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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第三章:佐藤真桜奪還篇
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第二十七話「本心」

 041



 あれから、約三週間が経った。

 結局、機械島が崩落したことによって日本政府と七色家が裏側で進めていた研究は水の泡となるのだがこの件に関するニュース、報道は一切起こらなかった。

 規制が掛かった、と言うよりも情報を全て握り潰されたという感じである。彼らの裏にいたのが日本と七色家ということもあって大事にはさせなかったようだ。


 そして、本来ならば殺されても可笑しくない立場にいる奏達を含める「高校生組」は木通と一徹が所属をしている秘密組織「イージス」によって、保護されていることで下手に政府が介入できないようになる。これも「イージス」の室長が行った粋な計らいのお蔭だ。


 そして、無事に本島に戻った高校生組一同はそのまま、港で待ち迎えていたイージス専用の大きな車に乗り込んで数時間後には全員が神代市に帰って来た。

 緊張と緊迫、そして命をすり減らすほどの精神力を称した高校生組は既に眠りについて全て終わったと、そんなことを彷彿させる寝顔を浮かべていた。


 神代市に着いたイージスの車はそのまま、粟木一徹が医者として働いているイージス経営の神代病院に全員が入院をせざるを得ない状況となった。

 結果として、特に重症だったのが一条奏、佐藤真桜、斑目飛鳥の三人が重傷であった。

 全員が精密検査を受け、最低でも一週間。――佐藤真桜に至っては約一ヶ月の療養が必要と診断されて不機嫌な顔でベッドに横たわっていたことを思いだす。


 空閑双月、宮村小町、伊波めぐる、無道木通、内田瑠璃、日向陽炎は数日の通院。

 一条奏、佐藤真桜、斑目飛鳥、間宮渚、長門京子は問答無用で入院を余儀なくされた。


 そして、七月一日。

 一足先に退院をした一条奏は数週間の自宅療養を一徹に告げられて、数週間振りに自宅へと帰ると二人の妹に骨を砕かれる勢いで抱きしめられて、帰ってきたと更に実感がわいた。


 その後、奏は毎日のように真桜の個室の病室に行っては、楽しい時を過ごしていた。

 時折、お見舞いにくる赤城千歳と空閑双月が邂逅し、ひと悶着あったが、それはまた別。

 そして、長らく療養が続いていた真桜が病院内ならば外出が許可された――「七月七日」。


 看護婦さんに車いすを借りた奏は真桜を連れて、久し振りに外にでた。

 燦々とする太陽が眩しくて、病院服を着ている真桜が思わず、太陽の陽射しを掌で遮った。

 そんな光景が少し面白くて奏は不思議と笑みをこぼす。


「何か、可笑しいですか?」

「いや、なんでもない」

「はぐらかされたら気になるじゃないですか、教えてくださいよ」

「だから、なんでもないって」


 必要以上に聞いてくる真桜の嬉しそうな表情を見て、奏は車いすを押し始めた。

 今日は七夕ということもあって院内前にある噴水の近くには大きな笹が立てかけてあった。真桜の病室から見下ろすと丁度よく見ることが出来て、彼女が行きたいと言ったのだ。

 大きな笹のある所に向かって、真桜を乗せた車いすを再度、押した。


「今日、お前が外に出られるって皆に連絡したら、日曜なのに来てくれたぞ」


 大きな笹の下には、真桜を助けるために生死の激戦を繰り広げてくれた仲間と千歳が噴水の前で奏達を待ちわびていた。

 日曜日、ということもあって全員、服装は私服だが双月だけは網走学園の制服だった。


「みなさん、今日は私の為に来て下さってありがとうございます」


 嬉しそうにみんなの元に向かって行った真桜を尻目に、双月が奏に近づいて行った。


「悪いな、双月。色々とあって、ちゃんとお礼言ってなかった」

「いいんだよ、僕は君のためなら地獄の業火の中だって平気で向かっていく。僕達の関係はそんなんだろ、いまさら固いお礼なんていらないさ」

「そうか。……ありがとな」


 楽しそうにしている真桜の姿を見て、自分がしてきたことが正しかったと判断がついた。

 そして、彼らを遠くから見る二人はふと思ったことを口にする。


「そう言えば、双月。お前なんで制服なんだ?」

「これかい? まあ、色々とやることがあって今日もここに来る前に一仕事して来た所さ」

「そうなのか。そう言えば、学校の方はこんなに休んでもいいのかよ」


 既に双月がこっちに来てから、三週間は経過している。うち、奏が憶えている中で北海道に彼が戻った様子は一度もなかった。

 不思議そうに聞く奏の発言に双月は何も答えない。

 ただ、短く一言だけ、さらっと呟いた。


「楽しみだね、夏休み」

「ん? ああ、そうだな。夏休み前には退院できるって粟木も言っていたからな」

「そうなんだ」


 前もって、買っておいた未開封のペットボトルを開けると軽く口を開けて喉に流し込んだ。

 そして、今度は双月から、奏と真桜についての思ったことを口にした。


「そう言えば、真桜ちゃんって奏くんの彼女なの?」

「――――ぶっ!?」


 飲んでいたペットボトルの中身が半分以上、霧となって地面に打ち水のような形となった。変な場所に飲料水が入った奏は、ごほごほと咳きつきながら、双月の方を見上げた。

 そこには、なにかを悟った表情の彼がいる。


「はっはーん、さては奏くん。告白する勇気もないんだね」

「うっせ」


 口元を袖元で拭って半分なくなったペットボトルを双月に投げつけた。それを手に取って、何の躊躇いもなく口元に運んだ双月は水分を確保する。

 会話が止まって二人は自然と笹の下で楽しそうにしている人達を眺めていた。


「なあ、双月」

「なんだい、奏くん」

「一つ、例え話をしてもいいか?」

「面白い話なら、喜んで聞くけど。それでどんな例え話なんだい」


 この話を――前世のことを双月に話そうと思ったのは、別に魔がさしたわけじゃない。奏のことを良く知って、真桜のことを差ほどしらない双月にこそ聞いて欲しい題だった。

 前世の因果で、赤い糸で結ばれ合った「一条奏」と「佐藤真桜」のたとえ話を一つしよう。


「例えばの話だ。大昔、少年と少女が互いを好きだと言った。だけど、少年の些細な事柄のせいで少女と遠くの場所に離れてしまった。そして、長い時間を経て二人はまた出逢うけど少年にはその時に起こった事柄の罪悪感で少女に、心を通わせることが出来なくなった」


 想う、思いは重く。それ故に少年は罪悪感と戦い続けた。

 今なお、そして、あの時も今の彼女を救うのではなくて過去の彼女に対する罪悪感を埋めるためだけに発起させたのかもしれない。と、補足で奏は双月に告げる。


「その罪は一生かけても償うことは出来ない。だから、少年はその少女に心を――――」


 たとえ話が本題に入った所で双月は手に持っていたペットボトルの水を奏に掛ける。半分も入っていたペットボトルの水は全て奏に掛かり、滴る水に奏が髪を掻き上げた。

 そして、ゆっくりと顔を上げると双月は全てを察した物言いで空のペットボトルを投げた。


「頭、冷えた?」


 双月が何をいいたいのか、察することが出来ない奏は思わず、言葉を濁した。

 そして、二人がいた場所から遠くない腰かけに双月は座ると足を組んで呆然と立ち尽くした奏を見た。


「そうだね。僕も一つ、話をしようじゃないか」


 更に呆然とする奏に気にも留めず、双月は冗舌な用いで語り出した。


「奏くん。君の言っている、その少年は恐らく怖いんだよ。今度、その少女と離れることになった場合、彼はまたどうしようもない虚無感が生まれる。少年のいう罪悪感って言うのは大きく穴の開いた虚無感を埋めるのにただ使っている、どうしようもない屁理屈だ。だって、心から好きなんだったら、今度こそは離れないために繋ぎ止めておくだろう。ただ、それをしないのは本当に別れの時が来た時、少年がそれに耐えられないからだよ」


 俯いていた奏の顔が自然と上がり、双月の言葉に心を動かされていった。

 どうしてだろうか。それは判らない。ただ、彼の言っていることはとても心揺さぶれた。


「それにさ、罪悪感だとか過去のしがらみに囚われているなんて君らしくないと思うんだ。少年は少年、少女は少女、奏くんは奏くん、真桜ちゃんは真桜ちゃんさ。そう言ったことを差し引いた上で考えるのが本当の気持ちってもんなんじゃないのかな?」


 全てを見透かし、嘲笑うかのように双月は全てを語り終えた上で奏に問いかけ直した。

 滴る髪を、わしゃわしゃと掻き乱した奏は彼の言葉を受けて、大きく深呼吸をする。


「どう、僕は間違ったこと言っているかな?」


 その首は小さく横に否定をした。

 それを見て、双月は静かに笑った。


「やっぱり、お前に聞いて正解だったわ。ありがとう、双月」

「お礼なんていらないさ。なんたって、僕達は唯一無二の悪友だからね」


 格好よく決め台詞を告げた双月に思わず、笑みがこぼれた二人は遠く離れていても絆に嘘はないんだと改めて再認することが出来た、そんな瞬間だった。

 双月が噴水に目を向け、奏が噴水に背を向けていると、何を見たのか双月の表情が微笑んで向こう側に指を向けた。

 にぱにぱ、とする双月に釣られて奏が背を向けると笹の下で真桜が手を振り、呼んでいた。


「奏さーん! こっち来て下さいよ!」


 大きく手を振っていた真桜に奏は手を振りかえして上げると噴水に向かって踵を翻した、が寸での所で足を止めて椅子に座る双月に声を掛けた。


「お前はいかなくていいのか?」

「何を仰っているんだい、奏くん。誘われたのは君だ。ほら、さっさと行って告って来い」

「ばっ……!」


 そんなことを言われて少し顔が赤くなる奏は嫌味ったらしく囀る双月の声に背中を押されて真桜の元に歩いて行った。

 そんな、ヘタレな背中を見て笑っていた双月の表情は紅一点、静かに表情は戻る。


「僕はお似合いだと思うな。前世の風貌を匂わせる、その混濁とした雰囲気(オーラ)を含め」


 楽しくはしゃぐ、そんな彼らを見てひとり蚊帳の外、空閑双月は悠々と病院を後にした。

 双月と彼らが再び邂逅をするのは、そう遠くない未来。

 きっと、その時、彼を知る人間は度肝を抜かれた表情で驚きを見せることだろう。そんな、一つの興を楽しみにしつつ、颯爽と消えた。




「うわ!? どうしたんですか、奏さん。ずぶ濡れじゃないですか」

「……え? あ、ああ。ちょっと色々とあって」

「ちょっと色々あってじゃないですよ。ほら、近くに来て下さい。拭いてあげますから」

「別にいいって、すぐに乾くし」

「いえ、油断は禁物です。もし、風邪を引くようなことがあれば、せっかくの夏休みが家で寝ているだけになってしまいます」

「んな、大げさな……」


 自力で奏の傍によった真桜は車いすの後方にある物入れの場所に入っていたタオルで洋服を拭き始めた。びしょびしょに濡れていた洋服も、あれから時間が経ったのか少し湿った位の渇き具合になっていた。

 最後に「しゃがんで下さい」と命令をされ、されるがまま、髪をくしゃくしゃにされる。


「まったく、もう、まったく。奏さんは……」


 拭いてあげている間、聞こえるか聞こえないくらいの大きさでずっと呟いている真桜の姿を可愛いな、と改めて思いながら、奏はされるがまま終わりを待った。


「はい。終わりましたよ、奏さん」

「おう、ありがとう」

「それにしても、何でずぶ濡れだったんですか。それに空閑さんもいないみたいだし……」

「いや、あいつのせいではないから。それに双月はあんまり好きじゃないんだよ。人の多い所とか。一人でいるのが大好きな一匹狼なんだ」

「そうなんですか……。奏さんのお友達だから、仲良くなれると思ったんですけどね」

「時間を掛けていけば、仲良くなれると思うよ。あいつとも」


 根拠のない言い分を真桜に告げると少し残念がっていた彼女の顔が一気に明るくなった。

 そして、真桜はそのテンションを維持したまま、奏を笹の下に連れて行く。なにがなんだか状況が理解できない奏は取りあえず、手渡されたペンと紙切れを見る。


「今日は何の日ですか」

「今日は……、七夕?」

「そうです、その通りです。ということで奏さんもお願いを短冊に書きましょうよ」

「まあ、別に構わないけど」


 言われるがまま、楽しそうに短冊に願い事を綴る真桜の横顔を見ながら、奏は何を書こうか腕を組んで考え始めた。だが、今の彼に願いという希望は何一つない。

 ただ、思い浮かべているのは成し遂げた時の、幸せそうな真桜の笑顔だった。

 全てが終わって、新しい始まりを迎える、その時まで果たして二人は一緒にいられるのか。

 頭によぎる思考とは恐らく違うことを綴って、奏は短冊を吊るそうとする。


「奏さん、願い事、なんて書きました?」

「教えない」

「えー、いいじゃないですか。教えてくださいよ」

「お前だけには意地でも教えない」

「むーっ」


 悔しそうにする真桜を見て、奏は再び頭によぎる。

 双月に言われた一言が、頭の中に渦を描いて、その通りなんだと自覚をする。

 車いすの上で、ぴょんぴょんと必死に跳ねながら、奏の持っている短冊を取ろうと頑張った真桜は少しして疲れた様子で背もたれに寄りかかった。

 一ヶ月も入院して居れば体力は落ちるが、それ以上に怪我が癒えていないのかもしれない。

 少し不安になる奏の疑惑を掻き消すように、真桜を呼ぶ大きな声が聞こえた。


「真桜、ちょっとこっちに来てはくれんか!」


 一足先に笹の下から離れた千歳を含めた高校生組のメンバー達は病院に許可を取って今回の件について青空の下、庭先でシートを広げて、はしゃぎまわっていた。

 特に瑠璃と京子が暴走し、木通と陽炎が腫物を見るような目で見つめて、渚と真由が周囲の人達に頭を下げて事情を説明し、めぐると小町は二人だけの空間を作っていた。

 そんな中で瑠璃と京子と一緒にはしゃいでいた千歳が真桜を呼ぶために大きな声を上げた。


「わかりました。すぐいきます」


 千歳に返答をし、車いすの方向を変えた真桜は隣にいる奏に向かって顔を上げる。


「奏さんも一緒に行きましょうよ。みんな、待っていますよ?」

「あ、ああ。これを吊るしたら、すぐに行くよ」

「すぐですよ? 早く来て下さいね」


 既に車いすを自分で操作できるほど上手に移動できるようになった真桜は颯爽を駆け抜けて千歳のいる庭先の宴会場に向かって行った。

 そんな様子を見ながら、奏は大きな笹の方に振り返ると短冊を吊るそうと手を伸ばした。


「……ん? これって」


 クルクル、と廻っている短冊に目が留まった。

 後ろには大きな文字で「佐藤真桜」と書かれていたので悪戯心からなのか、真桜の願い事を見てやろうと奏は表面の願い事が書かれている場所を捲り返した。

 そして、思わず、言葉が枯れる。


 ――――――「この想いが奏さんに伝わりますように」。


 そんな達筆な文字で書かれていた言葉が自然と奏の胸に突き刺さっていた。

 言葉が枯れて、何も口に出来ない。

 ただ、苦しい想いを持っているのは何も真桜だけではない。


「ふぅ……」


 大きく深呼吸をした奏は真桜の短冊を捲り直すと見なかったことにし、真横に自分の短冊を吊るした後、書いている内容を自分で思い出して恥ずかしくなった奏は早急にこの場から、走り去って行った。

 風がなびき、二人の願いが真正面に向きだした。

 そして、それは誰もが見ても頬が緩む、そんな内容になっていた。


 ――――――「前世の勇者、俺に勇気を分けてください」。


 それは「願い」ではない「願望」でもない。

 それは何処にでもいる普通の少年が、一人の少女に自分の気持ちを伝える「覚悟の証」だ。



 042



 七月十五日月曜日。

 夏休みまで残り一週間。

 夏到来を間近に控え、燦々と照りつける太陽が奏の色白な肌をゆっくりと焦がしていく。


「あっちぃ……」


 普通の人からしてみれば、なんてことない温度だが暑さが弱点の奏にとってこんな日は家に引き籠っていようと考えていた自宅療養中のある日の出来事。

 流石に一週間も家に引き籠りっぱなしなのを見て、響の憤怒に触れると「お兄ちゃん、私が家に帰って来るまでの間、お外で遊んできなさいっ!」と鍵を盗られて半ば強制的に灼熱の天地へと突き落された。

 もう一人の妹には事情を説明し、意地でも家に入れないように根回しをされていたらしい。一度、家に帰って開けるように頼んでも、首を頷いてはくれなかった。

 致し方なく、近くのデパートにまで足を運んで、そこから目的の無い足取りで不思議とこの場所に足を進ませていた。

 ――――そう、あの日、ゴールデンウィークの日に、真桜が自分を魔王だと告白した場所。


「あー、夏とか大っ嫌いだ。早く秋にならねぇかな」


 茹だる熱気に身を焦がし、唯一の日陰であるベンチに腰を掛けて両手を広げた奏は澄み渡る青白とした大空を眺めて、雲の流れを目で追っていた。

 暇な彼にとって、この程度の無の時間はなんら問題ない。

 むしろ、これで時間が経ってくれることに感銘さえ受けている。


「どうしようかな」


 ふと、思いかけていたことを引っ張り出して考察してみた。

 奏の思う、考えていたことは真桜に対することだった。

 七月七日のあの日、結局、短冊を飾った後、妙に気恥ずかしくなった奏は真桜と会話をする回数も減り、自然と、無意識の内に彼女を避けていた気もした。

 多分、次に会えば簡単に口から零れ落ちそうな台詞ばかり、浮かんでくる。

 だけど、普通じゃ、駄目だってことは本人が一番よく知っている。


「あー、もうわかんねぇよ」


 考えれば、考えるだけ迷いが生まれる。

 思えば、思うだけ罪が築かれる。

 双月はああ言っていた。だけど、きっと罪悪感は虚無感とは違う。

 心に穴は確かに開いていた。たぶん、それは埋まることもないことも知っていた。

 掌を握れば抱きしめることができる。だが、それ以前に、もろく、奏の心は脆弱だ。


「あ、一条くんだよ」

「そうだね、奏くんだね」


 名前を呼ばれた気がした奏は、瀕死状態のまま、横を向いた。

 するとそこには夏服姿の伊波めぐると、宮村小町が棒アイスを食べながら、下校している。差ながら、仲良く登下校をする二人の間柄は恋人の如く、成り立っていた。


「めぐると宮村か……、どうした。学校は」

「学校はもう終わったよ。それよりも、奏くん。君って、今、自宅療養中じゃなかった?」

「妹に追い出された」

「引き籠っていたんだね、それは災難だ」

「どんまい、一条くん」


 小町は先日の事件、飛行機から降りる際に奏に喝を入れられたこともあって距離が少しだけ縮まった。「一条さん」が「一条くん」にグレードアップした。

 そんなことはともかく、二人をワンセットで見てみると仲のいい恋人にしか見えない。


「めぐる、ちょいちょい」

「ん?」


 手招きをして少し離れた場所にいる、めぐるを寄せ付ける。

 その際にめぐると同じ足取りで小町も近づいてくるが、ここは何としてでも阻止をする。


「ごめん、宮村。ちょっと、めぐるに相談したいことがあるんだ」

「どういうこと?」

「男と男の話し合いってことだから、ごめん。ちょっとだけ、めぐるを借りる」

「対価は?」

「んー、とだな。それじゃあ、この先にある喫茶店で何でも好きなのを奢ってやる」

「交渉成立」

「え、なに、今の会話!? 僕、売られちゃったの?」


 目をキラキラと光らせる小町は奏達の場所から、少し外れた噴水の方に歩いて行った。肩を落として、何事かと問いかける、めぐるに対して奏は真剣な表情で問いかける。

 それはあの時、双月に言われた言葉の引用だった。


「お前と宮村って、付き合ってるか?」

「――――――ぶっ!!」


 今度は水しぶきではなく、食べかけの棒アイスの端くれが宙を舞った。

 勢いよく飛び出していった棒アイスは地面に落下し、コンクリートの熱で溶け始める。


「な、何を言っているんだ。君は!」

「いや、だって少し気になったから、聞いてみただけだよ」


 一気に顔が赤くなるめぐるを見て「ああ、俺も双月に言われた時、こんな顔だったんだ」といまさら、恥ずかしくなる奏を余所に口元を拭った、めぐるが声を上げた。


「僕達は、別に付き合ってはいないよ」


 冷静になった、めぐるが口から言葉を吐きだした。

 それはどこか皮肉めいた感情が籠っているようにも、思えた。

 きっと、気のせいだろうと言葉を殺し、奏は「そうか」と呟いてめぐるを隣に座らせた。


「そうか、俺には長年つき添った夫婦に見えたんだが」

「まあ、夫婦って言うのも、あながち間違いじゃないかもしれない」

「どういうことだよ」


 めぐるは恐らく、生まれて初めてこの感情を誰かに喋った。

 それだけ、奏のことを信用とか信頼していた。


「僕は多分、小町が好きだ。けど、長く近くに居すぎて、それが愛情なのか友情なのかって判らないんだ。だから、僕達は君の言う夫婦。家族みたいなものなんだよ」


 重く、語ったその表情は何処か寂しげな様子を浮かべて、右手に握りしめていた棒アイスがゆっくりと溶けていく。めぐるの気持ちを察し、逃げていくように。


「……そうか」


 長く居すぎても、こんな気持ちを抱えるんだと奏は改めて感じることが出来た。

 めぐるの想う感情は「愛」ではなく「友」でもない。

 ただの親しみ慣れた「幼馴染み」だった。


 それから、しばらく奏の色々なことを喋り出して、また少しすると会話が途切れた。

 と、ここで何気なく奏は自分の思ったことを彼に告げてみた。


「俺さ、真桜に告白しようと思っているんだ」


 唐突に自分は何を口にするんだ、と口にしてみてから後悔をした奏だったが隣に座っている彼の様子を見て、その気持ちは一瞬にして馬鹿らしいと醒めてしまった。

 何故なら、めぐるはお化けも真っ青で逃げ出すような驚き具合で、こちらを見ていた。

 唖然と口を開きっぱなしのめぐるが、ようやく最初の一言を口にする。


「お、驚いたよ……」

「そうか?」

「ああ、一瞬、三途の川が見えたくらいの強烈な告白だ」


 予想以上に驚いていた、めぐる。


「そんなに驚くことか? ふ、普通だろ」


 自分で言っていて恥ずかしくなった奏は少しきょどりながら、めぐるに聞き返した。すると奏が予想をしていた応えとは遥かに違う、予想を二回りも上回っていた回答を口にした。

 ゆっくりと顔を上げて、奏と目が合っためぐるが口を開く。


「君達って、まだ付き合っていなかったんだね」


 驚いて言葉も出ない、めぐるの発言に言葉が出なくなった奏は仏様のような顔を浮かべた。

 互いに呆然としている中で遠くから見ていた二人の異変に気付いた、小町が近づいて来た。


「どうしたの、二人共?」

「いや、聞いてくれよ小町。どうやら、真桜と奏くんはまだ付き合っていなかったらしい」

「…………………………え、うそ」


 長い沈黙の後に普段、無表情の小町が奏の方を向いて唖然とし始める。


「え、なに? 俺が悪いことになってるの」

『うん、悪い!』


 幼馴染みらしい、息のあった言葉で奏を同時に責め立てた。

 釈然としない奏は首を傾げて、よくわからないとアピールをすると、それでも誰かに秘めた想いのことを語ることが出来て、少しだけ気持ちが落ち着いた。

 ボサボサになっている頭を掻き乱した奏は椅子から、立ち上がると両手を上げて空を見る。


「まあ、いいわ。それに誰かに喋ったから、少し安心した。ありがとな、めぐる」

「僕は何もしてないよ。……実際、僕とめぐるとの関係を掘り下げられただけだし」

「ん? めぐる、何か言った?」

「いいや、何でもないよ。小町」


 慌てるように立ち上がる、めぐるとその向かいに立つ小町のたたずまいを見てこんな関係になりたい、と心の中で願っている奏を胸に置きつつ、二人から離れるように歩いて行った。


「ほら、宮村。めぐるを貸してくれた対価として、喫茶店で何でも奢ってやるぞ」

「いく!」


 目を光らせて、奏の方に走って行った小町の後ろ姿を黙って見ながら、静かに表情を落す。そんな彼に小町が近づいて来た奏は、ニヤニヤとし始める。


「俺、頑張るから。お前も頑張れよ、めぐる」

「んな……っ!」


 蒸気機関車のように煙を吹きだした、めぐるは身体全身が熱くなるとそれを誤魔化すように舌を出して愉快そうに逃げていった奏を全速力で追いかけていった。


「可笑しな、二人」


 楽しそうに走り回る二人を見て、小町は嬉しそうに笑った。



 043



 七月二十二日、月曜日。

 神代能力専門学園、中等部ならびに高等部の終業式。――――――夏休み前日。


「ふぁぁぁっ……」


 大きな口を開けて学園の校門まで妹と登校してきた奏は約一ヶ月振りにE組にやって来た。

 自宅療養は一応、七月いっぱいと言う話ではあったが奏の完治した姿を見て一徹が「お前は明日にでも学校に行け」と言われたので夏休み前最後の登校を果たした。


 最後に学校に来たのは二ヶ月前の五月三十一日。

 丁度、新入生対抗トーナメントの表彰式を行って――――、あの惨劇の始まりの日を最後に奏は一ヶ月も学校に行っていなかった。

 単純に考えて二ヶ月間も学校を休んでいたのだ。そして、新入生対抗トーナメントで優勝をした直後に来なくなった奏の注目度は最早、学園中に知れ渡っている。

 知らない人は、同様にまだ学校に来ていない真桜と飛鳥くらいだろう。

 教室に向かう間もすれ違う生徒にじろじろと見られていたことを察した奏は原因不明である視線に一物の不安を抱えながら、そそくさとE組教室に駆け込んだ。


「あ、おはようございます。かな……、一条くん」

「お、おお。おはよう、なぎ……、間宮」


 扉を開けようとした所で、教室側から扉を開けた渚と鉢合わせになった。最後に会ったのが七月七日であるので二週間振りに挨拶を交わす。

 色々とあった渚だが、彼女が女神の匣を開ける鍵を持つ聖天使の力「プロビデンスの目」を覚醒させたことは一応、奏には伝えたものの、肝心の女神の匣については話していない。

 また、奏も伊御から助言をされた「間宮渚から絶対に目を離すな」という謎の発言について渚に教えることは無かった。

 それは互いが互いを大切にしているからこそ、必要とされる「隠し事」である。


 二人は数秒、見合っていると渚が先に恥ずかしくなって顔を下に向けた。


「別に渚で構いませんよ、一条くん」

「じゃあ、俺のことも奏でいい」


 眼鏡のフレームに手を付けて、勢いよく顔を上げた渚は嬉しそうに微笑んだ。そして、渚と入れ替わりに奏は教室の中に入る。

 まず、視界に飛び込んできたのは全員がこちらを見ている視線、目線、注視、眼差し。

 それらを黙認しながら、自分の机の方に向かって歩いていると一人の少女に立ち塞がれた。


「久し振りね、一条くん」

「ああ、二ヶ月振りだな。山瀬」

「お久し振りです。お怪我の方が大丈夫ですか、一条様」

「大丈夫、怪我も完治したから」


 クラスメイトの山瀬千春と能登陽子が奏の前に立ちふさがる。

 心配そうに見つめている陽子とは対照的に、千春は疑わしいような目つきで奏を睨んだ。


「なんだよ」

「いや、二ヶ月間も学校に来ないだなんてちょっとおかしいって思っただけよ。渚も有希も一条くんも。そして、鳶姫くんなんて学校自体、辞めたらしいじゃない」

「まあまあ、千春さん。いいじゃないですか、全員、無事に帰って来たんですから」

「そうだ、能登の言う通りだぞ」

「ぬぐぐ……」


 親友の陽子に言われては、より深い追及は無駄だと判断したのか、千春は悔しそうな表情をしながら、自分の席について不機嫌そうな様子で奏の方を睨んできた。

 それを見て、陽子と奏は呆れながら、ため息をこぼす。


「気になさらないでください、一条様。千春さん、あんな風に言っていますが一条様の姿が見られない間、とても心配そうにしていたので、皆さん帰って来て嬉しいんです」

「ちょっと陽子、一条くんに変なこと吹きこまないでよね!」

「そうか? あの態度からは想像もつかないんだが」

「はい。千春さんは男女問わずツンデレさんですから」


 ニコリ、と微笑んだ陽子はその後、千春に酷く怒られることになるのだが心配していたのは本当らしい。本当のことを言われて少し恥ずかしかっただけのようだ。

 そして、ようやく自分の席に辿り着くことの出来た奏は前の席が空白なことに違和感に少し変な感覚がしてならなかった。

 そこは二ヶ月前まで伊御が座っていた場所だからだ。


「あいつ、誰かを生き返らせるって言ってたけど、一体どうやって……」


 人は死ぬ。

 だが、それを生き返らせることは生命に置いて最もやってはいけない禁忌。


 深く伊御について頭を働かせて考えていた奏はいつの間にか、教室に全員揃っていることに気付かずに更に担任からの声も届いてはいなかった。

 それを見かねて、隣の席に座っているクラスメイトが軽く肩を叩き、奏は我に返る。


「ほぅ、いい度胸だな一条」

「……え? なんのことですか」

「はあ……。まあ、いい。一条、お前に伝えておきたいことがある。よく聞いておけよ」

「は、はい」


 相変わらず、よく判らない柄のシャツを着ている担任、山下志寿子は常に持っている名簿に挟んである紙一枚、取り出してそこに書いてある内容を口頭で奏に伝えた。

 それはクラス中が聞いている。


「今日の放課後、でいい。お前、理事長室に来いとの呼び出しが掛かった」


 それを聞いてクラスが一瞬、ざわめいた。

 名簿を閉じ、手を二度叩いた志寿子はその場を静かにさせると颯爽と話題を変え始めた。


「一条の件は伝え終ったし、今度は皆に伝えることがある。今日から、このE組に転校生がやってくる。夏休み明けに転入してくる予定が本人の希望で本日、紹介となった」


 転校生とは、また変な時期に来るもんだな、と奏を含めたクラス全員が思うなか、志寿子は声を上げて廊下にいる転校生を呼び入れた。


「それじゃあ、入ってこい」

「はーい」


 その時、奏を含めて長門京子、間宮渚が違和感を覚えた。

 廊下側から聞こえてきた声に何故か、親しみがあったからだ。


「ま、まさか……」


 そして、奇しくも奏が予想をしていた、現実味のない結果が視界に飛び込んできた。それは颯爽と教卓の前に立つと黒板に自分の名前を書く。――――「空閑双月」と。

 チョークを終えた転校生はこの学園の制服ではない制服に身を包み、笑顔で自己紹介する。



「網走学園から来ました空閑双月です。この学園で友達を百人つくって有意義な学園生活に、していきたいです。みなさん、どうぞ、よろしくお願いします」



 既に夏服の教室に飛び込んできた、網走学園の黒色の学ラン。

 ニヒルな、下手くその笑顔を浮かべながら、教卓の上で自己紹介を告げる彼は嗤った。


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