【二日目 ~七月二三日~】
【二日目 ~七月二三日~】
「警部! 昨日の事件について、詳細な報告書が来ております」
一人の若い刑事が、様助警部の席までやってくると、おもむろに警部のデスクに書類を置いた。
「ああ、室西君。わざわざありがとう」
「いえいえ、ところで様助警部。昨日の事件は意外なことが多々あったとのお話でしたが、詳しく聞かせていただければ……」
様助警部より一回り程大柄な室西と言われた刑事は、興味ありげに様助警部の脇に椅子を持ってきてそこに座り込んだ。
「そう言えば室西君は、昨日は非番でしたか。どこまで話は知っているのですか?」
「被害者の首に残っていた指の後が、低学年の小学生程度の大きさというところまでですかね……」
「なるほど、分かりました。その続きをいたしましょう。先ず、被害者の首の巻き付いていた布ですが、どうやら着物の袖の部分の切れ端ということが分かりました。おそらくは犯人ともみ合って千切れたのではないかと……。早速、その切れ端の文様について鑑定に依頼しておきました。何か結果が出ると良いのですが……」
「着物の裾の切れ端ですか? 何かそれから分かるのですか?」
「私の嫁さんが、元々は反物屋の娘でして、その嫁さんに連れられて色々な着物を見て回るうちに少しは目端が利くようになりました。有名どころの織物は全て見て分かる程度の知識ですが、昨日を見た柄は全く分かりませんでした。それでも着物の布地と織具合から既製品とは思われない出来でした。だとすると、ある地域にだけ出回っている織物かと。それが、分かれば犯人が絞られるのではと思いまして……」
「さすがは、市警一の敏腕刑事の異名をお持ちの様助警部! 目の付け所が違いますね。他には何か?」
「そのあと、地事理巡査が殺害現場のアパートの大家さんに引き合わせてくださいまして、驚くべき事実を知ることになりました」
「ほほぉ~。それは?」
そう言うと、室西警部補は興味深げに様助警部の方に顔を近づけた。
「被害者のことなのですが、室西君も被害者の写真を見てご老人と判断すると思いますが……」
「……そうですね。写真からでは分かりにくいですが、被害者は少なくとも七十歳以上の高齢者でしょうね。それが何か?」
「それが大家さんの話では、被害者の仁科昭さん――これは地事理巡査から事前に知らされていた被害者の名前ですが――彼は二十六歳だそうです」
「まさか?!」
大柄な室西警部補が思わず立ち上がりかけた。周りもその音に一瞬警部補の方に目を向けたが、室西が周りに愛想笑いをしながら席についたので、周りの注目もそれで終わった。
「地事理巡査本人も、詳しい話はそこで、このアパートの大家さんから聞いたのでびっくりしていましたが、とにかく二十六歳が本当の年齢のようです」
「……しかし、プロフィールなど適当に書くことも可能ではないのかと」
「室西君。私もそう思いましたが、それは違いました。彼、仁科さんは、ある大物国会議員からの紹介で、このアパートに入居したようです。とにかく、何故仁科さんが七十歳以上のご老人のように老け込んでいるのか、いろいろ不思議なことが多いですが……。
とにかく、被害者の仁科さんと、彼の首に残っている指の指紋を採取することはできました。昨日の段階で指紋照合班にデータ照合を依頼しておきましたので、おそらく今、君が持ってきた書類がその報告でしょう。それを見てみましょう」
様助警部はそこまで室西に話すと、自らのデスクの上の書類に目を通し始めた。室西もその間は黙ってそこに座っていた。
「おやおや、この報告書は興味深いですね」
様助警部は書類に目を通して五分後に、ようやく書類から目を離し、室西警部補の方を見た。
「何が書いてあったのですか?」
室西警部補も報告書の中身を一刻も早く知りたかった。
「指紋はどちらも、つまり被害者と加害者であろう人物の二人ですが、どちらもデータに履歴がありました」
「本当ですか?! それは事件の真相に一気に近づきましたね。データに履歴があるということは前科者ですか? それにしても被害者も前科者だったとは……」
「早合点はいけません! これから説明しますが、これで益々、事件の真相が見えなくなったのかもしれません。先ず、被害者の仁科さんですが、これは偽名でした。本名は鮫島敏夫と言います。
広島県六倉町の出身で、江戸時代に六倉町のお殿様でありました六倉家の末裔ですね。いわゆる六倉町の名家の一つです。なるほど、それで住居を借りるのに、大物国会議員の後押しがあったのが納得できます」
「それでは年齢も詐称ということになりますか? 様助警部」
「いいえ、そうではなさそうですね。年齢の二十六歳は事実のようです。……それはさておき、指紋が残っているということについての報告も併せてありました。
どうやら鮫島敏夫は、ある事件の容疑者だったようですね。結局は別に真犯人が見つかって、不起訴となったようですが……。六年前の事件で、当時鮫島敏夫は十九歳だったはずですから、報道にも名前が出なかったようですね。室西君は知っていますか? 広島県六倉町で起きた痛ましい事件を」
「はい、六年前の六倉の事件ですね! 自分はその当時、大学生でしたが、その事件のあまりの壮絶さに、一時、ニュースはその事件一色だったのを覚えています。……もしかして、あの六倉事件の少年というのは?」
「そう、今回の事件の被害者の鮫島敏夫その人だったようです」
「あの三人組の少年の一人だったのか……」
室西警部補は怒りで全身が震えていた。
「あれは、酷い事件でした。あの時の怒りがまだ忘れられません。六倉町という穏やかな、殺人事件とは無縁の土地で起こった少女惨殺事件。今でも詳細が忘れられません。
当時十歳だった少女が、六倉のお社様の祭りの日に忽然と姿を消し、次の日に無残な姿で見つかった事件。町の警察は、当時十九歳と十八歳になる少年三人を容疑者として捕まえたが、結局は真犯人が見つかったこともあり、不起訴になったという事件。
当時、日本国民の誰もがその三人組が犯人と確信していたのに、三人の親がそれぞれに有力者であったこともあり、不起訴となった事件。それどころか、逆に当時散々騒いだマスコミが名誉毀損で訴えられ、その影響でマスコミも急に論調を変え、真犯人として捕まった少女の当時二十二歳の兄の歪んだ性癖というおちにしてしまった事件。
あらゆる権力に対する不信感を日本国民全体が抱いた事件でした。僕が警官を目指すきっかけになった事件でもあります」
室西の言葉は、普段の室西を知っている者からすれば、むしろ静かな口調であったが、それだけに彼の本当の凄味を感じさせるものであった。
「室西君にとってそんなにも思い入れのある事件でしたか? それなら、今回の出張は室西君も一緒に来てください」
「出張ですか? いつからですか?」
「今すぐです。出張先は広島です。六倉町に行って、その当時の事件を詳しく調べましょう。そう言えば、室西君があまりにも六年前の事件への思い入れが強いので言いそびれましたが、被害者の鮫島敏夫の首に残っていた指の指紋。あれは、六年前の事件で殺された当時十歳だった少女――亜麻里美紗子の指紋と一致しました!」