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冠を抱く者  作者: 鳴田るな
3章:帝王とその妻
15/25

帝王誕生

 ベリアルの死とそれを殺した元剣闘士の名前はすぐに各地に伝わった。


 一番混乱したのはもちろん公の抑えていた南部である。

 ベリアルと言う強大な枷から解き放たれた幾多の獣が、我こそが次の南部支配者と名乗りを上げた。

 東西北、そして中央部の、四人になってしまった英傑とて黙ってはいなかった。今まで多少の小競り合いはあれど絶妙に保っていた均衡が崩されようと言うのだ。


 まずは東のアスタロ公が身食いを始めた獣どもを押さえ、南部の混乱を収束すべく手を打つ。

 彼は英傑の中で慈悲深いことで有名だった。南部の領民が、領主の勝手な都合によって苦しむことの放置を良しとしなかった。


 しかし兵を送り込んだ数日後、南部で乱を起こそうとした諸侯、また自らの送り込んだ兵のことごとくが壊滅したとの報を受けとることになる。

 ベリアルを討った、たった一人の男によって。


 別にサタンは殺戮を好んだわけではないが、降りかかった火の粉に容赦する男でもなかった。

 彼らの敗因はサタンの居座るベリアル公直轄地に入ろうとしたことであり、なおかつ二度警告を受けても引き下がらなかったことにあった。

 丁度領のはずれにあった砂漠地帯に数万人規模の夥しい数の死体が晒され、新たな南部の支配者の残忍さは民衆を、支配者をも震撼させた。


 アスタロ公はすぐさま彼との交渉に乗り出すが、その誠実さが死因となってしまった。

 公は100年前の珍味の味について尋ねられ、付き合いで食べたが美味しくもなかったと正直に答えた。

 なるほどと静かに言って、次の瞬間サタンは彼の四肢を切断した。居合わせたアスタロの部下たちは、抵抗したものから順に頭を割られた。


 サタンはアスタロにとどめを刺す前、何故彼が死ななければならないのか教えてやった。

 彼なりに相手の誠実さに答えての事だったのかもしれない。


 お前の憎しみは分かった、されど何の罪もない領民を巻き添えにして苦しめるなと血泡の中で叫んだアスタロに、サタンは笑った。


「罪がなくたって、ヒトは生きていれば苦しむものだ。俺にかかわってしまったことを運が悪かったと諦めてもらうほかないな」


 アスタロは絶望した。この男は生まれきっての殺戮者であり、皆殺しにしなければ止まらないのだと思った。無残に蹂躙される自らの愛しい民たちのことを思って、泣きながら殺された。

 その身体は氷で葬られた。東部は水の多い土地と聞いたからだった。



 その直後くらいのことだったろうか。

 彼の行動の発端となったあの人食い鬼が、どこから話を聞いたものかふらりとサタンの籠っている館に訪ねてきたのだ。

 鬼の顔はまた変わっていたが、窓からするっと入ってこられた時点でなんとなくこんなことをするのは奴だと彼は察したし、虹に光る眼を見て確信した。


「坊ちゃん、やりすぎサァ。残虐なのは悪いことじゃあないが、過ぎるとヒトが離れるヨ」

「離れたところでどうもしない――」

「いいや、するネ。坊ちゃんあの性悪女に貢ぐって決めたんだろ?」


 人食い鬼は性悪、のところを文字通り吐き捨てるように発音した。

 だが少し眉根を上げて見せたサタンに、それ以上アリーヤについて何かを言おうとはしなかった。


「坊ちゃん相変わらず不器用ものだネ。そこが可愛いところでもあるんだが――いいかい、坊ちゃん。あの女満足させたいのなら、殺すばっかりじゃ駄目サ。それじゃ憎しみ買うだけだもの。ヒトってのはね、叩くだけの奴には従わないのサ。叩いた後に、うまい具合に撫ぜてやるのサ。そうしたら誰だって従順になる。ベリアルはそこんところ、とってもうまい男だったヨ」

「……俺には叩くだけだった気がするんだけど?」

「坊ちゃんヒトの機微に疎い子だネエ、前から思ってたけどサ。でもあたしもあえて教えるつもりはないヨ。本人から何回か答えはもらってたろうしネ」

「……?」


 どこか意味深に人食い鬼は笑って、その言葉を流す。


「そうさネエ。坊ちゃん、今のまんまじゃ、確かに後世に名を残すだろうが、ただの殺人鬼で終わっちまうのサ」

「事実だろ」

「いいや。坊ちゃんはもっと違うモノになれる。――あの性悪の望みをかなえてやるようで気に食わないが、あたしも冠被った坊ちゃんは見てみたいネ。きっとよく似合うヨ、坊ちゃんいい色してるからネエ」


 サタンは首をかしげる。彼には人食い鬼の言っていることがまだよくわからなかった。


「冠?」

「坊ちゃんにはネエ、帝王になれる資質があるんだヨ。誰にもできなかった魔界統一と、その頂点に君臨すること。あんたにはその力があるんだってバ。どれ、坊ちゃんの枷を外しちまった責任だもの。このままじゃもったいないから、あたしも貢献してみるかネェ」


 人食い鬼はそう言って来た時同様何の前触れもなく消える。

 妙に大げさなこと言って一人で盛り上がってるなと、残されたサタンは首をすくめた。



 次の日の晩に人食い鬼は一人の男をぶら下げて帰ってきた。

 サタンより少し年上の、やせっぽっちの神経質そうな男だ。


「離せえっ、この人殺しめ!」


 必死に鬼の腕の中でもがいているそれに、サタンは困惑する。

 どういうつもりだと目を向けると、ニコニコと鬼は微笑んでいた。


 ――さりげなくその姿が女ですらなく男になっていたが、深くは突っ込まない。

 顔がくるくる変わる変な奴だから性別も変えられるんだろう、とサタンの思考はある種柔軟である。

 ただなんとなく、どんなに姿を変えられても奴は奴だとサタンは瞬時に見抜けたし、それが鬼の好感を買った理由でもあったのかもしれない。


「……なんだ、コレ」

「ベリアルに下った、南部小国の四男坊サー」

「なるほど。で、なんで持ってきた。しかも非合意に見えるが」

「坊ちゃんに必要だからだヨ。それに合意は後からついてくるもんサ」

「ふーん?」


 特に興味なさそうに声を上げて、サタンは屈んで男を覗き込んだ。

 憎々しげにこちらを見る男に、彼は相変わらず社交辞令もどきの薄い笑みを浮かべる。


「お前ら、なんなんだよっ!」

「俺はそうだな……極悪人、なんじゃないかな。そっちは鬼だ」

「あたしはヒトじゃないから極悪人の定義には入らないかナ」

「それじゃ俺もか?」

「坊ちゃんはあたしから見たら十分ヒトだと思うヨォ?」

「それじゃ、やっぱり極悪人だろうか」

「そうなんじゃないのかネ」


 サタンと鬼が交わす言葉に、男は束の間絶句する。

 が、すぐに目の前の男が南部大量殺戮を行ったのだと知ると、瞳に熱い炎を宿して真正面から猛然と食って掛かった。

 サタンもにこやかな微笑を浮かべながら、落ち着いて男の言葉に返答した――。


 この線が細い割に多少血の気の多い男が、後にサタン王の治世で初の宰相を務めることになるアガレプトである。

 小国の側室腹の四男であったアガレプトはしかし、保身に走り民の事なぞ二の次三の次の身内を唾棄し、正義感に溢れる心の持ち主であった。何もできぬ自分の立場に日々身を震わせながら、機会あらば必ずや、と歯ぎしりして自己研鑽に努めていた。


 鬼畜外道どもに攫われたのならもう命はない、どうせ殺されるなら言いたいことを言って潔く散ろうと息巻いたアガレプトだったが、予想外に相手が冷静で自分を殺すつもりもまったくないらしいということに気が付くと、興奮した顔は油断なく考え事をするものに変わる。


「なぜ、私を殺さない」

「理由がないからな」

「私はお前を罵ったぞ。怒らないのか?」

「その程度の罵声もう浴び慣れているよ。というかただの事実の羅列だ。いまさらどうとも思わない。にしてもお前の語彙は豊富だな。ベリアルの事を少し思い出したよ」

「……その主を、どうして殺した。お前は奴の従順な飼い犬だったと聞く。なぜ急に?」

「私怨だ。個人的な事情。個人的に殺す理由ができた。それだけだ。アスタロ公も同じく私怨。立派な人物だったが、運がなかったな」

「――では、南部のあの虐殺はなぜ行った?」

「攻めてきたから返り討った。ちゃんと事前に警告したぞ? そこからこっちに入ってきたら、ただで済まさないからやめておけと。お前たちでは俺には手も足も出んぞと。全く聞き届けられなかったがな」

「……彼らを皆殺しした理由は」

「俺は不死だから、こっちが向こうを殺さないと戦いは終わらない」

「戦意喪失したものや、逃げると言う選択を取ったものだってあっただろう」

「――ああ、それはたぶん癖だ、剣闘士時代の。あそこは皆殺しにしないといつまで経っても終わらなかったから。まあそもそも、そういうことをするまでもなく一瞬で全員死んだと思うけどね」


 アガレプトはいったん黙り込み、深く息を吸ってからサタンをにらみつける。


「お前の手は悪手だ。闘技場とここでは話が違うんだ。いいか、お前のやり方は間違っている――」


 アガレプトは結局、それからもサタンが何か気に食わないことをするたびに、眉根を寄せては突っかかってこんこんと説教した。

 サタンはそれに気を悪くするでもなく、なるほどと素直に頷いたり、それは違うのではないかと時に反論したりした。

 ――いつの間にかアガレプトはごく自然に、サタンにくっついて回ってはそれを諌めたり、彼の不得手な交渉事を代わりに行ったりするようになっていた。


 彼の口癖は、お前の下手くそは見てられん、こっちに寄越せ代わりに考えてやる、だった。

 サタンはそれを聞くたびに、張り付いた固い笑みを少しだけ弛め、アガレプトの眉の皺が解けて彼が目を輝かせ、自信満々に言葉を発するのを待った。



 人食い鬼はアガレプトの成功に満足したらしく、それ以降も数名の人材をサタンのところに持ってきた。

 実質ただの人攫いだったが、何分鬼とサタンだったのでそこまで気にしなかった。アガレプトだけが呆れて、目を白黒させ怯える犠牲者に同情の目を向けた。


 サタンはそれらのヒトビトと言葉を交わし、徐々にヒトの理を覚えていく。

 ヒトビトもまた、彼が単なる獣でなく、尋常でない力を持ち多少倫理観と常識が欠如しているが、話のできない男ではないのだと理解する。


 そしてまた、彼の人智を超えた力を目の当たりにすると、さらに考えを改める。


 サタンは自らが荒廃させた土地に瞬く間に緑を蘇らせた。

 洪水のたびに落ちる橋を一瞬で何が起きても崩れないものに変えた。

 水のない土地に泉を、川を湧かせた。

 街道に出る野盗を全滅させ、道を歩きやすいように整備した。


 それに彼は、保守派の多かった魔界にあって非常に革新的、と言うか部下は放置して好きにやらせるタイプだった。若いサタンの下に、夢に目を輝かせる若い者たちが引き寄せられる。

 いつの間にか、ヒトは鬼が集めずとも勝手に集ってくるようになった――。



 そうして、南部を掌握し東部も整えた後に、サタンは西部へと足を運ぶ。

 西部のフェゴルは英傑と呼ばれる割に野望薄く争いを好まない男で、領地からも出たがらなかった。

 アリーヤの故郷のある土地だから、サタンはそんな単純な理由で残りの三部の最初を西部と決めた。


 西部はフェゴルとの少しのやり取りの後、向こうがあっさり首を差し出すことで穏やかに済んだ。フェゴルはお前が真に獣なら己の矜持をかけて戦うも良いが、どうせ首のすげ替えだ、民は気にすまいよと鼻を鳴らして笑った。

 西部の主の事は土地に習って風で葬った。


 その次は、最大の難所と言われた北部。相手が徹底抗戦を選んだこともあり、これが一番の激戦でかなりの死傷者を出した。――もちろん相手側が、だが。

 北部の苛烈な性格の持ち主マーモン公は、その従う部下たちと一緒に最後は生き埋めになった。やはりこれも土地に習ったが、地面の下から三日三晩絶えることのない罵声が聞こえたので、楽にしてやるため土の中の胴を断った。



 ――最後の中央部は、サタンが迫ると知ると民を逃して自らは堅牢な城に立てこもるかに見えた。

 しかし老王を筆頭とするリマーユ一族は、城に火を放って王から妃、幼い子どもたちに至るまでがことごとく自決し、そうして彼の手を汚すまでもなく滅んだ。



 血濡れの城に踏み込んだサタンは特に興味なさそうに内部の様子を確認し、不意に空を見上げてじっと何か考えている。


「アガレプト」

「なんだ?」

「あそこに城を浮かべたらどうだろうか」


 彼はそう、魔人の中で最も由緒正しいとされる一族が滅んだ城の上空を指差して言うのだ。


「……お前、時々わけわからんこと言い出すよな。で、今度は何を?」

「新しいことを始めるのだから新しい場所で、とどこかの誰かが言っただろう。ここは駄目だ。奴等の念が籠りすぎる。壊して新しい場所で始めよう」

「ほう。ではひとまず、お手並み拝見と行こうか?」

「ならばまずはそうだな――邪魔だからお前ら皆外に出てくれ。巻き込まれて死んでもつまらないだろう?」


 彼はそう言うとくっついてきた者全員をひとまず場内から叩き出し、山のようにそびえたつ城の一番高いところに登って行って、周囲を見渡す。

 まもなく地鳴りとともに四方八方の城壁が崩れてゆっくりと城全体が土台から解体され、地面から次々にばりばりと引きはがされる。

 徐々に高度を上げるとともにそれは音を立てながら形を、原型を変えて、下の部下たちが呆気にとられている間に、サタンは元の城をすっかり壊して新たな空飛ぶ城に作り変えてしまった。

 鳥のように大空に翼を広げる、漆黒の空の島を。


 サタンは少し見回してから、ひとまずこんなもんかなと満足して地上に降りてきた。


「どうだ、アガレプト。細部はこれから詰めるが、まずあんな感じで。お前や担当者にはもちろん及ばないが、俺の建築も大分うまくなったと思わないか?」


 アガレプトはあんぐり口を開けていたが、悪戯っぽく微笑まれると間もなくきっと口を引き結び、膝をついて――いや、深く深く、その場に叩頭した。


「――御意に、帝王陛下」



 サタンが見回すと、周囲全てが自分に頭を垂れていた。何とも不思議な光景だ。

 彼はぼんやり、これが帝王になると言うことだろうかと首をかしげている。


 ――彼は思う。東西南北中央の有力者すべてを討ち、ヒトに帝王と呼ばれ、誰もが自分に頭を下げる。

 これならば少しはアリーヤも見直してくれるだろうか。最近また、機嫌が悪いみたいだけど。



 まもなく空飛ぶ城は少しの改良を加えられた後、新たな王とその臣下たちを迎え入れる。


 アリーヤは夫に手を引かれて一番眺めのいい場所に連れてこられた。


「――どう? 気に入った?」


 彼が尋ねると、眼下の眺めに見とれていた彼女ははっとしてつんと顔をそらす。


「多少は、いいところかもしれませんわね」


 サタンは素っ気なく妻が答えるのに、慈しみ溢れるとでも形容できるような笑みを浮かべて見せた。


「もっとよくするよ。君のためにも」


 アリーヤは目を伏せる。やはり彼女は内心どきりと心臓を跳ねさせながらも、微笑み返すことのできない女だった。



 ――彼女の首が宙を舞うまで、あと1000年と300年。


 ――帝王が二人目の女と出会うまで、あと900年程度の時が残っていた。

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