炊き出しは楽しい
三話更新二話目です。
ナコイの街のスラム街近くで炊き出しを始めた。スラムの人々の扱いは山賊な前世で知ってるが、ゴミとか廃棄物だな。犯罪者しかいないと思われていた。俺はそんな酷い扱いをする奴等が気にはなっていたが、そもそも人と付き合いたくなかった。
……ひょっとしたら前世でも俺は聖人になれる道が有ったのかも知れないな。
だが、終わった人生は終わった人生だ。やり直しは意味がない。それは自分の否定だからだ。俺の人生は新しい今の人生しかない。前世のシェルはゴミのように、俺の後ろにいるアンセルに消されたんだ。
だが、今の俺は望むように生きられている。流れとか外からの力は有ったけど、俺は……。飢えてるガキ共に飯を食わせたいんだ。
さあ、このシチューの香り! クローブと黒胡椒、ミルクと素材の香り! 美味しいだろ、香りだけで。これに俺もやられたからな……。クズな俺には勿体ない香りだ。
蓋を開けたらみんながごくりと唾液を飲み込む。わはは、これが最高の瞬間だな。さて、またしっかり温めたら味を調えて配膳だ。
さあ、どんどん食え。俺は次のシチューを作る。流石に鍋一つでは無理だ。そもそも大鍋って味付け難しいんだよな。火も全体に通すにはしっかり混ぜないと駄目だし。炊き出しのテクニックはマジで科学だな。
屋外で調理する時に大事なのは気温だ。寒いと鍋もなかなか暖まらないし、風が吹いても冷める。でもこの辺りのテクニックはだいたい日本に居た時に覚えた。俺の周りが料理上手ばっかりだったからな。強火で行くぞ。
手早く作るためにフライパンで食材にしっかり火を通して灰汁も取ってからホワイトソースを作った鍋に入れて、全体にじんわり火と旨味を入れていく。かじったニンジンやキノコが、鮭が旨味を弾けさせる。ホワイトソースの白ワインの甘味が優しい。香辛料は香りで食欲を誘ってくれる。
大鍋でこれだけの料理を作れる給食のおばちゃんはマジ職人だぜ。最近はマニュアル化してるんだろうけど。
アンセルは優しい目をして見てる。重いもんとかは持ってくれる。……女神の発言が気になるわ。刺されるんかなこいつに。……いやあ、いやあ。
まだ無理だ。俺はまだ女になれてない。覚悟はしてるけど……。まだよく分かんないんだよ。
それに、今は、まだ俺は炊き出ししていたい。楽しいもんよ。
そのうち海の方にも移動して海産物の炊き出しを出来るようにしたいな。くらえっ、アサリのチャウダーっ! とか。やってみたいぜ。あれマジで美味いもんな~。クラムチャウダーって二枚貝のチャウダーってことらしい。
ちなみにチャウダーはシチューとスープの間くらいのとろみの物を言うらしい。まあ美味けりゃ何でも良いけどな。俺が作るオリジナル料理ってたまに正式なレシピが有ったりするんだよな。考える事はみな一緒って事だろう。
シチューは鍋十杯があっという間に捌けた。その間食材を切り続けた獣人たちとカナイ、アンセルの分を配って終わりにした。俺は味見しまくったからいらん。
並んでいた子供の中に、脚を悪くしている子がいた。欠損回復ポーションはまだ幾つか有る。これ一本で金貨千枚くらいで売れたので使おうか、悩む。救える人間は多くないし、これを使うのはあの子の為になるんだろうか? 考えるまでもないな。ポーションを持っていこう、と、したらアンセルに腕を掴まれた。
「なんで、アンセル」
「ここにいる人間全員を救えるか?」
そう言われて気付く。脚や腕や、目や、いろんな部分を欠損している人たちがいる。全員を回復させる量のポーションなんか有るわけがない。このポーションは作るのにかなり手間が掛かるし、プラムに手を貸してもらわないと多分俺の腕だけだと難しい。ここでは作れないんだ。
「……どうしよう……」
「君が優しいのは分かるが、無理な事は無理だ。……そのうち助けに来よう」
「でも、あんな小さい子が動けなかったら生きて行けないぜ?」
「また酷い事を言うが、君の手に余るなら見捨てるしか無い」
「それは、分かってるんだよな……。感情の問題だ」
俺の感情が、理解したくないと言っている。正論なんて後に取っておけばいい。助けられる。彼だけなら。でも……。
女神様、なんとかしてくれないかな。俺に彼を見捨てろと女神様は言うだろうか。あいつは普通にここにいる全員を助ける事も出来るはずだ。……でもしないんだよな。何故だ?
それは、不幸な事も有って初めて幸福も感じられるから? 人の痛みを知れば優しくなれるから?
いいや、多分それが彼らの運命だからだ。誰が決めた物でもない。
奇跡は起こせない。俺は所詮はただの無能だ。植物と話せるだけ。どうしたら良いのかな? 俺にあの子を見捨てろと言うのか?
「分かった。あの子たちは伯爵家で保護しよう」
「ええ、でも、そんな事するのは領主としてはどうなんだ? 贔屓だろ?」
「助けられるだけ助けよう。君だってそうするだろ?」
「……うん」
俺が救えるだけ、救う。怪我人を集めて、このポーションは濃いらしいから薄めても……。あっ!!
「手が一個有った! お前ら、まだ食えるか?!」
俺が声を掛けると全員がにこやかに両手を挙げて喜んだ。一杯じゃ足りなかったよな。そりゃそうか。
ポーションの使い方は何も直に飲むだけ、かけるだけじゃない。料理にも使えるんだ。
今、欠損回復ポーションスープを作ってやるぞ!




