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隻翼の少女 ~失った翼と新たなる翼~

作者: 直木和爺

分量は少し少なめなので、気軽に読んでいただければと思います。

改:誤字脱字の修正

 その男は隻翼の少女を探していた。


 その日は何週間も続く雨季のちょうど中頃だった。酒場の皆は長く続く雨にうつうつとした気分を、酒で紛らわそうとしていた。

 しかし、こうも長く続いては酒では間に合わず、この沈んだ空気を払拭できる面白い話題を探していた。

 そこにあの男が面白そうな話題を持ってきたのだ。その周辺にいた者は皆食いついた。


 その男が私の行きつけの酒場に来たのは、もうずいぶんと夜が更けた後だった。

 酒場には私を含め、4人しか客がいなかった。それ故に、大きなリュックを背負い、夜更けに酒場にやってくる見ない顔の彼は、注目の的になった。


 男は店に入るなり店にある最も安い酒を頼み、私の二つ隣の席に座った。


「おい、マスター。今の注文はキャンセルして俺と同じのを出してくれ」


 その男の隣、私から見れば男を挟んで向こう側にいた男性客がマスターにそう言って男の隣に座った。


「いや、俺は金はあまりないんだ。そんな高そうな酒は飲めない」


 男が男性客にそう言うと、男性客はやけに大きな声で笑った。


「わはは!! そんなんおごりに決まってんだろが。そんな安い酒じゃろくに酔えないぜ?」


「しかし、俺はあなたにおごってもらう理由がない。俺は何もあなたに返せないぞ」


 すると男性客はにやりと笑って言った。


「あんた旅のもんだろ。そんな大きなリュックを背負ってちゃ丸わかりってもんだ。それで、なんか旅の面白い話を聞かせてくれないか? こちとらずっと続く雨にうんざりしててね。面白い話が聞きたいのよ」


「まあ、それなら構わないが」


 男は濡れた外套を床に置き、マスターから受け取った酒を見つめながらそう言った。


「じゃあ乾杯だな」


 男性客と男はグラスを打ち付け、酒を一口。そして男は口を開く。


「俺は有翼人種の少女を探しているんだ。隻翼の少女を」


 その一言を聞き、私も男の方へ席を移動する。

 私も彼の話には少し興味があった。


「その話、私も混ぜてもらっていいかな? あ、マスター、これおかわりで」


 私も話を聞く代価としてつまみを注文する。

 するとそれにつられた他の客も皆集まって来て、結局酒場の全員でその男の話を聞くことになった。


 様々なつまみや酒に囲まれて、男は戸惑いながらも話し始める。


 その昔、有翼人種という種族がいた。今は迫害を受けてその数を減らしてしまってはいるが、まだ生き残りがいるという話を聞いたことはある。


 その姿は人と変わらず、ただ透き通るような白い肌と、整った顔立ちを有していた。

 そして彼らが有翼人種と呼ばれる所以である背中の羽は、白く、大きく、彼らの存在を神秘的なものにしていた。


 彼らの羽は軽く丈夫で美しく、欲にまみれた人々によって刈り取られ、今ではその集落の全てが人の目から消えてしまった。


 その男が探しているのはその有翼人種の少女だという。

 それも片方の翼のみの隻翼の少女。


 男がその少女と出会ったのは今から5年前。男が故郷の村で親の仕事の手伝いをして生活していた頃のことだ。その少女は森の中に突如として現れた。男が薪になる木を切りに行ったときに、ふっと現れたのだそうだ。

 男は驚きとその美しさに放心していると、少女は男に気が付き、森の奥へと去っていこうとした。


 それを引き留めようとして、男は手に持っていた斧を足元に落としてしまった。

 斧は男の右足の薬指と小指を切り落とし、地面に突き刺さった。


 男が思わず叫んで、うずくまると、少女は驚いたように男を見て、駆け寄ってきた。


 だ、大丈夫ですか?


 少女は男の足を見ると、そっとしゃがみ、男の足に手をかざした。

 そして不思議な言葉を唱えると、男の足から痛みが引いて行ったそうだ。


「そいつは魔法ってやつかい? 今じゃほとんど聞かないが」


「有翼人種は魔法が使えるらしい。彼女がそう言っていた」


 男は男性客に遮られた話を再開する。


 その一件以来、男が森へ行くと、少女が待っていることが多くなった。

 経過観察だと言っていたが、経過観察自体はものの数分で終わり、残りの数時間をおしゃべりして過ごしたそうだ。


「彼女は人とのかかわりに飢えていたんだ」


 男は懐かしむように微笑み、酒を飲む。

 そして一息つくと、再び話し始める。


 それから数か月は彼女との逢瀬が続いたという。

 しかし、その特別な時間が長く続くことはなかった。

 男の帰りが遅いことを心配した男の親が、ある日、男の跡をつけていったのだという。

 そして、有翼の少女の存在が村の人々に知らしめられた。


 その時すでに有翼人種は希少な存在であったため、村の話題はそのことで持ちきりとなった。

 有翼人種の翼は高く売れる。片翼で人生を2回謳歌することができるほどの額だという。


 そんなことだから、村人が彼女を捉え、翼をもごうと考えるのにそれほどの時間はいらなかった。

 しかし、男は村人がそんなことを考えていることを知りもせず、その日も彼女との会話に花を咲かせていた。


 男が日も沈んできたから帰ろうとしたところ、帰り道の方角から村の大人たちが次々と現れた。

 とても迎えに来たという雰囲気ではなかった。その手に持った農具を握りしめて、目を獣のようにぎらつかせて、その瞳を少女に向けていた。


 みんな? どういうつもりだ。なんでみんながここにいるんだ……?


 さあ、いい子だからそれをこっちに渡しなさい。


 大人たちは徐々に包囲網を縮め、男と少女を追い詰めていった。


 男は少女を背にかばい、その手を握る。

 少女のか細く白い手は、恐怖にふるえていた。


 有翼人種はかつてその翼で空を自由に飛んだというが、今ではその機能は退化し、飾りだけとなっていた。

 しかし、その翼は有翼人種の命だ。両方の羽をもがれれば最悪死に至るらしい。


「死に至るというのは、生命器官が翼の中にあるということかい?」


「いや、魔力を制御するための器官があるらしい。それを失うと体内の魔力が暴走して死に至るそうだ」


 私は話を遮ったことを謝罪し、男に続きを促す。


 男はそれから迫りくる大人たちに問を投げ続けたという。

 どうして、なぜ少女を狙うのか。

 どうやって少女の存在を知ったのか。

 手に持っているもので、いったい少女をどうするつもりなのか。

 大人たちはそのすべての問いにこう答えた。


 村の皆のため、村のためだ。


 有翼人種の翼が片方でもあれば村を街にすることくらい造作もない。

 大人たちはついにその包囲をあと一歩で少女に届くといったところまで縮めた。


 さあ、それを大人しく渡しなさい。これは村の皆のためなんだ。お前のためでもあるんだよ。


 ……いやだ、彼女を渡すことはできない。


 少女の翼が震え、羽が一枚抜け落ちた。

 ゆっくりと舞い落ちる羽を、村人たちの目が追う。

 そして地面に落ち、かすかな音を立てたことを皮切りに、村人たちが少女に襲い掛かった。


 男は必死に抵抗した。少女に襲い掛かる大人たちの手を払いのけ、振り回される農具を抑え込み、ただひたすらに少女に向かって逃げろと叫んでいた。


 しかし、まだ成人していなかった男は村の大人たちに取り押さえられ、少女は捕まってしまった。

 村人たちは泣き叫ぶ少女を押さえつけ、必死に抵抗する少女の背中に手を伸ばす。

 右の翼をつかみ、手に持った鎌を振りかぶる。


 やめろぉぉお!!


「あの時の光景は今でもよく覚えている」


 そう言った男の手元では、半分ほどグラスに入った酒が小刻みに波紋を広げていた。

 男はハッとそれに気づいた様子で腕の力を抜き、再び酒を飲んでから話を再開する。


 振り下ろされた鎌は容赦なく少女の翼を切り落とした。

 羽が舞い散り、少女は絶叫する。

 森の中には少女の叫びと、大人たちの笑い声と、あたりに漂う血の匂いで満ちていた。


 少女は急に糸が切れたように動かなくなり、地面に伏した。

 それを見た大人たちはようやくおとなしくなったと言って、少女のもう一つの翼も切り落とそうとした。


 次の瞬間、少女はまるで別人のように無表情になった顔で立ち上がった。


「まるで何かに操られているようだった。大人たちをもろともせずに立ち上がり、次の瞬間にはすべてが終わっていた」


「……ど、どうなったってんだよ?」


「大人たちは皆何かに切り裂かれたように死んでいた」


 男の言葉に酒場の皆は押し黙る。

 面白い話を聞きに来たつもりが、なかなか重い話だったようだ。


「それは魔法でやられた、ということかな?」


「おそらくそうだ」


 私の問いに男は煮え切らない様子で答えた。


「俺はその時のことをあまり覚えて無いんだ。気が付いたら村の皆が倒れていて、俺は彼女に治療されていた」


 男の話は続く。


 男はもうろうとする意識の中で、少女の言葉を聞いた。


 ごめんなさい。私はあなたの大切なものを奪ってしまった。やっぱり私はあなたと関わるべきではなかったのね。本当にごめんなさい。


 少女はその時泣いていたという。

 男は自分も謝りたかったが、声が出なかった。


 あなたから大切なものを奪った私が、あなたにしてあげられることはこの翼をあげることくらい。これを売ってあなたは生きて。


 そう言ってもがれた翼を男の前に置いて、少女は血痕を残しながら去っていったという。

 しばらくして男がその血痕をたどったが、森の外でぷっつりと途切れていたそうだ。


「そして、今俺はその少女を探しているというわけだ。一言謝りたくてな」


「全く泣かせる話じゃねぇか、あんたにそんな事情があったなんてなぁ……。よしマスター! 酒の追加だ! 今日はじゃんじゃん飲むぞー!」


 それからしばらく酒を飲み続け、旅人と過ごす夜は更けていった。


 やがて、解散となり、私は家に帰ることにした。


「そうだ。あなたは今日泊まる宿は決めたのかい?」


「いや、もうどこもやってはいないだろう。野宿するつもりだ」


 そうは言うが、今は雨期の真っただ中。野宿では体を壊してしまうだろう。

 私は男を家に招待することにした。

 最初は遠慮していた男も、しまいには折れて、私の家に来ることとなった。


「しかし俺は何も出せるものがない。なんだか申し訳ないな」


「構わんさ。今ちょうど居候が一人いてね。一人も二人も変わらない。それに、この時季だろう? 人恋しくてね」


「奥方はいないのか?」


「妻は2年前に他界したんだ。はやり病でね。子供もいないし、一人では退屈していたところなのさ」


「それは、悪いことを聞いた」


「……構わんさ」


 暗い夜道を数分歩き、家に着く。

 男はリュックを大事そうに抱えて家に上がる。

 長く続く雨のせいで家の中は湿っぽかったが、家を出た時よりきれいになった気がする。

 彼女が掃除でもしてくれたのだろう。


「あなたはそこのソファにでもかけていてくれ。今居候を呼んでくる」


 私は彼女に貸し与えている部屋の前まで行き、ドアをノックする。


「……誰を連れてきたのですか?」


 扉の向こうから聞こえてくる鈴の音のような声は、警戒の色が浮かんでいた。

 無理もない。彼女はいままで人間に虐げられてきたのだから。


「君の翼をもつ男だ」


 扉の向こうでかすかに息をのむ音が聞こえる。

 そしてしばらくの沈黙の後、再び扉の向こうから声が聞こえてきた。


「……帰ってもらってください」


「彼は君に会いたがっているようだ。一目あってはやれないかな?」


「私が彼の前に姿を現せば、きっとまた彼を不幸にしてしまう。そんなことはできない……」


 そうしてしばらく押し問答を続けていると、背後から誰かが近づいてきた。


「ほ、ほんとに君なのか。本当に君なのか!?」


 男だった。おぼつかない足取りで、壊れ物に近づくようにそっと、近づいてきていた。

 私たちの声を聴いてやってきたのだろう。


「俺はただ、君に謝りたくて! あの時俺が君を守ってやれなかったこと、本当はすぐに別れるべきだったんだ。君はあの村の皆には眩しすぎたからっ!」


「きっと人違いです。私はあなたのような男を知りません」


 彼女はかたくなに否定するも、その声は震えていた。

 男はなおも言葉を並べる。


「俺が君を引き留めようとしなければ、斧を手から落とさなければ、君は翼を失うこともなかった!」


「違う、違うの。お願いだからやめて……」


「君の翼がここまで導いてくれたんだ! せめて、せめて君のこの翼を返させてくれっ」


 男が大事そうに抱えていたリュックから取り出したのは、かすかに発光する美しい翼だった。

 彼女の背にある隻翼と同じ輝きだ。


「それはあなたに差し上げたものです。いいから私の前からいなくなって!」


 彼女の言葉に男はうなだれる。

 少しの間そうしていたが、男はやがて顔を上げた。


「わかった。君が俺の顔も見たくない気持ちはわかる。だからせめてこの謝罪だけは受け入れてほしい。……君の翼を奪ってしまったこと、本当にすまなかった。俺はここを出るが、しばらくはこの街にいる。殺したくなったらいつでもこの命、君にささげるつもりだ。その時はそこの親切な御仁に頼んでくれ。それじゃあ……」


 それだけ言うと、男は翼を私に預け、立ち去ってしまう。

 私が声をかけるも、男は振り返ることもせず玄関へと向かっていく。


「……いいのかい? 君は彼のことをずっと気にかけていただろう?」


「……」


「彼は君に謝りたいと言っていた。君はその謝罪を扉越しに受け入れることなんてできるのかい? もっと気持ちに素直になるものだ。今君が抱いている気持ちは決して間違ったものではない。ただ君のしたいことをすればいい」


 私の説教を、彼女は黙って聞いていた。

 離れたところで男が身支度を整えている音が聞こえる。二人が別れる時が近づいているのだ。


「……私は、いいのでしょうか?」


「いいのだと思うよ。きっとそれは正解だ」


 やがて、そっと部屋の扉が開かれる。扉の向こうには透き通るような白い肌と、思わず見とれるほど整った顔立ちの女性が立っていた。

 その女性の背にあるのは、ある種畏怖をも抱かせる隻翼の翼。私は彼女にもう片方の翼を差し出す。それは本来彼女の背にあったもの。私が持っていていいものではない。


「ありがとう。私、行ってきます……!」


 そう言って彼女は駆けだす。

 行っておいで。私はそう心の中でつぶやき、微笑む。


 しばらくして、玄関からは男女のすすり泣く声が聞こえてきた。


「よかったよかった。ああ、とてもいいことじゃないか」


 相も変わらず雨は降っている。

 それでも今夜だけは、この雨も悪くないと思えたのだ。



 ―――



「それでパパとママは仲直りできたのね! すてき!」


「ふふっ、そうだね。さあ、いい子だからもう寝なさい」


「はーい!」


 少女は素直に返事をすると、布団にもぐりこんだ。

 しかし、興奮冷めやらぬ様子で何やらくすくすと笑っている。


 まったく、しょうがない子だ。


 私は明かりを消し、部屋を後にする。


 外は相変わらず雨が降っている。もう彼らが再会してから7回目の雨期だ。

 彼らの子供であるあの少女は、雨期の間だけ私のところへ預けられる。雨期の間は私も家からほとんど出ないうえに、雨音が多少の音を消してくれる。隣家に怪しまれることもないというわけだ。


 彼女の両親は私に彼女の教師をやってもらいたいらしい。雨期の間は大概暇だし、大いに結構だが、彼女は両親と離れて少し退屈そうだ。


 彼女の両親は昼間はどこかへと出かけて行って、夜に帰ってくる。

 今夜は少し帰りが遅いようで、彼女が寝付く前に帰ってこれなかったようだ。


 あの晩から、私の雨期は楽しい時期へと変わっていった。あの男の家族と過ごす雨期は、想像していた以上ににぎやかで、楽しい時だった。


 私が暖炉に当たりながら思いをはせていると、玄関が開く音がした。

 彼らが帰ってきたのだ。


「パパとママ帰ってきた? 私お迎えに行ってくるね!」


「ああ、こらっ。寝てたんじゃないのかい?」


「えへへ」


 両親に会うのが楽しみで仕方なかったのだろう。少女は起きていたようだ。


 両親を迎えに玄関へかけていく少女の背には、小さいながらも美しい翼があった。

 青白く輝く隻翼の翼。それは外套の上からではわからないほど小さなものだが、寝間着越しには確かに存在しているとわかる。


 玄関からは両親と娘の楽し気な会話が聞こえてくる。


 さて、コーヒーでも用意しておくとするかな。

 私は自然と笑みを浮かべながら立ち上がる。


 さあ、まだ雨期は始まったばかりだ。当分の間雨はやまないだろう。

 雨が連れてきた不思議な出会いは、私の宝物だ。


 雨音と、家族の談笑は夜が更けても続く。

 その晩、家の明かりが消えることはなかった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。いかがだったでしょうか? 

短編でいろいろ書こうとすると文字数が多くなって、文字数を気にすると展開が忙しくなったりして難しいですね……。

誤字脱字、ここが変とか、ここがよかったとか、こうすればもっといいとか、感想などありましたら気軽に感想欄でお伝えいただければ跳んで跳ねて喜びます! よろしくお願いします。

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