべきなのか?」
少女自身には正しい答えが分からない、誰かに尋ねることでしか決められなかった。
「ああ、そうするべきだ」
やはり迷いなく言葉を返す。
さも当然のように語る女性の姿は自分が間違っているんだと痛烈に思い知らされているようでそこでようやく少女は決断した。
「・・・分かった」
少女は死を捨てて生きる事にした。
「よし、ではこれからよろしくな悔い改めし者」
「お前は一体何者だ?」
問いかける少女に返された言葉はあっさりしたものだった。
「私はただの便利屋さ」