表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第三章:佐藤真桜奪還篇
70/70

第三十話「そして、結び合う」

 箸は進み、話も進み、楽しそうに時間は経っている。

 楽しそうに和気藹々と人を囲んで喋っている真桜を遠目から見ながら、奏は離れた場で一人静かに喉を潤していた。

 その様子を見て命を懸けて、自分が彼女を助けたことに間違いはないと再認してしまう。

 そして、相変わらず、社交的な双月はと言うとほぼ初対面のメンツに囲まれながら、まるで長年一緒にいる友達のように輪の中に溶け込んでいる。そんな様が羨ましく思えた。

 空になったグラスを手に持ちながら、バルコニーで一人、風に当たっている。そんな、奏の前に小さな音を立てながら、杖を突いている木通が彼の隣に近づいて来た。


「木通か」


 近づいて来た木通を目視すると、それにリアクションを取る形で彼は軽く手を挙げた。杖が段差に嵌り、ちょっと嫌そうな顔をした木通はバルコニーの手すりに掴まった。


「お前はあそこに行かなくていいのか?」

「オレは騒がしいのが苦手でな、団体行動はあんまり好きじゃねぇんだよ」

「まあ、木通の性格を見れば、それくらい判りきっていることか」

「なんだと?」

「冗談だ、冗談」


 杖を振りかざして奏の脛を小突いた木通は部屋の中で笑っている人達を見て何を思ったのか小さな声でため息をこぼした。

 それが何を意図しているのかは誰も知る由もなかった。


「あれから、紫原昴を含めた逃走中の“ヴァイスハイト”の連中を追っては見たが今の所、あの連中たちが動いたって形跡は見られなかった」

「そうか。また、真桜を狙ってくる可能性も充分ありえるってことだよな」

「それはまだ分からない。ただ、奴らが起こそうとしている結末には佐藤真桜の秘めた力が必要不可欠なのかもしれない。まだ、油断は出来ない」

「それで他にあいつらについての情報は無いのか? なんでもいい、教えてくれ」

「これは一応、極秘事項ではあるんだが……、まあ、片足を裏に突っ込んでいるお前になら教えてもいいだろう。ただ、これは他の奴らには絶対に喋るなよ」

「……真桜にも喋っちゃいけないのか?」

「ああ、佐藤真桜にも駄目だが、あの眼鏡の女にも口外しない方が良い」


 渚のことを意味していることがすぐに分かった。そして、何故その話を渚にしてはいけない理由を奏は軽く疑問に思いながら、極秘事項の話題であるせいか、奏の表情がいつもよりも強ばって見えた。

 そして、木通は再び息をついて気を落ち着かせると言葉を吐き出す。


「あの場所にいた紫原昴、天原佳織、赤城涯、皇小夜子、獅子島十三、月凪秋水の計六名は七色家、政府に雇われる以前から関係を持っていたらしいんだ」

「……それって、どういう意味だ?」

「元々、あそこは超能力の研究をして人工的な能力者を造ることを目的に秘密裏に活動していた場らしい。“ヴァイスハイト”って呼ばれていた連中はその研究の邪魔をする人を消すためだけに雇われた。いわば、傭兵ってことだ」

「だから、異常なほどの実力者ぞろいだったってことか……」

「だが、これはあくまでも前振りだ。乗り込む直前に身内に調べさせて手に入れた知識だ。だが、他にも調べて貰った結果、色々な情報を手に入れることが出来たみたいだ」


 恐々とした木通の表情を見て奏の冷静さは緊迫に包まれていた。

 流れている風は静かに、また、時間が経過するのが異常に遅かったように体感している。


「あいつらは「クロノス」という名を語って、あることを起こそうとしているんだ」

「あること……?」

「ああ、うちの情報諜報の連中に聞いた所、どうやら、世界を塗り替える(ヽヽヽヽヽ)らしい」

「塗り替える? 世界を」

「盗聴した時、奴はそう宣言したらしい」


 確かにあの強さの人間がそれだけ揃っていれば、一国の軍隊を鎮めることは容易のことだ。

 ただ、分からないことが幾つも発生して来た。

 何故、そこまでして何かを求めているのか。それが奏には理解しがたいものだった。


「まあ、その後すぐに盗聴器は破壊されて追跡班が追っては居たんだが、クロノスの奴らは機械島から、脱出したジェット機ではなく、ステルス航空機に乗り換えて逃亡した」

「飛行機に乗ったってことは日本にはいない可能性の方が高いな」

「ああ、可能性は高い。なんせ、あの七色家の紫原家が昴についてのことを全く知らないと言ったからな。既に赤城涯同様に破門されるのは判りきっていることだろうな」

「あくまでも七色家は関与していないということか」

「それに政府も白を切っているみたいだから。肝心の機械島が沈んだ以上、オレ達が言葉を立てたとして、あいつらは全てを無視するだろうな」


 イージスが経営している神代病院に入院していた頃に医師、粟木一徹から聞いていた。

 何故、イージスという組織が日本最大の名家「七色家」と日本そのものを相手にしたとしてお咎めなしでこの場にいられるのか。

 秘密組織「イージス」という組織は世間一般で認知はされていない。

 秘密組織なのだから、当然だと言えば当然なのだが発足させたのは日本政府自体ではない。

 ある一人の正義感の強い政財界の人間が己の地位を強めるために自らの財力を用いて、他の人達が想像もしなかった「超能力特殊部隊」を創り出したのだ。

 だから、イージスと言う組織は何物にも染まることのない「黒」。

 目的のためならば、手段を択ばない全てを飲みこむ「闇」。――――そう一徹は告げる。


 上の人間に認知はされている。だが、黙認されていた。

 なぜならば、政府の幹部もまた同様のことを秘密裏に計画をしていたからだ。


 その結果が今回の「七色家」と「日本政府」の結託による機械島での人工性能力者(アーティフィシャル)の生成。


「それと少し不味いことにもなった」

「不味いこと……?」

「ああ、今まで七色家と政府が結託して裏社会の均衡を取り持っていた。だが、今回の件で裏社会の均衡が崩壊し、今まで巣穴で息を殺していた陽の目をみなかった能力者達が活動を始めてきやがった」


 全ての能力者の原点、とも言われている七色家が創りだした組織は裏社会でも効果は絶大。最終的には闘わなければいけない相手として認知されていたので活動を控えめにしていた、そんな能力者達が猛獣の巣穴から放たれた。

 それはどういうことを意味しているのか、奏にとって判りきったことだった。


「ここまで言えば、勘の鋭いお前なら分かるだろ?」

「……ああ。つまり、紫原昴が取り逃がした真桜を狙ってくるかもしれないってことだろ」

「それと、鍵を開けるために必要な聖なる(ひとみ)、を持つ眼鏡の女も狙われるだろうよ」


 少なからず、今回の件は表沙汰にはならないとしても裏社会には漏れることは否めない。

 裏でそんなことが起ころうとしている。

 そんなことを知れば、今の生活はあっという間に地に落ちてしまう。

 この平穏で、平和で、何の気兼ねもなく、毎日、学校に行ける日々を終わらせたくない。

 悔しさと、何もできない歯痒さ。そんな気持ちから、奏は無意識のうちに拳を握りしめた。それは彼の隣にいる木通が察せるほど全面的に出た、自分自身の不甲斐なさだ。


「お前には色々と感謝はしている。だが、この件ばかりはどうしようもできねぇ」

「……わかっている。避けられない事実ってことは前々から、察していたさ」


 下唇を噛みしめて不合理な世界に苛立ちを構える。


「それにエレベーターで姫宮が言っていた。――「この戦いが終わったとしても、奏くんの戦いは終わることはない。まだ、これは前哨戦に過ぎない」って。今の今まで、その言葉の意味は分からなかったよ。ただ、お前の言葉を聞いて理解した。まだ戦いは終わらない」

「そうだな。お前に残された道は少ない。ただ、お前にしか出来ない道は幾つでもある」


 杖を放した。

 木通が、奏の前で杖を放してバルコニーの手すりに掴まった。


「お前を一週間、特訓させた時に言ってなかったよな? オレが何故、杖を突いているのか」

「あ、ああ」

「これは瑠璃にも、陽炎にも言ったことはない」


 瑠璃に昔の話を問答無用で聞かされた時が一度だけ、奏にはあった。

 小学校の頃から一緒だった木通と瑠璃。

 だが、中学二年生のある日、木通は二ヶ月間も学校を休み、そして、次に来た時には木通は杖を突いて登校をしていたという昔話。

 幾ら理由を聞いても教えてくれない。

 ただ、木通が瑠璃の知らない所で命を掛けた仕事をしていることだけは聞かされた。


「まあ、今のお前にオレの抱えた秘密を喋る義理はないんだけどな」

「……はぁ?」

「お前が今、思っていることに対しての忠告だよ。お前が選択をしようとした未来には今のような耀きはない。闇はオレ達の想像を絶する速度で迫って来ているんだ」

「どういうことだ。てか、何で俺が思っていることが判るんだよ」


 そんな問いに木通は鼻で軽く笑うと杖を突いて、手すりと奏から距離を取る。そして、すぐ後ろに立つ奏に振り返って全てを察した顔つきは、何処か淋しげだった。


「似ているんだよ。今のお前と、昔のオレは……」


 意味深に告げた木通がバルコニーを出ようと微風で閉まっていた扉に手をかけた。そして、思い出したように小さく頷いたと思えば、再び奏の方に向き直した。

 ただ、先ほどのような淋しげな表情はない。

 いつもの冷静さを兼ね備えた木通の無表情な顔だった。


「一つ言い忘れていた。うちの所長がぜひ一度、お前に会ってみたいとよ」

「……え、あ? お、俺に?」

「――「あんな無茶な真似をする馬鹿は木通くん以来だね。ぜひ一度、お会いしたいね」と顔を見ながら言われたよ。ったく、あの人の考えていることはいつになっても分からねぇ」


 何処か声真似をしていたのか、いつもの木通とは声色が違う。

 そして、勝手に話が進み、木通はため息をした。


「もしかしたら、お前に連絡するかもしれないから、その時は穏便に頼むぞ」

「わ、分かった」


 そう言い、木通はバルコニーを後にした。

 だが、そよ風を浴びながら、奏はふとあることを思っていた。


「そう言えば、俺。木通の携帯番号とか知らないんだけど……」


 空虚に囁く、奏の呟きは誰にも聞こえない。

 風にすら嫌われた、奏の発言はそよ風にのって遥か彼方に飛ばされていった。



 047



 木通とバルコニーで語っていた奏はその後も、外の景色を眺めていると扉が開いた。

 ゆっくりと振り返って、その人物を見ると少し忘れていたことを思いだす。そして、彼女が寄り添うと両手に持っていたグラスの内、片方を彼に差し出してきた。

 素直にそれを受け取ると奏は軽く口に含み、飲みこんだ。


「無道さん……、ですか? あの人と何を喋っていたんですか、奏さん」

「いや、真桜に喋るまでもない下らない話だったよ」

「そうなんですか。下らない話なら、これ以上、聞くのは止めておきます」


 バルコニーの手すりに寄りかかって真桜はグラスに口を付ける。階が結構あるので、微風が発生する。真桜の色素の薄い茶髪が時折、なびき、それを戻す彼女の仕草に心を奪われた。

 ただ静かに風の音が鮮明に聞こえるくらい、二人の間に会話は無かった。


『あ、あの!!』


 静まり返っていたバルコニーに二人、重なった声が響き渡った。思わせぶりな表情をする、目が合って再び静かになると顔を赤らめながら、両者は視線を逸らした。

 手に持っているグラスが羞恥のあまり、微弱にも震えている。


「奏さんから、どうぞ」

「いや、真桜からでいいよ」


 そこから、しばらく「どうぞ、どうぞ」の言い合いが繰り広げられて先に折れた真桜が口を開き始めた。徐に語り出した内容は大方、奏が想像のついていた内容である。

 重くしんみりとした空気に酔いしれるように真桜はグラス片手に手すりに寄りかかった。


「改めて奏さんに御礼を言います。助けてくれて、ありがとうございました」


 軽く瞳を閉じ、会釈をした。

 以前よりも何倍も清々しいような顔つきで真桜は微笑んでいる。そんな表情を見て、彼女を助けることが出来て本当に良かったと。もう何度目の実感が湧き上がって来た。

 命を掛けるほどに救いたい人がいる、そんなことを今回の件を通じて痛感した。


「いや、お前を助けることが出来たのは俺一人だけの力じゃない。協力してくれた全員のお蔭、一人では絶対に救うことなんて出来なかったさ。だから、俺一人だけの成果じゃない」

「それでも。それでも、その全員を引っ張って来たのは奏さんです。奏さんが言わなければ誰も私なんか助けてくれなかったと思います。だから、謙遜はしないでください」


 たった一人の友達を救うために多くの犠牲と天秤を照らし合わせた。

 もしかしたら、あの時、あの場に誰か一人でも協力者が欠けて居れば、この場にいる誰かはいないかもしれない、殺されていたかもしれない。

 偶然じゃない、運命でもない。

 ただ、一条奏といった、一人の人間に全員が力を貸したのだ。

 それは只ならぬ、才能。人を集める、力。――――それを奏は持ち合わせているのだ。


「もちろん、皆さんにもお礼は言いました。私のことのために自分の命をすり減らしてまで戦ってくれて。でも、私が最も感謝をしているのは、他でもない。奏さんなんです」


 ドクンっ、と胸が高鳴った。

 何故かは判らない。


「私、あそこで奏さんが助けに来てくれた時に再確認しました。――――ああ、やっぱり、私は奏さんが好きなんだな、って……」


 何故か、笑みを見せた真桜の表情がどことなく淋しそうに見えてしまった。


 直感する。

 いや、恐らく奏ではなくても、この場で電撃が走るような想いは誰にでも起こりうる。

 この瞬間、奏は初めて彼女を「佐藤真桜」のことが前世のことで償わないといけない人からどんな犠牲を払ってでも隣にいたい大切な人に書き換えられる。

 それは今まで生きてきた中で、前世の記憶を所持していた中で、最も後悔していたことから大きな一歩を踏み出した。――――――後悔は止め、全てが新しく生まれ変わった。



 そう、彼女は佐藤真桜であって、前世で名を轟かせていた地上最悪の魔王ではない。


 そう、彼は一条奏であって、前世で最強と謳われていた伝説の勇者ではない。



 心の中では思い込ませるように唱えてきた言葉がようやく、身に染みて、実感した。

 嘆かわしく、奏にとっても、ようやく自分が馬鹿げたことをしていたことを改めて知った。気付いた時、目の前の視界は霞んで見え、視界にいる真桜が慌てた素振りを見せていた。


「奏さん? ど、どうしたんですか!?」


 真桜に言われ、初めて奏は泣いていることに気付いた。

 何故かは判らない。

 ただ、一つ言えることがあるとするならば、ここで言わなければ恐らく一生後悔をする。

 彼が背負っているのは何も自分自身の想いだけではない。

 十六年、それ以前から積み重ねてきた前世の勇者の想いも込めて、涙を拭い言葉を告げる。


「真桜、聞いてくれ」


 泣いている奏を見て慌てた真桜はハンカチを取り出そうとするが、自身が着ているドレスにポケットが無いことを思いだして、更に慌てる。

 そんな所に奏は今までで一番の勇気を振り絞って、言葉を捻りだした。

 大きく息をついて、呆然とする真桜の顔を見上げた。


「真桜、お前が前世の俺のことを好きなのは知っている。勇者も前世のお前が好きだった。だけど今は、違う。お前は魔王じゃなくて「佐藤真桜」俺は勇者じゃなくて「一条奏」だ。容姿も違ければ、名も違う」


 真剣な表情で語る奏の前に真桜の様子はいつしか、ちゃんと聞く様子に整えられた。

 話は続く。


「俺は今まで前世の魔王にしてやれなかったことを今のお前にしてやろうと思った。所謂、償いだ。けど、改めて今、思ったよ。俺だけが馬鹿みたいに頑張っていたってことにさ」


 真桜は言っていた。

 所詮、魔王勇者だなんて単なる出会いにすぎない、と。

 前世とか今世とか、そんなことは関係なく、私は奏さんを好きになった、と。


 その言葉の意味がようやく理解できた。


 奏は後ろ髪を引っ張られるように前世という記憶を重荷にしていただけなんだ。

 殺された張本人である彼女はとうの昔に踏ん切りがついているのにも関わらず、ねちっこく馬鹿みたいに背負い続けた。そんな自分が嘆かわしい。

 だから、再認できた想いを、気持ちを、感情を、今ここで言葉にする。


「色々な人から、助言を貰った。恋愛の「れ」の字もしらない俺にとっては参考になった。双月、めぐる、理事長の暁美さん。それに母親にも相談してみた」

「え、暁美さんと会ったんですか? え、初耳なんですけど……」

「全員が口を揃えて言うのは俺がヘタレだっていうこと、それと想いは言葉にしてみないと伝わらない。相手に届いてこそ、初めて、それは想いになる」


 色々と混乱する内容に頭が追い付いていない真桜を余所に、奏は乾いた唇を舐めて高鳴った鼓動を抑えつけながら、思った言葉を口に出して言った。


「さっきも言ったけど、前世の俺は確かに前世の真桜のことが好きだった。けど、今の俺は前世の魔王を好きになったんじゃない。この世界で出会った、今のお前を好きなったんだ」


 鼓動が脈を打つ。

 速くなった鼓動に合わせて血液が次々と身体中を駆け回る。

 そして、気づいた時には体中が茹だるように暑く、顔は張り裂けるように熱かった。


 若干俯きかけていた真桜が少し顔を上げると、丁度、奏と目線が合う。

 顔を真っ赤にしている奏を見て、釣られるように彼女も顔を赤くすると恥ずかしさのあまり二人は同時に目を逸らして、互いの顔を意識しないようにと試みた。


 静まり返った空気に風がなびき、そんな風に言葉を乗せるように真桜が小言を呟いた。


「……そ、それってどういうことですか?」


 バッ、と顔を上げて目が泳ぎ始める奏を余所に吹けない口笛をしながら、真桜は白を切る。あくまでも全てを言葉にしないといけないらしい。

 人生で初めてのことに戸惑いを見せた奏は、もう引き返せないと何度も自分に鞭を打って、視線を外す真桜の手を握りしめると驚いた彼女に合わせて、自身の顔を近づけた。


「んにゃっ!?」


 重なり合った唇は今まで経験したことのない、感触を初体験の二人に与えた。

 そして、しばらく、固まった二人は直後、今までにないほど顔を赤くして距離を取る。

 恥ずかしさの余り、二人は口元を隠す素振りを見せたが、奏は想いを言葉に込めると今世紀最大級での気持ちを真桜に飛ばした。―――想いは相手に届く。



「今の行動が俺の気持ちだ。――――真桜、俺と付き合って欲しい!」



 返答はない。


 ただ、二人共、見違えるほど表情が違うのは誰が見ても一目瞭然であった。

 真桜に至っては掻き上げた髪から見える耳までも、茹ダコのように燃え上がっていた。


 しばらくして、殺伐とした緊張感の走る空気に真桜がゆっくりと顔を上げて見せた。それはいつも凛としている優等生、佐藤真桜の表情ではない。

 そして、徐々に落ち着きを取り戻した真桜の表情が著しく変化し始めていった。



「はい、よろしくお願いします!」



 一条奏に、恋をした。麗しき乙女の最高級の満面の笑みだった。



 048



 真桜が奏の告白に対する返答を述べた、次の瞬間、二人しかいないバルコニーの端っこから複数の声が仕切りに聞こえていることに気が付いた。

 どうやら、先ほどから声はしていたらしいが肝心の二人は緊張しすぎて目の前の当人以外は全ての回路が遮断していたらしい。

 そして、数秒後には崩れ落ちる雪崩のように、複数人が転がり込んできた。


「あっ!」


 開口一番に声を上げたのは一番先頭にいて、雪崩の一番下にいる空閑双月であった。

 彼が見たのは満面の笑みで笑う、悪友の姿。


「どういうことか、説明して貰おうか。双月」

「ご、誤解だよ、奏くん。僕は皆を止めようとしたんだ。だけど、みんなが――――――」

「あ、ずりーぞ、てめぇ。最初に駆けつけて面白がって、あたし達を呼び出して、動画までご丁寧に撮影していたお前だけには言われたくねぇ」

「ご、ごめんね。奏くん、佐藤さん。私は止めたんだけど……」

「そんなこと言って、なぎちゃんだって血眼になるくらい見ていた癖にー」

「最初から最後までここの全員で見ておったから安心せい」

「一条くん。ぐっちょぶ!」

「あー、ごめんね。僕は最後の所しか見てないから、ほんと、ほんとだよ?」


 ばれたことによって、全員が罪の擦り付け合いで言葉を巧みに使って誤解を解こうとした。ただ、奏に湧き上がった怒りはいつの間にか何処かに消え、隣にいる真桜と共に笑いだす。

 それが何を意図しているのかは判らない。

 だが、誰が見てもそこに居る二人は幸せそうな笑顔で笑っていた。


「みなさん、これからビンゴ大会を始めますので、いつまでもバルコニーには居らず、中に入って下さい。一等賞はなんと海外旅行のチケットをご用意させて頂きました」


 誤魔化しで何とか逃げようと企んでいた傍観者達は中から聞こえる真由の一声をチャンスとばかりに、瞬時にこの場から姿を眩ませた。

 なびくカーテンから、こちらに手を振っている真由を見て奏達は振り返してすぐに向かう。奏たちは、バルコニーを去る間際、奏は隣にいる真桜に向かって無言で手を伸ばす。

 それを見た真桜が嬉しそうに微笑んで、差し伸べられた奏の手をぎゅっ、と握った。

 もう二度と離さない、そう誓って奏は真桜と共に歩き出した。


 バルコニーを去った二人の背中を押すように優しい夏風と、青緑色の葉っぱが空を舞う。

 陽射しが射し込み、事の結末を祝福するように太陽はよりいっそう輝きを増した。


 数百年振りの時を超えて、二人に春がやって来た。


 そして、高校最初の夏休みがやってくる。

 ひと夏のアバンチュールはもう目の前だ。




END




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ