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少女の軌跡  作者: レア
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「こんな所で何をしている?」


大人の女性の声。とても澄んでそれでいて落ち着いている声、人の悲鳴や断末魔ばかりが耳に残っているからか不意に入ってきた声に人生の幕切れを迎える前の数分だけでも言葉を交わすのも良いかと思ってしまう。


「関係無い、ここは立入禁止だ、消えろ」


少女は理解している、ただ普通に話す事すら叶わない事だと。

どこに化け物を前にして呑気に会話をしようなんていう能天気な人間がいるだろうか。

顔を見せればきっと恐怖を与える、少女は振り返ることもせず短い言葉で突き放すように言った。

威圧するようなその口調に突如として現れたその女性は臆することなく「フンっ」と鼻で笑ってかき消す。


「それをお前が言うか? 立場としては同じだろうに。それになお前のような子供が大人に向かってそんな言葉遣いをするものじゃ無いぞ」


少女の態度にも女性は気分を害することなく顔に笑みを浮かべて無礼を諭す。

これで去ってくれれば余計なことをせずに済んだのにと少女は肩を落とした。

少女は後ろを振り返りその人物に顔を晒した。


お互いの視線が交錯する、その時見たその女性に抱いた印象は美しいだった。

それは着飾ることによって作り出される美しさではない、その女性自身が初めから所有している美しさだ。

女性の姿は決して華やかに着飾ることはなく素朴な服装。

着ているものだけで言えばその他大勢と何も変わらない。

黒色の髪、藍色の瞳、目鼻立ちも良く、人に好まれそうな顔をしている。

だが少女が感じた美しさは容姿によるものではなく、その女性自身が纏う雰囲気によるものだ。


高価な人形のような気品さとどことなく人を寄せ付けないような異質さが互いに混ざり合うことによって出来上がったとても不思議な美しさ。


そんな人物と目を合わせることでその不思議な魅力に当てられるかのように少女も瞬間目を奪われた。

自分にまだそんな感情が残っていたことに驚きを感じる。


「綺麗な瞳だ」


目を奪われたのは少女だけではなかった。

女性もまた少女の宝石のように輝く緋色の瞳に目を奪われた。

少女は僅かにうろたえた、自分の顔を見て出る第一声がそれなのかと。

しかし少女の顔に表情は浮かばない。


「この顔に見覚えがないのか?」


少女の問いかけに女性はさっぱりといった仕草で答える。


「さあな? 物覚えはいい方だがお前のその顔に全く覚えがない。そんな瞳を持っている人間忘れるはずはないと思うが、どこかで会ったか?」


少女にとってその女性は間違いなく初対面だ、にも関わらず少女がそう聞いたのは自分のことを知らないはずがないという確信があったから、それなのに女性は動じることなくその場に居続ける。

あからさまな質問で意識を顔に向けさせて女性はまじまじとこの顔を見たはずなのに立ち去ろうとはしない。


自分のことを知らないはずがない。

ここに来るまでの通り道、その壁のいたるところにそれは貼られている。


何故知らないふりを決め込むのか理由は分からないがそちらがそうするのなら仕方ない、やり方を変える。

死ぬ日を改めるなんてことはしたくなかった。

今日死ぬと自身の中で決めてこの場にいる、それを見ず知らずの他人に変えられたくない。

少し脅しをかければこんな人間すぐにいなくなる。


少女は鋭い目つきと共に自らの血が付いたナイフを女性に向ける。


「死にたくなければ消えろ」


声を荒げることなく今までと変わらぬ調子で放たれた言葉のはずだがそれには聞くものの背筋が凍るような冷たさを持っていた。


だが女性は笑った。


「なんだそれは! まるで殺意を感じないぞ! 子供の戯言とさして変わらないな、いや子供だから当たり前か」


お腹を抱えて女性はくつくつと喉を鳴らして笑う。

小馬鹿にされていることなど気にもとめず少女は次の方法を試す。


立ち上がり足に力を込め地面を蹴る。一瞬のうちに女性との距離を詰めその喉元にナイフを向ける。

目にも留まらぬ速さだった。常人では到底真似することなど不可能な早業、少女の化け物たる所以の一つ。


「消えろ、これが最後だ。次はその喉笛を搔き切る」


ここまですればどんな人間でもでも自然に恐怖がその顔に現れる、そして命惜しさに去っていく。

そんな少女の判断はまたしても覆される。


「やれるものならやればいい」


恐怖など微塵も感じていないかのように平然として少女を見つめる。

少女の言葉がただの脅しだと分かっているのか、又はまるで死を恐れていないのか。

どちらにせよ少女を困惑させるには十分だった。

これまで見たことない種類の人間に対してどのような手段を取るのが効果的なのかまるで分からなくなった。

この時初めて仮面のような少女の顔に表情が浮かんだ。

それは戸惑いであったが初めて見せた人らしい反応。


「どうしたやらないのか?」


女性はさらに少女に詰め寄る。

そのあまりの気迫にやがて耐えられなくなった少女は女性に背を向ける。


「もういい、好きにしろ」


女性を追い出すことを諦めて元いた場所に戻ろうとする。

どうせそのうち消える、それまで待てばいいだけだと思い直して。


「ああ、好きにするさ、だがその前に–––––」


女性は少女の肩に手をやった、そしてそれにつられるように振り返った少女の頬めがけて力強い平手打ちを放った。

少女は唖然として打たれた頬に手を当てる。


「悪いことをした子供を叱るのは大人の役目だ。人に刃物を向けることがどれだけ悪い事か分からない年頃でもないだろう」


少女は初めて叱られた。

人に刃物を向けるという少女にとって半ば当たり前となっていたその行為で初めて叱られた。

しばらく少女はその場で立ち尽くした、頭を整理する時間が必要だった。

自分にこんな事をする人間がいるなんて信じられなかった。


「本当に私のことを知らないのか? 私はこの国で追われている––––」


「連続殺人犯か? 知っているさ、あれだけ街中に張り紙がされていれば嫌でも目に入る。それに私は個人的にお前に興味を持っていたからなお前のことはある程度知っている」


少女の言葉を遮って答えた。

女性は全て知っていたのだ、知っていて尚立ち去ることなく少女の側に居続け、そればかりか頬を打つという普通では考えられない行動に及んだ。


「知っていたなら私に殺されるとは思わなかったのか?」


当然の疑問だった。殺人犯に出くわせば誰だってそう思う。


「その可能性が無いとは言い切れないが限りなく低いとは思っていた、まず私は悪人ではないからねお前に殺される理由がない。それにだ、今のお前はまるで別人だ。手配書にあるような狂気が少しも感じられない、そんな抜け殻相手に怖がる私じゃないんだよ」


女性の言葉はまるで全てを見透かしているようでひどく不快だった。

少女のしてきたことは人に知られても決していい印象を持たれないこと。

少女の生きてきた短い人生の中に綺麗なことなどほんの僅か、大部分が血に汚れている。

それに気付くまで時間をかけ過ぎたせいで染み付いたその汚れはどうしたって落とせなくなった。

そんな自身の一体どこまでを知っているのか気にかかった。


「お前は依頼があればどんな人間でも殺すような連中の一人、その中でもとりわけお前は多くの人間を殺している、お前の獲物は依頼のあった人間じゃなく悪人という括りにまとめられる人間全てだからな」


少女は何も語らない。黙って地面を見つめている。

女性はそこで一息いれて再び喋り出す。


「夜の街を徘徊しては手当たり次第悪という悪を斬り伏せてきた。罪を犯した人間その全てがお前の殺しの対象、人殺しから窃盗に至るまで分け隔てることなく目にした犯罪者を断罪してきた。それほどまでに悪人を裁くとは凄まじい正義感の持ち主じゃないか、まあ、歪みきっているがな」


パチパチと一定のリズムで手を打ち鳴らす。

しかし女性のそれに賞賛の意は込められていない、ただ拍手という行為を行っているだけ。


「いかなる理由があろうともやったことは人殺しだ。たとえその相手が犯罪者であろうともな。犯罪者ばかり狙ったのは良いことをしているという満足感に浸るためか? それとも殺しても大して騒ぎにならないと考えた結果自身の快楽を満たすために使ったのか?」


女性の挑発とも思える言葉に少女は極めて冷静に返す。


「両方だ。悪人など生きている価値もない、そんな奴らを殺したところで誰も悲しまない。奴らは善人を不幸にするだけの生き物だ、そいつらがいなくなればこの世から悲劇を消せると思っていたし私自身不快だったから殺した」


「その考えは間違いとは言えない、いつだって悪人は自分勝手に悲劇をばらまく不快な存在だ。だがお前がやった事もそれとさして変わらない。お前は自分が正しいと思い込み身勝手に殺しを続けた、その結果はどうだ? お前は連続殺人犯となり人々を恐怖に陥れた。最も自分が嫌う存在へと成り果ててどう感じる、後悔しているのか?」


「そんなものをしたところで意味がない、奪った命は戻らない。いつのまにか私自身が悪に堕ちていた。それはもう自分で理解している、ならばあとはやる事をやるだけだ、散々自分が行ってきた事を」


「なるほど、最後は自分を裁いて終わりにするつもりだったか、その傷はそういう事か」


少女の手首にあるまだ新しい切り傷を指差して女性は伺う。


「そうだ、私は今日この場で死ぬ。だから邪魔してくれるな」


「邪魔などしないさ、むしろ手伝ってやろうか?」


女性は服のポケットから拳銃を取り出しそれを少女の眉間に突きつける。


少女は動かなかった。

取り出される拳銃を見ても、それを突きつけられても微動だにしない。

それどころか自ら銃口に顔を近づける。


「その引き金を引きたければ早くそうしろ。自分で死ぬのも誰かに殺されるのも変わらない」


「そんなに死を望むか?」


「ああ」


「死ぬことがお前の幸福なのか?」


「ああ」


「そうか・・・・・ならばここで死ぬがいいさ」


女性は引き金に手をかけた。



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