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冠を抱く者  作者: 鳴田るな
3章:帝王とその妻
17/25

明月の夜

 こいつら、三流どころか四流だな。

 王は男たちが無防備に近づいてくるのに肩を竦めた。

 最初は三人かと思ったが、うろうろ周りから出てくることにはもう少したくさんいたらしい。


 それがまあ、寄ってたかって一人の女に。

 彼はぼんやり奥の女と男たちを比べる。


 ――どれだけ飢えているんだか。だが、こんな男どもでは確かに女達も嫌だろう。


 姿かたちはぱっとしない――というか病気もち風の奴も一人いるし、第一鬼だって言ってた。


「強姦ってのは、口でも手でも口説けなくておまけに対価に払える財もない、そういう甲斐性なしのすることサー」


 サタンもその意見に同意である。彼は基本的には強いてまでことを要求する男の気持ちがわからない方だった。そこまでの執着を彼はまだ経験していなかったのだし。

 ……ベリアルはでは何だったのだろうか。アイツの場合加虐趣味の行き過ぎかな、などと久しぶりに思い出した主のせいで一気に機嫌が悪くなる。


「……忠告しておくが」


 彼は威嚇のようにガチャガチャ揺らされる得物を白けた目で見ながら言う。


「お前たちの今すべき最善の行動は、この場から全力で逃げることだと思うが?」

「何言ってやがるんだコイツ?」

「やっちまえ!」


 彼らは乱入者に一斉に振りかぶって刃物を振り下ろす。路地の奥で女が悲鳴を上げた直後ばきんっ、と音が響き渡る。

 振り下ろされた斧や剣が、見事なまでに砕け散っていた。


 戦闘や殺しの経験がないわけではなさそうだから、傭兵なりどこぞの兵士崩れかな。――かなりの下手だが。

 王は全く無感動にそう思いながら、一番近くで呆気にとられている男の襟首を引っ掴んで吊し上げた。


「ぐっ――!?」

「おいそこの。一応確認しておくが」


 男がもがくがびくともしない。王は続けて残りの連中にもう片方の手を牽制するように向けつつ、奥の方の女に向かって声を投げかけた。


「そこの女。お前に言ってるんだ」

「――はっ、はいっ!?」


 なんだ固まったままかと思ったが一応口は利けるか、と王は考えつつ尋ねる。


「こいつら、殺してもいいな?」

「えっ――」

「てめえ!」


 女は言われたことが理解できないのか呆然としている。

 得物がなくなったことに躊躇していた残りの一人がその言葉に激昂したのか飛びかかってくる。

 王は相変わらずぎりぎりと一人の首元を締めつつ、面倒そうにそれを蹴り飛ばした。

 ――蹴り飛ばされた男が飛んでいって、轟音と共に壁の中に埋もれる。

 何もされていない残りがそっちを見やって、ピクリとも動かない仲間と彼の埋まった壁の損壊具合に顔色を変える。


「では問いを変えよう。この男たちを殺したところで不都合はあるか?」


 女ははくはくと口を動かしている。

 その間に握ってた男の手加減をつい間違えて首を折ってしまったらしい。舌打ちしながらそれを投げ捨てて、残りの連中の居場所を目で確認する。……6人、か。


「あるなら早めに答えた方がいいぞ。と言うか今すぐにな。でないともう間に合わん」

「ひ、ひいいいいい!」

「貴様ぁ!」


 残党のリアクションは二つに分かれた。逃げることを選んだもの、恐慌に駆られて逆に襲い掛かってくるもの。


 ――面倒だからもう全部風を起こしてずたずたに切り裂いた。どうせ死んでも何も不都合のない奴等だろうし、あったとしてもまあ別にどうとでもなるだろうしいいかと思った。


 彼は満足していた。久しぶりの狩りだった。少し手短過ぎた気がしないでもないが、まあその辺は文句を言っても仕方ない。血の雨を浴びて、ふうとため息を漏らす。


 ――路地裏に顔を向ける。目が合うとさっと女の表情が変わるが、どうやらうまく言葉が出てこないらしい。まあ、それもそうか。戦乱の時代もだいぶ昔の話になった。彼はなんとなくその女に近づいてみる。


 青ざめているが、至って普通の顔だな、と思った。悪い方ではないが、アリーヤには遠く及ばない。――いや、あれは規格外だから比べるのは違うか。呆れた顔の鬼に言われた、


「坊ちゃん、あんたの奥さん基準に女を見るのはやめな。ありゃ外れ値、次元が違うんだって」


 という言葉が浮かび、少し思い直した。


 美しいと言うよりは愛嬌のある、と言った方が正しい気がする顔だった。後ろでまとめられた茶髪に暗い色合いの目――灰色かなと彼は見当をつける――で、至って平凡なものである。

 彼に言わせれば、少し目が大きすぎるようだった。それに垂れすぎている(これはサタン王も垂れ目な方だったので余計そう思ったのかもしれない。何度か言及されているが、彼は自分の容姿が好きではない)。こんな形をしていると、アリーヤみたいにもっとすっと切れ長に収まらないものかと思ってしまうのだ。ぽろんと零れてきそうで不安だ。


 特に、今みたいに涙をいっぱいに浮かべていると。


 あとはスカートにエプロンだから町の働いている娘だろう。ちょっと目をずらしたら、どうやら投げ捨てられたらしい籠が目に入って、手を伸ばして拾ってやる。中身は――花? では時々見かける花売り娘だろうか。

 そう思いつつ籠を差し出すと、女はひっと声を上げて身を縮こまらせる。


「――どうした、怖気たか」


 少し意地悪に声をかけてやれば、全身が小さく小刻みにがたがたと震えている。

 彼は女の前までやってきて、目線を合わせるようにしゃがみこむ。恒例の笑みを浮かべるが、目が笑っていないと余計怖いのだと言うことを彼はあまり把握できていない。


「安心しろ。俺が殺すのは敵意を向けてきた相手だけだ。お前を害する理由はない」

「でっでも――」


 女は何か咄嗟に言おうとして、きゃっと直後に声を上げて竦みあがる。サタンの眉が面白そうにくいっと上がった。

 どこか面白がっているような、からかっているような感じで彼は言う。


「それでもやりすぎか? それとも信用ならんか? もっともな意見だ」

「――あ、あのっ――」

「なんだ。言いたいことがあるなら言ってみろ。滅多な事では俺は怒らんよ。罵声なら浴び慣れているからな」


 もはや軽く頬杖をついた傾聴モードで彼は促す。

 女は何度か口を閉じて開けて、目を上げて伏せてを繰り返し、やがて決意したようにぎゅっと眉を凛々しくさせて切り出した。


「――あの!」

「うん?」

「……ごめんなさい、やっぱりいいです……」

「おかしな奴だ」


 何か言うと思ったら目を合わせた瞬間に気合が挫けたのか撤回した女に、サタン王は笑って見せた。

 びっくりしたようにその顔をまじまじと女は見やる。ああまた目が零れそうだ、と王は見開かれたそれに思った。


 そのまましばらく間があってから、徐に王は視線を下にずらす。


「ところでお前さっきから、逃げるなり身を整えるなりしなくていいのか?」

「――あっ」


 声をかけられてから慌てて彼女は気が付く。

 男の目はしっかりと、ならず者たちに上衣を破られてボリューミーにぽろんとあふれ出ている彼女の二つの乳房に注がれている。

 ちなみにやっぱり基準がアリーヤな王は、悪くはないがあれには色も形も遠く及ばないな、ただ健康そうではあって悪くない、むしろ好ましいとしげしげ観察しつつ思っている。悪気はない。ただの知的興味とそれに基づいた感想である。


 女は叫びながらそこを両手で隠し、顔を真っ赤にしながら猛然と立ち上がろうとして、その勢いのままぺたんと尻もちをついた。


「ひゃっ!?」

「はは、腰が抜けたか」


 王は笑うと、女が目を白黒させている間にさっとその身体に自分が脱いだ外套を器用に術で血糊を消してから被せてやり、あっという間に入れて抱え上げてしまった。

 いわゆる一種の姫抱き、と言う奴である。

 肩に担いでも良かったのだが、そうすると不都合が生じると思って前が見えるこの体勢にした。


 一拍遅れて自分がどういう状況になったか理解した女が顔を真っ赤にして声を上げる。


「きゃ、きゃあああっ!?」

「家はどっちだ。送ってやろう」

「いえそんな結構ですお構いなく下ろしてくださいっ!」

「ぐだぐだ言ってないでさっさと案内しろ。ほら次の道はどっちだ? 右か左か?」


 彼女が何事か喚いている間に王はさっさと歩きだしている。

 混乱しつつもどうやってこの窮地を乗り切ろうかと考えていたらしい女は早速パニックになったようだ。


「えっ、ちょっ、いやそんな――ちょっ、あの本当に下ろしてくださいってば! 堪忍して、あたしただの小娘なんです!」

「うるさい奴だな。真面目に答える気がないならこっちも適当に行きたい道を選ぶぞ――うん、右にするか」

「ちがっ、ぎゃ、逆です左っ! 左に行かないとお家に帰れない!」

「なんだそっちか。危ない奴だな、迷子になっても知らんぞ」

「どっちが危ないヒトですか!? あっやだやだ、そっちじゃないですこっち!」

「こっちか、なるほど」


 女はじたばたもがくが、いざ王が一瞬手を緩めると本能的にかきゃあっと悲鳴を上げて首に縋り付く。

 彼はなんてことはない、ちょっと持ちやすいように手を調整しただけだった。ついでに思ったことを口にする。


「お前、ちょっと重いな」

「言うに事欠いて何言い出すんですか!?」

「いや、まったく苦にはならんのだがこう、手の感触が普段よりしっかりしているような気がして」

「どなたと比較してるのか知りませんけど、あたし至って標準体型ですからっ! 別に太ってませんから! ていうか気に入らないなら下ろしてってば、もー!」


 なるほどやはりアリーヤを基準にするのはどうやら不適当なようだ。と言ってもあれ以外基本的に注意を向けたことがないのだからまあ仕方ないと言えばそうか。

 サタンは認識を改めつつ、再び暴れ出した女を落っことさないようにしっかり抱え直す。


「お前な。あんまりやるとその辺に捨てていくかもしれんぞ」

「捨て――!? そもそもなんで拾ったんですか、別に頼んでもないのに!」

「暇だったから、なんとなく」

「ひ、暇――あ、そっちじゃないです今度は右です」

「こっちか?」

「は、はい――ってあたしちがーう! 駄目よペースに飲まれてるわっ」

「ほら次はどっちだ」

「ま、真っ直ぐ――ああん、もう!」


 にぎやかな奴だなと王が笑うと、至近距離でそれを見たらしい女はまたはっとしたように目を見張って黙り込んでしまった。


「なんだ、もう喚かんのか? 詰まらん奴だな」

「さ、騒いでほしいんですかあなた!?」

「別にどっちでも。――参考までに教えておいてやると、この区画の衛兵はあまり頼りにならんぞ。なるべく面倒には関わりたくない、穏便に済ませたいと思っているのが上司だからな。呼んでも来ないし、来たところで使い物にならん」

「なっ、なぜそれを――」

「なんだ経験済みか?」

「うっ、ううっ……」


 彼女が黙り込むと夜遅くなこともあるのか途端に辺りがしんとする。ざくっざくっとサタンが土を踏みしめる音だけが響き渡り、彼は危うく退屈しかけた。


「……お前が黙ると俺が暇だな。なんか喋ってくれ、ほれ」

「やっ、やめて落っこちちゃう! 揺らさないでやだあっ!」

「暴れたからまた前が見えてるぞ」

「い、いやあエッチ! 見ないでください!」

「見られたくなかったら自衛するんだな。上着はくれてやったんだ、利用したければそうしろ」


 しばらく裏路地の入り組んだ道を、女とぎゃあぎゃあ言い合いしながら時々指示に従ってひたすら歩くだけの道程が続いた。


「あ、ここです……」


 やがて彼女はぽつっと呟く。サタンは言われて目の前の建物をふっと見上げた。

 4階程度の庶民たちが使うような集合住宅だった。この建物ひとつでも小さいのに、よくまああんな狭い一部屋で暮らしているものだと彼は思う。


「部屋は?」

「えっと2階の一番奥です――ってちょっと、あのおっ!」

「何か?」

「いえ、あのですね。さすがにここまでで大丈夫です、もう歩けます!」

「そうか」

「はい――って、さっきからずっと思ってましたけど、あなたヒトの話聞かない御方ですね!?」


 サタンは要するに彼女が自分を部屋に入れたくないのだなと正しく理解しつつ、早くも階段を上がり、ドアを開けて侵入している。

 王はやはり狭い室内だと見回しながら、愉快そうに答えた。


「聞いてはいるさ。その上で流している」

「余計性質悪い! いやあ不法侵入だわ! おーろーしーてー……きゃあ!」


 ベッドの存在を認めると、彼はその上に女を連れて行ってぽんと半ば投げ下ろした。

 運んでいる間こそ多少の思いやりが見られたが、到着したらほとんど物扱いである。


 女は彼にひっ被せられた外套をぎゅっと握ってあわあわと口をわななかせていたが、そのまま何事もなかったかのように出て行こうとするサタンに気が付くと慌てて呼びとめた。


「あのっ!」

「まだ何か?」

「いえそれ私が言いたいくらいなんですが――このまま帰るつもりですかっ?」


 その瞬間、男がまるで苦笑するかのように――どこか悲しそうにすら見える笑顔に一瞬なったので、女はどきんと心臓が跳ねたのを感じた。


 ――このまま一晩過ごすつもりですの――?


 サタンは一瞬耳の奥を駆けて行った残響を振り払うかのように首を振り、女の方に向き直る。


「……もう用事は済んだからな」

「用事って――」

「それともあのまま放置されることをお望みだったかな?」

「い、いえ、その、帰ってこられてうれしいです、けれども――」


 からかうように笑いかけられて女は言いよどむ。だがまだ何か言いたそうなので、彼は出口近くの壁に腕組みしてもたれかかったままそれを待った。


「あの」

「ん」

「――えっと、ありがとう、ございました……?」


 サタンは一瞬きょとんとしかけたが、すぐに立ち直って微笑む。


「……うん」


 娘はその一連の表情にぼーっとしかけていたが、彼が今度こそ用事が済んだとばかりに出て行こうとすると声を上げた。


「あ、ま、待って!」

「またか。俺は一体いつになったら帰らせてもらえるのかな」

「すっ、すみません、でも――その、ここまでしていただいたのに、あたし何もお返しできてないって言うかそもそもあなたのお名前すら知らないって言うか――あっ、すみません、聞くなら自分から言うものですよね」


 娘はベッドの上でしゃんと姿勢を正し、一度息を吸ってからはきはきと言う。


「あたし、ジゼルって言います。ジゼル=ヴァイオラ。……あなたのお名前は?」


 サタンはふっと目元を緩ませて答えた。


「名前? ……さてね。適当に呼べばいい。名乗るほどのものはないからな」

「ちょっ、不公平ですよ!?」

「先に名乗ったお前が悪い」

「何ですかそれ――もうっ」


 ジゼルはぷくっと頬を膨らませて、やがて自分で噴きだしてくすくすと笑った。

 王も自然と、それに釣られてか昔の無邪気な少年の笑みを浮かべていた。



 そのまま楽しそうに二人が話し込む夜を、妙に明るい月が爛々と照らしていた。

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