第5話 侵入者
横田くんたちは自分たちでなんとかできるだろう。
普段からカズキがあのグループの舵を取っていたけれど、決して金魚のフンではないのだ、行動力が常人の何倍もある。カズキはそれにカリスマ性が備わっただけだ
あれはあれでカズキがいなくても、十分に機能する。
チームワークが良い。
俺という異物が紛れ込んだら、迷惑をかけるだけだろうな。
「そう思ってた時期も、俺にはありました」
「なんのはなし?」
「佐々岡先生が役立たずってはなし」
「ふーん、へ?」
俺がスマホで情報収集している間、先生にも大人の知識と情報網を使ってなんでもいいから調べてもらいたいと考えていたけど。
「はぁ、スマホ職員室に置いて来ちゃった」
なんて、先に言われちゃった。
ちゃったじゃないっすよ。そんな可愛く言ってもメッ!
横田くんがいたら、俺より先に調べてたろうなぁ。
鈴木くんと工藤くんはその情報からこれからの方針を導きだして、カズキがまとめ上げて決断ってとこか。
ああ、カズキはいないんだった……。
初めてゾンビに遭遇したときは頭が混乱しすぎて、カズキを見失ってしまったから死んだとは言い切れない。
あいつは運動神経がいいからあのノロノロ歩きのゾンビには捕まらないと思う。
野次馬のドミノ倒しに巻き込まれていなければ。
あの時は、不運にも転んで逃げ遅れた数名が餌食となってしまった。
「私だって役に立ちます! 大人ですから、いろいろ頼ってもくれてもいいんですよ?」
「頼ろうとしたんですけどね」
「せ、精神的に頼ってくれてもいいんですよ?」
「先生が原因で精神的に疲れました」
ドジっ娘萌えなんて眉唾だ。
実際はイライラするだけ。
「生徒にはめぐりお姉ちゃん、めぐ姉なんて呼ばれて一目置かれてるんですから!」
学○生活部の顧問とかしてそう。
「一目置かれるの意味知ってます?」
「知ってるもん」
あー、拗ねちゃった。
口を尖らせて座ったまま体を左右にゆっさゆっさ揺らしている。
やり過ぎたか。
「そうだ、一度学校の先生に聞いてみたいことがあったんですよ」
「なんですか? 私が、先生が教えてあげましょう」
めぐね……佐々岡先生が目に見えて元気になる。
チョロ過ぎるだろ。
ちょっと頼るそぶりをするだけで、さっきまでの子どもみたいな拗ねた態度が一変、背伸びをするお年頃の子どもみたいになった。
……あれ? どっちにしろ子どもじゃん。
「各学校の休校ってどうやって決まってるんですか? 台風接近したときにうちの学校の近く、というか中央高校が休みになったのに、うちはいつも通り登校させられたんですよ。昼には帰りましたけど」
「ええっと、休校の判断はですねぇ……」
先生がシンキングタイムに入った。
一瞬部屋が静かになる。
耳がいつもより鋭敏になったのか、さっきまでは聞こえてこななかった音を拾うようになった。
発生源は屋敷の外か?
まだ救急車等のサイレンが聞こえている中で、木の枝が音を上げてるような、乾いた音。
負荷を与えないと出ないような音。
「静かに、誰かいます」
「ほえ?」
この音は隣の松の木か?
立派な松が塀の奥から伸びていたのを覚えている。
もしかして、ここに侵入しようとしている?
「先生、なにか武器、探して」
「う、うん」
油断していた。
もしもゾンビが侵入してきた場合、対処するための武器を確保してない。
そもそも、まだそんなにゾンビ化が広まってないと思ってたからこんなピンポイントで見つけられるとは考えもしなかった。
しかも、木登りするゾンビなんて聞いたことがない。
妄想が十八番の俺がこんなヘマをするなんて、自分でわからないだけで平常心を失っているのか?
「クソッ」
こんなんじゃ先生を馬鹿にできないな。
武器になりそうな物は台所にあった。
俺は展示されている囲炉裏から鉄製の孫の手みたいな棒を手に取る。
先生は鍋を両手で胸の前に構えていた。
「どこですか?」
「たぶん隣の屋敷です。音がする」
ゆっくりと松が見える部屋へ移動する。
徐々に音が近くなるのを感じ、唾を飲む。
外から差し込む日の光がさっきより強くなった部屋の前。
縁側から庭を眺めることができるこの部屋に入れば、音の正体がわかるかもしれない。
それと同時に、あっちからもこちらが見えることになるのだ。
一瞬躊躇う。
「先生が見てきます。守藤くんはここで待ってて」
「危ないですよ」
ここで「俺が行く」と言えないのが情けなく思った。
「子どもを守るのが大人の役目です。大丈夫、先生は大丈夫だから」
優しく俺に笑顔を向ける佐々岡先生。
不覚にも、その大人っぽい表情にドキリとしてしまう。
「あらよっと」
場違いな声に数瞬遅れて、庭に敷き詰められた石がジャリっと音を出した。
あらよっと?
あのゾンビは言葉を話せるのか?
「すいませーん……誰かいませんかー」
今度は少し抑えた声量で……って人?
木から降りてきたので部屋の入り口から顔を出すだけで声の主を視認できた。
「随分と可愛らしい侵入者さんですね」
「そ、そうっすね」
庭の真ん中には、先生より背が低いであろう女の子が、うちの高校の制服を着て立っていた。
カズキ一味
横田くん
・急な登り坂でも自転車のペダルを漕ぐのが速いらしい
鈴木くん
・小学生の頃のあだ名が「ホームベース」らしい
工藤くん
・なぜか友人には関西弁で話しかけられるらしい