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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第三章:佐藤真桜奪還篇
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第二十四話「鎮座する悪魔」

 勢いよく駆け抜けていた奏と伊御は普段は起こりえない非常事態だと即座に気付いて、足が止まった。それぞれ、急激な震動に耐えながら、それが止むのを懸命に待ち続ける。

 そして、三十秒も経過しない内に震動は徐々に静けさを取り戻すと揺れで気付かなかったが二人の後ろで昴が高笑いしている様子に気づき、伊御は聞かされてないことに腹を立てた。


「どういうことだ! 紫原昴(JOKER)!!」


 この状況で笑っていられる理由はただ一つ。

 海上に浮遊している機械島に発生した震動がどういった原因で起きたのか、知っている。

 今まで仲間のフリをしていた伊御も流石にこの状況には昴が上司、ということを忘れて声を荒げながら背後を振り返る。

 だが、伊御の罵声を聞いても、昴はケロッとした表情で嗤い続ける。


「良いことを教えてあげるよ。今の揺れは機械島の核となる大きな柱を破壊したことで海上に浮遊する島の安定が保てなくなったんだ」


 それを聞いて内容の理解できる伊御は、みるみる内に表情が青ざめていく。そんな彼を見て笑っていた昴の様子は次第に真剣な目付きに変わる。

 そして、真実を告げられて奏も伊御と同じように言葉を失い、驚いた。


「つまり何が言いたいのかと言うと、残り十五分以内にこの島から脱出しないと君達はこの人口島と共に海の藻屑になるんだ」


 まるでその形相は悪魔を連想させる。

 酷く、相手を見下している不敵な笑みを浮かべながら、昴は両手を振り上げた。


「いい提案だろ? 侵入者の君達とこの島にある莫大な量の情報が全て海の藻屑と化すんだ」

「お前、狂ってる……」


 伊御との戦いを一旦、止めると彼の横まで歩み寄った奏はその鋭い眼光で昴を睨みながら、彼の発言を否定する。いや、拒絶した。

 しかし、昴は奏の発する戦意を含めた殺意にも怖気づくわけもなくて、終始ヘラヘラとした態度が更に二人の態度を苛立たせていた。

 拳を握り、悔しさを噛みしめる奏を見た彼の態度は依然として、変化はない。


「狂ってる? 僕にとってそれは最高の褒め言葉だよ。普通の精神じゃ、僕の目標は達成することなんて夢のまた夢だからね。これくらいが僕にとっての正常なんだよ」


 悪魔のようにあくどい精神は濁った水のように、奏の正常な発言も容易く跳ね返した。


「それと、鳶姫伊御。君が裏切り者だってことは随分と前から分かっていたよ」

「……そうかよ」

「【僕に有益な利益を与えるモノは拒まず、それ以外は捨てる】のが僕の理念なんだ。君は僕の理念に合致していたから、良いように利用させて貰ったよ」

「そうか、それは俺も一緒だっ!!」


 怒った伊御は距離のある昴に向かって鳶姫家の能力、重力操作(グラビティトランス)で相手の自由を素早く奪うと間髪入れず、敵の元に接近すると至近距離で雷を放った。

 重力に押し潰される昴だったが、嫌な顔一つしない。むしろ、それを歓迎していたようにも見えていた。だが、頭に血が昇っている伊御にそれを理解する考えは見当たらない。


雷槌(いかづち)


 真上から、滝のように無数の稲妻が降り注いでくる。むろん、昴はもちろん範囲内だが隣でスヤスヤと眠っていた白髪のアリスにも雷槌は被雷している。

 雨のように激しい雷が突き刺さった先に目を向けるが、そこには誰もいない。


「……ッ!」


 床を強く蹴って、行き場のない怒りをぶつける。

 すると地下七階実験室の入り口から、複数人の声が聞こえてきた。


「ちょっと、少し早かったんじゃないのかしら?」


 揺れが起きて慌てて戻って来た佳織は入り口の傍にいた昴に八つ当たりをする。


「いや、丁度いい時間だよ。相変わらず、いい仕事をしてくれるね。涯のやつは」

「……がい?」


 相手の会話を耳にしてしまった奏は「涯」という人物名を聞いて、あの時にいた赤城涯だと察すると、あいつがまだ生きていることを初めて聞く。


「それで解析は出来たのかい、佳織?」

「二十パーセント、って所かしら。なんせ、まだ謎が多いから困難だわ」

「まあ、いい。戻ってから、隅々まで調べればいいさ」

「そうね」


 アリスを背中に背負い込んだ昴は、すやすやと眠っている彼女の顔を見て安堵な様子で頬を突いた後、佳織の手に持っている「光の原石」を見下ろして、彼女の顔を見上げた。


「それじゃあ、さっさと僕達は逃げるとしようか」

「そうね。早くしないと本当にこの島、沈んでしまうから」


 二人は揃って少し近づいて来た奏達の方に身体を向けると下がって来たアリスを持ち直す。何かする、と奏に緊張感が走ると共に目の前の昴に警戒を張った。

 しかし、相手にはやはり戦意はない。殺意はもちろんない。


「まあ、取りあえず、僕達はお暇することにするよ。ああ、逃げようとしても無駄だよ。六階に上がるエレベーターは動かないようにしたから、これで退路は立たれたってことさ」


 逃げる手段が次々と絶たれていく。歯を食いしばりながら、何か打開策は無いかと周囲を見渡した奏は昴達の背後に動く少女の存在に気が付いた。

 それは足音を殺しながら、徐々に接近している。


「それじゃあ、あわよくば海の藻屑となってくれることを願って僕達は退散するよ」


 アリスを片手で支えながら、昴は片手を自由にさせると指を鳴らすために親指と中指の指を擦るために二つの指を近づけた。

 そして、昴の指が擦り合い、彼の能力が発動する直前――――――


「きゃっ!?」


 女性らしい甲高い声を上げて佳織は思わず、驚いて手を離してしまった。

 「光の原石」が入っている貴重な試験官を佳織は背後から近づく、真桜によって奪われた。しかし、昴は能力を解除しようとはせずに数秒後、三人は地下七階から姿を消した。

 だが、昴の力があれば、すぐに戻ってくることは可能かもしれない。しかし、一分ほど時が経過しても彼らは戻ってくることは無い。


「やりましたよ、奏さん!!」


 妙に嬉しそうな、ハイテンションでぴょんぴょんと跳ねる真桜。彼女の手に握りしめられているのは、「光の原石」が入った試験官。

 しかし、それがどんな意味を持つのか、この段階で知っている人はこの場にはいない。


「ふぅ……」


 今まで発動させていた色紋を解除させた伊御、身体外にあったオーラのような気は消えた。たかぶった感情を落ち着かせるように大きくゆっくりと呼吸を繰り返す。

 そして、冷静さを取り戻した伊御は踵を翻して奏の方に向かって歩いて行った。と、同時に真桜も奏の元に向かって歩いてきていた。


「それでどうするんですか? エレベーターが使えないって、さっき見たんですけど階段すら無いですよ。もしかして、私達、ここで死んじゃうんですか……」

「いや、それはまずないな」

「ああ、それには俺も同感だ」


 妙な所で息が合う二人は顔を向き合わせると部屋全体をそれぞれ、見渡し始めた。

 何をしているのか、差ほど理解できない真桜は手に持っている試験官に目を落していた。


「……これが「光の原石」。これがあれば、奏さんに相応しい人になれるかも」


 今回の騒動は自分が弱いせいで起きた悲劇だということは嫌でも自覚している。だからこそ真桜は今回のようなことが二度と起きないような強さが欲しいと、心で願う。

 そんなことを思い更けている間に目の前で奏と伊御が何かしていることに気が付いた。


「何しているんですか?」


 珍しく。――いや、つい数分前まで殺し合いをしていた二人らしからぬ、同じような笑顔で奏と伊御は一斉に天井を見上げた。


「退路が断たれたって……?」

「馬鹿だな、あいつも。俺達を誰だと思ってやがる」


 釣られて真桜も天井を見上げるが二十メートルほど離れていて、とても到達できる高さではなかった。だが、二人に視線を落とすと彼女は少しだけ、嫌な予感がする。

 腕を回して、準備運動を始める二人の表情は何処かイキイキとしていた。


「――能力解放(リベレーション)

「視稽古」


 同時に腕を降り上げた二人は自分の能力ではない、他人の能力を使用する。

 共通点は同じだった。

 笑った表情も、少し似ていた。


紅蓮火山(ぐれんかざん)!!』


 混濁したうねる灼熱の炎はまるで龍のように解き放たれると天に向かって舞い昇って行く。苦肉にも、自分を苦しめた力に助けられるとは思ってもみなかっただろう。

 交差し、マグマの双龍として天井に向かって放たれた攻撃はそのまま、天井に突き刺さると貪るように天井を破壊し始める。それは既に炎としての責務を果たしてなどいない。

 ただ、混濁とした灼熱の炎は天井を食い潰した。


「す、凄い」


 感極まり、声を上げた真桜だったが天井から視線を落とすと二人は何も言わないまま、掌を叩きあっている姿が目に止まった。

 それを見て、どこか微笑ましく思った真桜は試験官を壊さないように丁寧に握りしめる。


「で? これから、どうやって上の階に行くんだ?」


 天井が退路だと決めていた奏だったが、そこからどうやって逃げ出すか考えていなかった。

 腕を組んで「うーん」と唸っていると、呆れた様子で伊御がため息をついた。


「二人共、じっとしてろよ」


 すると伊御は奏と真桜の肩を軽く掴んだ。そして、伊御の力によって三人はゆっくりと宙に浮遊する。初めて体験する真桜は最初こそ、あわあわとしていたがそこは頭の回転の速さであっという間に浮遊にも慣れていった。

 そして、三人は無事に天井を抜けて地下六階へと着地をする。


「手を貸すのは今回だけだ」


 六階に着いた途端、伊御が奏の方を向いて人差し指を向けた。


「俺の目的を邪魔するなら、奏。お前であろうと殺すことは躊躇(ためら)わない」


 依然の二人にはない「好敵手(ライバル)」と言う関係性が生まれつつあるが奏はその壁を意図も容易く登り切ると彼の発言に口角を上げて、嬉しそうに笑い同じように伊御に人差し指を向けた。


「ご生憎様、俺はしぶといからな。友達が悪事を働けば、殴り飛ばしてでも引き戻す」

「ふっ……」


 予想通りなのか、伊御は奏の発言を鼻で笑うと背を向けて軽く跳び上がり、消えていった。

 少し圧巻としてしまう真桜だったが、伊御がいなくなって少しすると思い出したように奏に近づいて、慌てた様子で階段を指差した。


「か、奏さん。早くしましょう、あと十分もありません!」

「そうだった。逃げないと、もれなく海の藻屑と化す所だった」

「それと奏さん……」

「ん? どうした」


 一足先に階段に向かおうとしていた奏は背後にいる真桜の足を止める声を聞いて振り返ると次の瞬間、強引に引き寄せられた奏の頬はそのまま、真桜の唇と接近して、くっ付いた。


「んなっ!?」


 あの時と全く同じリアクションをした奏を見て満面の笑みで微笑んだ真桜は嬉しそうに胸を押さえると無気力になっている奏の手を握って、



「助けに来てくれて、ありがとう」



 それは真桜が新しい自分になるために踏み出した大きな一歩だった。

 そして、二人は点滅するエレベーターの横を通り過ぎて地上に向かって階段を踏み出した。



 036



 機械島の要である柱が壊される約五分前。

 地下六階から腰を抜かしている飛鳥に肩を貸しながら、ゆっくりと上がって来た空閑双月は一階と目印のある看板を見て、ほっと溜息を零した。


 あの後、獅子島十三を気絶させた双月は相手を殺めることなく、飛鳥の元にいって今までの状況を確認すると彼の悪友ばりに思考が働いて素直に階段を昇った。

 初対面ということもあって六階の階段を昇ってから、一階の目印を見つけて声を上げる間は二人の間に一切、会話は無かった。

 偶に飛鳥が声を掛けようとするが並々ならぬ、話し掛けて来るなオーラ全開の双月に助けて貰っておきながら、その意思を無視するのはどうかと思って口を開くことは無かった。


「ふう、ようやく一階に着いたか……。流石に僕もひと一人に肩を貸して階段を上がるのは、一苦労だよ」

「悪いな。ピンチの所、助けて貰ったのに。手まで貸して貰って」

「いや、君は全然悪くないから。悪いのは全部、奏くんさ」

「一条のやつが……?」

「そうだよ」


 階段を昇り切った二人は共通の友人の話題が出たことによって少々、話が弾み始めた。扉を開ける前に双月と飛鳥は腰を降ろして世間話のような件になる。


「僕があいつの頼みを断れないことを知っているから、こんな無茶なことを頼んでくるんだ。それに奏くんのお蔭で久し振りに能力を使ったから、僕は今、もの凄く眠いんだよ」


 そう事情を説明した双月は口を大きく開けて欠伸をした。


「それで、アンタと一条の関係って?」

「ああ、僕と奏くんは中学の同級生だったのさ」

「同級生……。ああ、そう言えば、一条の奴は編入だったな」

「そう。まあ、色々とあってね。奏くんは実家から近い神代学園に僕は母方の実家の傍にある網走学園に編入することになったのさ」

「網走学園……って、北海道じゃないか!!」


 驚く飛鳥はここで先ほど双月が言っていた言葉の意味を理解する。ここに来るだけで一日は掛かるほど遠い場所から、彼は来ていることに少し関心をした。

 それくらい、双月にとって奏とは大きな存在なのだと、飛鳥は思った。


「それにしても、ここって一体なにをしている場所なんだい? 奏くんに聞こうとメールとかしたのに彼、一切反応してくれなかったから、何の情報もないまま乗り込んじゃったけど」

「確か、この島に特殊な電波があって普通の携帯とかの電波を阻害するから、通信出来ないらしいんだ」

「ああ、なるほど。奏くんが僕の返信を返さないわけないもんね」


 ケラケラ、と笑いながら納得した様子の双月は欠伸をすると飛鳥は何も感じなかったのだが扉の奥から妙な気配を感じると言葉を返さずに、口の前に人差し指を立てた。

 そして、双月の読みは見事あった。

 数秒後、二人の真横にあった扉が何かの衝撃に激突して歪な形に変形し始めた。恐らくではあったが、それは人が吹き飛ばされた跡のように双月を含め、飛鳥も察する。


「どうやら、僕達の戦いはこれからみたいだよ」

「他の奴らはそれぞれの階にいなかったから、もしかしたら、まだ戦っているのかも……」

「いやー、僕と違って交友関係の広い奏くんは羨ましい限りだねぇ」


 今、さらっと自分に友達がいないことを暴露する双月だったが飛鳥は声に出さずに表情だけ驚いた様子を表すと何事もなかったかのように双月は立ち上がって扉のドアノブを掴む。

 立てる状態にまで回復した飛鳥は首を小さく頷いて、双月の顔を見る。


「それじゃあ、開けるけど用意はいいかい?」

「ああ、大丈夫だ」


 頬を叩いて気合を入れた。

 そして、扉を開けた瞬間、視野は耀きに包まれて地上に繋がる地下一階に足を踏み入れた。


「誰だ、お前はっ!!」


 足を踏み入れた途端、横から聞こえる声に双月が視線を向けた瞬間、彼は開いた扉と一緒に殴られた。扉の根元を粉砕し、一緒に床を転げまわった双月は強力な一撃を顔面で喰らって瀕死状態のまま、倒れる。

 殴られて唖然とする双月と吹き飛ばされた双月のすぐ後ろにいた飛鳥は双月と入れ替わりに視界に映る女性を見て、ハッと声を上げた。


「長門……?」


 そして、見覚えのない人を殴り飛ばした後に見覚えのある人を目にした京子は首を傾げて、殴った方を指差した。


「斑目? あれ、今のって誰だ?」

「今殴られたのは一条の中学時代の同級生の空閑って奴で一条の頼みで助けに来てくれた」

「え……、じゃあ、味方?」

「まあ、言葉を返せば一条の味方だから、僕達側だってことは間違いないね」


 何かを察した京子は小さな口を大きく開けて、それを手で覆い隠しながら、殴った方にいる双月の安否を確認しようと覗きこんだ。


「だ、大丈夫かな?」

「いや、僕に聞かれても……」


 首を傾げる飛鳥。京子と二人で倒れている双月を見つめるが、しばらくすると体を起こして立ち上がる。それを見て安心する京子だったが、明らかにテンションは下がっていた。

 そして、起き上った双月は開口一番、目の前にいる味方ではない存在に気が付く。


「奏くん以外、全員揃って談笑している所、悪いけど僕もそろそろ持たないんだ」


 めぐるの声に気付いて飛鳥が正面を向き、思い出したように京子が戦っていた敵に向かって睨み付けた。誰が喋ることもなく目の前の惨劇に唯一、その場にはいない双月が喋り出す。


「君達は一体、何者だい?」


 その問いに攻撃をしていない黒髪の少年が京子と睨み合いをしていたのを止めて彼の質問を更に質問で返すという荒業を使用した。


「お前達、誰だ?」


 双月は彼の異質な様子を即座に察知した。

 身体は子ぶりで外見は至って普通の十二歳くらいの少年の姿。黒色の長い髪を頭の後ろ側で一本に纏め上げて、獰猛たるギラギラとした目付きは正に戦闘狂の兆しだった。


「僕達はただのしがない高校生さ? 君は見た感じ小学生だね。学校はどうした?」

「学校? あんな面白くない所、一年で辞めてやったよ」


 感情の高ぶり始める黒髪の少年が一歩、前に出ようとすると彼の前で剣を振るい、めぐるに攻撃をしている銀髪の女性が開いている方の手で少年の行く先を止めた。

 それをされて、少年は銀髪の女性に向かって顔を上げる。


「いいじゃんかよ、ジャンヌ。俺だって闘いたいって」

「駄目だ。お前の能力(ちから)は周囲にも影響を及ぼす。私はいいが、リーダーになにかあれば容赦はしないからな。その点だけは覚えておけよ」

「ちっ、分かったよ。一発だけしか使わないから」


 少しの言い争いの後に少年は双月の方に身体を向けると右腕を横に伸ばした。

 その瞬間、それを危険だと察した双月は素早く握った掌を片方の掌の上に乗せた。


悪改造(ダークモード)


 目を閉じて力を想像するように創造させる。

 十三の時よりも、大きく、外装は厚い、簡単には破ることが出来ないような黒い棺。


「黒棺!」


 発動直後、黒髪の少年と銀髪の女性の周囲、五メートルほどの床が突如、黒く染まった途端完全無敵の黒い棺によって外とは隔離された場所に拘束された。

 焦った様子で双月は急いで飛鳥達のいる所に駆け寄ってくる。


「あのさっきは悪かった、一条の知り合いだなんて思って無くてよ」

「そんなことはどうでもいい。それよりも早くこの部屋から逃げた方がいい。このままだと僕達は奏くんが戻って来る前にあの二人に殺されるかもしれない」


 京子を含めた、渚、飛鳥、めぐる、小町、真由が突如、現れた奏の知り合いだという双月の言っている言葉の意味がいまいち理解できなかった。

 攻撃は確かにしてきて、敵だとは分かるがそれでも敵二人に圧倒されるほど自分達が劣っているとは、この場にいる全員、誰も思ってはいなかった。

 ――――そして、双月の言葉の意味を知るのは二十秒も掛からなかった。


「まあ、いい」


 一瞬にして床に切れ込みが走った。

 そして、次の瞬間、能力を完全に無効化させる双月の黒棺は女性が振った一度の剣によって一刀両断にされた。矛先の向いていた床から壁には全て紙のように切り裂かれた。

 全員の声が一瞬にして、止まる。

 身体が凍りついた。


「貴様らが誰であろうと構わない。全員、まとめて殺すだけだ」


 剣を振るった、その女性はまるで床、壁を紙切れ同然のように切り裂いた。

 靡く銀色の長い髪はお下げの三つ編みになっていて、目付きは鋭く、剣を振るった太刀筋に一切迷いはないほど綺麗な剣技に真剣に命の危機を感じた。


「あれ、可笑しいな」


 全員が圧巻としている中、一人、悠々としている双月が声を上げていた。


「黒棺の中じゃ、超能力は使えないはずなんだけど」

「ふん」


 そんな意味のない問いに銀髪の女性――ジャンヌは鼻で笑い飛ばすと、剣を払った。


「これが超能力に見えたのならば、貴様の目は節穴のようだな」


 憎たらしいほどの悪い笑顔でジャンヌは全員を絶望に追い込んだ。そして、ジャンヌは剣を軽く上げて先ほどと同じような構えを取った。


「ただ、振り降ろすだけだ」


 振り降ろされた西洋の剣から、もの凄い勢いで床を切り裂く斬撃が硬直している全員の方に放たれた。一番前にいた双月と代わるように、めぐるが正面に出ると両手を広げる。


反撃の焔硝(カウンターチェック)


 容易く、めぐるの反射で跳ね返す。それを見て双月は思考が一瞬、停止するが直後に小町の大きな声で彼とめぐるの意識はジャンヌから、黒髪の少年に向けられた。


「めぐる、うえ!!」


 直後、上を向いた二人は絶句してしまった。

 黒髪の少年。彼の右腕が異形なまでに変色していたことに双月はある一つの答えを導いた。

 そして、めぐるは向かって来る彼の渾身の打撃を防ごうともう一度、反射を使用する。


「無駄無駄ァ!! どっせーい!!」


 跳び上がって、殴り掛かって来た少年の黒い腕から放たれた一撃を受けた瞬間、嫌な予感がめぐるの中を駆け回り、それは意図も容易く現実となった。

 めぐるが能力を使い、相手の力を反射して初めて感じた。


 ――――不味い、これは防ぎきれないっ!!


 そして、めぐるの全てを反射させる能力は少年のたった一度の打撃によって綺麗に割れる。ガラスが音を立てて砕け散るように、めぐるの能力も最後は呆気なく、砕けた。


「なーんだ。案外、脆いんだね。その能力」


 嬉しそうに不敵な笑いを浮かべた少年はジャンヌの所に戻って行った。

 そして、相手が改めて強敵だと再認した全員の真剣になった表情を見て、双月は告げる。



「どうやら、僕達はとんでもない悪魔と遭遇したみたいだね」



 双月が覚悟を決めて拳を握った。

 その瞬間、海上に建材する機械島が大きく震動を始めた。




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