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【五日目 ~七月二六日~】


【五日目 ~七月二六日~】



 時間にして午後四時頃、六倉むつくら町の柳井元やないもと署長、新町戸にいまつど市の様助さますけ警部と室西むろにし警部補の三人は、亜麻里あまりの屋敷の一室に案内された。

 この家の召使から茶を勧められ、五分ほど経過したところ、この家の当主である亜麻里ふゆが、三人が控えている部屋に入ってきた。

 今年六十七になる亜麻里家の当主ふゆは、百五十センチに満たない小柄な体躯、そしてにこやかな人懐っこい笑顔から、どこにでもいる可愛いお婆ちゃんという第一印象を与える人物であった。

「お待たせして申し訳ございません。私がこの亜麻里家の当主でありますふゆと申します。柳井元署長様からご事情は伺いました。孫を殺害した鮫島敏夫さめじまとしお虎児文武とらじふみたけが亡くなったと……、非常に驚いております! 詳しい事情をお伺いしたいところですが、本日は取り込み中でございまして。一時間程度しかお付き合いができません。ご容赦いただきたい」

 ふゆの声色は凛としており、最初の可愛らしい印象とは違い、亜麻里の当主としての威厳が感じられた。

「お忙しいところ申し訳ございません。私は京都の警察の様助と申します。こちらは部下の室西です。二、三お話を伺いたく参りました」

 様助は深々と頭を下げた。

「先ず、こちらにお伺いする前に、少し亜麻里家につきまして勉強させていただきました」

 様助の話にふゆは、笑みを崩さず頷きながら聞いていた。

「亜麻里家は、元々六倉家に仕えていた家老職であったとのこと。江戸時代の末期に同じ家老職の鮫島家の讒言ざんげんにより、その当時の当主は家老の職を追われ没落したとのこと。それでも大正時代に、亜麻里の当時の当主が、六倉織むつくらおりの技術改良に取り組み、今の六倉織の基礎を作られたと……。はっきり言って、六倉織が今の水準になり、全国的になったのはその時期のようですね」

「ほほ、様助さんとおっしゃられましたか? よくお勉強されましたね」

「はい、ありがとうございます。……ということは、亜麻里家と鮫島家は、過去からの深い遺恨があったということで間違いありませんね」

「様助さん、その話は……」

「署長様、よろしいのです。様助さん。おっしゃる通りです。亜麻里と鮫島は昔から遺恨はありました。しかし、孫の事件はそれとは直接は関係ありません。あの鮫島の放蕩息子は、その歴史すら理解してないバカ者ですから!」

 ふゆの顔が鮫島の話をした瞬間、キッと引き締まった。

「おっしゃるとおりです。この事件とは直接関係ないと私も考えております」

 様助の言葉が続く。

「しかし、長年の遺恨は、相当の恨みを蓄積しているのではないかと思いまして……。実はこのような不愉快なお話から入りましたのは、今回の鮫島敏夫並びに虎児文武の両者の死は、人の手によるものではない私は考えております。

 お話は既に柳井元署長からお聞き及びと思いますが、被害者の首からお孫さんの指紋が検出され、六倉織の着物の切れ端がやはり被害者の首に巻き付いておりました。そして、その殺害現場は陽射しが差し込まないという不可思議現象が起きておりました。

 被害者の異様な老け込みようも含めると、全てが謎で……。はっきり言いまして、加害者が人でない以上、私の手に負えるものではありません!」

 この様助の言葉には、柳井元と室西の両者が驚きを隠せなかった。

 それに対して、ふゆはニコニコ笑いながら泰然自若な物腰で座っていた。

「しかしながら……」

 様助はそのふゆの挙動に半ば感心しながら、話を続けた。

「加害者なる者――者と表現してよいか分かりませんが、それは、何かを私たちに伝えようとしております。あるいは、挑発しているのかもしれませんが、とにかくこの数々の証拠品をもとに、事件の真相に迫るのが、私めの責務と思っております。

 その上でいくつか疑問がございます。ご質問をしてよろしいでしょうか? 刀自」

「構いません。様助さんは、警察の中でも有名な刑事さんと、柳井元さんからお伺いしておりましたが、能力的に優秀なだけでなく、確固たる信念をお持ちの刑事さんのようですね。ふゆは気に入りました。なんなりと分かることはお答えいたしましょう」

 様助には、ふゆの小柄な体躯が一回り大きくなったような感じを受けながらも、最初の疑問についてふゆに尋ねた。

「鮫島敏夫が亡くなったのは七月二一日です。これはお孫さんの美沙子みさこさんの亡くなった日ということで間違いないでしょうか?」

「間違いありません。今はちょうど美沙子の七回忌の行事の最中です。先ほど、一時間ぐらいしかお相手できないと申しましたのは、この後に七回忌の法要を執り行うためです……」

「……刀自! ちょっとお話の最中ですが……、今のお話、七回忌の行事の最中とは?! 七回忌は既に終わったのではないのですか?」

「刑事さんがご存じないのは当然ですね。六倉では七回忌は、本人が亡くなった前後七日間執り行われるのです。このうち、基本的には、身内のみで執り行われるわけですが、初日と七日後の命日当日、そしてさらに七日後の終日おわりびの三日間は大々的に執り行われます」

「七日前は七月一四日! 署長! 虎児が愛知で亡くなった日にあたります! 署長はこの七回忌の仕組みはご存じだったのでは……?」

「はい。しかし愛知での事件は一四日だったのですか?! ……この地域では七回忌は、七年間この地域にとどまっていた霊が、あの世へと向かうという意味合いを持っており、特別な行事ということで、都合十五日間行うのです」

「なるほど、それで主犯格の鮫島の死が亜麻里美紗子の命日の二一日。主犯格でない虎児の死が七回忌初日の一四日ということですか。謎が一つ解けました。今日、刀自の元に赴けて非常に助かりました。つまり、今日から二日後の二八日に第三の殺人が起こるということです。もちろん、被害者は、主犯格でないもう一人の元少年の生き残りの鬼居塚吉郎おにいづかきちろうに間違いありません」

 様助は一人頷きながら、話を続けた。

「もう一つ、刀自にご質問したいのは、こちらの生地についてです」

 そう言うと様助は、一枚の生地の切れ端をふゆに見せた。

 それは、鮫島敏夫の首に巻き付いていた例の着物らしきものの切れ端であった。

「これと同じような切れ端が、虎児文武の首にも巻き付いておりました。それは、管轄が違うものでお持ちすることはかなわなかったのですが、同じ文様で間違いありません。この柄は、柳井元署長よりこちらの特産品である六倉織であるとお聞きました。刀自にはこちらの柄に見覚えがございますか?」

「はい。この柄は孫の美沙子が着ていた着物の柄です!」

 刀自は一目見るなり、そうはっきりと答えた。

「しかし、六倉織もたくさんあるはず。刀自は、なぜこれがお孫さんの着物とすぐに確信ができたのですか?」

「刑事さん。六倉織といっても、いろいろな種類がございます。安い代物から、最高級の代物まで、それこそ大雑把に分けても七等級には分かれるでしょう。今回、刑事さんのお持ちいただいたのは、そのうちの最高級品です。

 それも孫への特注品ですので、この柄と同じものは二つとありません。この柄は、私が、美沙子が十歳になった誕生日にプレゼントしたもの、見間違いようがございません」

「よく分かりました。そうでないかと思ってはおりました。それで、今、美沙子さんのこちらの着物はどこにございますか?」

「もうございません!」

「えっ?!」

 室西は思わずそう呟いた。

「こちらの着物は、美沙子が事件の当日に着ていたもの。美沙子が荼毘だびに付された時に、一緒に燃やしました」

 これには様助も少し所載無しょさいなげな様子であった。

「燃え尽きた着物が残っているとは、さすがに考えにくいです。実は今回の事件の犯人は、美沙子さんに関連のあるものと私は思っております。

 むろん、人とは限定していませんが、美沙子さんの思いを引き継いだなにもの・・・・かです。しかし、私にはそれが何かが皆目見当もつきません。刀自! 何か気づくことはございませんか? 例えば、この生地の一端でもどこかに残っていませんか?」

「あっ!」

 今のふゆの驚きは、様助が出会って、この女当主にして初めての戸惑いの表情かもしれない。

「刑事さん! 今、とても大事なことを思い出しました。この着物の生地は一つしかないとさっき申しましたが、もう一着ございました! 千代ちよの着ている着物がそれです!」

「……千代さんとは? 美沙子さんには自殺したお兄さんしか兄弟はいらっしゃらなかったと聞き及んでおりますが、親戚の方かどなたかですか?」

「いいえ。人形です! 美沙子が七歳の頃に私が贈った人形で、美沙子はすごく千代を気に入り、常に一緒にいました。人形といっても、背丈が一メートル程度の大きさをしています。美沙子からの願いで、美沙子が十歳の誕生日の時に、同じ着物を千代の採寸で作りました。

 それから、美沙子は千代にたびたび、その着物を着せていました。

 そうです! 美沙子が亡くなったあの日も、美沙子は千代を一緒に連れていました。そして、千代はその時、美沙子と同じ柄のその着物を着ていたのです」

「それだ!」

 様助は思わず大声をあげていた。

 外で控えていた召使が一度、部屋の中を確認したぐらいの声であった。

「そしてその人形は、この屋敷にあるのですか?」

「いいえ。美沙子が亡くなって百日目に、人形供養で有名なお寺におさめました。四国の香川県にあります法國寺ほうこくじというお寺にです」

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