第4話 情報収集バ○ッター
重要伝統的文化なんちゃらと長ったらしい説明が書いてある干からびた木製の看板を無視して、屋敷の中に入っていく。
もちろん靴は履いたままだ。
佐々岡先生の靴はどこで調達しようか……。
「中は無人なんですね。てっきりガイドさんがいるのかと思いました」
「俺が小学生の時は授業で来たのでいたんですけど、不用心ですよね。重要文化とか謳ってるのに」
そこに土足で踏み込んでいるわけだが。
土間を抜けるとさながら時代劇で見るような部屋になっている。
同じような畳の部屋を合わせると五部屋かな。
外から見るより意外と広いみたいだ。
一応、屋敷の中から外の様子を見て回る
「ほえー、立派な庭」
「見とれてないで警戒してくださいよ、裏口とかあるかもしれない。もうこの敷地内にさっきのがいるかも」
「そ、そんな気味悪いこと言わないで」
一通り見て回ってとりあえずは安全を確認できたと思う。
俺が思うに、あの赤いゾンビはまだこっちの地域にはいない。たぶん。
「あ、そうだ。先生の家ってどこにあるんですか?」
「へ? ……市内だけど」
「だから市内のどこですか」
「まさか私の家に行くなんて言うんじゃ。ま、まだ早いわよ」
「なぜ頬を染めた」
つい早口でツッコむ。
順番に聞かなきゃこの人は頭がパンクしそうだから、段取りを組んで聞きたかったのにそれも上手くいかないのか。
「違いますよ、先生の朝の通勤ルートを知りたいんですよ。朝何時にでましたか? 自宅の住所は? 普段と様子が違ったりとかしませんでした?」
「ええっと、朝? 朝は六時に起きて……」
そこからかよ。
起床時間なんて聞いてないのに。
もうツッコまないぞ、決めた。
「パン食べた」
「聞いてねえよ。パン派とかどうでもいいよ」
「ご、ごめんなさいぃ」
会話が続かないので先生の残念な脳の言語処理を待つ間に、他の優秀な情報提供者たちを覗いてみる。
ズボンの右ポケットからケースも本体も黒いスマホを取り出しロックを解除、まずはSNSでどのくらい騒ぎになっているかの確認だ。
朝七時の全国ニュースは特別気になるものはなかったし、最近病気が流行してるなんてニュースも覚えがない。
だからきっと今朝からあの怪奇現象が発生したのだ。
この宏前市で。
血を吸っては体から噴き出しまき散らす、赤い化け物。
アプリの検索欄に「ゾンビ」と入れて完了のボタンを押す。
画面に表示された見知らぬ人たちの呟きをスクロールして眺めていく。
友達同士の他愛ない会話、某動画サイトのリンクとゲーム実況という文字、映画の感想、ゾンビっ娘の二次エロ画像。
まったくこの事件に関係ないであろうものばかりがずっと並んでいた。
量が多くて埋もれているのかも知れない。
俺は趣味用のアカウントしか作ってないので、学校の奴らはもちろん、この町に関係する人たちのアカウントを知らない。
俺が優秀じゃなかった。
探してみるか。
「うーん、やっぱり今朝はいつも通りの時間に出て、いつも通りの時間に学校ついたと思う。あ、家はあっちの……」
先生の家は宏前公園から見て駅とは真逆の方角だった。
住宅がずっと続いてると思いきや、途中でいきなり見渡す限りの田んぼに変わる地域だ。
立派な農家の家々と市営住宅が多い。
先生は実家暮らしでその農家の娘だとか。
「あまり信用できないけど西は大丈夫、と」
「はあ、私だって先生なのに」
「電車通学のやつらは普通に学校来てたしな……なんか言いました?」
「な、なんでもない、です」
駅から学校に通うやつは、商店街の一つとなりの広い道路の方で通学するといっていた。
「先生の学校で今日来てない生徒、教員でもいいです、休んだ人いませんでしたか?」
「私、学級担任じゃないから生徒はわからないけど、先生方は全員いました」
「誰か異変に気づいた人とかは?」
「いなかったと思います。あ、先生方の住所なんて知りませんよ?」
「ですよねー」
まあ、最初からあまり期待してなかったからいい。
先生と話しながら宏前市の学生一人のアカウントを見つけ、そこから芋づる式に各校の生徒を探し出す。
個人情報の管理が微糖の缶コーヒー並みに甘々で、学校名を検索しただけで学年クラスに所属している部活、人によっては本名と顔までわかる。
あいつら微糖って書いてるのに飲んだら頭がガンガンするほど甘かった。
馬鹿なの?
少しは彼ら学生を見習ってちゃんと自分のことを嘘偽りなく表記してもらいたい。
君ら学生は逆に微糖の甘々缶コーヒーを見習えよ正直すぎる。
今はそれに救われたけどね。
「動画を撮って投稿するとは勇者だ君は、駅のホームで線路に降りるやつとは大違いだ」
「なんですかそれ? ほわ、外でなんてことしてるの」
「あいつらの捕食シーンじゃないすか?」
スマホの画面では、人が人に覆いかぶさっているように見える映像が流れている。
少し遠いが作業着姿の男が路地に仰向けに倒れていて、髪の長い女性が男の腰にまたがって首元に顔を埋めている。
「へ? これがさっきの化け物なの? なんだてっきり……」
なんか先生がモジモジしてる。
女子高生だって言われれば信じちゃいそうな言動をするな……。
「ここは商店街裏の飲み屋さんの通りかな? 先生わかる?」
「そうですね、たぶん鍛冶町で合ってると思います」
鍛冶町は商店街の南側に並ぶ飲み屋街だ。
たしかエッチな看板が出てる店もある。
江戸時代は職人の街だったみたいだけど、そんな面影はない。
「他には……あまり情報がないな」
情報を発信する前に死んだのかも知れない。
中央高校と工業高校の生徒が数分前で一斉に休校のどんちゃん騒ぎ呟きが止まっている。
背筋がヒヤッとした。
動画を撮ってくれた工業高校の一年生くんは生きてるのだろうか……。
「みんな黙っちゃってるのね、逃げてる最中なのかな」
「そうだといいですね」
サイレンの音だけが町に響く。
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