【六日目 ~七月二七日~】
【六日目 ~七月二七日~】
四国の香川県。
香川県の北部に位置する佐野宮町。
佐野宮町のほぼ中心部に法國寺は建っていた。
「県内ではかなり有名なお寺だそうです。法國寺は……。特に人形の供養寺としては全国規模で有名で、人形師などその道の精通者の間では、動物霊などが入り込んでしまった人形は、わざわざこの寺にやってきて供養したり、お祓いしたりするぐらいみたいですよ」
「室西君。調べていただきましてありがとうございます。一緒に来ていただいた甲斐がありました」
そう言うと様助は、室西の顔を凝視した。
「ところで、室西君。職場には確認しましたか?」
「はい。総務のユミちゃん、かんかんでしたね。一体、どうなったらそんな出張行程になるのですかって……」
「いえいえ、室西君。そっちの話ではなくて……」
「分かっています、様助警部。今のはちょっとした愚痴です。最後の元少年、鬼居塚吉郎の居場所のことですよね?」
「ええ……」
「それが、皆目見当がつかないようです。六倉の柳井元署長と、法組の米増警部にもお願いしてみましたが、とにかく足どりが……。三年前に宮城県の来呂見町に住んでいるところまでは分かったのですが、そこのアパートから急にいなくなってそれっきりだそうです。
そのアパートの大家さんの話では、何かに怯えるように夜逃げ同然で、家財道具一式置き去りのままだったそうですから、よっぽどのことだったのではないでしょうか? どこかで、ホームレスになっているか。あるいはもう生きていないのではないですかね。どう思われます。様助警部は?」
「そうですね。ホームレスになっている可能性はあり得ますね。でも……、亡くなってはいないと思いますよ」
「えっ! 警部はどうしてそう思われます? 鬼居塚も三年前の段階で、枯れ果てた老人のような姿だったと、そこの大家さんは言っていたそうですよ。死んでいてもおかしくないと思いますが……。いずれにしてもホームレスでは、所在を突き止める方法がありませんね」
「鬼居塚が死んでいないという確信は、後でお話ししましょう。それより、法國寺はもう目の前ですよ」
様助と室西の二人は法國寺の山門をくぐった。
「この法國寺には、一万体以上の人形が供養されております。全ての人形を十二棟あります人形供養蔵に納めさせていただいております。亜麻里様の供養された人形は第四棟に納めさせていただいております」
様助から事情を聞いた法國寺の住職は、一人の寺男に亜麻里千代の場所まで様助たちを案内させた。
先の言葉はその寺男の説明である。
寺男は、説明した人形供養蔵の第四棟の扉の鍵をあけ、様助と室西の二人を中に案内した。
蔵の大きさは、様助たちの想像をはるかに超えており、人であれば百人はゆうに入れる規模であった。
「住職の仰せで案内はさせていただいておりますが……」
様助を案内している寺男は怯えるように二人に話しかけてきた。
「正直、ここには入りたくありません。もうお気づきと思いますが、空気が重く感じませんか? 私など十分もここにいたら具合が悪くなってしまいます。
人形という代物は、人の形をしておりますが、中身はからっぽです。そのようなものは霊が入り込みやすいのです。この世に満足して逝った霊は、この地上には長くは留まりません。
この世に未練を残した霊が、その土地や人形などに入り込むのです。特に霊からしてみれば、人形という人型は動き回るのに格好な代物ということになります」
「貴方は、それを直に体験されていらっしゃるのですか?」
「まさか……」
様助の質問に寺男は苦笑いをして、そうまぜっかえした。
「昔からの言い伝えです。この目では実際に見ておりません。それでも、この蔵の空気を感ずれば、その言い伝えの真相は明白です」
確かに、様助も室西もこの蔵での言葉に言い表せない感触は否定できなかった。
「刑事さんが探されているのは、こちらの人形ですね」
寺男は、蔵の奥の方を指さした。
指し示された指の先の薄闇を覗き込んだ様助は一瞬、ギョッとなった。
「女の子?!」
「そうです。女の子の人形です」
寺男からそう言われて、様助が改めて見た時には、寺男の言う通り、女の子の人形であった。
しかし、様助に見間違いようのない感覚に今支配されていた。
最初の一瞬は、本物の女の子に見えたということであった。
そう、殺害された美紗子ぐらいの年齢の女の子に……。
しかし、確かによく見ると精巧にはできている一メートル程度の背丈の人形が、蔵の棚に足をちょうど投げ出すように座っていた。
目は見開いているわけでなく、さりとて閉じているわけでもなく、いわゆる半眼で、口元も笑みを浮かべているようにも見えながら、実は真一文字に結んだようにも見える。
笑っているようでいて、寂しそうでいて、はたまた怒りを内に秘めているようにも見え、見る人の見方によってどのようにでも表現できるような表情をしていた。
そして、その人形――千代が着ている着物は、まさに二人の殺害現場に残されていた着物の柄と全く一緒であった。
「警部! 人形のそでのところ……」
大柄な室西とは思えない素っ頓狂な声であった。
「ええ、私も最初に気づきました。両袖がほつれていますね」
「まあ、長い間、放置されておればそのようにはなるでしょう」
寺男ののどかな回答。
様助はこの時に、ここの住職の配慮に気づいた。
“この寺男は、何も聞かされていない”
様助はむろん、住職には真相の全てを語った。
そうでなければ、亜麻里家の要望とはいえ、おいそれと部外者が蔵の中に入ることはできないからである。
しかしこの寺男は何も知らされていない。
様助は住職のこの配慮を当然と受け取った。
全てを知ってなお、寺男がここに案内するはずがないのであるから……。
「この人形はいつからここに?!」
しかし、すっかり怯えている室西警部補にそこまで気付くゆとりは無かった。
「ええ、納められたのは七年前と聞いておりますので、その時からですね」
ここから、室西と寺男のちぐはぐした会話が続く。
「いや。六日前の二一日もここにあったのか?」
「おそらくは、誰も手をつけていないのでそうだと思いますが……」
「いや。そうではなくて……、この蔵は、鍵は?」
「先ほどの扉の鍵は常にかかっております」
「窓には鍵がついているのか?」
「いや、窓は特に鍵はありません」
「じゃあ、窓からは出入りができるわけだ……」
「出入り? 誰がですか? 人が出入りできる大きさじゃありませんよ。それに誰がここに窓から出入りするのですか? みんな、鍵をあけて扉から入りますよ」
「それでも、窓の大きさからして、一メートルぐらいの背丈であったら、出入りできるはずだが……」
「確かに小さな子供ならできるかもしれませんが……、刑事さん! 窓は地上から三メートルの高さですよ。子供には届きませんし、こんなところで遊ぶ子供はおりませんよ」
「子供じゃなくて……。ところで、この人形はホントにずっとここにあるのか?」
「誰かが移動させた記録は、事務局の書類の中にはありませんので、誰も動かしていないと思います」
「この蔵の中は、誰かがずっと監視しているのか?」
「だから、刑事さん。さっきも言ったように、十分いたら具合が悪くなる場所ですよ。誰も中にずっといるわけがないじゃないですか? だいたい監視する必要性がありません。盗まれて困るものは基本ないのだから……」
「じゃあ、あの人形がずっとここにいた証明はできないわけだ!」
「……」
室西の声の大きさにも飲まれたが、寺男は質問の趣旨が全く理解できず、黙り込んでしまった。
「室西君! もういいです。ここから出ましょう!」
様助のこの言葉に、寺男は救われたように目を輝かせて、先に一人で蔵の入口に向かった。
「警部!」
室西は、今度は様助に食い下がった。
「目の前に真犯人がいるのですよ。せめて、着物の柄が一致するかの確認を……。ああ、そうだ。人形の指の指紋を検出しましょう! それで、全て解決です!!」
「室西君!」
様助は室西を蔵の入口に誘いながら、教えを諭す教師のように優しく話しかけた。
「室西君。君の言うように、殺人現場にあった六倉織の切れ端と、おそらく千代なる人形の袖のほつれは一致するでしょう。あるいは、人形の指から美紗子さんの指紋が検出されるかもしれません。しかし……」
様助は蔵の外に室西と一緒に出ながら話を続けた。
「それで、何かが立件できますか? 室西君もご存じのように日本の今の法律では、その人形を裁くことはできません。むろん逮捕も不可能です。
あるいは、任意の事情聴取に千代さんが応じてくれるかもしれませんが、私はその事情聴取に立ち合いたくはありません。私は、人であればどのような危険な手合いであっても、敢然と立ち向かいますが、怨念の凝り固まった人形が相手となれば……。
室西君がどうしてもというのであれば、お一人で事情聴取をいたしますか?」
「警部! そんな意地悪言わないでください」
さすがの室西も蔵から出た後は、平静に戻っており、ポリポリと頭をかいた。
「私たちにはどうしようもありません」
様助が宣言するように自分と室西に言い聞かせた。
「京都に戻りましょう!」