かえるたまご
「んう……」
洞窟の入り口からの光に目を開ける。
「ああ、朝か」
――あの後俺がとった行動は……寝ること。
寝るというより現実逃避が正しいかもしれない。
いきなり女になって。何故か日本人から逃げて。
そして、人が●●れる所を見てしまった。
もう訳が分からない、いったいどうして俺だけ裸でこんな世界に放り出されなければならないのか。
「どうせならチートとか付けろよ!」
前の体、前世とでも言うべきだろうか。
前世では文字通りファンタジーな世界を旅する作品は大量にあった。
何も無い人間が必死に生き抜く作品もあれば、人生舐めきった奴がチートで楽してハーレムを築き上げる物まで。
前はあれだけ馬鹿にしていたそんなものが羨ましく感じる。
何が悲しくてこんな何もない女の子にならなくちゃならんのだ。
「ハア……」
ため息を吐いても返ってくるのは外からの鳥の鳴き声と流れる水の音だけ。
「とにかく、何かやらないと駄目だな」
孤独だと独り言が増えると聞くが、今が正にその典型例だろう、何か話していないと気が紛れない。
僅かに残っていた粘液も全て消えてしまった、最初はあれだけ鬱陶しかったのに今では名残惜しさすら感じる。
「やることって言ったらなぁ」
既に一つは思い付いている。
一つだけ。
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「うっへぇ……」
森を小一時間程歩いて来たのは、俺が最初に居た場所。
つまり卵があった所なのだが――
「こりゃまあ見事に焼けてるわ」
そこに散乱するのは死体、死体、死体の山。
前と変わってないのは相も変わらずに鎮座しているこの卵だけ。
人だったと思われるそれは半分以上がどこかしら欠けており、大きな穴が空いている体もある。
昨日の時点で焼かれているのがここだというのは薄々感づいていた。俺が逃げ出した集団が休むとすれば多少開けた地面があるここしかない。
彼らがどれほどの集団かは分からないが、どちらにせよあれ以上歩いても夜になってしまう以上この場所で野宿をするのは妥当な判断と言える。
闇雲に夜の森に突入しても怪我人が続出するだけだし、何より恐怖や疲労から進むのを拒否する人間が出るはず。
――だが今回はそれが仇になった、焚き火か人の話し声か。
もしかするとここは竜の巣なのかもしれない。
自分達より遥かに強大な捕食者を呼び出し、結果はご覧の有り様に。
足跡を見るにかなりの人数が逃げ出したようだが、あれだけ遠くからも見える騒ぎを起こした夜の森で生き残っているかどうか……縁もゆかりもないが、せめて無事であってほしい。
「さて、と」
今からやることは単純。
――ゴミ漁りだ。
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「……こんなもんかね」
あれから太陽が真上に昇るまでひたすら漁り続けていた。
仏様を弄るのはいい気がしないが、血は既に全て固まっており、損壊が激しい物は人間と認識出来なかったお陰でなんとか続けられる。
時節悲痛な顔をした死体があるので見ないようにしながら漁り続け、成果を拾ったリュックに詰めていく。
結果は上々と言える、まず服が見つかったことだ。
白い子供用のワンピースだがこれは大きい、精神衛生上裸で居続けると非常にヤバイ。
ここで見つかってくれないと葉っぱか毛皮で作らなければならなかったが、幸い肩が赤いだけで他はなんともなかった。
元の持ち主はドラゴンが空けたと思われる穴に入れて埋める事にした。
ありがたい事に園芸用ではあるがスコップを見つけたので埋めるのは数十分で済み、大体の死体を漁り終えた。
全ての品に血が付着しているがライター、LED式のランタンライトに小さいナイフ。
他にも綺麗で布に使えるかもしれない服やタオルをいくつか見つけ、背負っているリュックサックに詰め込んでいく。
数十人以上死んでいるのになぜこれしかないのかと思ったが、どうやら同じことを考えていた人が他にもいたようで。周囲を歩いていると新しめの足跡と人を埋めたような形跡がある。
逃げた人が戻ってきたのか。はたまた別のグループがハゲタカをしに来たのかは不明だが、ここには少なくともまだまだ人間がいることは確定した。
「服は他にも1着は欲しかったんだけど贅沢言ってられないか。それより……」
目の前にある缶、サバ缶を見ながら考える。
先客がほぼ全て持っていってしまったようだったが、運良く死体の下にあった4つの缶を見つけることが出来た。
ただしそれが原因で体が汚れているのでどこかで洗わなくてはいけないが。
この体が小さいとはいえ1日を満足に動くには最低2缶は必要になる。
そうなるとどうにかして食い扶持を確保しなければならないのだが……生憎ここは日本どころか地球かすら怪しい土地。
こんな所の植物の知識なんて無い。
実が成っている植物はあるが、銀杏等毒がある例はいくらでもあるので迂闊には手を出せない。
やるならば動物か昆虫になるのだが……昆虫では大して栄養にならないし動物を捕まえる体力も知識も無い。
「どうすっかな……ん?」
とにもかくにも誰かがまた来たら面倒ごとになる。
さっさと逃げ出そうとリュックを背負って歩き出すと、卵から音がした。
卵の正面に回ると、パキパキと罅が入っている。
俺が見ている間にどんどん罅は大きくなっていき――
「キュイ!」
「え?」
完全に割れた卵から出てきたのは……グリフォンだった。
俺を親だと思っているのか体をすりつけ、可愛い鳴き声を発している。
確かに見た目は可愛い。
……ただし、既に俺の半分近くある体長を除けばだが。
「なにこれ?」
「キュイ?」
首をかしげる不可思議生物を撫でながら、俺はまた思考を放棄した。