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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第三章:佐藤真桜奪還篇
57/70

第十七話「空間vs.時間」

 025



 一条奏を含めた四人が地下六階に下って行った頃と、ほぼ同時刻。


 佐藤真桜を奪還し、脱出のために通路を確保する役目を担った無道木通を筆頭に五人は一つ上の階――地下三階にやって来た。

 扉を開けて、エントランスホールを確認すると、まず始めに事情を知っている瑠璃が珍しく嫌そうな顔を浮かべると頬を膨らませながら、指を向けた。


「あいつ、強いよ……」


 小さく、しかし、ハッキリとした声で瑠璃は全員の視線の先に居た黒服ゴスロリ少女の姿を捉えていた。しかし、その視線が外れない。わけがある。

 彼女――“ヴァイスハイト”十二席(トゥエルブ)に座る、小夜子は宙に浮いて(ヽヽヽヽヽ)いた。

 ひらひらと、この場所から視覚的には見えそうな長いスカートの丈が、ひらひらと揺れる。


「おいおい、どういう手品だ。こりゃ……」


 長らく、この世界の裏側に関与して来た木通でも、超能力で宙に浮く奴は見たことがある。だが、これほど長く空中に浮き続けていることの出来る能力を持った人は初めて見た。

 呆然と立ち竦む。


「めぐる。あの人、空、飛んでる」

「こら、小町。人に指さしちゃ駄目だろ」

「……相変わらず、能天気ですね。お二人は」


 瑠璃と木通が驚く最中、後ろで待機していた三人は不思議そうに小夜子を見つめていた。

 部屋に入って来て、すでに五分は経過していることだろう。

 まるで人形のように空中で止まっている小夜子を見つめたまま、五人全員は口数が減った。まるで街中にあるショーウィンドウの中に飾られている人形(マネキン)のようにただ美しかった。

 そして、全員の声が初めて途切れた瞬間、空中にいた小夜子の姿は五人の視界から消えた。

 唖然とする一同。

 だが、その中でも能力を唯一知っていた瑠璃はすぐさま、手元に銃を生成すると振り返る。


「おい、どうした瑠璃?」

「黙って」


 木通の言葉を遮った。

 全員が瑠璃の銃口の先へと視線を向けると、その驚愕な様子に言葉を失う。


「アナタは……、そうでしたね。あの時、あの場所にいた、か弱き女の子ですか。うふふ」


 ゾォォッ、と瑠璃の背中に寒気が走る。

 彼女の――目の前にいる小夜子の、舐め回すような表情でこちらを見ている姿がどうしても気分を害す。いや、それは気づかないだけで体が本能的に彼女を避けているだけなのかもしれない。

 めぐる、小町の中央をぶった切り、スレスレの状態で瑠璃は引き金を引いた。――――瞬間全員の視界から再び小夜子が姿を消した。


「……ッ」


 扉に跳ね返った銃弾が天井に穴を開ける。

 舌打ちをした瑠璃は全員の驚きを遮って、エントランスホールに目を向けた。


「そう言えば、わたくしが気にかけていた、あの方がいませんわね」


 黒色の日傘を差し、きょろきょろと辺りを見渡ながら、小夜子は佇んでいた。

 急ぎ足で、まるで誰かに操られているように彼女に執着をする瑠璃の様子に危機感を抱いた木通は銃を向けて、再び引き金を引こうとしている瑠璃から拳銃を取り上げた。

 唖然とした表情を浮かべ、瑠璃は黙って木通の顔を見上げる。


「あっくん……?」

「勝手に一人で走るんじゃねぇ。あいつは仮にも“ヴァイスハイト”のメンバーの一人だ。いくら、お前が普通の能力者とは一線を越えてたとしても易々と勝てる相手じゃないことくらい、お前だって分かるだろ」

「で、でも」

「まずは情報だ。今、あの女はオレ達を単なる遊び相手にしか見ていない。その間に作戦を立てることは出来るはずだ」


 冷静な口振りで木通は小さな声で瑠璃に訴えかけた。

 ここにいる五人は紛れもない猛者。しかし、目の前の敵は猛者を超えた強敵である。


「あいつの能力は時を自在に操る能力者。私達もあの能力のせいで、まおまおを奪われた」


 強く拳を握りしめた瑠璃。

 今まで負け知らずだった彼女が生まれて初めて出し抜かれた二人の内、一人だった。

 いつも、ヘラヘラと笑っていた瑠璃だったが、プライドを傷づけられて黙って居られない。あの黒服のゴスロリが見せる上から目線の余裕そうな笑みを見るたびに怒りが湧いてきた。

 そんな、瑠璃の事情を知ってか知らずか、木通は目がどぎつい瑠璃の頭を軽く叩く。


「いたっ」


 声を上げて頭を押さえた瑠璃は、冷静な感情で木通を睨み付けた。

 少しキレ気味の瑠璃に対して、木通は杖を持っていない方の手で再度、頭を軽く叩く。


「いいから、落ち着け」


 もう一度、頭を叩こうとする木通の手を振り払うと瑠璃は敵を目の前にして深呼吸をした。そんな姿に、うっとりとした表情を浮かべる小夜子は置いておくとして冷静になった彼女は木通の顔を見上げる。


「ごめん、落ち着いた」

「ならいい」


 初等部からの付き合い――いわゆる、幼馴染み的な二人は言葉で交わさなくても表情を見るだけで相手の思っていることが大よそわかる。

 だから、木通はあえて深くは言及しない。

 ただ、瑠璃のことを信用して、信頼し、突破口を手繰り寄せていた。


「小話は終わりましたか?」


 ギロリっ、と小夜子の発言に瑠璃は睨みを効かせる。

 まったく、変化なしだ。と頭を抱えた木通は再度、瑠璃に釘を刺した。


「しかし、瑠璃の言っていることが本当なら、あいつはもしかして…………」

「え? あっくん、あいつのこと知ってるの?」

「それにしても時使いって、僕らの中で誰も相手にならないんじゃないのかな?」


 考察をする二人の背後で、めぐるが苦言の顔色を浮かべながら、唸り始めた。

 しかし、そんな余裕そうにしていられる時間はとうの昔に過ぎたようだ。


「――――無駄話はそれくらいにして、そろそろ終わりに致しましょう」


 前方から姿を消した小夜子が再び、背後に姿を現す。――と、同時に声のする後ろの方へと振り返ろうとした五人全員の身体が止まった。

 いや、正確には腰から下の感覚がまるでないような錯覚に陥る。


「う、動かない……」

「どういうこと?」

「うふふ。貴方達はわたくしの能力を知っているようですが、あくまでもそれは力の一つ。貴方達がこの階を抜け出すことは不可能ですし、出すこともしません。全員ここで永遠の時と共に死んで貰います」


 小夜子が能力の一つを発動した、その瞬間――――全員の身体は、表情は、感情は、鼓動は動くことを止めていた。


「――――永刻の凍結(シュトゥンデ)


 一切の音はなく、耳鳴りが酷く響くほど鮮明な静けさだった。

 その中で一人、小夜子は日傘を無邪気に回転させながら、五人の間を通り抜けていった。


「それにしても、こんな子ども達が裏組織に刃向うだなんて、とんだ度胸の持ち主ですわ。わたくしなら、せいぜい時を止めて首謀者を暗殺するくらいしか出来ませんが、ある意味、とんでもない力を持っている人達なのかもしれませんわね」


 五人全員の間を通り抜けていった小夜子はエントランスホールの中央付近で立ち止まった。

 そして、日傘を翻し、固まっている五人の方へと目を向ける。


「生憎、わたくしのお眼鏡に適うあの子がいないのでこの人達は昴様の言う通り、皆殺しという訳ですか。さて、今回はどう殺しましょうか。自殺に見立てて殺すのも良いですわね」


 想像するだけで笑みがこぼれてしまう。

 彼女もまた、異常性癖者なのであるが他のメンツよりも普通であるがためか表だったことはしていない。影では色々としているが、能力のお蔭でバレていない。

しかし、小夜子の視界に絶対に起こりえない光景が一瞬、駆け巡る。


「可笑しいですわね、ここはわたくしの領域(テリトリー)。動ける人なんて一人もいないはず……」


 片手で日傘を持ち、もう片方の掌で器用に手袋を外すと自らの目を擦って再度、五人の方を見返した。――――そして、状況は一変する。

 次に違和感に気付いたのは、無音の世界である「時の止まった」この空間で空中に移動した時に起こる移動音だった。

 とまどいながらも、小夜子は日傘を下に向けて真上を窺った。――――次の瞬間、



「ブルー・キャノン」



 小夜子の真上から、青光りした閃光が降り注ぐ。

 その攻撃をきっかけに止まっていた時が突如として動き始め、四人の鼓動が活動し始めた。


「――はぁ……?」


 思わず態勢がよろけて、手を付いた一同。

 そして、顔を上げて目にした様子は真っ白なエントランスホールに咲く一輪の黄金の花。

 揺るぎなく、堂々としている、その背中は男女問わず、ときめいてしまうほど勇ましい。


「内田さんの情報を知っていて助かりましたわ。あと、少し遅かったら、わたくし達全員が始末される所でしたわよ?」

「……まさか、わたくしの能力が通じない人がいるなんて」


 仁王立ちする「金髪の妖精」――最上真由。

 そして、その前方に間一髪、回避に成功し、日傘を広げる「時の悪魔」――小夜子。

 二人のにらみ合いを見て、まず後ろにいた四人が思ったことは不覚にも同じだった。



 ――――二人のキャラ、物の見事に被っていらっしゃる。



 そんな、仲間からも同情されるような立場にいる真由は露知らず、愛銃のブルー・キャノンをしまうと優雅にスカートをはためかせて、小夜子に向かって指を向けた。


「アナタの相手、僭越ながら、このわたくしが務めさせていただきますわ」


 そんなことを言われたことのない小夜子は、何処か嬉しい反面。やはり、自分の能力を突破されたことで真由に対する興味が湧き上がって来た。

 顔には出さず、さも余裕綽々の笑みを微笑ませながら、苦肉にも皮肉を告げる。


「あら、わたくしの能力を一度、破ったくらいで随分と過信なさっているのですね」

「それだけで、わたくしがアナタよりも勝っているという確証を得たからですわ」


 睨み合い。

 真由と小夜子は相手の言葉を皮肉に言いくるめて、言い返す。

 そして、ある程度の小競り合いが終わると口を紡いだ真由は後ろに立っている四人の同士に手を広げて小夜子の真後ろにそびえ立つ、階段へ行けと指示を仰いだ。


「どうやら、あの女は金髪ロールが相手をしてくれるらしい」

「最上さんには悪いけど僕達じゃ、あの人を倒すことは不可能だから、素直に従おう」

「嫌だ! 私はあいつに借りがあるんだー」


 じたばた、としている瑠璃の首根っこを掴みながら、木通は地下二階に向かう階段を進む。追うように、めぐると小町が階段の入り口に差し掛かった所で小町が直前で立ち止まる。


「最上さん」

「……なんですか、宮村さん」

「負けないで」


 それは何処か壁を作っていたA組同士の関係を破壊するような一言であった。

 一瞬でも、その言葉を言われた真由は今までのような感情を抱いていることが馬鹿らしいと思うほどに彼女の――宮村小町の言葉は心に響いた。

 優しい気持ちが、護りたいという感情が、不思議と心の中に宿っていく。

 ゆっくりと小町たちのいる方に身体を向けた真由のその表情は、何時にも増して綺麗だ。


「当り前ですわ」


 今まで何となく出来ていた心の壁が完全に吹っ切れた。

 あそこに立っている最上真由は、今までの彼女ではない。――覚悟を決めた最上真由だ。


「いいんですか、あの四人を上に行かせても」

「大丈夫です。それに無道木通と内田瑠璃は何としてでも上に行かせろと言われていたのでどんなに痛めつけたとしても進ませる手筈でしたわ」


 口元を隠し、うふふ、と小夜子は笑った。

 全員が地下二階に上り、ここにいるのはたった二人だけになった。

 静かな空気がエントランスホール全体を包み込む。


「ここで殺すのには勿体ない。ですが、わたくしもこれは仕事。それにやられた借りは倍で返すのが主義ですので、アナタはここで死んで貰います」

「ご生憎様、わたくしはまだここで死ぬような女じゃありませんわよ」


 対立する二人が睨み合う。

 そんな中でもマイペースに小夜子は思いつきを口にする。


「そう言えば、まだ自己紹介をしていませんでしたね」


 日傘をしまうと両手でゴスロリのスカートを軽く握り、足を交差して、会釈をする。


「わたくしの名前は皇小夜子(すめらぎさよこ)。“ヴァイスハイト”の十二席(トゥエルブ)で王族の子孫ですわ」

「わたくしの名前は最上真由(もがみまゆ)。神代学園一年A組所属、元貴族の末裔ですわ」



 似たような能力(ちから)を持ち、

 そっくりな口調を使い、

 珍しい家柄に生まれた二人が殺伐とした火花を散らしあいながら、拳を強かに握った。



 地下三階。

 「時を司る王族」皇小夜子VS.「空間を支配する元貴族」最上真由。



 026



 地下二階。

 真由のお蔭で最も強敵と言われる小夜子の階を抜けた木通、瑠璃、小町、めぐるは次の階へ上っていた。不満そうにしている瑠璃を除いて全員はまだ、やる気に満ちている。

 ただ、一つだけ遣る瀬無いことを声にするならば、真由を一人だけにして置いてきたということだった。


 彼らは最上真由の実力をあまり知らない。

 神代学園新入生の中で最も成績の良い「佐藤真桜」。次点で「赤城千歳」。そして、三位の「最上真由」。確かに彼女は能力の性質上、敵を仕留めることはまずできない。だが、真由は諦めることをしなかった。自分自身の能力を、欠点を知り、探り、空間移動(スペースムーブ)という能力を百パーセント引き出せるように努力をした。

 佐藤真桜や赤城千歳。そして、今戦っている敵が「天性の才能」を持つ人間と呼ばれるなら最上真由は「努力」という才能を持った目標に常に一途な人間である。


 それを知ってか、知らずか木通は彼女の背中に何かを核心したのだろう。皇小夜子を任せて地下二階の階段を駆け上がっている。

 ――――そして、扉を開けると木通が待ち望んでいた光景を目の当たりにした。


「よう、待っていたよ。無道、それから瑠璃」


 ただ無防備なほどに一人、エントランスホールの中央で立ち尽くしている人がいた。

 自然と表情を変える木通と瑠璃が一歩、前に足を踏み出した。その瞬間、誰よりも目の前にいる陽炎に向かって走っていく人物が二人の間を通り過ぎる。

 まるで体中に突風を纏った勢いで小町は怒りを表情に出しながら、喰い気味に掛かった。

 少し遅れて、めぐるが反応をするが既に遅い。


「うぁぁぁぁ!」

「小町!」


 疾風のように駆け抜けていった小町は身体能力の高さと能力を利用して、高々に飛ぶと陽炎に向かって力の限り拳を握った。


 小町が陽炎に怒りを覚えるのには理由があった。

 前に行われた新入生対抗トーナメント、その決勝リーグで真桜率いるA組の天衣無縫と山田率いるC組の黄巾族での戦いで日向陽炎は真桜達に対し、残虐的な仕打ちで勝負に勝っている。

 その際、めぐるが小町を庇って重傷を負ったことを小町は覚えていた。

 だから、これはめぐるが痛めつけられた時のお返しとばかりに陽炎以外の物が見えなくなるほど怒りに満ちていた。


凪の旋風(トゥールカーム)


 白羽の矢となった突風が真下にいる陽炎に振り落ちる。

 だが、陽炎は小町のことなど眼中にない素振りを見せると落下しながら、殴り掛かってくる彼女の拳を生身の掌で受け止めた。

 陽炎の掌は音を立てながら、次々と傷が入っていく。

 今の小町の拳は、まさにイタチのような鋭さを持っていた。


「その程度か?」


 だが、屈することなく陽炎は握り続けていた小町を身体ごと木通達に向かって投げ返した。赤色の瞳が獰猛とした様子を露わにすると、陽炎は口元を軽く開け、牙を光らせる。

 いくら、女性だからといっても高身長で高校生の小町を片手で投げ飛ばすなど常人では絶対出来るはずのない所業である。木通、瑠璃も中等部から一緒だったがあれほどまでに凄い人物だとは今のいままで、想像も付かなかったことだろう。

 投げ飛ばされた小町を抱きかかえた、めぐるは暴れようとする彼女を押さえつけると前方で立っている二人にとある提案を持ちかけた。


「僕達はどうやら、ここにいては邪魔みたいだね」

「そうだな。ここはオレと瑠璃でやる。お前らは一階に向かって、退路の確保をしてくれ」

「待って、私もまだやれる。このまま、あいつにやられっぱなしは――――」

「まちまち。その辺で止めときな、次は軽い出血だけじゃすまなくなると思うよ」


 小町は苛立ちを彷彿とさせながら、再び陽炎の方を窺う。だが、小町が次に陽炎を見た時、彼の印象が大きく変わってしまっていた。

 まるで巨大な化け物を相手にしているような、雰囲気で、押しつぶされた。

 目を逸らし、自身を抱きかかえている、めぐるにすり寄るとカタカタと肩身を震わせた。


「……めぐる、私、駄目だったみたい」

「良いんだよ、僕の敵なんて取ってくれなくて。小町が無事なら、それでいいんだから」

「……ごめんなさい」


 泣き崩れた小町を立ち上がらせると、いち早く安全な場所と地下一階に向かう為、めぐるは階段の方に歩いて行った。

 木通と瑠璃。――――そして、日向陽炎がこの部屋に残る。


「いいのか? あの二人、僕の見立てだと随分と強いようだけど」

「馬鹿が、所詮はA組だ。S組の殺し合いに参加させちまったら、可哀そうだろ」

「まあ、あっくん。今は単位足りなくてE組だけどね」

「今はE組で良かったと思う。あの一条に出会えたからな」


 戦意を露わにする三名は野獣のように相手の動向を一瞬たりとも見逃さない。

 言葉は次第に廃れていき、自然と無口になっていく。そして、木通が一歩、杖を前にだして音を立てたその瞬間、戦いは殺し合いへと発展することとなった。


創造(アーク)。――手榴弾」


 赤城涯との対戦で相当な体力を消費した瑠璃だったが一徹の能力と随分な睡眠のお蔭で力は完全以上の物となって帰って来た。

 限界を超えた戦い。死を間近にした殺し合い。を経験したことによって、彼女もまた進化を遂げたのだ。躊躇いのない豪快な戦略、それが内田瑠璃のモットーだ。


「いいねぇ、久し振りだな。お前達と喧嘩をするのも」


 掌についていた小町の傷が自然治癒していく。そして、完全回復を期に陽炎は地面を盛大に蹴り上げる。人間の速度を超えた超人的速度だ。

 そうこうしている内に瑠璃が創りだした手榴弾が陽炎の走っている場所、全域に転がった。そして、合図と共に一斉に爆破した。


「うわー、凄い爆風だねー」


 余裕綽々と爆風を浴びる瑠璃。

 爆風で白髪がなびいた木通は杖で何とか態勢を取り持つと隣でテンションの高い瑠璃を見て次の策戦を実行に移ろうとする。

 だが、手榴弾によって発生した白煙が逆に木通達を不利にする。


「あれ、かげたんが見えないんだけど……」

「馬鹿が……、上だ」

「うえ?」


 気を取られる瑠璃に指示を仰ぎ、木通は杖を真上に向けた。


「……ったく、相変わらず瑠璃の能力は規格外だな。でも、対策は取ってある」


 瑠璃の能力にも、もちろん弱点はある。

 長らく付き合って来た陽炎にはそれを知る十分な時間が合った。

 だから、あえてあのようなことをしたのだ。全ては陽炎の読み通りの進み具合だ。


「いっくよ、創造(アーク)。――手榴弾」


 瞬時、瑠璃の両手には手榴弾が装備された。そして、天井から落下してくる陽炎に向かって問答無用で投げつける。まるでこの戦いを楽しんでいるかのように、あきらかな殺意を持っていない。

 ありえない跳躍力で天井から、床に飛んでいく陽炎は前方から迫って来た手榴弾を爆発する直前に避け、事なきを得る。そして、手榴弾は天井にぶつかり、そして爆発をした。


「あっちゃー、失敗、失敗」

「瑠璃。ちゃんとしろ、あいつは今までの日向じゃねぇんだぞ」

「分かっているよ、それくらい」

「分かってねぇから、言ってるんだろ」


 小競り合いの間、素早く地面に着地をした陽炎は左手で右手の甲を引っ掻く。大量の出血と共に地面に垂れるはずの血液が原型を留め、まるで刃物のように形成されていった。

 それを見て、木通と瑠璃は唖然とする。


「かげたん……、それって」

「あいつは超能力を持っていないはずだ」


 牙を剥き出しにしたまま、右手の甲に創りだした血刃で陽炎は襲い掛かって来た。

 とっさに瑠璃は左に回避する、続いで攻撃の範疇に入って来た木通は上手い具合に杖を使い回避をした。狭い中で、陽炎は二人の中央に滑り込むと高速で、交互に攻撃をしていく。


「日向。お前はどうして、ここにいるんだ」

「そうだよ、かげたん。かげたんはそんなことする人じゃないじゃん」


 息切れをし始めた二人に対して、汗ひとつ垂らしていない陽炎に対する二人の情。

 ただ、それは陽炎からしてみれば、余計なお節介。と共に歯痒く、苛立ちを隠せない。

 陽炎は攻撃を止めると木通の胸ぐらを掴み、そして素手の力のみで彼を殴り飛ばした。


「あっくん!」


 杖が遠くに飛んでいき、木通も殴られた衝撃で床に崩れ落ちた。

 ゆっくりと陽炎の顔を見上げる木通は、彼のその表情に疑いの目を向けてしまった。


「お前に……、お前らに何がわかるんだよ」


 怒号を鳴らし、罵声を露わにする。


「お前らに僕の何がわかるんだよ」

「……わかるよ。だって、私達、中学三年間一緒だったじゃん」

「一緒? 馬鹿言うなよ、僕はお前達にただ付き合っていただけだ。あんなつまらない生活はもう二度としたくない。わかるはずねぇんだよ、僕とお前らは住む世界が違う」


 呆然とする瑠璃。杖なしで立ち上がろうとするが、木通は中々、上手く立ち上がれない。

 仕方なく腰を降ろして、頭を掻くと陽炎の顔を見上げた。


「何が違うんだ、オレとお前、何が違うんだよ」

「全部だ! 何もかも、全て!!」


 誰の目も見ないで陽炎はただ叫んだ。


「僕はお前に憧れた。強さを持つ、お前達に。能力(ちから)を持って自由気ままに過ごす、お前達が羨ましいんだ。ああ、嫉妬さ。僕は何も手に入れられない人間だ。――いや、人間でもないか」


 俯き、嘆き、ただ静かに口を開く。


「だから、僕は欲しい力を手に入れるために“ヴァイスハイト”に入った」


 純粋な、心の本音が陽炎の感情を次第に高ぶらせていった。

 今まで聞いたことのない彼の本音に、思わず二人は耳を疑う。


「それで“ヴァイスハイト”に入って何か変わったのかよ」

「……変われるわけないだろ、僕はただの人外だ」


 顔を上げ、前髪が目の上を覆う。絶望と化した陽炎がただ、素直に愁いていた。

 心の叫びを聞いた二人は、まず陽炎の発言に疑問を覚えた。


「お前、人外って……、どういう意味だよ」


 陽炎がその問いに対し、答えを繋げようとした。――――その瞬間、エントランスホールを通り抜けた先にある個室から、出てきた一人の男に視線が奪われてしまった。

 そこにいたのは瑠璃も良く知っている、一匹の龍を宿した男だ。


「日向陽炎。お前達、そいつと三年も一緒にいたのに気付かなかったのか?」


 黒色の髪、黒色の服、漆のような瞳で、徐々にこちらに近づいて来た。

 そして、木通の前で立ち止まった――――黒崎龍一はポケットに手を入れる。



「日向陽炎という男は人間じゃない。血を喰らい、影を失った――――吸血鬼(ヴァンパイア)だ」



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