表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第三章:佐藤真桜奪還篇
56/70

第十六話「雷帝」

 024



 地下五階を階段で駆け下りていく。

 先頭、奏を筆頭に最後尾にいる飛鳥が後方を気にしながら、一度も止まることなく扉の前に辿り着いた。軽く息を整え終った一同は声を殺し、息を潜めて扉を開けると四方に警戒しながら、エントランスホール全体を見渡した。


「この下に行くには少し面倒な方法じゃないといけないんだ」


 敵がいないことを目で捉えると一徹は口を開いた。

 真正面にあるエレベーターではどうやら、行けないらしい。


「この先、七階に行くには専用のエレベーターから行く必要がある」

「どのくらい距離があるんだ?」

「いや、それほど遠くは無いさ。このエントランスホールを抜けて、一本道を歩いて行けばすぐに見える」

「だけど、その前に誰かが待ち構えている可能性もありますね」


 アゲハが横から近づいてくると会話に滑り込んできた。それを確認したからなのか、飛鳥が挙動不審のように肩を震わせながら、近づいてくる。

 どよめく心を増幅させるように、飛鳥は怖がる仕草を見せていた。


「それにしても、姫宮は地下(ここ)に来る必要は無かったんじゃないのか? あいつらと一緒に上に言ってれば死なずに済むかもしれないんだぞ」

「大丈夫ですよ、それに私がいないと予期せぬトラブルも事前に回避できませんよ?」

「それもそうだな」


 そして、しばらくしても何の異変もない。一徹はアゲハに目線を向けると、それを意図して受け取った彼女は目を開いて両手を少し前に上げた。

 まるで自分の魂を未来に飛ばし、行く先を見ているかのように。凄まじい力の動きが奏でも分かった。一分もしない内にアゲハはゆっくりと目を見開いて、そのまま貧血のように体がふら付いた。


「大丈夫か、姫宮」

「は、はい。ありがとうございます」


 とっさに手を伸ばしてアゲハの身体を支えた奏は平気そうな彼女の顔を見て安全に立つまで手を貸した。しばらくすると「もう大丈夫です」と、アゲハに言われて素直に手を離す。

 少し眉間にシワを寄せながら、アゲハは難しく、考え深そうに告げる。


「可笑しいですね」

「……可笑しい? 何がだ」

「いえ、私の視えた未来では既に地下六階で私達は戦闘をしていました」

「誰とだ?」

「そこまでは……。でも、ハッキリと確かなのはその人が狂った人間ってことですかね」


 その言葉を受け、奏はまず始めに赤城涯という人間を連想した。

 しかし、すぐにその邪念は振り払われた。

 何故かというと色々な一件の後、出発する前に木通から事の顛末を聞いていたからだ。涯は既に死んだ。死ななかったとしても致死量のダメージ、それに出血多量で一時間以内には確実に息絶える。――と。

 確認する暇もなければ、何処に倒れているのかも教えて貰えなかったので木通の言葉をただ信じるしかなかった。

 ただ、あの白色の部屋で見ていた映像から、察するに赤城涯は既に息絶えているのだろう。と何処か、確信めいた根拠のない自信を信じてしまっていた。


「赤城ではないとすると……、奴か」

「奴?」

「ああ、そいつはな、赤城涯と同等――いや、もしかしたら赤城以上に狂ってる人間だよ」


 困ったように一徹は首を横に振ると、アゲハに訊きだす。


「それで六階に繋がるエレベーターの前には誰もいなかったんだよな?」

「はい。少なくとも、私の視えている未来にはいませんでした」

「それじゃあ、面倒なことになるまえに地下七階に急ごう。佐藤真桜はもう目の前だ!」


 奏に代わり、一徹が先陣を切ると続いてアゲハ、奏、最後尾に再び飛鳥が付いて行った。

 壁に隠れながら、その七階に繋がるエレベーターに続く廊下を確認すると誰もいなかったと確認して、手招きをしながら、こちらに来いと指示を仰いだ。

 しかし、その時、最後尾にいた飛鳥はふと視界の隅に動く点滅があることに気付く。


 地下一階から六階まで繋がっているエレベーターの表示が地下六階(ここ)に向かっていた。


「不味い。誰か来た! みんな、早くエレベーターに」


 飛鳥の叫び声で全員の足は次第に早くなっていった。

 少し遠くに厳重に鍵が掛かって、柵と檻で閉鎖されているエレベーターが薄らと見えた。


「……ッ、参った。あの二つを突破しない限りは無理か」

「あそこの鍵、私が最後に使ったのでまだ持っているはず……」

「本当か!? なら、問題ない。早く進もう」


 一度、ペースの落ちかかった一同だったが再び速度にブーストが掛かる。中高とサッカーで鍛えられた体力は衰えることなく、時折、背後を気にしながら走っていた飛鳥はこの一本道の入り口に何か影が潜み、近づいていることに恐怖を感じていた。

 そして、飛鳥が見えた閃光が次の瞬間、アゲハの叫び声と共に惑わされた。


「きゃっ!?」


 一徹と奏はすぐに立ち止まる。遅れて前に振り返った飛鳥は目の前の光景に固唾を呑んだ。

 何故なら、一番先頭で三本しかない七階に繋がるエレベーターの鍵を所持していたアゲハの手首を掴み、華奢な彼女を軽々と持ち上げながら、ニヒルな笑みで自分達を見下ろしている人がいたからだ。

 思わず、二歩、後ろに下がってしまった。


「見つけた」


 小さく声を漏らした、その大男はもう片方の手を使ってアゲハが握りしめていた鍵を奪ってポケットにしまい込んだ。

 照明のない、明かりのない、この一本道。

 しかし、その大男の姿だけは何故か、ハッキリと見えていた。


「粟木。姫宮。そして、高校生二人発見だ」


 嬉しそうに口角を上げると、身体中から弾けるように少量の電気が散る。

 アゲハは一徹の方に投げられるとすかさず、抱きかかえて無傷で助けることが出来た。

 睨み合っている奏と大男を余所に、近くまで寄った飛鳥は一徹と地面に足を付いたアゲハに聞いてみた。――――その男は何者か、と。

 すると二人共、苦笑いを浮かべながら、



「あの男が赤城涯と並ぶ、イカれた戦闘狂(バーサーカー)だよ」



 赤城涯が楽しみながら、人を殺す快楽殺人者、と例えるならば、この大男は物音一つ立てず獲物を殺し、目的だけを迅速に遂行する人間だった。

 睨み合い、静かに殺意を放つ両者を見て飛鳥はただ、呆然としているしかなかった。


「すいません、鍵を盗られました……」

「まいったな。この中であいつに対抗できる奴は一条奏しかいない」


 そう、奏を除く三人は非攻撃能力者。

 攻撃に特化した能力ではなく、あくまでも味方がいた上で機能することが出来るサポートを専門とした能力者なのだ。

 だから、拙い。――――もし、仮に飛鳥と木通が変わって無くても恐らく同じ状況だ。


「お前があいつの言っていた一条奏か?」


 電撃が火花を散らしている。

 小さく、首を縦に頷いた奏を見て大男は感無量、とばかりに笑みをこぼす。


「そうか、お前が涯に致命傷を与えた男か、興味が湧いた。鳶姫に出来れば、一条奏を下に降ろしてくれと言われたが、その約束は守れそうにない」


 鳶姫の名を聞いて、一瞬だけ奏は目の前にいる大男から注意を逸らしてしまった。――――瞬間、隙を付いた大男の身体が突如、電撃と共に姿を消すと眩い雷鳴と共に奏は首根っこを掴まれて長い一本道からエントランスホールまで投げ飛ばされた。


「がっ……」


 コンマ数秒の出来事。思わず、対応できなかった奏はそのまま風に乗って叩きつけられた。既に何度、叩きつけられたか分からないコンクリートの壁の下に崩れ落ちる。

 反応が出来なかった三人は急いで背後を振り返り、一本道からエントランスホールに走る。

 そして、暗がりで隠れていた大男の容姿が次第にハッキリと、鮮明に全員の目に映った。


「涯を仕留めた、その力。俺にも見せてくれよ」


 二メートルは超えているだろう高身長。モデルのような体格だが、ひと一人を軽々と掴んで投げ飛ばすとなれば相当な力を所要していることが頷ける。

 光で少し銀色に見えるが艶やかな純白の髪色。髪で視界を覆われないようにオールバックにしている。そして、何よりも驚いたことは赤城涯よりも鮮明に純度の高い、人を人とも思わない虐殺者のような瞳、赤い瞳が首を傾げて飛鳥達の方を向いていた。

 “ヴァイスハイト”の十三席(サーティン)

 全てを従えるJOKERの次の席に座る、彼に従順な部下だった。


「俺の名前は獅子島十三(ししじまじゅうさん)。まあ、これから死ぬ奴に名前を名乗るのもどうかとは思うんだが生憎、これは俺の主義だ。気にしなくていい」


 赤色の瞳が飛鳥と一徹、アゲハを視野に捉える。

 人を人とも思わない瞳。それに加え、その眼は死んだ魚のような目つきをしていた。


「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」


 獅子島十三は後ろから、自分の発言を撤回させるような言葉を聞くと、すぐに振り返った。そこには、奏が立ち上がって壁に手を付いた状態で睨み付けている。

 死んだ目付きとは裏腹に口元は、盛大に笑っている。


「俺はあんな能天気な馬鹿みたいに易々と攻撃はされんぞ?」


 火花が散る。

 その人物を考えるのに数秒、使用したがすぐに赤城涯のことだと結論付けると口元から少し垂れている血を拭って、目の前の十三の所に近づいて行った。

 それも、足音を立てず、まるで忍びのように映像が切り抜かれたような速度で十三の元へと歩いて行く。その姿は十三の背後で固まっていた三人の仲間にも驚きを振る舞った。



 ――――「僕は君だ。だから、君が頼むのならば協力をする。君と僕が手を組めば、しばらくの間は終焉の暴走を封じ込めることもできるし、目覚めた君は僕の戦闘知識を得ることが出来るから、前よりも数倍、数十倍の力を開放させることが出来るんだ」



 心の中で、己と対峙する中で、ミリオンが言っていた言葉を思い返す。

 今まで自分に足りなかったことは自分の力と、己の前世と向き合うことだった。拒絶をして逃げることで全てを有耶無耶にしようとしていたのが手に取るようにわかる。

 だけど、一度だけ――いや奏の知らない所でミリオンとは出逢ってはいるのだが。それでも自分に潜む形状を理解することによって、その力は飛躍的に上昇を喫した。


 ――――そう、例えば、この状況下は獅子島十三にとっても想定外だった。


闇屑星(ダークマター)


 十三が奏の移動に気付き、そして、居場所を確認した時、彼は既に十三の懐の中で黒い塊を手に握り、腹部に向かって押し当てようとしている瞬間だった。

 予想外――――そして、想定外の出来事に思わず、十三の身体は動かない。


「ぐっ……ぁ」


 螺旋状に高速回転をしている闇屑星(ダークマター)の構造は至って、シンプルである。

 一条奏の能力である「引力」の力を一時的に集中させることによって原型を保ち、高速回転させることによって遠心力が働き、引っ張る力と引力による能力で闇屑星(ダークマター)に触れた対象物は凄まじい捻じれが起こる。

 もちろん、ただ引っ張り上げる時ことも出来るが、今、十三に向けて攻撃したその黒い塊は十三の中に存在する臓器に直撃し、はち切れるほどの激痛を引き起こしていた。


「――――うぁぁあっ!!」


 身体の痛みに耐えながら、十三は目の前にいる奏を蹴り飛ばす。しかし、その直前で後方に飛んだ奏は攻撃を回避しながら、次の一手の為に着地後、すぐに十三に向かって走り出した。


 そして、無駄のない、隙のない打撃の連続が――――始まる。


「……一条って、あんなに強かったっけ?」


 一本道の入り口で隠れるように待機していた三人の内、飛鳥がボソッと声を上げた。するとその問いを待っていたかのように一徹が解説を始める。


「あれが一条奏の本来の力だ。自分の中に潜む何かと対峙し、力を得た結果だろう」

「自分の中に潜むって……、そんなアニメや漫画の主人公みたいな」


 いまいち、状況が把握できていないのは飛鳥だけではない。

 一徹の隣にいるアゲハも、零号機、そして赤城涯と戦ってきた奏とは全く動きの型が違うと思っていた。まるで洗練された無駄のない動き。

 魔王クラスの大ボスを倒したんじゃ、ないのかというくらい、彼は成長をしていた。


「……す、凄い。これなら、もしかして倒せるんじゃないんですか?」

「さてな。俺達の知っている獅子島十三なら、倒せるかもしれないけど……」

「けど、なんですか?」


 顔を上げるアゲハを横目に一徹は奏と十三の戦いを眺める。


「今のあいつが本気なら、ことは容易く済みそうなんだが……な」


 ため息を零す一徹。そして、飛鳥とアゲハを近くに寄せると必死に戦っている奏の手助けをするためにある作戦を決行する。

 飛鳥は一時、不安そうな表情を浮かべるが飛鳥にしか出来ないと言うことに後に引くことは出来ない。自分の太ももを何度もたたいて、意欲を決する。


「それじゃあ、一条奏が戦っている間に俺達はあいつから鍵を奪い返すぞ」

「はい、やりましょう」

「おう」


 エントランスホールでは音のない殴り合いが続いていた。

 端から音がないわけではない。

 打ち出された拳を相手が受け止め、相手が打ち出した拳を受け止める。唯その繰り返しだ。

 今までの奏ならば、到底考えられないような凄まじい攻防戦が続いている。しかし、そんな時間は不意を突いた十三によって終わりを迎えたのだった。


雷鳴(らいめい)


 火花が散った十三の拳が奏の掌を握り潰そうとした。

 一瞬、静電気のような電気が体中を襲い、少しだけ反応が遅れてしまう。


雷鳴鎚(らいめいづち)


 そして、手首を握られていることによって身動きの取れない奏に向かって猛烈な上段蹴りが襲ってくる。電撃を纏った左足が頭を突き抜いた。

 大きく頭と態勢が後方に動いた奏は一瞬、意識が飛んでしまう。


雷鳴太鼓(らいめいだいこ)


 素早く、奏の手を離した十三は両手を合わせると強く握る。雷鳴の迸った、その拳は態勢によって動くことが出来ない奏の腹部に向かって振り降ろされた。

 さながら、トンカチのように。一点集中、雷撃と拳を合わせた、一撃だった。


「お返しだ」


 声にならないほどの衝撃に、奏の目は血走っていた。

 血はでないものの、口に溜まっていたヨダレが思わず、吹き出した。


「雷鳴太鼓。――二戟(にげき)


 地面に叩きつけられて、バウンドし、十三に向かって跳ね返って来た奏を狙い、十三は両手を合わせて振り降ろす。

 叩きつけられた衝撃が長く響き、エントランスホールの床は大きく破壊された。

 中央には気絶して白目を剥いている奏が、ぐったりと倒れていた。


「……さて」


 十三は懐に隠していた懐中時計を眺めると嬉しそうに笑った。

 そして、懐中時計を再び懐にしまうと両手についている不純物を払って、立ち上がった。


「次はお前達の番だ。裏切り者二名と高校せ――――」


 振り返った十三は思わず、途中で言葉を止めた。

 なぜならば、そこには一徹とアゲハの裏切り者二名の姿しか居なかったからだ。

 高校生がいないことに気付くと足音が唐突に背後から聞こえてくる。すぐに振り返った。

 しかし、そこには音はするのに人の姿は見えなかった。――――いや、確かにそこには人がいる。ただ、視界には捉えられないだけだ。


 すぐさま、不穏な足音に違和感を覚えた十三は体中を覆っていた電撃を周囲に放出させる。


放雷(ほうらい)


 両手を掲げると自分の体内に溜まっている雷を一気に外部へと放出した。

 火花のように散っていた電気も、一瞬で雷が落ちるような勢いに変わっていく。その雷鳴は凄まじく、まさしく雷と言ってもいいくらいの威力であった。

 視野に捉えられない飛鳥の能力ではあるが、流石に攻撃事態は避けることが出来ない。


「……くっそ」


 当初の目的であった獅子島十三からの鍵奪還を諦めると最寄りにいた気絶している奏を担ぎ一徹達の元へと走って行った。

 傍から見れば、どうして攻撃されないのかと思うかもしれない。ただ、飛鳥の能力発動中は触れたもの全てを相手の視界から疎外することが出来るので飛鳥が奏に触れた瞬間、奏もまた十三の視界から消えたことになる。もちろん、そのことに十三は気づいていない。


瞬間移動(テレポーター)か……? いや、あいつの情報からはそんな奴はいないと言っていた」


 自分の攻撃を悉く躱されて、少し苛立ちが溜まって来た十三は一徹のいる方向に振り返る。

 そして、十三の目の前に立ちはだかったのは姿を現した飛鳥と、か弱いアゲハだった。


「あとは粟木くんに任せておけば、大丈夫」

「僕達はあいつから、鍵を盗ることだけ考えましょう」


 「未来予知」と「偏光死角(トリックアート)」。

 勝てるはずない。本人だって、そう思っていることだろうが今はやるしかなかった。

 粟木一徹が奏に治療を施している間、身動きが取れない。その間は何としてでも、飛鳥達が十三を相手にしないといけない。絶対に、負けると端から分かっていても。


「それじゃあ、後は作戦通りにお願いします」

「分かりました。それじゃあ、行きますよ」


 その言葉に、十三は思わず身構える。――――だが、しかし、次の瞬間、彼が目にしたのは二人の姿が消えた光景だった。

 一瞬、度肝を抜かれて思考が止まる。

 次の瞬間、十三は背中に強く当てられた衝撃に思わず、膝をついてしまった。


「今のは……?」


 驚く暇はない。

 続ける、打撃のように再び衝撃が十三に襲ってきた。

 これはまるで自分の使っている電撃を受けているような感覚だった。


「なるほど、雷使いでも電撃は効くってことか。いいことを教えて貰ったよ」


 背後を振り返る。

 しかし、誰もいない。

 十三は素早く、背後に掌をかざすと電気を貯めた。


「斑目飛鳥くん。正面、右方向」

雷鳴槍(らいめいそう)


 姿なき言葉が聞こえた。

 そして、さながら雷の槍のような物が十三の背後数十㎝を切り裂いた。しかし、そこに姿はない。誰の姿もなく、十三はどんどんと怒りを積み上げていった。

 まるでコンビプレーのような息遣い。

 姿が見えたと思い、攻撃をするとすぐさま、消え、そして、避けられる。

 攻撃され、避けたとしても、何処に敵がいるのか、分からなかった。


「はあ……、はあ……」


 もう何度目だろうか。

 何百ボルトの電撃を喰らって、なお立ち上がっている十三もそうだが飛鳥とアゲハの表情も一層、悪くなっている。過度な能力の使用によって、体力が限界に近かった。


「舐めた真似をしてくれる……」


 手を付いて立ち上がった十三。

 そして、何を思ったのか両手を掲げるとまるで流星を舞い込むように両手から電撃を放つ。次第に雷は天井中に溜まり、空は――天井は雷の轟く巣穴となった。

 煌びやかに天井は、雷で埋め尽くされていた。

 そして、十三は徐に笑い飛ばす。


「今までの攻撃。俺にダメージを与えたと過信していただろう? あれは間違いだ」


 全ての工程を終えて、一息ついた十三は姿の見えない二人に向かって、意欲を無くす発言を嘘か本当か審議出来ないことを告げた。

 その一言で今まで保っていた緊張感が抜け落ち、飛鳥は能力を強制解除されると十三の前に膝をついて現れた。同様にアゲハも能力の過剰使用でろくに動けずにいた。


「あの時、使っていたのはスタンガンだろ? あれは電気を使う。だが、電撃を扱う俺にその攻撃は通用しない。電撃は食べ物のようなものだ、使えば使うほど消費する。けど、与えられれば与えられた分だけ蓄えることが出来るんだよ。――だから、お前の対処法は不正解だ」


 ベラベラと聞いてもないことを解説する。

 どうやら、飛鳥のスタンガンを喰らって苦悩の表情を浮かべていたのは過剰な電気の摂取によって体が一時、痺れていた。それを勘違いして飛鳥は無駄に摂取させ続けたせいで、こんな結果になったという。

 高笑い、嘲笑う十三。

 しかし、飛鳥達の本来の目的は獅子島十三を倒すことではなかった。

 彼らは所詮、ただの時間稼ぎに過ぎない。


「この部屋を今、雷で覆った」


 天井に指を指して、アピールをする。


「この中で生きていられるのは雷を浴びても死なない、俺だけだろうな」


 そして、天井に向かって伸ばした指を曲げると掌を広げて飛鳥とアゲハの絶望に満ちた顔を眺めていた。そこは赤城涯と変わらない。人の苦悩そうな顔を見ることが彼らにとって一番の生きがい。


「それじゃあ、裏切り共々、死んでくれ」


 飛鳥の能力が分からない以上、部屋全体を攻撃しておく必要があると考えた十三の作為ある攻撃だった。振り落ちる雷が、全員の視界を埋め尽くしていた。

 絶望に喫したその表情を見て、死んだ目付きが生き生きと輝く。


「雷鳴落し」


 合図と共にエントランスホールを覆っていた雷が一斉に落ちてくる。

 誰しもが、固唾を呑み、絶体絶命の危機に死を抱いていた。

 だが、その中で唯一、諦めていない少年が回復したばかりの身体に鞭を打ちながら立ち上がると両手を広々と広げた。



闇屑流星群(ダークマター・ミーティア)っ!!」



 輝きかけた死んだ赤色の目付きは一瞬にして、困惑の様子に変わった。

 黄色で覆われていた、雷で埋め尽くされていた部屋に突如、黒色の球体が姿を現した。


「一条!!」

「一条奏くん」


 二人のその声に十三は素早く振り返った。

 そして、息を切らし、汗を掻いた状態でこちらを睨みつけている奏を見て十三の鼓動はあの紫原昴と、対決した時、以来の鼓動の高鳴りを見せた。


「そうか、お前か……」


 空中には無数の闇屑星(ダークマター)が舞う。

 通常の闇屑星(ダークマター)とは違って、限りなく小さく移動性に長けた、いわゆる高速で移動することが可能な奏の指裁きで動く、完全に新しい戦い方だった。

 これもまた、ミリオンによる助言から得た力である。


 そして、奏の伸ばしていた指に、クルクルと回転しながら、あるものが挟まった。

 それをみた十三は思わず、一本取られたと唖然としながら、口を開けていた。


「鍵、確かに返してもらったぞ」


 その言葉と同時に奏、一徹、そして二人から比較的近くにいたアゲハが一斉に走り出した。少し遅れて十三の背後にいた飛鳥が能力をしようしながら、一本道に走って行った。

 雷の速度で先回りをしようとした十三だったが、過度な使用で体内に蓄積されている電撃は既にそこを付き、移動することが出来ない。仕方なく、一本道に向かって全速で走り、追いかけていった。


「粟木、先に行って鍵を開けてくれ」

「分かった」


 走りながら、鍵を受け取った一徹は少し遅れて通り過ぎたアゲハと共にエレベーターの鍵を開ける為に急いで向かって行った。

 立ち止まった奏は姿を見せて、隣にいる飛鳥と目の前から走って来る十三を待ち構える。


「斑目、先に行ってても良いぞ?」

「なに、友達を見捨てて自分だけ、先に行くほど僕は落ちぶれてないよ」

「そうか。なら、足を引っ張るなよ」

「ふ、それはこっちの台詞だね」


 雷鳴の如く、追いかけて来ない十三を見て既に雷の力は満足に使うことが出来ないと判断をした奏達は真っ向からの勝負なら、対等に戦えるとばかり思っていた。

 ――――だが、それはとんだ誤算である。


「立ち向かうことはいいことだ。だが、俺は素手でも強い」

「―――がっ!?」

「―――ぐっ」


 全速力で走る最中、十三は両手を上げるとそのままの勢いで奏と飛鳥の頭を掴むと抵抗する暇もなく、思いっきり地面に叩き落とした。

 まるで動物のような握力を持つ、十三にとってひと一人を潰すことは造作もない。


「ち、畜生……」

「粟木、姫宮! 行ったぞ」


 少しだけ遅れを取った二人だったが、すぐに立ちあがると十三の後ろ姿を追って行った。

 一方、一徹とアゲハは既に厳重なロックを掛けられたエレベーターの前にいて、無数の鍵を外していた。ただ、異様に数が多いせいか、十三が迫って来ても開けることが出来ない。


「最後の一つだ」


 一徹がそう意気込んだ瞬間、掌に持っていた鍵は背後からやって来た十三に奪われる。隣にいたアゲハと共に殴られた一徹は壁に向かって吹き飛んで行った。

 鍵を手に入れた十三は再び、ポケットの中にしまいこもうとする。


「させねぇーよ!!」


 背後から、十三の背中を蹴り上げるように飛び上がった奏の攻撃によって態勢を崩して鍵を床に落とす。走りながら、拾い上げた鍵をそのまま最後の錠の中に差し込んだ奏は柵と檻をそのまま、蹴り飛ばした。

 素早く闇屑星(ダークマター)を出すと十三に投げつけ、身動きの取れない状態にする。


「みんな、乗り込めぇ!!」


 壁にもたれ掛かっていた一徹と、アゲハは最後の力を振り絞って奏に続き、エレベーターに飛び込んだ。まさに危機一髪の状況で、奏は素早くエレベーターの扉を閉めると自動で七階に移動を始めた。

 全員、息を切らしながらエレベーター内に腰を降ろす。


「危なかったな」

「危機一髪だった」


 苦しそうに息継ぎをする二人に対して、随分と楽になって来たアゲハがあることに気付く。

 エレベーター内を何度も見渡して、間違いがないように、本当にいないのか、確認する。


「どうした? 姫宮」

「いないんです!! 斑目飛鳥くんが!」


 その言葉にようやく脳が追いついて来た二人も、飛鳥がいないことに気が付いた。

 しかし、確かに奏が見た。飛鳥がエレベーターの中に乗り込む瞬間を。


「嘘だろ、斑目は! おい、このエレベーターは戻れないのかよ!」

「無理だ。七階に降りるまで、このエレベーターは止まることが出来ない」


 床に向かって拳を振り降ろす。

 ここまで一緒に来た飛鳥が一人残ってしまったことに罪悪感が芽生えていた。


「斑目ェェェ!!」


 無情にも叫ぶが、その声は既に飛鳥には届かない。

 エレベーターは滑降し、地下七階の最下層に向かって降りて行った。





 地下六階に残った飛鳥。

 そして、十三は降りて行ったエレベーターの前で立ち止まっていた。


「……行かなくて良かったのか?」

「誰かがここで止めないと、お前はエレベーターに乗りこむつもりだっただろ?」


 飛鳥がエレベーターに乗った瞬間、同じように飛び込んできた十三を見て咄嗟に押し出して自分も同じように外に出てしまっていた。

 しかし、後悔はしていなかった。


「その度胸、気に入った。お前の名前、聞かせて貰おうか?」


 エレベーターの前にある小さな明かりが二人を照らす。

 立ち上がり、ゆっくりと十三の顔を見上げた飛鳥は彼に向かって指を向けた。



「僕は斑目飛鳥。仲間のためなら、命だって厭わない。究極のお人好しだよ」



 高々に名を名乗る飛鳥。

 そして、十三は懐中時計を手にすると戦いは始まった。


 ――――斑目飛鳥との戦争終了まで残り十三分。



 地下六階。

 「雷帝(イヴァン)」獅子島十三VS.「偏光死角(トリックアート)」斑目飛鳥。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ