みえるたまご
―――――ここはどこだろう。
俺…僕…いや私?
自分が何者なのかすら分からない。
何も見えないし、聞こえない……本来なら気が狂ってもおかしくない状況だがなぜかここは居心地が良い。
何かに包まれているような感覚で、とても暖かい。
このまま寝てしまおう。
そう思っていると上から光が――
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「ん……」
鳥の鳴き声で私は目覚めた。
ここはどこだろう、周りを見渡しても見えるのは木と……とても大きな卵だけ。
「は?」
――その卵の大きさは優に一メートルは越えていた。
地球上で一番大きいダチョウの卵を遥かに越えている。
周りには卵の殻と粘液が大量に散乱しており、まだ孵化していない卵も複数あった。
訳が分からなくて混乱した私は立ち上がる……立ち上がってしまう
立ち上がると、ねとぉ…という音と共に頭から何かが垂れ下がる。
――よくよく自分の体を見るとねっとりした粘液を全身に浴びている、そして何故か全裸。
何より……卵より少し大きい程度の身長。
立ち上がったから分かる、卵と比べて明らかに私が小さい事に。
「……!?」
ネトネトする体を触る。辛うじて見える髪の色は銀色で腕は子供のように細い。
そして、数十年付き合ってきた相棒が無い。
今の喪失感を覚える感覚と一瞬フラッシュバックした光景からみてどうやら俺は男だったみたいで。
だが今の俺は―――どこからどう見ても女だった。
「なにこれ?」
いや、本当にどうなってんの。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
――あれから暫く放心していたようで気づけば既に夕方。
相も変わらず卵は目の前に鎮座し、俺は服も着られず素っ裸だ。
気温の変化を感じないのは全身にあるこの粘液のお陰だろうか。
体を再度確認……やはり見えるのは銀髪の髪に小さい体。
最初は夢か何かだと思っていたが、ほっぺったをつねっても痛いし、髪の毛を引っ張ればやっぱり痛い。
「いや、こんなこと考えてる場合じゃないぞ……」
あまりにも非現実的な事なので何も考えていなかった。
ここが記憶にある故郷の日本なのかは知らないが、どちらにせよ服すらない状況でこんなところにいるのは非常にまずい。
目覚めたときは鳥のさえずりも聞こえてのどかに思えたが……
遠くから声が聞こえる。
「―――――――!」
「―――――――?」
聞こえてきたのは人の話し声……わずかだが拾える言葉から日本語だと分かる。
声の大きさや足音から相当な大人数のようだが――嫌な予感がする。
同郷の人間であるはずなのに。合流すれば助かるかもしれないのに。
逃げろと俺のナニカが叫ぶ。
「こっ――に――けた――が―――」
声がだんだん大きくなり足音もはっきり聞こえる、もう時間がない。
「……っ」
俺は――走る。とにかく走る。
少しでも遠くに。
少しでも安全なところに。
木を器用に避け、森を走り抜ける。
――日が完全に落ちる直前に運良く洞窟を見つけ、そこに転がり込む。
入ってから気がついたが、もし中に猛獣がいたら絶対死んでいた、焦りすぎだろう俺。
洞窟自体は奥はあるがもの凄い大きい場所ではなさそうで、他の大きな生物がいるような気配は感じられない。
だが今の状態で奥なんてとてもじゃないが探検できやしない。
あれだけ走り回ったからか、粘液はほぼ全て無くなり体に寂しさを感じる。
なぜ同郷である日本人から逃げたのか、理由はまったく分からない。
理屈とかじゃなく、本能で動いていたように思えるが、いったいどうしてなんだろうと今更ながら疑問に思う。
……一度洞窟の入り口近くに腰を下ろす。
「落ち着け、落ち着け俺」
未だにバクバクと音を鳴らす心臓を押さえる。
しばらく押さえていると音は鳴り止み、辺りには再び静寂が戻った。
「ふう…」
落ち着いてから現状を確認するが……
「あれ?詰んでね?」
そう。今は道具どころか服すら無い。
しかも体は貧弱な幼女……何をどう考えても詰んでいる、神様は俺に怨みでもあんのか。
「とりあえず今日はここで寝るか」
地面が固いが贅沢は言ってられない、というか言える状況じゃない。
……虫がいなくて本当に良かった。
「グオオオオオオオオン!」
ほっとするのも束の間、外から大きな咆哮が聞こえてきて思わず飛び上がる。
恐る恐る外を覗くと……そこにあったのは見慣れた夜空ではなく、赤く巨大な月。
そして月明かりに写し出されるのは夜空を優雅に飛んでいる漆黒のドラゴン。
ドラゴンは何度も旋回を繰り返し、口から炎を吐けばその下で巨大な火災旋風が巻き上がる。
地上に降りるとその周囲が一瞬だけ光り、次の瞬間炎の玉や閃光の様な雷がドラゴンを襲うが、意にも介さず首を下に向け何かを咀嚼するような動作を続ける。
いや、本当は分かっている。
ドラゴンが吐いた炎で遠くからでも良く見える、見えてしまう
口にくわえているのは……
その光景は幻想的にして狂気的。
そして―――ここが地球ではないことを何よりも証明していた。
「ここはどこなんだ……」
俺の呟きは誰にも拾われず、夜の闇へと吸い込まれていった。