第11話 やること
時刻は午前十時を過ぎたあたり。
ラジオをつけるとリビングに緊張が走った。
女性のアナウンサーがひっきりなしに言うのだ。
『外は危険です。外出を控えてください』
宏前市民に向けられたその放送の中には、「市外の人は絶対に近寄るな」という内容も含まれていた。
肝心な化け物の情報は、まだ公にされていないらしい。
こんな中途半端な注意喚起で、いったい何人が気づき、行動に移せるだろう。
「やっぱり、できるだけ情報を隠して済ませたいんですよ」
「市民がパニックになるのを防ぐためか?」
「違いますよ。ダメダメですねぇ、先輩は」
やれやれと首を振るアカリ。あとで覚えとけよ。
「なにかヤバい生物兵器の実験とかやってたんですよきっと。それが外に漏れて、秘密裏に処理したいんでしょう!」
「お前、俺より夢想癖が強いんじゃないか?」
俺は思っててもそうそう口にしないし。
「夢想なんかじゃないです! こう、今までの対応から分析してですね」
「それじゃあ空想か妄想か……」
「ああもう! ていうか先輩よりってなんですか。先輩もってことじゃないですか!」
ソファで跳ねるなよ……バネが死ぬ。
「随分と楽しそうですね。なにかあったんですか?」
先生は教えた通り迷わずリビングまで来れたようだ。
それにしてもトイレ長かったな。
いや、失礼だな考えないようにしよう。
「めぐちゃん顔色悪いね、大丈夫?」
いつの間にか、アカリは先生をめぐちゃん呼びで定着させている。
というか顔色? 変わったか?
「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうアカリちゃん」
出会ってから何時間も経っていない他人の微妙な顔色の変化なんてわからないけれど、アカリは先生に、ちょっと何言ってるのか理解不能だが、ひとめぼれみたいだし、案外わかっているのかも。
「それで、なんの話をしてたんですか?」
「ええと、実は……」
「なるほどアカリちゃんはメルヘンチックちゃんなんですね」
「ちっがーう……」
こいつの頭ん中は童話みたいなもんだ。
先生も理解が早いな。普段からそうであってくれ。
「先輩もアカリとおんなじなんでしょ? だったら次にやることはもう決まってるよね?」
「俺なんかと一緒は嫌なんじゃないか? だから敢えて決まってないと言おう」
「もう! めんどくさいなぁ!」
決まっているけれどさ。助けてほしい時だけ仲間面されるのは癪だ。
「政府の兵器研究論は置いといてさ! ゾンビが発生して、町が封鎖されたら?」
「家に立てこもる」
「守藤くん引きこもりなの?」
「なんでだよ。それ意味が全然違うから」
「そう! 引きこもる!」
「いいのかそれで!?」
良いわけがなかった。
引きこもりが許されるのは生活に余裕があればの話だ。一般的には違うが。
今の状況では食料に余裕がないだろう。
引きこもってもせいぜい一週間が限度だ。
節約すればもう少しもつと思うけれど。
「それじゃあ屋敷でも言ったけど、コンビニ行くか」
「こんな危機的状況だというのに、さもコンビニに行くかの様にサラッと言わないでくれる? 緊張感を大事にしてよ」
「さも、も何も、コンビニに行くんですが……」
めんどくさいのはどっちだよ。
「先生お金置いて来ちゃった……」
「大丈夫です。最初から期待してませんよ」
「アカリもない」
「嘘つけ絶対持ってるだろ」
二人には待ってもらって、自室からヘソクリを全部持ってきた。
親の部屋も漁れば出てくるだろうけど時間が惜しいので捜索はしていない。
リュックサックを二つさらに用意して、できるだけ商品を手に持って帰らないようにする。
「それじゃあ日持ちするものをできるだけ多く買う。いつこっちまでゾンビが来るかわからないのでそれまではお金を出す。という感じですけどいいですか?」
「いいけど、もうコンビニやってないかもねー」
「あいつらは災害時に停電しても働いてたから心配ないだろう。一番心配なのは商品が残ってないことだ」
まだラジオでしか情報が掴めないはずだ。
競争相手が少ないことを祈ってしまう。
同時に自分のことだけで精一杯だということが、自覚が無くても、思いからひしひしと伝わってきた。
「さっきの交通量を見てもわかる通り、まだ結構、普段通りの生活をしている人が多いと思いますよ?」
先手を打てるわけだ。
生き残るための。
「そういえば、この辺にいくつ店があるの?」
「コンビニはすぐ近くに三店舗ある。あとは飲食店もちらほらあるけどそれらにはいかないぞ」
「スーパーは?」
「歩いて行くなら少し時間がかかる位置に三店舗ある」
事態が収拾しなければ……。
ゆくゆくはスーパーに足を延ばさなければいけなくなるだろうな。
「もう質問がなければ行こうか」
こっからは食料確保で籠城作戦だ。