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第1話 非日常

 教壇には二人、銃で武装した奴らが俺らを見張っている。

 他の教室も同じようだ。


『この学校は完全に包囲されている!』


   ――――――――――――


 数学の先生が将来使うのか怪しい方程式を板書していくさなかに、俺は自分の世界へとトリップしていた。


 もしスーパーパワーで悪の組織を次々と倒すことができたら。

 もし女子にモテモテになったら。


 健全でヒーロー思考の一般的な男子高校生として、そんな「もしも」の妄想を飽きることなく授業中に繰り広げている。

 よく現実逃避だー、とか言われるけれど、夢を語るのだって妄想を語るのと大差ないと思っている。

 つまり、妄想しなけりゃ人生楽しくないだろ!

 夢のないやつはかわいそうだな。



 ほとんどの授業を妄想で終えてしまったが、すぐに帰宅せずにクラスメイト数人と実習棟へ向かう。資格取得の講習があるのだ。


「あー、今日サボろっかなあ」


「カズキは課題溜めすぎだろ」


「スバルは家に工具持ち帰って練習してんだぞ」


「俺はスローペースだから早く慣れなきゃ落ちゃうんだよ」


 妄想が大好きな俺は、実技の講習中でもいつものようにトリップして課題の進捗が遅い。

 工具をこうしてああして、はい、多目的ハンマー。なんてやってる暇ないんだけどさ。



 講習を終え、家に帰ると外は真っ暗で、お腹の鳴る音が部屋に響く。

 両親は八時頃にならなければ帰って来ないので家では一人でいることが多い。

 いつも見ているローカルのニュース番組を横目に冷蔵庫から出したおかずをレンジで温めていく。


『この街ニュース! の時間です。今日はなんと! 宏前城こうぜんじょう跡地からまた人骨が発掘されました!』


 この町、宏前市は城下町として栄えている。その中心となったのがこの宏前城。

 生け垣の工事で最近、城の跡地を掘っていると色々なものが出てくるらしい。人骨は二度目だ。


「人の骨かあ。戦国時代の怨念とバトル……いいかも」


 テレビの中で大袈裟に騒いでいても視聴者からすればあまり関心を抱かないニュースだろうな。

 俺は妄想の餌にするわけだが。


 ニュースでは速報で暴力事件について報道していた。

 これまた物騒な。



「昨日の事件聞いたか?」


「あれやばいよな、ツイッターで見たわ」


「あの写真だろ? 血が道路中に飛び散ってたの」


 次の日、教室に入るなりそんなクラスメイトの声が聞こえてきた。

 彼らは昨日のニュースを見ていないようだがネットで噂になっていたようだ。

 犯人は捕まっていない。


「おいスバル。お前どうするよ犯人が学校来たら」


 カズキがいつものノリで俺に話しを振る。

 こいつアホだからいつも頭脳担当の俺に質問してくるんだもんなぁ。

 考えるな感じろってタイプだし。


「まず、この工具を装備します」


「即答かよ適当に答えんなよーちょっとは悩め」


 俺は日頃のトレーニング(もうそう)によりその手のことで悩むことなどないのだ!

 シチュエーションはリアルからファンタジーまで幅広く取り揃えております。


「まあ、犯人が一人なら数の暴力でなんとでもなるんじゃないか?」


「じゃあ下校中ならどうすんだ? 一人のところを襲われたりさ」


「まずは周りに人がいないか気を配るとこからだな。知らぬ間に近づかれたら即ゲームオーバーだと思わなきゃ」


「な、なるほど」


 カズキのかしこさが上がってますように。

 野生の犬をしつける感覚だな。


『キーンコーンカーンコーン』


 ホームルーム開始の予鈴が鳴ってしまった。

 一分と経たずに先生が教室に入ってくるぞ。


 ……あれ? 五分経って本鈴が鳴ったのに先生が来ない。

 暇だな。殺人犯の対処方でも練るか。練る練ーる。


「遅れてすまんな」


 駆け足で教室に来た担任が口だけ誤って教壇に立つ。

 ふう、先生は死んでなかったか。妄想でたまに不安になることもある。


「みんなに大事な報告がある、静かにしろ。えー、本日は休校になりました」


 生徒から一斉に歓喜の叫びや最初からそうしろと学校側への非難の声が上がる。

 昨日の事件について知らない人のために先生から説明がされた。

 やっぱり事件の影響で休校か。


「最後まで話を聴け。みんな絶対に家から出ないこと、出来るだけ一人で帰らないこと……」


 両隣のクラスからも同じような不満の声が聞こえてくる。




 いつもなら授業を受けている時間だ。

 まだ太陽が昇りきっていない、涼しく青みがかった街並みの中で下校するというのは、まる一日学校という呪縛から解放されることを意味し、誰もが心が躍るに違いない。


 左手に、ここが城下町の由縁となる城がある大きな公園、宏前こうぜん公園のお堀と、それらを囲むようにして街路にぎっしりと植えられた五分咲きのソメイヨシノを見ながらクラスメイトと歩く。


 俺たち生徒にとって休校というのは一つの行事と言えるだろう。

 しかも、休校の理由が近場で起きた殺人事件ともなれば、不謹慎だが、その非日常を演出するワードにワクワクしてしまうものだ。


「スバルはどっか寄ってくのか? オレたちはコーゼモール行くけど」


 先ほど学校で寄り道するなと言われたばかりなのに聞く耳を持たない一戸いちのへ一輝かずき一味はスバルこと俺――守藤すとうすばるを悪の道ショッピングモールへいざなおうとする。

 なんて。まあ、行くけどね。

 普段の帰り道からはすでに外れて、駅方面に向かっているのもそのためだし。


「俺も本屋に寄りたいと思ってたんだ。妄想の宝庫だよあそこは。 カズキたちはまたフードコート?」


 フードコートは学生の溜まり場と化している。


「そりゃあ数少ない宏前市の娯楽の一つ『女子高生ウォッチング』ができるからな! 今日はきっと、ターゲットが多いぞ……」


 宏前市はお年寄りが好きそうな、お城や寺、武家屋敷といった古い建物アンド街並みが多く残っていて、観光スポットとして有名なんだけれど、いかんせん若者の遊び場が少ない。

 カズキたちが『女子高生ウォッチング』とやらにお熱なのもしょうがないか。


「昨日の事件で何校が休みになったかによるけどね」


「え、市内全域だろー」


 うちの学校が事件現場の近場だから休校になった、と担任が言っていたが実際のところどうなっているのだろう。

 町の中心部の路上で殺人事件が起きたのだ、通り魔かも知れないとニュースで言っていたし。


「今ツイッター見たら、結構みんな休みになってるっぽいぞ」


 俺の後ろで、さっきからスマホの画面を覗いていた横田くんがみんなに報告する。

 画面が他校生の「休校ラッキー!」的な呟きで溢れているのだろう。


「朗報ではないかカズキくん」


「楽園のオープン時間は十時だ、あと一時間ある。焦らず、優雅に向かおう」


 残りのカズキ一味が紳士ぶっているがみんなウォッチング目当てだ。ジェーケーの。

 妄想が趣味みたいな俺は、たまにハーレムでうはうはするのをイメージしたりするけど、現実で女の子をそんな目で見るなんてことはしない。

 公園のお堀を背にし、不本意ながらも、彼らと共に駅前のモールへ向かう。


「お前ら程々にな」


 俺がカズキたちの被害に遭った女子をなぐさめて一人だけジェントルマンしてもいい。

 もし殺人犯に女の子が襲われてたとしても背中のバックで凶器の刃物を封印し、金的攻撃からの関節技コンボでお縄を頂戴するのだ。

 そしたら警察から感謝状を貰いニュースに取り上げられてさらにこの町のヒーローに……。


「誰か! 助けっ! 助けてくれっ!!」


 最初は妄想の中で勝手に登場人物が喋り始めたのかと思ったが、カズキたちも今の声に気付いたようだから、リアルの出来事なのだろう。


「おい、今の声ヤバいんじゃないか?」


 カズキがいち早く口を開く。

 そのおかげで俺を含めた全員が、フリーズしていた思考を回復することに成功したようだった。


「け、警察呼ぼう」


「いや、まだ原因がわからないし様子を見て……」


「もし昨日の犯人だったらどうすんだよ」


 こういう時は意見がまとまらないでいると痛い目を見そうだな。冷静になろう。

 声は俺たちの進行方向から聞こえた。坂の下にいるっぽいな。

 俺たちからだと坂を見渡すことができない。

 ここを下りると駅前まで一キロほど商店街になっている。

 平日の朝九時だ、店を開ける人がたくさんいるはずだから、俺たちよりも早くに異変に気付いててもおかしくない。

 深追いしないほうがいいだろう。


「ヒイイイイイィ!」


 さっきより声が近い気が……。


「おいおい! こっち来てんじゃね!?」


 カズキの言う通りだ。

 おっさんのゼェゼェと荒い呼吸までもが聞こえてくる。

 なんでわざわざ急な坂道を上ろうとしたのだろうか。商店街へ向かえば助けを求められた対象が多いだろうに。


「逃げよう」


 こうなれば一旦見えない何かから距離を置かなきゃいけない。

 有言実行、高速回れ右をして来た道を戻る。

 あまり熟考していたせいで距離が縮まってしまったのだ。同じ過ちは犯さないよう精進せねば。


「おいスバル。右、中央高校に行こう職員は休みじゃないんだろ?」


「ああ、そうしよう」


 さっき通ってきたお堀沿いを曲がらずに少し行くと公園の向かい側に中央高校がある。

 ふと後ろの様子が騒がしいことに気付き振り向くと、俺たちと同じように駅前へ向かっていた高校生のグループが何組も見える。

 存在を忘れるほど動揺していたのか俺。

 彼らは野次馬根性を発揮してしまったのか青になった信号を渡っている。


「ッ……! 馬鹿かあいつら」


 またもやすぐこれに気付いたカズキが、彼らのいる方へ戻っていく。


「どうしたんだカズキ!」


 先頭の横田くんも振り返る。

 それによって俺たちの逃走作戦も中断。


「先に行ってろ! オレもすぐに行く!」


 野次馬グループへ忠告しにいくのか。

 まるで妄想の中の俺みたいだ。あいつ、行動力だけはある。


 カズキが交差点に入ると同時に、坂を上りきった人が見えた。

 片足を引きずっている。


「なんだアレ……」


 後ろで誰かが呟いた。

 俺も同じことを感じていた。

 引きずる足、その足首に赤いものが見えた。


「出血してないか?」


 違うあれは血じゃない。

 でもなんだ? ここからじゃ遠くて見えない。


「もう一人誰かいないか? ほら後ろ、倒れてるの」


 後ろ……?

 アレは!


「アレは手だ!」


 誰かを引きずって歩いてきたのだ。


「やっぱり昨日の殺人犯なんじゃないか? あいつら早く逃げないと」


「いやでも、あの状態ならみんなでかかれば平気だろうよ」


 こいつらが言うや否や、野次馬は不審者を取り押さえようと行動に移った。

 カズキも加わっている。

 すると周りでそれを見ていた他の生徒が、一斉に今度は坂を見下ろした。

 かと思うと、いきなりこちらへ走りだす。

 なにがどうした。


「逃げろ!」


 そう叫んだ野次馬だった奴らの後ろ、坂からは、数名の人が歩いてくる。

 全員、冬なら湯気が出そうほど顔が真っ赤だ。面白い。

 でも野次馬が逃げ出したのはなぜだろう。


「殺人鬼だ! あいつら!」


「「へ?」」


 何を言ってるんだこいつら。


「商店街で血だらけで何人か倒れてんだよ! ほら早く逃げんぞ!」


「逃げんなら中央高校に……」


「あれ? カズキは?」


 カズキが逃げてきていない。

 坂の方を見ると逃げ遅れた生徒に赤い人がのしかかっていた。

 カズキがいるかどうかはわからない。


「あいつらなにしてんだ?」


「知らねえよ!」


「人殺しだろ!」


「邪魔だ! どけ!」


 横田くんの質問に、次々と元野次馬が俺たちの横を駆け抜けながら答えていく。


「なんかやばそうだな俺たちも行くか」


「スバル! 赤いのが全員取っ組み合ってる間に行くぞ」


「あ……うん」


 目が離せない。

 あの赤い人たちがなにをしているのか。殺人犯なら凶器はいったいどこにあるのか。

 ここから見る限り素手だ。

 一番手前の赤いのがうちの高校の生徒を捕まえ、首元に噛み付いた。

 歯??

 生徒は細い腕で引き剥がそうともがくが同じ体系に見える赤い人は離れない。

 噛み付いたままだ。

 力が強そう。

 あれはもしかして血を吸っているのだろうか。

 吸血鬼みたい。

 ぐったりと力の抜けた生徒。トドメとばかりに勢いよく首の肉を食いちぎる赤いの。

 今度はゾンビ映画みたいだ。

 まだ距離があるからいいが近くで見たらきっと吐いてた。

 肉食獣の狩り。

 赤い人がその場で四つん這いになって苦しんでいるように見える。


「次はこっち来るだろ置いてくぞスバル!」


 こんな時でもトリップしてたみたいだ。危ない。


「今行くよ」


 中央高校へ向かおうとしたその時、苦しんでいた赤い奴が水風船を叩きつけたような音を出して爆発した。


「うお! 今度はなんだ!?」


 赤黒い霧、血しぶきだろうか。

 爆発だと思ったそれは全身からの血の噴射によるものだろう。辺り一面の道路を血で染めていた。

 赤い奴は倒れている。

 このよくわからない現象を起こしたのはあいつで間違いない。

 奥のほうでは同じような光景が次々と起きている。


「死んだのか?」


「いや、さっき商店街が血だらけだと言ってたのがいた。また起き上がるかもしれない」


 そう、あれはきっと人間じゃない。

 ゾンビ? 細菌兵器? クリーチャー?


「んじゃなおさら今のうちに逃げようぜ」


「そうだカズキならきっと逃げただろ」


「うっぷ……」


「待たせてごめんな。ちょっと考え事してた」


 こんな時でもかよと心底呆れられつつ四人で中央高校に向かう。


 非日常の始まりか。

 妄想が現実に。

 

 俺は一番後ろで人知れず笑った。

カズキは硬式テニス部らしい。

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