うどんを食べていたらおバカな恋愛脳どもに邪魔されたので正論を叩き付けてみた(力技)
ふざけちゃった……♡
人は何か罪を犯せば罰を架せられる。
例えそれがどんなに小さな過ちであったとしても、社会集団で生きるのならば法という魔の手からは決して逃れられない。
ルールを守り、モラルを鑑みることで人は自身を律し、非力な身でありながらにして生態系のヒエラルキーの上位に君臨できるのだ。これが無法な烏合の衆だったならば、人類は命ある者の怨敵たる〝魔獣〟の脅威から逃れることはできず、今頃は絶滅の危機に瀕していたことだろう。
「ルナフォード嬢との婚約は今をもって破棄とするっ。二度と私の前にその汚らわしい姿を晒すな!」
「そんなっ……! どうしてなのです!? 殿下はどうして侯爵令嬢であるわたくしではなく、そのような下賤な女を選ぶのですか!?」
「君がそれを問うのか……。市井の出であるという理由だけで、同じ学び舎に通う学友を虐げるなどあってはならないことだ。ましてや下賤な女呼ばわりで不当な扱いをするなど言語道断! 君は貴族として、守るべき民を傷つけたのだから当然だろう!」
だからこそ嫉妬に狂い、恋敵を虐めてきた侯爵令嬢が断罪されるのも致し方ないことなのだろう。自業自得だ。
王権政が蔓延るこのご時世だが、断罪は貴賤に関わらずとまでは言えないまでも、身分が高いというだけで傍若無人な行いは許されない。
位の高い者が身勝手に振る舞えば国は荒れ、民草は路頭に迷う。王や貴族とは、贅沢な暮らしに見合うだけの責務を背負っているのだ。国民を導く責任と、国民を守る義務。それを疎かにし、私怨に囚われた彼女が罰を受けるのは自然の成り行きだった。
「私、マクシミリアン王国第一王子アルバート・セリス・マクシミリアンは、リトワール侯爵家の令嬢であるルナフォード・リトワールとの婚約を破棄し、新たにタリアとの婚約をここに宣言する!」
宣言を受け、リトワール侯爵家の令嬢であるルナフォード嬢は恨めしそうにアルバート王太子殿下の隣に立つ平民――タリアを睨み付け、それを殿下とその背後に立つ取り巻きたちに睨まれている。
取り巻きは王国守護騎士隊長の長子、魔法研究の第一人者であるギルハトス伯の三男、現宰相であるモラリス翁の孫といった貴公子たち。なんとも豪華な布陣だ。
タリアは睨まれた事によって怯え、アルバート殿下の影に隠れるように身を竦める。それによってルナフォード嬢のご機嫌が更に悪くなる悪循環が生まれている。
そりゃあ平民である彼女が侯爵令嬢に睨まれたらそうなるよね。権力って怖いもん。
いや~女の嫉妬ってこわいね。
まだ風は冷たく、麗らかな春の到来を待ち望む今日この頃。そんな昼下がりの食堂で、俺は大好物のキツネうどんを食べながら学生の一人としてその光景を眺めていた。
どうも。この国≪マクシミリアン王国≫で守護獣やってる狐のコン吉です。一応転生者です。名前を聞いてわかるように、前は日本で人間やってましたが、今は一介の学生やってます。はい。
ああ、コン吉ってのは自分で名付けました。狐と言えばこれだよね! って感じで。ごん狐にしようか悩んだんだけど、あれって最後は死んじゃうから縁起悪いから却下した。命たいせつ。とっても。
それはさて置き、この国では十二歳から十六歳までの四年間を学生として過ごす義務がある。まあいわゆる義務教育だ。
そこで魔法や勉学を学び、人脈などの交友関係を広げて将来に向けて切磋琢磨するのが目的とされている。
数ある学園の中でもここは貴族が多く通う学園で、名を≪コンフィールド学園≫という。
ここを一言で説明するのならエリート校だと言うのが手っ取り早いだろう。生徒の殆どが貴族で、国にとって有望そうな庶民を特別枠で数名引き入れるだけの由緒ある学園。正に将来国を背負って歩く者たちが集まると言っても過言じゃない学園なのだ。
ああ、だからと言って別に選民意識から造られた学園なわけじゃないよ? 庶民を受け入れているのがその証拠だ。
これは普段民がどのような生活をしているのか、どのような考え方なのかを知る機会を設ける思惑があり、貴族である自分たちが守るべき相手を意識するための措置でもある。また、狭き門を潜ってきた一部の能力ある者を選別する意味もあるのだ。
中にはこれを差別はなくすべきだと非難する輩もいるだろうけど、そんなのは鼻で笑ってしまう。
これは差別ではなく区別だ。
そもそも市井の者と貴族では役割が違う。役割が違えば学ぶ事も違い、必要な環境も違う。それなのに区別せずに一緒くたにするわけにもいかないでしょ。
だからこの学園では身分階級は有れど、差別の無いようにできるだけ配慮されている。
さあ、ここまで言えばわかるって貰えるだろうか。
目の前で繰り広げられている茶番のくだらなさを。
「アル! そんなの認めない! 認められるわけがないわ!」
「黙れ、気安く私の愛称を呼ぶな。君は既に私の婚約者ではないのだからな」
そう言ってルナフォードを睥睨するアルバート。そこには一片の熱もなく、まるで絶対零度のような冷めた視線だ。さすがは王族。与えるプレッシャーも板についている。
目の前で繰り広げられているのは、さながら乙女ゲームにありそうなクライマックスシーン。今まで隠れていた悪を白日の下に晒し、それを断罪する粛正の場。
控えめに言っても訳が分からない。
思えば、卒業式を明日に控え、学園生活最後の食事を楽しんでいたらこの騒ぎ。正直言って邪魔である。食事ぐらい穏やかに食べさせろって話だ。生き物にとっての衣食住の三本柱の一柱だぞ?
それを邪魔するなんて何を考えているのか。俺にだって静かに食事をする権利はある。完全なる人権侵害だ。告訴すれば間違いなく勝訴になる自信があるね。
あ! 俺、今は人間じゃなかったっけ。
「痛いっ! 離して! 離しなさいよ!」
「お静かに。貴女が暴れなければ拘束を緩めます」
「いいから離しなさい! わたくしを誰だと思っているのですか!!」
お、ちょっと目を離した隙にいつの間にか物事が進行しているぞ。今はなぜかルナフォードが守護隊長の息子に組み敷かれている。
なんでこうなった?
俺は近くにいた男子生徒に尋ねた。
「なあ、見てなかったんだけど何がどうしてああなったんだ?」
「ん? ええっと、ルナフォード嬢にタリア嬢が話しかけて諭そうとしたんだよ。でもそれでルナフォード嬢が激情して張り手を食らわそうとしたんだけど、それを取り押さえられたんだよ」
なんだそれ。こんな状態でそんな横暴がまかり通るはずがないだろうに。
「はあ……何やってんだか」
「確かにね。あれには呆れさせられるよ」
やっぱり君もそう思うか。
俺は丁寧に説明してくれた男子生徒に礼を言い、うどんをすする。
彼女はこの学園で何を学んできたのか。こんな大観衆の中で暴力に走る悪役令嬢サマにはびっくりだ。
大貴族である侯爵家の御息女がみっともない。
これだから思春期真っ盛りのお子様は怖い。メンタルコントロールもできないまま、感情に任せて突っ走るのは貴族として許されない事ぐらい分かるだろうに。
なによりこの学園には他国からの学生も多く在籍している。それなのにこんな醜聞を晒すなんていったい何を考えているのか。やるなら他所の、もっと人気のない場所でこそこそ隠れてやって貰いたいものだ。何が悲しくてこんな見たくもない場面を強制的に見せられなければならないのか。
昼ドラのようにドロドロとした修羅場ならまだ楽しみようもあるが、まだ十五、六の青臭いガキの茶番なんかを見せられる観衆の身にもなって欲しいものだ。
…………。
いや違う違う。国の弱みをアッサリと見せるなと言いたかったんだ。うん。
何も新たな門出である卒業式の前日、それも公衆の面前である食堂でやる必要はない。俺はTPOを弁えろと言いたかったんだよ。
学生だった者たちが一歩大人の階段を上り、期待に胸を膨らませながら、社会の荒波に立ち向かう大切な日の前日なのに幸先が悪いにも程がある。げんは担ぐべきだろ若人よ。
「いい加減に離しなさい! 離さないというのなら――【カルラ・フォルン】!」
「――ぐっ!?」
瞬間、風が吹いた。ルナフォード嬢を起点として大気が震え、視覚できる程に凝縮された空気の塊が爆ぜる。ルナフォード嬢が魔法を使ったのだ。
爆ぜたことによって生まれた爆風は、衝撃波となって守護隊長の息子を弾き飛ばす。
勢いのついた守護隊長の息子は呻き声をあげて野次馬の波へと飛び込み、それによって無責任に傍観していた観衆が一瞬ざわめく。
そして、俺にとっての悲劇はこの時に起きた。
人波に押され、勢いよくテーブルを揺らした衝撃でゆっくりと飛沫を上げながらテーブルから離れていく器。それがスローモーションのように流動する。
見えているのに体が動かない。器が慣性の法則にしたがって落下していくのを、俺は黙って見つめることしかできなかった。
陶器の割れる音。
飛び散る破片。
その一瞬一瞬が脳裏にこびり付く。
まだ半分も食べていない麺が床に張り付き、充分に残っていた汁が水溜りを作る。ネギやナルトがアクセントとなり、まるで華のように地面を彩る。
そして最後に食べようと残していた油揚げ。一口も手を付けていないメイン食材であり愛しい食材が……。
――――――――――――――プチン。
その時、俺の中で何かが切れる音がした。
本能を鎮める理性というブレーキが壊れる音を俺は確かに聞いた。
俺の中にある守護獣としての誇りは消え去り、胸の奥から湧き上がるドス黒い何かに支配される。
それは怒り?
――違う。そんな甘いものではない。
では憤怒?
――違う。そんな生易しいものでもない。
それならば忿怒?
――違う。それでもまだ足りない。
そう。これは悲痛。
まるで自身の一部を抉られたような果てしない喪失感。
「――――――ッッ!」
それは声にならない絶叫。もはや慟哭と言った方がいいかもしれない痛み。
周囲の反応など目に入らない。今は床に手を付き、途方もない悲しみで頭がどうにかなりそうだ。
なぜ?
なんで?
どうして?
そんな思考が頭の中で堂々巡りをする。
いくら考えても答えは出ない。
こんな理不尽があっていいのだろうか?
こんな不条理を認めてしまっていいのだろうか?
頭ではなく心に問いかける。
否だ。
断じて否だ。
この俺が理不尽に泣き、不条理にこうべを垂れるなどあってはならない。あっていいはずがない。
俺は泣き寝入りなどしない。
反発してやる。
反逆してやる。
反抗してやる。
抵抗してやる。
抗ってやる。
これが神の定めた運命だと言うのなら。
これが世界に打ち込まれた楔だというのなら。
戦ってやる。
反旗を翻してやる。
例えこの身が滅びようとも。
例え魂の一遍まで朽ち果てようとも。
俺は自らの矜持にしたがって戦い抜いて見せる!
「えっと……大丈夫? 怪我とかしてない?」
先ほど説明をくれた男子生徒が心配そうに声をかけてくれるが――今はそれどころではない。
俺は幽鬼のような足取りで、拘束から解放されて立ち上がるルナフォード嬢のところにたどり着く。
「…………」
「なによ! 関係ない人間は引っ込んでなさい!」
―――パシンッ
「なっ――!」
俺はルナフォード嬢の頬を叩いた。
誰かが驚いたように声を漏らしたが今はどうでもいい。
顔が横に逸れたにも関わらず、叩かれた当人は呆けた面をして赤くなった頬をおさえている。茫然自失としていたが、それも直ぐに正気を取り戻し、噛みつかん勢いで声を荒げる。
「ぶ、無礼者! わたくしはリトワール侯爵家のルナフォード・リトワール。侯爵令嬢なのですよ! こんなことをしてただで済むと思っておりますの?! 淑女に手をあげるなど恥を知りなさい!」
「無礼もへったくれもあるかバカタレ! こんな人が密集している場所で魔法を放つなんてどういうつもりだ。〝魔法はむやみやたらと使うべからず〟入学して最初の魔法学で教わることだろうが。
貴族だろうが庶民だろうが道理を弁えていないならどっちでも同じ愚か者だ。そして愚か者には愚か者らしく躾が必要だろう? だから俺が躾けてやる。ありがたく思うんだなこんのクソアマッ!」
「クソアマっ!?」
ルナフォード嬢があまりにもな物言いに絶句しているが、そんなのは俺には関係ない。だって幻獣だし。
例え人間であろうとなかろうと、子供が危険な真似をしたら叱ってやる。これは大人の役目だ。
そもそも魔法とは、自身の体内にある魔力を代償に発現する現象であり、その力は簡単に人を傷つけ、時には命を奪ってしまう人知を超えた理。人間の手に余るものなのだ。
本来ならば手を出すべきではないのだろうが……人間は長い年月をかけて制御するすべを学び、生活に活用できる程度には操れるようになった。
これは快挙と言っていいだろう。手放しで称賛できる。
魔法は使用者の力量に依存する。
俺からすればまだまだ稚拙な魔法しか扱えないが、それでも魔獣などに対抗するため、生活を豊かにするため、多少にしても、人の身でありながら魔法を使えるようにまでなってきたのは素直に称賛できる。
だが、だからこそ使い方を誤ってはならない。
どんなに便利な道具であろうと使い手が愚かならば害悪と何ら変わらない。
故に魔法を使うならば細心の注意が必要になってくるのだ。
だというに、この小娘は密集地のど真ん中で使いやがった。
「お前は侯爵令嬢である前に≪コンフィールド学園≫の生徒だろうが。それならまずは、学生としてのルールを厳守しろ。感情に任せて魔法を使うお前を誰が庇護する? 親の爵位で威張る前に、貴族の息女としての役目を果たせ。いっちょ前に惚れた腫れたなんて議論するのはその後だ」
「何も知らないくせに! わたくしがどんな想いで……! どれだけの努力を重ねてきたかも知らないくせに、しゃしゃり出てこないでっ!」
「いや、今までの事も見てきたから大体知ってるし」
入学してからの四年間。俺は王太子の周囲を観察し続けてきた。
そこにはもちろんルナフォード嬢も入っている。
幼い頃より王妃となるための教育を施され、苦労して積み上げてきた物をポッと出の庶民にかっさられた。
今までの努力を否定されたような、鳶に油揚げをさらわれたようなものだ。
……油揚げを奪われる。
うん、許せないな。彼女の気持ちが凄くわかる。むしろ俺だったら特大の大魔法で八つ裂きにした後に、焼き鳥にして美味しく頂いちゃうぐらいには許せない。
なにより、愛するものを失った悲しみを、今まさに失ったばかりの俺に説くとは片腹痛い。今の俺は誰よりもそれを理解しているつもりだ。
ここでお優しい人間なら懇切丁寧に教えてあげるんだろうけど……生憎と俺はそんな甘い狐ではない。女子供相手だろうが甘やかさない。俺はそんな狐なのだ。
「だいたいお前は何がしたかったんだよ」
「決まってるじゃない! アルからあの泥棒猫を引き離したかったのよ!」
ルナフォード嬢がアルと言ったとたんに、王太子がキッ、と睨み付けた。愛称で呼ばれるのを嫌悪しているようだ。
「で、失敗して自分が婚約を破棄された、と。引き離すどころか逆に引き剥がされそうになっていると、そういうことだよな」
「それはッ…………」
俺は王太子を無視して話を進める。
黙り込んでしまったルナフォード嬢を見て、俺は溜息を吐いた。
「冷静になって考えてみろよ。大切に思っている人が陰湿な虐めを受けていた。それを知った想い人が、虐めをおこなっていた人物に好意を抱くと思うか?」
「…………」
「まさか気が付かれないとでも? ハッキリ言って、聡い奴ならみんな気が付いてたぞ? 巻き込まれないように距離を置いていただけだから」
恋に目を曇らせてた奴はそうじゃなかったみたいだけどな。
「友人や使用人達からの苦言を蔑ろにし、暴走して幼稚な嫌がらせをした結果、ルナフォード嬢は何を手に入れた? 何を手にに入れたかった? それは自分を気遣ってくれる人を悲しませてまで手に入れる価値がある物なのか?」
「…………」
ルナフォード嬢は答えない。答えることができないのだろう。
強引な手段で相手の心を縛り付けたとしても、そんなものに意味はない。より一層自分が惨めになるだけだ。
そんな虚しい偽愛を取り繕って、押し付けて……。
明日には学生ではなくなるんだ。本当に大切な物から目を背けてきたことに、そろそろ彼女は気が付くべきだ。
「わ、わたくしは――ただ愛して欲しかった……それだけでしたのに」
今にも泣きだしそうな表情で、ルナフォード嬢はまた黙り込んで俯いてしまう。
今更ながら自分がしていたことを鑑みてくれたのだろうか?
「恋をするのが悪いことだとは言わない。でも、自分の想いを一方的に押し付けて許されるのは幼い子供までだ。それを愛とは言わない」
自分が好きなものや考え方を否定されれば誰でも不快だろう。もちろんそれは人外に転生した俺も同じことだ。
「好きな男が別の女と心を通わせていたら嫉妬もするだろう。胸が張り裂けそうなほど痛いだろうし辛いだろう。何としても思いを繋ぎ止めていたいと思うのも仕方のないことだ。……けどな、本当に愛してほしいと願うなら、自分勝手な振る舞いで相手に理想を押し付けるなよ。愛を言い訳にして、相手が大切に想う人を傷つけていい理由として宛がうなよ。そんなの……お前の恋心が可哀想だ」
何とも稚拙で浅い思考回路だと我ながら思うが、でも所詮人間なんてそんなものだ。些細なことで怒ったり、ちょっとした親切が嬉しかったり、そんな取るに足らない出来事で一喜一憂する自分が滑稽に映るかもしれない。感情の機微に振り回されては思い通りにいかないことに憤りを覚えることもあるだろう。
「納得できないと思うかもしれない。ふざけんなって叫びたくなるかもしれない。でもそんな愛しく熱い想いだからこそ、抱いた恋心は大切にしなよ」
俺は人の感情を蔑ろにするつもりはないし、これが俺の主観によるものだともわかっている。それでも、人が人を陥れようとしている様は堪らなく不愉快なのだ。
「ま、分かった上で貫くのなら……それはそれで得難い物として価値があるんだろうけどね。そこまでの覚悟があるのなら何も言わない。好きにすればいい。――でも、少なくとも俺にはそう見えなかったから言わせてもらったけどな」
「いえ……そうですわね。その通りですわ」
俺はルナフォード嬢が理解を示してくれたことに安心すると同時に少しだけ感心した。
俺のような赤の他人に諭されて、それを素直に聞き入れるだけの度量は持っているのか。
悲観的な状況下だからこそ冷静になれたのかもしれないが、彼女は頷いてくれた。
ぶっちゃけ頭に血が上ってたからなんだけど、矛盾した、それこそ滅茶苦茶なことを言った自覚はある。それでも聞き入れてくれたのは、彼女が俺の言に思うところがあったからなのかもしれない。
そんなことを考えていると、ルナフォード嬢は俺にお礼を言い、意を決したように王太子達の前にまで足を運んでいた。
「わたくしが間違っておりました。アルバート殿下、不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした」
精錬された、実に美しい動作で頭を下げるルナフォード嬢。
それを見て、王太子は目を見開いて驚いていた。
「タリア……さんも……、侯爵家の一員として市井の民である貴女に頭を下げることはできませんが、己が犯した過ちの責は追いましょう。許してほしいなどと厚顔無恥なことは言いません。ですが、貴女が困難にぶつかったとき、わたくしは貴女の力になることをここにお約束いたします」
「い、いえ! えっと……み、身に余る光栄でございましゅる!」
タリア嬢はキョドリまくった上、どこの言葉だってツッコミたくなる言語を操って慌てふためく。
なるほど、この姿はなかなかに可愛らしい。きっと彼らはこんな保護欲をそそるところにやられたんだろう。たぶん。
そんな、見ている方が心配になるタリア嬢を微笑ましそうに――若干の後悔は見受けられるが――憑き物が落ちたような、そんな清々しい顔でルナフォード嬢は見詰めていた。
元々はルナフォード嬢は聡明で心優しい女の子だったのだ。
それが恋に狂い、視野を狭めてしまった結果が今の現状だった。しかしそれも気が付いてしまえばどうということはない。これから人生経験を積んでいけば、素晴らしい女性になることだろう。
こう言ってはなんだが、むしろ良い切っ掛けになったと俺は思っている。
人間は間違いを犯す、そんなのは当たり前だ。だが、間違えたなら正せばいい。人間はそうするだけの力がある。己を律する強さがある。
人間は幻獣や魔獣のように強靭な肉体も、強力な魔力も持っていない。人間は弱いのだ。
でも、だからこそ持ってないからこそ作りだすんだ。
自分にないものを補うために絆を、縁を、営みを。
蔑み、争い、嫉妬し、認め合い、支えあう。
間違い、正し、間違い、また正す。
そうやって一歩一歩を鈍牛よりも遅い足取りで、でもしっかりと前へと進んでいける。
それはとても尊い。
それはとても愛おしい。
人間でなくなった元人間の今だからそれが分かる。
今回はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ俺が先走ってしまったが、数百年もこの国を見守り、時には手を貸してきたんだ。少しぐらい我儘を言う資格ぐらいはあるだろ。うん。
ほら、あのままだと収集が着かなくなりそうだったし、俺の判断は結果的に良かったと言えるだろう。たぶん。
仮に間違いだったとしても、そこはまあ、人間は間違えるものだし、それを糧に成長できるんだから一概に悪いとは言えないよね! おそらく。
あ! 俺ってば今は人間じゃなくて幻獣だった!
「えっと、君はモラリス君……だったかな。随分と口調が違うから分からなかったよ」
俺が見苦しい言い訳を考えていると、王太子が話しかけてきた。
あ、モラリスっていうのは≪コンフィールド学園≫に通うために使っている偽名だ。
モラリス・ハイロニア。ハイロニア子爵の三男。さすがにコン吉だなんて和名は目立つからそう名乗っている。
もちろん裏を取られてもいいように対策済みだ。
「ルナフォードも反省し、タリアと和解してくれたのは嬉しく思う。私としてはまだ思うところはあるが……あのタリアの嬉しそうな顔を見てしまうと何も言えなくなってしまったよ。これで私はタリアと結婚することができる。君のおかげだ、ありがとう」
そう言って甘く蕩けるような笑みを浮かべる王太子。
嫉妬に狂った女が自分の犯した罪を反省し、晴れて王子様は惚れた女と幸せな結婚をする。これで大団円。全てが丸く収まって勧善懲悪の完成だね。
って、んな訳ねえだろ!
「何言ってんだボケ。次はお前ら馬鹿王子とアホ女とその取り巻き。お前らの番だな」
「え?」
俺が王太子……には負けるかもしれないが、極上の笑みを浮かべてそう言えば、目に見えて固まるボンクラども。
「おいおい、まさかこれでハッピーエンド。世は事も無し、なんてことになるとでも思ってたのかよ。むしろ俺から言わせれば、ルナフォード嬢よりもお前らの方がよっぽどたちが悪い。本来なら卒業後にひっそりと呼び出してからのつもりだったけど……まあいいだろ。こんな横暴がこの国でまかり通っているなんて諸外国に伝わるよりも、今ここで間違いを正した方がいくらかマシだろうしな」
いや、それを言うなら学園生活中に指摘しろよって話なんだが、俺はそんな真面目で仕事熱心な狐ではない。というか、俺はここにいること事態が不本意なのだ。
俺はこの国に愛着はあっても執着はない。追い出されるまでは役目を全うするつもりだが……狐は気まぐれなんだ。
そもそも、間違いを正すのはいつだって自分自身だ。
間違いを諭すのは友の役目。
共に歩むのは仲間の役目。
それならば親は? 大人である俺の役目とは何なのか。
それは若者たちに立ちふさがる壁となり、目標となるべきなのだ。
いつの日か守護獣である俺が必要ないと謂われるその時まで。
俺は国を守護する盾となり、庇護を与える保護者であり続ける。
ときおり先達としての助言や説教はしても、子供たちの道を狭めるようなことは決してしない。
子供は甘やかすだけではいけない。
子供は厳しくするだけでもいけない。
大人というのは常に子供を見守る存在であるべきなのだ。
俺は自分の考えを貫いた。それだけだ。
実にシンプルで分かりやすい行動原理だろ?
諸外国のお偉いさん達には俺がここにいることは不文律として知られているし、一切の関与を遠慮してもらっているから問題はない。
おかげで学園生活は常にボッチだったけどな!
王太子が俺の名前を憶えていたのも、俺が独りで浮いていたからだろう。
「な、何を?」
「だから、次はお前らの軽率さと馬鹿さ加減についての説教をするって言ってんだよ」
この王太子、優秀なんだがどうにも一途過ぎる節がある。
それが悪いとは一概には言えないが、少なくとも全体が見えないようでは王族として失格だ。私情でこんな騒ぎを起こすだなんて再教育の必要がある。
「貴様! 黙って聞いていれば、殿下に向かってなんて口の利き方だ!」
「……失礼な奴」
「今までは場合が場合なので見逃していましたが、これは純然たる不敬罪ですね」
今まで空気だったくせに、こぞって取り巻きが騒ぎ出す。
うぜー。
なんで権力者のガキってのは不敬罪とかすぐに言いたがるのかねぇ。
なに? はやってるの?
なにそれすぐに廃らせるべきだろ。
「はあ……なんか面倒になってきたな」
こいつらに至っては、貴族社会で生きていくだけの素質が丸っきりないと俺は判断していた。
だって戦うしか取り柄がない、脳まで筋肉でできている筋肉ダルマ。
魔法研究ばっかりで人間関係を円滑に構築できない根暗。
自分は賢いと思い込んでいる腹黒気取りのメガネ
どう考えても無理じゃね?
本人たちは将来の重鎮だと勘違いしているみたいだけど、そんな将来は未来永劫に来ない。
三人とも学業においての成績は高いようだが、貴族として国家の中枢になんて怖くて据え置けねえよ。
あ、ふと思ったんだけど、前世では笑顔を浮かべて計算高い奴を腹黒とか言ってたけどさ、それって安易過ぎないか?
貴族なら顔で笑って腹で毒づくなんて日常茶飯事だし、庶民であったとしても、大人になって社交性を身につければ多かれ少なかれ打算は生まれると思うんだよね。まして貴族である以上利用し利用される、利害関係があるのは当たり前ではないか。
当たり前のことができているだけで腹黒……そう考えると、腹黒系のキャラってなんか薄いよね。
……ごめんそれだけ。
「なんとか言ったらどうなんだ!」
俺がトリップしていると筋肉ダルマが掴み掛ってきた。
そんな筋肉ダルマをいなし、襟元を掴みながら足を引っ掛けてやる。
「ぐあっ!」
「……よわ」
倒れこんだ筋肉ダルマを踏みつけて呟く。
コイツは近衛騎士を目指しているらしいけど……話にならんだろ、これ。あまりにも弱すぎる。頭に血が上って実力を出し切れないとかダメすぎ。こんな直情的な性格では近衛騎士どころか、騎士だって難しいかもしれない。
国民や兵士たちの憧れる近衛騎士は、各国の首脳陣が来日した折にそれを警備する役割も担っている。そのため実力もそうだが、同時に品格も求められる。
それなのに、こんな感情的になって周りが見えなくなる奴を傍に置くことなんてできる筈もない。
ちなみに俺は必要な体罰ならアリだと思っている。子供相手でも容赦はしない。言って分からない子供には体で教えてやるしかないのだ。
だから俺は言おう。
体罰は教育です!
「き、きさま……」
「キサマじゃねーよバカタレが。国家の盾である騎士を目指していると公言しておきながら無様なマネしやがって。仮にも王国守護騎士隊長の長子という立場だろうが。公衆の面前で婦女子に暴行を加えるとか何考えてんだ」
「私はタリアを……守るべき人を守っただけだ! なんら騎士道に悖る行動はしていない!」
「へー、自分たちで相手を追い詰めるような状況を作っておきながら、よくそんなセリフを吐けるもんだな。騎士道が聞いて呆れるぞ」
ただ好きな女の前で、良い恰好したかっただけのくせに生意気な。
「なら聞くが、ルナフォード嬢は何をした?」
「知れたことっ! タリア嬢に手を上げようとしただろうが!」
「はぁー……だから馬鹿だって言うんだよ。ルナフォード嬢は武器でも持ってたか? 地べたに抑え込まれ、痛みを訴えていても拘束を緩めもしない程の事をしたか? ――してないだろ。
ただの張り手をしようとしただけにしては不当な扱いだと思うが、そこんところどうなのよ」
「それは……」
結果だけ見れば、平民を叩こうとした侯爵令嬢が男に拘束されて暴走。その余波を食らって俺の愛しい食事が台無しになった。
ふざけんなって話だ。
この国には身分制度があるから、貴族が平民を叩こうが法的には何の問題もない。
あまりにも理不尽ならば俺も止めるが……今回は違う。
「そもそも、そうなるように先導したのはお前らだろうが。こんな衆人環視で断罪の真似事をして、相手を追い詰めて。挙句の果てに自分の行いを正当化しようとする。……下劣にも程がある。それは悪漢となんら変わらない、畜生にも劣る行いだ」
筋肉ダルマから足を離し、吐き捨てるように侮蔑の念を送る。
ちなみに俺もルナフォード嬢を叩いたけど、あれは教育なので暴力には入らない。あれは教育なので暴力には入らない。あれは教育なので暴力には入らない。
大切なことなので三度言った。
……いや、本当だよ?
加減もしたし、後も残らないように気も遣った。なにより、俺は男である前に幻獣なのだ。
自分の都合のいいように解釈する。俺はそんな狐なのだ。
悔しそうに無言となった筋肉ダルマ。しかし、それを擁護するような発言が聞こえてきた。
「……でも悪いのはアイツだし」
「そうですね。些か過剰だったかもしれませんが、それも身から出た錆。仕方のないことだと私も思いますね」
根暗とメガネ。
「……なに自分は関係ないみたいな面してんだゴラァ。テメーら二人も同罪だクソが」
「なっ!」
オッといけない!
今更だがついつい口調が汚くなってしまった。自重、自重。
「婚約者のいる身でありながらそれを放置し、タリア嬢にベッタリで夜会ではダンスを踊る順序を競い、様々な宝石やドレスその他女性の喜びそうな贈り物をし、そこかしこへと連れ出しては寵を争い、そしてそれを隠そうともしなかった。お前らのせいで学園の風紀が乱れたのは紛れもない事実。無関係でいられるなんて思わないことだ」
有数の貴族である者の息子。もちろん彼らには既に婚約者やそれと目される相手もいたのだが、いつの間にか彼女達のことなど忘れたかのようにひたすらタリア嬢を囲んでいた。
いずれも政略結婚で、政治的に意味のある相手だった。それを反故にし、国を守る一員となるという立場を蔑ろにし続けてきた愚か者。
それ故彼らの行いは周囲から白眼視されている。他の宮廷人達も冷ややかな目で見ていたのだが、彼ら自身は全く気づいていなかったらしい。
あーアホらし。
笑えない道化とか存在価値皆無だろ。
「お前らは自分の行動で周りにどれだけの影響が及ぶか考えないのか?」
本当に呆れてしまう。そんな事も分からない彼らが次代ならば……この国の未来は暗い。暗雲どころじゃない。もう暗黒だ。真っ暗だ。
中核には置かないにしても、地方の治安が悪くなれば少なからずの影響が及ぶ。その対処に俺も巻き込まれる可能性は高い。マジふざけんな。
はぁ……面倒くさい。
久しぶりに放浪の身に戻りたくなってくる。
キツネうどん推奨団体とか作ってみようか?
世間にキツネうどんが如何に素晴らしいかを伝える団体だ。
……あ、ちょっといいかも。
「……アイツがタリアを苛めるから悪いんだ」
「そもそも貴方は何様なんですか? 子爵の三男が偉そうに。私たちに意見できる立場ではないでしょう」
あ~、論点がズレてるよ。今はルナフォード嬢の話も、肩書きの話もしてないっての。
そんなんで誤魔化されると思うなよ。
第一、ルナフォード嬢がした嫌がらせなんて、悪口を言った~とか、わざとぶつかってそのまま無視した~とかそんなもんだよ? 愛しい彼を奪われまいとする可愛らしい嫉妬ぐらい大した話じゃないだろうが。
たったそれだけのことに、なんでこんな大騒ぎになってんだよ。
まぁ、それでも苛めは苛めだからね。当然それなりの罰はあるだろうけど……どれくらいの罰かは簡単に想像できるよね。
「今は当人同士で話し合っているんです。無関係な貴方が、野次馬根性で首を突っ込む問題ではありません。貴方の存在は場を掻き乱しているだけということが分からないのですか?」
クイッと眼鏡を上げるメガネ。
まだ言いたいことは山ほどあるが、子爵の三男という肩書だけではこいつらの舐めた態度は変わらないだろう。
ってか、ぶっちゃけ飽きた。
どうせこの後は王城で報告もしないといけないだろうし、いつまでもガキに構ってはいられない。
相手がいうことを聞かないときは、やっぱり権力に頼るのが手っ取り早い。
俺はデデンッ! と効果音がつきそうな勢いで懐から書状を取り出した。
「なんですか、そんなもの……をとり、だ……し……え?」
後半になるにつれ尻つぼみになっていくメガネ。
俺が取り出したのは、息子の躾すらまともにできない仕事馬鹿からの委任状。
どこの世でも国家権力は絶大な威力を誇る。メガネの顔色が見る見るうちに青ざめていく。
「見たとおり、俺は王からお前らの采配を任せられている。俺の行動、発言、対応はどれをとっても王のそれと同義だ。ここからの発言は細心の注意を払ってするように」
俺はバカっぽく胸を張る。
これぐらいの方がこいつらには伝わるだろう。
「待ってくれ! 父上が、君に? 私は何も聞いていないぞ!」
おいおい、発言には注意しろって言ったばっかりだろうが。
例え王太子であろうと、王の命令に逆らえる道理はない。
「それを貸してくれ!」
半ば奪うようにして俺の手から書状をひったくり、マジマジと読む王太子。
本来ならば許される行動ではないが……まあ大目に見てやる。信じられない気持ちもわかるからな。
「た、確かにこれは父上の正印だ……」
書状にはしっかりと王印も押され、偽装ではないことを明確に証明している。
紙も王家の紋章が浮かぶ特別性の物で、複製は不可能だ。
「これで分かっただろ。お前らの親がどれだけ高い爵位を持っていようと、今この場では何の意味もない。自分勝手な理由で軽率な言動をするのは、自分の首を絞める結果にしかならないからそのつもりで」
虎の威を借る狐。――実にいい言葉だ。俺の至言としよう。
「そんじゃまぁ、さっさとこの茶番を終わりにして明日の卒業式に備えるとしようじゃないか。取り巻きのボンクラ三人には家に連絡して、相応の対処をしてもらう。お前らの無能っぷりを報告するからそのつもりで。ルンフォード嬢にも罰を受けてもらうけど、う~ん……重くてもせいぜい謹慎ぐらいが妥当か? 馬鹿王子は王位継承権剥奪とはいかないまでも、再教育の必要があるから、文官の下で執務に励んでもらうかな。同時に、一から王族としての在り方を学んでもらおう。その甘ったれた根性を叩き直してもらわないといけないしな」
矢継ぎ早に告げられた沙汰に、それぞれが一喜一憂する。
その中でも一番の取り乱しようを見せたのは馬鹿王子だった。王族であるからこそ、この措置が法外であることが十二分に理解できるのだろう。
「あり得ない! 厳格な父上が一学生にこんな物を渡す訳がない!」
女に現を抜かすとここまで視野が狭まるものなのか。
どうしよう……。もう言っちゃう? 言っちゃう?
「ふっ、所詮は恋に目を曇らせた愚か者。まだ我の正体に気が付かないようだな」
「なんだって……?」
ニヒルに微笑む俺に、その場にいる全員の視線が集まる。
……いや、最初から集まってたんだけどね。
俺の今の気分は大魔王。
怯える子羊たちに自愛の終焉を言い渡す宣告者。
「いいだろう見せてやる。我の本当の姿をなっ!」
言った瞬間、俺の体が淡い光を放ち始める。
観衆の期待に応えるべく、俺は抑えていた霊格を開放する。
それと同時に演出として、狐の尻尾と耳を顕現させた。
「なッッ! その姿はっ‼」
「改めて名乗ろう。――我が名はコン吉。この国を守護する尊き存在にして絶対の超越者。個にして全なる神獣である」
キャァアアアア恥ずかしいぃいいいいいい!!!!
自分で尊き存在とか言っちゃった!
でもちょっとだけ気持ちぃいいいい!
一度黄門様みたいにやってみたかったんだけど、想像以上にこれはクルッ!
副将軍様は当たり前みたいにやってたけど、俺には無理だ! 二度はできない、絶対!
今、めっちゃ控えろぉー控えろぉーとか言いたい。
一気に小物臭くなるから言わないけどね!
「な、なぜ守護獣……様がこんなところに……それに、そのお姿は……」
「四年間。我は王の頼みで人の姿を取り、お主達を見守り続けてきた。道を踏み外さぬように、取り返しのつかない過ちを犯さないように、お主達の意思を阻害せぬように見守り続けてきたのだ」
ふふふ。俺の尻尾と耳から目が離せないだろう。我ながらこの尻尾の毛並みには惚れ惚れしてしまう。
寝るときに抱いて寝れば、安眠間違いなしの太鼓判を押せる圧倒的な手触り。保温性にも優れ、冬場は湯たんぽ代わりに、夏場は人型になって収納すれば邪魔にもならない。
耳も負けず劣らずの高性能。一キロ先に落ちた小銭の音だって余裕で拾えるし、情報収集には持って来い。
そんな俺は幻獣であり神獣のコン吉ですっ!
「そんな――ッ! 守護獣様は王宮の奥深く、王のみが入室できる審殿におられるはず……」
「対外的にはそうなっておるが……我とはいえ、いつまでも同じ場所に閉じ籠っておれば息も詰まる。むしろ王宮に居る時間の方が短いぐらいだ。覚えてはおらぬだろうが、お主のおしめを取り替えてやったこともあるのだぞ?」
「まさか……そんな……」
これは知られてはいないが、産まれてからの一年間の王族は、俺が乳母と一緒に面倒を見ることになっている。
この世界の死亡率は前世と違ってさらに高い。物資の流通がスムーズではないから食文化がそこまで発展していないし、魔法がある分、医療技術が遅れているからだ。
だから身体ができていない弱い時期は俺が付き添って万一の時に備えている。
「馬鹿おう……アルバートよ。人とは間違いを犯す生き物であり、それを正す強さを持つ生き物なのだ。まだ学生であるお主の過ちは我が許そう。まだ未熟なお主に責を押し付けるようなことはしないとも誓う。……だがそれは学生である今日までのこと。明日になればお主は王族として、一人の大人として見られるようになる。今まで民の血税で生き、育てられてきた責務を果たさねばならなくなる……残念だが、タリア嬢を王太子妃にすることは叶わない」
俺がそう言えば、馬鹿王子は傍目から見ても顔色が悪くなる。
「そ、それは、なんとかなりませんか? 私が王太子として相応しくない行動をとったことは猛省し、二度とこのようなことが起こらぬように自分を律します。――ですからっ! どうかタリアとの婚約を認めてはいただけませんか? 貴方様がお認めになれば王も、貴族諸侯からも反対は出ないはず……。どうか、どうか伏してお願い申し上げますッ!」
「それは出来ぬ。いくら我とはいえ、何の実績もない、市井の者を国母とすれば要らぬ混乱を招くこととなるだろう。そうなればどうなるか……仮にも王族であるお主ならば分かるであろう?」
「……はい」
「悪しき前例を作る訳にはいかぬのだ」
そう断言すれば悔しそうにかんばせを歪める馬鹿王子。
アルバートとしてなら情もあるし、どうにかしてやりたいとも思うが……こればっかりは俺でもどうしようもない。
諦めてもらう他ないだろう……。
………………
なんつって!
確かに何の実績もない庶民を正妃にはできないけど、其れなりに相応しい実績を上げ、品性と品格、それと実力があればその限りではない。
ぶっちゃけ、何代か前の国王も庶民を妻に迎えてるし、不可能ではないのだ。それなりの手順と実力が必要になるが、王太子が手助けをして、本当に彼女を愛しているなら越えられない程でもないだろう。
正妃として必要なことは多く、長い時間はかかるだろうが、それぐらいは我慢して貰うしかない。
さて、この馬鹿王子はいつそれに気が付くか。帰ったらヒントぐらいは教えといてやるか。
俺がそんなことを考えていると、どこからともなく声が聞こえた気がした。
「あ、あの……みんなに酷いことをしないでください」
ん? 空耳か?
「あ、あの! みんなに酷いことをしないでください!」
「…………」
そんなことを言い出したタリア嬢には脱力させられる。
あれれ~おかしいぞぉ~?
俺ってばこの国を守護する幻獣の、しかも神獣であることも明かしたし、王の書状も持ってるんだよ?
なんで普通に話しかけられるのかなぁ?
あまつさえ、見当違いな非難まで受けてるんだけど……これってどういうことよ。
好意的に解釈したとしても無礼以外の何物でもないんだけど。
「えっと……もしかしてだけど、俺に言ってる?」
ついつい確認のために素で答えてしまったが、
「そ、そうです! コン吉さんは偉い人なんですよね? お願いします。みんな根は良い人たちなんです。彼らの未来を閉ざすようなことはしないであげてください」
返ってきたのは肯定。
……………………ブレイクブレイク。まだ慌てるような時間じゃない。落ち着いて対処しようじゃないか。
確かに今までは貴族として、王族としての話だったけど、この学園に通っているんだ。庶民とはいえ、話の意味と意図は理解できて然るべきの筈だ。
特に今回はガキの色恋沙汰に関してが主だったものだし、難しいことなんて何一つ言っていない。権力を持った気になってたガキを叱ったという、ただそれだけのことなんだから当然だ。
ともあれ、仮にも貴族には違いないから厳しいことは言ったかもしれないけど、人道的に、温情溢れる対応のはずだ。これが他国ならお家断絶とか、国外追放、王位継承権剥奪なんかになってもおかしくない出来事なんだから、俺の措置は甘いと言われても仕方ないぐらいには優しいものだ。
……俺、酷いことなんてしてなくない?
「あの……聞いていますか?」
「あ、ごめん。考え事してた」
「もう、人の話はしっかりと聞いてくださいよ! 人としての基本ですよ!」
む~、なんて頬を膨らませている彼女は可愛い。とってもとっても可愛らしい。
荒れ荒んだ心を癒してくれる清涼剤のような可愛らしさだ。
うっかりしていると惚れてしまいそうになる。
……ってバカぁん!
いや、なんでそんな発言ができるの?
君ってば確か、ルナフォード嬢相手にはカチコチに緊張してたじゃないですか。
俺、守護獣、建国から、いる、凄い、ちから、持ってる。侯爵令嬢、より、凄い、存在。
もしかしてこれってあれか?
馬鹿王子もその取り巻きも、貴族としてのプレッシャーとか、家を継ぐという重責に苦しんでいるときに特別扱いしない、自分を個人として見てくれたからとかそんなドMな感じでこの女に惚れたのか?
どう考えてもそれって考えが足りていないだけだろうが!
何のために身分制度なんてあると思ってんだよ!
親しい間柄とかで非公式な場でとかなら分からなくはないけど、仲良くもない、それこそ初めて話すような相手にこの態度は不味いだろ。
想定外だ。想定の範囲外過ぎる。
まさかタリア嬢がマイペースな電波さんだったなんて……。
馬鹿王子も取り巻きも趣味悪すぎだろ。もっと別の女の子に惚れればいいのに……。
しかもただの電波さんならまだいいが、優しく思いやりのある電波さんとか対応に困る。どうせなら滅茶苦茶自分勝手な電波さんであって欲しかった……。
「もうっ! 言ったそばから聞いてませんね!」
プンプンと擬音が付きそうに怒る彼女は、俺という存在のことを知らないのだろうか?
俺のやったことなんて、前世の知恵を少し貸した事と、戦争に対する抑止力として外交のカードになったぐらいだが、それでも俺のことを知らない奴なんてこの国にはいないと思ってたんだけど……もしかして己惚れてた? 本当はそこまで知名度とか無いの? 俺の独りよがり?
あ、なんか泣きそう……。
「わたし、コン吉さんの言葉に感動したんです。〝人とは間違いを犯す生き物であり、それを正す強さを持つ生き物なのだ〟。その通りだと思います。元から悪い人なんていないんです。だからこそコン吉さんが言ったように、みんなを許してあげてほしいんです。わたしには貴族様の事情はよく分かりません。……でも、みんなが優しくて頑張り屋さんだということは知っています。だから……、だからお願いします!」
俺が言いたかったのはそんなことじゃないから。もっと単純で当たり前のことを言っただけだから。勝手に歪曲して受け止めるのはやめてください。
ここにきての性善説、性悪説はちと荷が重い。そんな答えの出ない禅問答は俺のいない遠い彼方の地でやってくれ。きっと世捨て人の哲学者とかなら喜んで付き合ってくれると思うから。
……意図的なのか無意識なのかは分からないが、タリア嬢は男を駄目にする典型的な悪女だ。
女に甘いと定評のあるコン吉さんでも限度があるぞ。
「あのさ、わかってる? 許すも何も、そもそもの元凶って君なんだからね」
「えっ!?」
「わかってなかったんだ……」
この子、本当に特待生?
この子も勉強はできるけど頭が残念な一人なのか?
残念美少女電波系とか誰得だよ。少なくとも国を傾ける女なんて俺は嫌いだ。傾国の美女なんて害悪以外の何物でもない。
せっかく整った容姿を持って産まれてきたのに、宝の持ち腐れもいいところだ。もったいない。
「婚約者がいる異性に近づいて誑かし、いいように弄んでこんなバカ騒ぎに発展させた。しかも相手は貴族だ。捉え方によっては国家反逆罪で極刑もあり得るんだからね」
「わ、わたしはそんなつもり……」
「お前にそんな気がなくても事実そうなるんだよ」
無自覚をここまで拗らせて凶悪にするとは……恐ろしい子!
「念のために聞くけど、タリア嬢から見たあいつ等ってどんな感じなの?」
「どんな感じ……?」
「だからどう思ってるかってことだよ」
「どう思っているかですか? えっと……ギルは頭固いけど真面目で、いつも裏庭で剣を振っている頑張り屋さん。ボーダ君はわたしが知らないことをいっぱい知っている尊敬できる友達で、メリサスさんは……ちょっと意地悪だけど、困った時には力を貸してくれる友人です」
うわ~……。
いい友人?
なにそれおいしいの?
俺って、昔から鈍感系主人公って嫌いだったんだよね。
あそこまで露骨に態度に出てたのにそれはないだろう。同じ男として同情を禁じ得ない。
「ちなみに馬鹿……アルバートは?」
「で、殿下は……その、とても大切な方……です」
顔を赤らめて恥ずかしそうに俯く姿は保護欲を誘う。
でも、
「ねえ今までの俺たちのやり取り聞いてた? それが原因だって言ってんだよ」
「ほえ?」
人の話はしっかりと聞いてくださいよぉ。人としての基本ですよぉ。
天真爛漫、純真無垢。タリア嬢を表すのはこんな言葉だ。
どれも聞き心地はいいけど、言い換えれば勝手気儘なおバカさんでしかない。
ダメだ。この女を国母なんかにしたら俺の面倒が天井突破する。
人の恋路を邪魔する趣味はないけど、それは俺に害のない範囲での話だ。
ルナフォード嬢が抑え込まれた時も、婚約者を奪われて激オコ状態の人間に話しかければどうなるのかは目に見えてるだろ。それをわざわざ刺激するような真似をするなんてあり得ない。
取り巻きにしても、日々精進して励んでいればもしかしたら、もしかしたほんの少しだけその可能性があったかもしれないが……今となってはもうダメだね。
前途有望な若者が腐るのには心が痛むが、更生させようだなんて面倒なことはしない。そんなのはあいつ等の親にでも任せるさ。
王国守護騎士隊長の長子、魔法研究の第一人者であるギルハトス伯の三男、現宰相であるモラリス翁の孫といった貴公子たち。
よくもまあ、ここまでの人材を誑し込んで手中に収められたものだ。その手腕は大したものだ。是非この国のために使ってほしかった。この世界が乙女ゲームの世界だと言われたら信じるかもしれない。
……いやゴメン嘘だ。
ただちょっと現実逃避したくなっただけだ。許してほしい。
俺はこの国が建国する数百年も昔からこの世界で生きているし、人の営みを長いこと見守ってきた。
それが、こんな青臭い一幕だけのために今までの歴史が築き上げられてきただなんてあるわけがないし、そんなことを思うのは歴史を作ってきた多くの偉人達に対する冒涜だ。
俺は元人間だっただけに、人間という種そのものが好きなのだ。それが侮辱されるだなんて、とてもじゃないけど看過できない。業腹にも程がある。
タリア嬢は電波さんだが優しい人物なんだろう。
思い悩む男どもを癒した。
……代わりに未来を閉ざしたけど。
孤児院に寄付をして経営を助けたこともあった。
……男からの貢物だったけど。
困っている人がいれば悩みを聞き、慈善事業に勤しんだ。
……結果的に状況を悪化させてたけど。
それでも『良かれと思って』の行動には変わりない。
だからタリア嬢には相応しい場所を用意してあげよう。
「タリア嬢。君は修道院でその弱い頭を鍛えてきなさい。国から派遣する監査役が『問題なし』と判断するまで俗世との関わりは一切認めない。当然、王太子との関係も絶ってもらう」
「えっ!?」
驚いているようだけど、一度馬鹿王子にも言ったからね、これ。
「そんなおかしいです! 誰かを慕う気持ちを我慢しなきゃいけないなんて、そんなのは間違っています!」
「お前の考え方は前衛的過ぎる。今のこの世界の価値観にはそぐわないんだよ」
自由に恋愛できない
悪しき風習とも思うが、俺は前世の考え方を押し付けることはしなかった。
この世界にはこの世界の仕組みがあり、この世界にはこの世界の進化の可能性がある。そして、時間の進みがあるんだ。
それなのに自分の世界はこうだったからと強制させては、それを閉ざすことになる。
なにより、そんな何の苦労も挫折もなく得られた発展に意味などない。
俺は前世の記憶があるから〝一例〟を少しだけ伝えはしたが、それだけに留まっている。長い時間を掛けて未来を模索し、達成するべき成果を奪う権利など誰にもないのだ。
「これは決定事項だ。覆ることはない」
そう宣言し、取り巻きにタリア嬢をここから連れ出すように指示を出した。
タリア嬢はまだ何かを言っているが、正直もうお腹いっぱいだ。勘弁してくれ。
わざわざ取り巻きに指示を出したのは、ここまで言ってまだ自分の無能を晒すようなら仕方がないと、試す意味合いがある。タリア嬢を連れてどこかに逃げるようならそれまでだ。勝手に生きて勝手に死ねばいい。
まあ問題はないだろうとは思うけどね。
「さて、馬鹿王子とルナフォード嬢には婚約解消の件も含めて、これから一緒に王城に行ってもらうけど大丈夫か?」
当然拒否権はないが、社交辞令として聞いておく。
「……はい」
「わかりました」
二人も快く承諾してくれたのでさっそく向かうことにする。
一人気落ちしている男がいるけど……まあ自業自得ということで。大いに反省してもらいたいものだ。
「……………………俺のキツネうどんを台無しにされたしな」
「え、今なんと?」
「いや別に」
王城に向かうまでの道中、暇なので二人にキツネうどんの素晴らしさを説いてみたのだけれど……。
「キツネうどんってのは如何にして油揚げという主役を際立たせるかに焦点を置いている。コシのある麺はもちろん、具の下に隠されている汁も中々どうして、侮れない。なにより噛み締めるたびに黄金色のダシを十全に染み込んだ油揚げから、汁が旨みと混ざり合って素晴らしい味がする。地味だと思われることもあるけど、ワカメやナルト、天かすで丼を彩り、麺を口に運ぶとつるつるで、ちょっとだけ香辛料が入った塩味のスープが良く絡んでいて美味しいんだ。主役は油揚げ、それに変わりはない。が、主役を際立たせるために最も大切なのがバランスだ。これは調和と言い換えてもいい。具と、麺と、スープ、そして油揚げ。それら4つが渾然一体となり、キツネうどんという偉大な作品を完成させる。まったく、キツネうどんを考え出した人には脱帽だ。足を向けて寝れないよ。そもそもキツネうどんとは丼一つで宇宙の真理を語る手段であり手法でもあるんだ。これは魔法に通ずるものがある。料理という枠組みを飛び越えて新たなる領域に――」
存分に熱い思いを伝えたつもりだったが――俺は見た。
キツネうどんの素晴らしさを恍惚と説いた後に、馬鹿王子とルナフォード嬢の顔がドン引きしているのを。
え、なんで?
おまけ
~~~王との会話~~~
「はぁ~ようやく卒業できた。毎回毎回王太子が産まれるたび、幻獣であり神獣の俺が入学するとかどうよ? 正直、入学するたびに知っている教師勢が『あ、やっぱり今年も来た』みたいな目するから気まずいんだよ。そろそろこの制度ヤメにしようぜ」
「初代国王が決めた制度だからな。不都合も起きておらんし、廃止するわけにもいかん」
「起きてる! 俺に不都合が降りかかる勢いで起きてるよ!」
「国に不利益はない」
「……ねえ、嘆願書って俺でも有効? ちょっと糞王をリコールしたいんだけど」
「無理じゃな。儂は人気あるし、失策も目立ったものはないし」
「父親としては最悪だけどな」
「そういえば」
「どうした?」
「リトワール侯爵家からお主に婚約の申し入れが来ておるぞ。正確にいえばハイロニア子爵の三男にじゃが、お主宛で間違いあるまい」
「はい……? なんでそうなった?」
「誰も手を差し伸べてくれない状況で自分を諭し、救ってもらえば当然の成り行きじゃろう」
「いや、俺ってば爵位とか持ってないんだけど。それに俺は守護獣だぞ? 貴族……というか、人との結婚なんて出来ないだろ」
「なんでもルナフォード嬢たってのお願いだそうじゃから一考してみてはどうじゃ? お主もそろそろ身を固めるのも悪くなかろう」
「え~ヤダよ。そんなことしたら、ますますこの国から離れられなくなるだろうが。俺ってばこの国に愛着はあっても執着はないの。それに俺としてはもうちょっと、グラマラスで、ボンッキュッボンッな大人の女性がいいね。子供には欲情できねえよ」
「……ッチ」
基本、歴代国王とは友達感覚。
なんだこれ?
※連載始めちゃいました……テヘ