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第二章 2-1

 2


 不法進入とかいいのだろうかと思いつつ、夜の学校に入り込む。夜の学校というと、女の子といちゃいちゃみたいな展開が二次元の世界でよくあるが、現実世界では「怖い……」で終わることを実感。真っ暗な図書館までの道を進み、またしても闇に包まれている図書館に入って、地下まで行く。

 ドアを開けると、久しぶりの光がぼくを出迎えてくれて、「明るいっていいな」と身をもって、いや、目をもって実感。。彼女は床に座って本を読んでいた。今日もくるぶしまである長いスカートを履いている。

「かなで」

「……」

 かなり上手にいえたのだけれど、彼女は気づいていないようだ。仕方なく、傍まで行って分厚い文庫本を取り上げる。

「何?」

 彼女は不満そうにぼくを見上げた。

「そんな顔をしても、本は返さないんだから!」

 とか、ツンデレはいうんだろうなあ。こんなときに。当然、ぼくはいわないけれど。

「今日、__社の親睦パーティーがあるんだけど、行かない?」

「いや」

 ですよねー。

 自分が関係ない出版社の親睦パーティーで、九年間もの引きこもり生活に終止符を打たないよね。

「……挨拶した人の小説、買ってあげる」

「行く」

 即答だった。『餌』で猫を連れ出せた。猫にしたのは、猫はずっと家にいるイメージだから。彼女、引きこもりだし。

 まあ、それなりにお金はもらっているから、多分大丈夫なはず。あとは――、

「綺麗めな服かあ」

 絶対あるだろうけれど、どこにあるかどうかがわからない。昨日、彼女の服を持ってきた部屋にはそういう系統のものはなかった。どちらかといえば、家で着る用の服っぽい。

「さく――「下の名前」かなでは綺麗めの服がどこにあるか知ってる?」

 苗字で呼ぼうとしたら睨まれた。だって、さっきは気づく気配がなかったから平気だったけれど、今はちゃんと聞こえちゃうし。

「知らない」

 やっぱり知らなかった。ここに住んでいる彼女が知らなければもう、がむしゃらに探すしかない。

「何時から?」

「八時」

「りゅうや、早く持ってきて」

 極めて無表情で、彼女は『囁く』くらいの音量で喋った。

「いや、持ってきてって……。ここはぼくの家じゃないからね!?」

 彼女はぼくのことを召し使いか何かだと勘違いしているのではないだろうか。

「どうして? わたしのぱんつの場所、知ってたのに」

「それはかなでが知らなかっただけだよね!?」

 彼女と喋ると、永遠に平行線に思えるのは何故だろう。

 二人以外には誰もいない。本たちがぼくを、慰めてくれているように勝手に感じたけれど、そんなことはどうでも良かった。

 まあ、二階かな? ハンガーラックがある部屋にはなかったはずだし、他の部屋にありそうにない。キッチンとかがある通路の傍に梯子があったからそこから登るのかもしれないなあ。

 ポケットから携帯電話を取り出して、時間を確認すると何と六時半過ぎ。早く見つけないと、遅くなってしまう。

「じゃあ、かなでは他の用意しといて」

「他って?」

「いるもの。必要最低限だよ?」

「わかった」

 彼女の返事をしっかりきいてから、急いで綺麗めの服を探しに行った。



 それから、数分後。目的の綺麗めの服は、思ったより早く見つかった。梯子を降りて、彼女に呼びかける。

「かなで、見つけた! これに着替えて!」

 彼女は受け取ると、服をその場で脱ごうとしたので、ぼくは彼女を洗面所のところまで連れて行った。

 ぼくが着替えて床に座り、しばらくすると、後ろに気配を感じた。

「着替えた」

 突然声をかけられたことに驚きながらも、彼女の方を向くと、

「……」

「行かないの?」

 見惚れてしまった。

「じゃ、じゃあ行こうか」

「りゅうや」

「な、何?」

 ぼくが立ち上がると、自然と彼女は上目遣いとなる。そして、彼女は手をぼくの胸元まで持ってきて、ネクタイを結びなおし始めた。

 何故だか上手い。ネクタイの結び方なんてわからなかったから、適当だったんだけれど、彼女は迷うことなく結んでくれた。

「え、あ、ありがと」

 何だか、顔が熱い?

 何故か体が彼女と反対に向き、足を踏み出す。歩き始めると彼女も着いてきた。始めは隣だったのが、だんだん彼女が後ろに下がって行く。彼女の足元を見ると、リボンが付いた大人しめのヒールを履いていた。このままだと、かなり遅れてしまうだろう。

「乗る?」

 ぼくが屈むと、彼女は

「そうね」

 と納得したように返事して、ぼくの背中に乗った。しっかり手を組んで、立ち上がるとその軽さにびっくりしたけれど、温かみが確かに感じられて安心した。不思議と熱くなっていた顔が戻っていく。

 そのまま無言で図書館を出て、夜道を歩き、校門を出ると左手にというかリムジンがとまっていた。何だろうと思いながら、見ていると中から人が出てきてこちらにやってきた。

「御爺様からいわれましてきました」

 丁寧に頭を下げられた。若い男性はスーツのポケットから紙を出してぼくに渡してきた。中を開くと、桜木さんの字で、「送ってもらって」と書かれている。桜木さんの字はかなり癖があるから、すぐにわかった。

 どこまで過保護なのだろうか。

「じゃあ、お願いします」

 ぼくが控えめにそう言うと、男性は「かしこまりました」とまた頭を下げて、ぼくらをリムジンに乗せてくれた。



 パーティー会場に着いたのは八時半過ぎで、丁度いい時間だった。ぼくが

「ありがとうございました」

 と降り際にお礼を述べると、男性は笑顔で会釈して「帰りもきます」といってくれた。しかし、何時に帰るかわからないので断った。

 移動中に寝ていた彼女は、眠そうにぼくの後を着いてくる。彼女の歩く早さに合わせて受付まで行き、自分の名前と彼女の名前を書くと、会場に通された。中は学校の体育館くらい広いが、人数はまばらだ。会場が広過ぎるのか、作家さんと編集者さんの人数が少ないのかわからないが、ゆとりがあっていいと思った。

「こんばんわ」

 振り向くと、二十台後半くらいの女性がこちらを見て微笑んでいた。

「こんばんわ」

 ぼくも笑みを浮かべて返事を返す。すると彼女は、ぼくとの約束を覚えていたようで、

「……こんばんわ」

 と挨拶した。基本的に無表情なので心情は窺えないが、何となく大丈夫そうだ。

「あっ、神宥せんせー!」

 声の方向を見ると、杜酒さんがスーツに身を包んでぼくを手招きしていた。

「じゃあ、ぼく行ってくるからね」

 ぼくは小声で彼女にいい、杜酒さんの元に駆け寄った。すると若いのが珍しいのか、大人の方々がどんどん話をしてくれて、ぼくはそれに耳を傾けて会話するのに集中していた。為になる話も、くだらない話もあって面白い。ぼくの小説を殆どの人が読んでくれていることに感激した。

 話が大分盛り上がってきたとき、いきなり電気が消えて、

「おっ」

 という声が周りから聞こえてきた。常連さんなのだろうか、かなり慣れた様子で舞台に視線を向ける。ぼくも舞台を見ると、マイクを持った杜酒さんが光の円によって映し出されていた。

「この度は__社の親睦パーティーに御出席頂きありがとうございます!」

 緊張しなさそうな杜酒さんは、司会役に向いていると思った。

「今回、皆様が凄く待ち望んでいた大人気作家さんが、このパーティーにきて下さいましたので、御紹介をさせて頂きたいと思います。ではどうぞっ」

 舞台の袖から出てきたのは紛れもなく、

「……渚羅くでかです」

 引きこもりの彼女だった。

「――え?」

 会場に拍手が響く中で一人、ぼくだけが手を動かさず惚けていた。

「えー、知っておられるとは思いますが、少しだけ説明を致します。渚羅先生は__社が募集した、第二十五回新人文学賞で見事、当時十年ぶりとなる大賞を受賞された大人気作家さんです。担当編集の小向沢こむざわが「声が可愛い」といったのがきっかけで作家さん、編集部が一目見たいと待ち望んでいた方ですね」

 引きこもりだった彼女が渚羅くでか? ぼくが尊敬している大作家さんがかなで?

 やばい。こんがらがってきた。

「因みに、小向沢は今回が初見です」

 会場が笑い声でいっぱいになる。小向沢さんらしき人が彼女に挨拶していた。そんな様子も全く耳にも目にも入らず、ぼくは混乱したままだった。

 ちょっと、頭を冷やそう。ぼくは会場を出て、目の前にある噴水近くのベンチに腰をかけた。

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