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冠を抱く者  作者: 鳴田るな
1章:伯爵令嬢
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最初と最後

 花嫁のヴェールを上げるとき、男はこう願う。

 どうかこのヒトの最初の相手が自分でありますように。

 その通りであれば多少愛情が長引くが、結局は同じこと。数百年後にはすっかり妻に興味が失せているのだ。


 ヴェールを上げられた花嫁はこう願う。

 どうかこのヒトの最後の相手が自分でありますように。

 そして数百年後は失望にかられ、別の男に身を任せる。夫がもう二度と振り向かないと知っているから。



 だれが一体言い出したのか、魔界に古くからそんな冗談が残っている。

 彼らは長命だから、一夫一婦の制度を以てしても長い間ただ一人と添い遂げると言うことは難しい。ことに、貴族の社会では。


 けれどやはり花婿は最初を、花嫁は最後を望むものだろう。

 それは変わらない男女の真理と言えるのかもしれない。

 だからそういう意味でも、二人の関係は最初から歪だった。



 双方が望んだ結婚ではなかった。花婿も花嫁も不満を抱きながら、強いられて始まった関係だった。


 それでも先に手を振り払い、その後一度も取ろうとしなかったのは妻の方だ。

 彼女が少しでも彼と歩もうとしたなら、まともな感性を持ち合わせていたのなら、普通の女性のように振舞えたのなら、夫婦はあれほどにまで陰惨な最期を迎えずに済んだだろう。


 魔王サタンの悪行は天地に轟いている。しかしてその最初で最後の妻アリーヤの名も、民衆は語り継ぐ。


 悪妻アリーヤ。この世で最も美しく、最も醜いけだもの()()()()()王妃。




 しばし時はさかのぼる。

 名もなき一匹の獣が、奇特な公爵に気まぐれに拾い上げられた。

 彼は解き放たれればどんな害獣でも駆除したため、主を大いに喜ばせた。その褒美として、ある日獣は番いを得ることになった。

 ――野獣にそぐわない、貴族の姫君を、である。


 獣は別に嬉しくなかった。沙汰を受け、また主の気まぐれと面倒事か、と彼は軽く息を吐く(事実彼の考えは正しかった)。それ以外に、彼のすべきことはなかったので。


 どことなくあどけなさの残る顔にあまりにも深い失望をたたえながら、けれど薄く口の端を吊り上げてヴェールをめくりあげた獣こと花婿は、まず花嫁の美貌に心を奪われた。

 編みこまれまとめられたつややかな黒髪、白雪のような肌、そして伏せられた瞼の下にちらりと浮かぶ、切れ長の翡翠の瞳。

 遠くからぼんやり眺めていた時に、気持ち悪い程整った自分好みの体型だな、とは思っていたが、顔も好みだった。

 花婿は当時の――いや、今も変わらない――彼にしては珍しく、満足そうな笑みを浮かべ、ほんの一瞬こう考えた。


 これが妻なら、最後でも構わない。


 彼にとって、彼女は最初の伴侶だった。それでもそんな風に思えるほど、彼はまだ若く、そして彼女は美しかった。期待など全くしていなかったが、実際に花嫁を見て彼はなんとかやっていけるかもしれない、なんて楽観さえしつつあったのだ。


 うまくやっていくどころか、最期には自分がこの女の首を刎ねることになるなんて、思いもしなかった。



 一方、震えながら目の端で花婿を確認した花嫁は、すぐにぎゅっと目を閉じて思った。

 ああ、今見たものを信じたくない。まだ幼さの残る顔、金の髪、金の目、そして気味の悪い4本の角に背中の一対の翼――有翼!


 心の中で彼女は愛らしくか細い悲鳴を上げた。


 ああ、早く別に恋人を作ってくださればいいのに。この方の最後なんて、嫌!


 彼女は彼より年上で、結婚こそまだだったが恋も交渉も済ませていた。もちろん、この夫に内緒ではあったが、たとえ知られていたところで悪びれもしなかっただろう。

 だが、最初の願いに反して、彼女は()()にも最後の妻となったのである。

 彼女も想像なんてできるはずがなかった。自分の身を破滅させるほどに、この男に溺れていくことを。



 これは、冠を抱く男女の物語。

 冠に引き合わされ、けれど冠によって裂かれた、愚かな二人の物語である。

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