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冠を抱く者  作者: 鳴田るな
2章:奴隷と情婦とその主人
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反逆者

ちょっとだけBL風味なところがあります。

苦手な方は注意。

 アリーヤの話は一度置いて、ここで彼女の未来の夫が、妻に出会うまでの半生について軽く辿ってみよう。



 彼にもともと名前はなかった。

 両親の顔は知らない。

 容姿からしておそらく祖先に竜と魔人、最低限その二つは混じっているだろうということだけ、後の知識で知った。


 別に自分のルーツにそこまで執着はなかった。

 彼は突然変異体ミュータントだった。つまり、親とも全く別の生き物だった。

 そのことだけ理解して納得したら、後はもう興味が失せた。深入りしても孤独を噛みしめるだけだから。



 けれど、自分がけだものであるということは、まだ何も知らない早いうちから把握していた。

 わかりやすく、彼はヒトとは違っていた。その容姿も、その性質も。


 最初の記憶は痛みから。

 悲しいことに、不死身の身体は痛みを和らげてはくれなかった。

 赤と黒。それは獣の生涯に染みつく色だった。輝かしい金色を塗りつぶしてしまうほどに。


 最初は確か、見世物小屋の解体ショーで悲鳴を上げていた。

 そのうち、騒ぐことに疲れた。

 ――ちょうど、初めての友達ができて、すぐにいなくなった辺りから。


 騒がないと、面白みが失せる。ならば処分してしまえばいいが、獣は不死身だった。


 だから次に獣は、殺し合いのショーに出された。

 特にやる気なく突っ立っているだけだったが、いつまで経っても痛いだけで終わらない。

 苛立ちを込めて、鬱陶しい、お前なんていなくなってしまえと念じたら、相手の上半身が吹き飛んだ。


 それが最初に誰かを殺した瞬間だった。


 檻に戻されるときに、初めての殺しで平然としすぎている、やっぱりお前は化け物だとか誰かに言われた。

 殺されることには慣れきっていたのだから、自分が殺す側に回っても何の感慨も得られなかったとして、当然ではなかろうか?

 獣は喉の奥で笑い声をあげ、そして口の端を吊り上げた。


 前は辛かったそれが、容易くできるようになっていた。


 それからは、剣闘士とやらを務め、来る日も来る日も歓声を浴びながら何かの命を奪った。

 獣はもう、いろいろと諦めていた。

 本当は抵抗なんてしたくはなかったが、しないと不死身の身体のせいで痛いだけなので、ならばなるべく早く終わらせようと思った。

 相手も痛いと暴れる。だから、即死させるための術を覚えた。


 おかげで殺しの技術に関しても、自分の謎の力に関しても、空恐ろしいほどに研ぎ澄まされていく。

 やがて100匹の魔物を相手にしても、一度で血肉の塊にしてしまえるほど。


 それほどの力を持っていたのに、なぜ鎖を断って逃げなかったのか、と後で聞かれたことがある。


 逃げるという選択がなかったのだと獣は思う。


 なぜなら、逃げるべき安全な場所を彼は知らなかった。

 自分を受け入れてくれるとしたら、同じ血に飢えた獣。

 そして争いによってしか、自分たちは交われないだろう。


 そんなあまりにも暗い理解が、当時からあったのだと思う。

 どこへ行こうと同じこと。自分は世界のはみ出し者。殺すだけしか能がない。

 だったら、ここでも同じこと。痛くなければいい。苦しくなければいい。



 ――そんなある日、金の山と引き換えに闘技場から一人の男が自分を連れ出した。

 それがベリアル公だった。


 獣は主であるベリアル公が好きではなかった。

 必要以上に危害を加えてこなかったので、そういう意味ではいい主だと思っていた。

 死ぬのはいつも痛かった。無闇に殺さない主はあまり抵抗する気にはならなかった。


 ただ、時々腕を引っ掴まれて抱き寄せられそうになったり、顎を引っ掴まれて顔を近づけられた時はさすがに拒絶した。

 軽くその辺のものを巻き添えにして部屋を大惨事にする程度には抵抗した。


 獣は終始一貫同性愛には目覚めなかった。彼は最初から最後まで――自覚のなかった当時から、女好きであった。主を好きになれなかった理由はこの辺にもあるだろう。



 ベリアル公は両刀使いだった。楽しめるものは何でもとことん楽しむという性格もその一因だったのかもしれない。

 妖しい微笑を浮かべる整った顔に引き締まった武人の身体とかすれた声。面白い冗談も知性溢れる話もできた。

 彼は男にも女にもよくモテた。誘惑されて拒むような相手は皆無と言って差し支えなかった。



 なので、初めて獣に戯れをかけて本気で嫌がられた時には、少々驚いたらしい。


「吾輩の戯れの相手は、そんなに嫌か?」


 と囁かれた時の、獣のあまりに間抜けな顔が面白かったのか、その時は相手が爆笑してそれで終わった。


 獣は顔に、なんであんた相手にその気になれるのかわかんない、と表示したし、その後もずーっと考えは変わらなかった。

 ベリアル公の寝室を嬉々として訪れるヒトビトを横目に、全員頭がおかしいんじゃないか? と首をひねっていた。


 その視線に気が付いた主の、お前も抵抗しなければ天国を見せてやるのに、との言葉は全力でスルーした。

 その天国は見たくないし、見なくていい。


 当時の彼は知らなかったが、獣の本能かそれとも神が彼に授けたもうた奇跡の力の一つだったのか――ヒトを見る目に関して、少年はとても優れていた。そして、直感に関しても。



 思い通りにならない反応が面白かったのか、定期的に秋波を送られたり執拗なボディタッチを受けることはあった。だが、それ以上はベリアルは強いなかった。


 他に相手はいくらでもいたのだし、頭のまわる男だったから薄々察知していたのだろう。

 術と鎖で枷をしていたとても、獣が本気で抵抗をしたら、自分でさえもひとたまりもないのだと言うことを。



 ――それは、獣が主に命じられて南部の反乱分子をことごとく皆殺しにして帰ってきた頃合いだった。

 主は南部がすべてベリアルに下ったことにとても喜び、上機嫌だった。

 そして、ふと碌でもないことを思いついた。


「――褒美を何にしようか迷っていたが、そうだ。お前に伴侶をくれてやろう」


 さてこれは一体どういう種類の面倒事かな、と獣は注意深く主を見守っている。……そもそも伴侶ってなんのことだろうか。

 いずれにしろ、今までで一番厄介なことだろうなと最終的に結論付けた。

 主の目が、これ以上ないほど輝いていたので。


「ちょうどいい女がいる。愛しの兄上を発狂させた女神さまだが、足は開いても心は開かないでのさ。まあ、兄上はその辺ド下手くそだからな……。何度か様子を見に行ったけど、見事に嫌われることしかしていない。いや、本当に、実に馬鹿だよ、あのヒトは」


 獣は主の言葉を聞きながら、兄上と言う人物についてあーあいつか、と思い出していた。

 真面目そうな武人だったが、頭が固そうな印象も受けていた。


「そこでだ。このまま現状に甘んじるか、それとも獣の妻に成り下がってでも外の世界が見たいか……姫君は、どっちを選ぶと思う? そうだな、このままだとそれでもちょっと分が悪いから、彼女が結婚に応じた場合は実家の復興を吾輩が手伝う、と言うのはどうだろう? なんならアンドロマリウス伯を候にしてやってもいい――と言ってやったら?」


 ぽんぽんとベリアル公は、もうどうにでもしてくれと言った様子の獣の頭を軽く撫でる。


「ま、性格には多少難があるかもしれないが、どれだけひどい中身だろうと我慢したくなるほどの絶世の美女だぞ。吾輩ですら唸らせたほどだ。具合だっていいから、色事にはとんと疎いお前だって目覚めるかもしれない」


 自分のことなのに興味なさげに半分ほど聞き流している獣に苦笑しそうになり、ベリアル公はそうだ、と手を打った。


「ただの奴隷では確かにいくらなんでもひどい。お前に兄上と同じ騎士の位を授け、名を与えよう」


 名前、と初めて獣が反応すると、ベリアルは少しだけ考えてから、ふっと微笑む。


「――サタン。お前はこれからそう名乗るといい」


 こうしてあっけなく、何気なく与えられた名前が。

 後の世にいつまでも残り続けることになるのだ。


 また、その後の展開を考えるのなら、ベリアル公の大好きな皮肉の利いた名前にも仕上がった。


 反逆者サタンはいずれ、主に反旗を翻す。

 つまりベリアル公も、名前を与えたことで己が運命を定めづけてしまったのである。

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